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女は男らしくなければならない

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 女は男らしくない。多くの男が、受け身な女に対して腹を立てている。

 どんなに金持ちでかっこよくて、優しくて、仕事ができて、周りからの評価も高く、いつも輪の中心にいる男がいても、女は決してその男にアプローチしない。そんな素晴らしい条件の男がいても、彼がアプローチしてきたら、心を開いてもいいかな? と悠然と構えている。どんな恋愛も男からアプローチすることで始まるものだと思っている。

 女はガンガン押されると「まぁ、いいかな?」とゆっくり静かに重い腰を挙げていく。途中で押されるのをやめられてしまうと「ああ、そう」といった風にまた椅子に座ってしまう。それでも押され続けられると「まぁ、いいかな?」といったように、またボケーっと立ち上がり出す。全体的にボケボケしている。

 化粧と服だけは完璧に整えてデートに向かう。自分の仕事はそれくらいだと思っている。基本的に面倒くさがりなので、相手のパワーに進んで呑まれようとする。肉食男はそれをよく理解しており、受け身な女を積極的なパワーで覆いこみ、なんとか口説き倒す。しかし、そのあいだもストレスを抱えているのである。

「こいつからデート誘ってこないな」

「メールも会話が続くように俺が質問して、こいつはただ答えるだけ」

「沈黙になっても、それでいいと思ってやがる。俺がなんとかすると思ってる」

「さっさと食え」

 こんな不満をもって口説いている。すべては下心のためだ。世の中は広く、ちゃんと対応できる女の子もいる。そういう女の子に対しては、男もちゃんと対応する。下心を封印してまで誠実に対応する。だが、バカみたいに受け身な女には容赦しない。そういう女には憎しみで口説くようになる。諦めるのも癪だから盛大にやり捨ててやろうと企てる。どっちもどっちだ。悪いオーラは伝染する。こうして仲良く2つのゴミが出来上がる。人間は、いