小生は高校のとき、鞄を持たずに登校していた。
自転車通学だったが、自転車カゴの中には何も入ってなかった。
空っぽのカゴの自転車で、あぜ道、商店街、住宅街、学園通りを通り抜けていき、最後、学校の門をくぐった。
自転車を駐輪場に停めると、校舎窓からクラスメイトたちが、手ぶらで歩いている小生の姿を見て笑った。
「なにあれ?」
「本当に何も持ってない」
「マジウケる」
「何しにきてんの」
「めっちゃウケる」
「おーい! しまるこが鞄ナシで登校してるぞ〜〜!」
「本当だ! アハハハハ!」
一種の学校名物だった。朝はこういったものがいちばんウケる。山あり谷ありオチありの長話より、単純に視覚に訴えるものがいい。
小生としてはウケ狙いではなく、面倒くさいから持ってこなかっただけであるが、周囲はとてもよく反応した。
小生は、雨の日も、風の日も、鞄を持つのは恥だが役に立つという日も、鞄を持たずに登校した。
ある時期から、「朝のあいさつ運動」というものが行われた。朝、教師が入れ替わり立ち替わりに校門に立ち、登校してくる生徒にあいさつをするというものだった。
鞄を持たずに正門を潜る小生に対し、ほとんどの教師は笑って見過ごした。「朝からフットワーク軽いね〜!」と言ってくれる教師や、「サッカーだったらオフサイドだな」とか「散歩?」と気が利いたことを言ってくれる教師もいた。美術教師は想像力が掻き立てられるようでじーっと見ていた。もともと偏差値50の高校だったから、すべてに対してかわす習慣が身についていた。じゃあ、あいさつ運動なんてやるなよって話しだがね。

「止まれ」
しかし、体育教師だけが黙っていなかった。
小生は体育教師に呼びとめられた。筋骨隆々の赤Tシャツを着た角刈りの体育教師である。
「お前なんで鞄持ってきてないんだ」
体育教師は流れるレーンの中で一つだけ不良品を見つけたように言った。
「教室の机の中に、教科書を入れてあるからです」
と小生は答えた。
「じゃあ家で復習する時はどうするんだ」
「自宅用に参考書を置いてあるのでそれでやってます」
もちろんやってなかったがそう答えた。
「それは市販の参考書か?」
「はい」
「学校で勉強した内容なんだから、学校で使う教材で勉強しなきゃダメだろう」
「市販の参考書も書いてあることはほとんど同じなので大丈夫です」
「学校で習う内容と市販の参考書では、少し違ったところがでてくるだろう」
なんだこいつは? と思った。
お前だって学校の教材と市販の教材を見比べるまでの勉強をしたことがねーから体育教師になったんだろうが。仮に少しくらい違ったって、その結果困るのは俺だし、どっちも開かない生徒より100倍マシだろうが。つーか嘘だよ。はじめからぜんぶ嘘だよ。学生が家に帰って復習するなんてどこの都市伝説だよ。仮にもうちの高校は偏差値50だぞ? まあ嘘って気づいてんだろうけどな。朝から校門前で嘘つき合戦なんてしたかねーんだよ。
「お前は全部の科目の教科書を、机にしまいこんでいるのか?」
「はい」
「プリント類はどうしてるんだ?」
「プリントも机の中にしまいこんでます」
「家に持ち帰る必要があるプリントはどうするんだ?」
「そのときは学ランのポケットにいれて持ち帰ってます」
「ポケットにいれたらプリントがくちゃくちゃになるだろう」
うっるせーな、なんなんだこいつは? 俺のプリントがくちゃくちゃになろうが俺の勝手だろう。さっきから体育教師のくせに変なところに想像力を働かせるヤツだ。
「ちゃんと丁寧に折って重ね折りしてポケットの中にいれています」
「しかし折り目がついちゃいけないプリントだってあるだろう」
だから、なんなんだ? こいつの方がよっぽどグチャグチャに折り目がついたプリントみたいな性格じゃねーか。マッチョってたいがいネチネチした性格をしているんだよな。身体を鍛えたがるのも他人に舐められたくない一心であり、周囲を過剰に意識した結果、精神的弱さを筋肉によって覆い隠そうとしているだけなのだ。
もとより、体育教師というものは、知性的な生徒のグループには、「お前ら勉強もいいけどたまにはハメを外さんといかんぞ」と言ってまわり、馬鹿な生徒のグループには、「お前ら遊んでばっかいないで勉強しろ」と、正しいボールの投げ方を教える存在だというのに、不規則なバウンドをするラグビーボールのように学校中の廊下を跳ねてまわっている。
「学生がな、鞄を持たずに登校するってことがどういう意味かわかっているのか?」
体育教師は腕を組み、仁王立ちになって言った。
「学生は、学校の看板をいつも背負っているんだ。サラリーマンが鞄を持たずに歩いていたらどうだ? その会社員が務めている会社の商品を買いたいと思うか?」
「いや、別に……」
小生はそう答えた。本当にどうでもよかった。小生は欲しい商品があったら、その企業の社員が全裸で通行人をマシンガンで撃ち殺しながら通勤していても買う。
教師は小生の返答にカチンときたようだった。口調を荒げながら言った。
「お前はなんとも思わないかもしれないが、みんなはそう思うんだよ! 朝の8時に! 鞄を持たないで自転車をこいでる学生を見たら、どこの高校かしら? 〇〇学園? いったいどういう教育をしているのかしら? うちの子を入学させるのはやめておこうかしら? って思うんだよ!」
なるほど、近所のババアたちの目のために鞄を持てと言いたいのか。
もともと体育教師という生き物は、この地球上で、あるいは職員室で、何をどうやって生きて過ごしていいかわからない人種とされる。彼は彼を構成する構成要素として、彼自身がそれに気づいていたかどうかは定かではなかったが、彼の自己存在の延命の危機として、小生に難癖をつけてきたことは疑うべきもなかった。
いわゆる、彼自身が現在、拠り所にして立っている、常識。その常識が、彼自身が、よくわかっていないからこそ、ここまで声を荒げてしまうのである。
例えば、あの、性犯罪などに見られる、あの、性犯罪を起こしたものに対して、よく、「ちんこを切り落とせ!」と叫ぶ連中。ああいうとき、人は、やたらと「ちんこを切り落とせ!」と、その言葉を声高になって連呼して叫ぶものである。なぜ、わざわざこの残酷で生々しい言葉をピックアップするのかというと、自戒の呪文としていちばんピッタリくるからであろう。女が言うのではなく、大体において男が言っているのがいい証拠だ。ふと、気を抜いたら、女子高生を痴漢してしまいそうになる心理に対して、歯止めとして、気つけ薬として、それはいつも自分にかけている声でもあるから、そのまま他人に対して開かれているのだろう。
人が他人に対して語っている言葉は、いつでも自分に対してかけている言葉である。この場合、体育教師は、自分自身の中にある夢遊病の種を抑え込もうとして躍起になっているのである。この社会において、常識と戦っている大人は少なくなく。つまり、自分でも非常識なことをしでかしてしまいそうになる種をまだ残しているから、それと変に戦おうとしてしまう。その、「ちんこを切り落とせ!」と執拗に熱くなってしまう連中と同じように、自分が非常識なことを働いてしまいそうになるその不安と戦うように、鞄を持たない生徒を怒っているのだ。
世の中には一定数こういった大人がいる。大人になりきれぬまま大人になってしまった大人。それは、中学生、高校生すら抱いているかどうかわからない、ほとんど生来のものとされる。高校生の方がよっぽどこの方面で大人であったりすることもありえる。そのために、彼はそういった生徒に怯えてしまうことも少なくなかった。自身より常識に近い場所にいると思われる生徒には、変に上に立とうとしたり張り合おうとしたり、奇妙な動きを見せることも少なくなかった。よくトンチンカンな行動をしていた。たとえば、変な、60歳の家庭科の教師が、通勤中に、綾小路きみまろの漫談をカーBGMとして聴いているということを、不良の生徒たちが爆笑しながら話していると、体育教師は自分もその笑いがわかるんだというふうに、我が物顔をしながら入ってきて(また、その空気の中に常識を見たのだろう)、彼は、誰よりも、通勤中に綾小路きみまろの漫談を聴いていることのおかしさをよくわかっているというふうに、学校の廊下で、不良の生徒よりもよっぽど大きな声で作為的に爆笑してみせていたが、その行動理由と、その表出において、それはやらなくてもいいことだったし、その爆笑している最中においても、やっぱりどこか、何がしかのセンサーを調整しているような、それがどうしても一致しないような、失敗しているような、よくわからないような、周囲に与えなくてもいい印象を与えているような、トンチカンだけが残ってしまうようなことがあった。
それは、どうしてもこの子供の部分、脳の遊びの部分、常識と非常識の間をたゆたう、いわゆる、夢遊病のような、子供時代をそうやって過ごした残滓が、大人になった今も続いている。だいたいにおいて、学校、職員室においては、体育教師がその割合が多い。この遊びの部分を完全に無くしてしまった人間に対してはいつも頭が上がらないし、衛星のようにそのように完成された人間の周りを飛び回っている。彼でさえ、何かが間違えれば、鞄を持ってこないで通勤しそうになる……ということはないだろうが、それと同じレベルのことをやってしまいかねない……というような、終始、薄気味悪い、彼につきまとっている不安の問題ではある。その不安と戦うようにして、この体育教師は、小生の鞄を持ってこないことを怒っているのである。
彼は、そういった背景から、なかなか不良の生徒を怒れないでいた。何か自分の方が間違っているんじゃないか。自分の年の半分くらいしか生きていない17、8歳くらいの高校生相手だろうと、常識に長けている人種というのは、割と早い年齢のうちにはっきり固まりやすいというものがあり、不良たちの方が、もうずっと早くに頭打ちになってきていて、成長しきった樫の木のようにのっぴきならない進退きわまった状態。それに対して、彼の木はどうしても揺れてしまうのであった。この揺れをどうにかしない限りには、なかなかはっきり怒れないでいた。が、やはり、鞄を持ってこないということに対しては、100%の自信で怒れるらしかった。
この社会において、あるは、この学校において、最も常識的な人間が最も力を持つということ、それは、自分もその人間になりたかったし、今でもなろうと足掻いているけれども、やはりそこは生まれつきの問題があるのか。自分の中のこの脳の遊びの部分が切っても切り離せず、それに対する葛藤は、人目を気にしてマッチョであろうとする彼にとっては甚大で、自分がどうしてもその種の人間ではないことも、ある程度、周りに勘づかれていて、それを諦められたらよかったかもしれないけど、彼はとうとう最後まで諦めきれなかった人種だったように思われる。このように諦められずに、常識にすがりつくようにして、足あがいている大人というものは多い。学校においては、体育教師に多い。
普通に小さいところで満足して、変に常識的であろうとすることを諦めてしまえばいいものを、彼は周囲に常識的だと思わせられるチャンスを見つけたときは、すぐにそれに首に突っ込もうとする。それで火傷をする。わざわざ、自身の今立っている足場を離れてまで、もう一歩進んで、空気の全体像の中心を完全につかもうとしたがるのは、安心したいためだろう。一度でも、ちゃんとはっきり掴むことさえできれば、一生わかったような気になれそうな気がして、ついつい掴みにいってしまう。しかし、そうやって、無理に常識に手を伸ばしにいった結果、バランスを崩してしまうのだ。そうやって元々あった常識すらスポイルされていってしまう。それが、綾小路きみまろ事件である。
常識を掴みさえすれば、最も安心して学校生活を送れるようになるからではあるが。彼はそのために、小生が鞄を持ってこないことに対して怒っているのであった。
すべて、このように、人は不安から行動している。人が人を怒る時というのは、大体の場合、不安からである。人は知ってか知らないでか、この世界においては、たくさんの感情があるようでいて、じっさいのところ、『愛』と『不安』の二つしかないらしい。その他のすべての感情は、この二つから派生したものに過ぎないらしい。ニール・ドナルド ウォルシュの『神との対話』という本にそう書いてあった。怒りや悲しみといった感情も不安の派生物に過ぎないらしい。
この原始の顔に大小があるのは当然である。この、大小が少ないもの。この人間としての遊びの部分が少なければ少ないほど、社会では立派ということになる。体育教師はどうしても、生来のこの遊びの部分が大きいがために、その図体に合わずに職員室では小さくなることを余儀なくされた。なれるもんならなりたいと、そちら側になりたいと、自分もあなたたちのお仲間なんだよと、彼が他の教師たちと同じようでありたい、お仲間入りしたいという悲痛の叫びが痛いほど伝わってきた。
すべてを理解した小生は、鞄を持ってきてやることにした。
※
「しまるこがきたぞ!」
「しまるこだ!」
「鞄持たないでやってくるぞ」
「これがなきゃ朝が始まらんからな」
「笑ってやろうぜ」
「ほれ、みろ、あそこだ……」
?
何も入っていない鞄だった。小生の鞄だけ異常にふにゃふにゃしていた。空気の抜けた浮輪みたいだった。そこには紙一枚入っていないことは明らかだった。
「うーわマジかよ」
「つまんねー」
「まさか体育教師に怒られたぐらいで自分のスタイル曲げるヤツだったとは」
「持ってる鞄みたいにふにゃふにゃした野郎だ」
「なんだあのEDみてーな鞄は」
「見損なった」
「毎朝楽しみにしてたのに」
「死ね」
「チッ」
「あの鞄なら持たない方がマシだろ」
「持つ方が嫌味だよな」
「卒業まで一回でも開けることがあんのかよ」
「小テストやる気なくした」
小生は自分の席につくと、鞄を机のフックにひっかけた。
「ひっかけてんじゃねーよ捨てろよはやく」
「それを捨てろっていってんだはやくバカが」
「バカじゃねーか」
「ばーか」
「死ね」
「殺すぞ」
「カバンってその中に入っている物を保護するためにあるのに中身が入ってないんじゃ持ってくる意味がないだろーが!」
「お前は鞄を持ってこないために学校に来るんだろうが」
「ちゃんとやれ」
「昨日をこえるつもりで今日鞄を持ってくるな」
「その建前しか入ってないカバンをはやく捨てろっていってんだバカが」
「建前しか入ってねーだろそのカバンは」
「その見てるだけでイライラする鞄をはやく捨てろ」
小生は机の中から一限の授業である現代文の教科書を取り出した。
「やっぱり机の中から取り出してんじゃねーか」
「鞄なんの意味があったんだよ殺すぞバカが」
「教科書机の中から取り出すんだったら鞄持ってきた意味ねーだろマジで殺すぞバカが」
小生は静かに授業の開始を待った。目を窓にやると、校門に体育教師がいた。登校する生徒にあいさつをしていた。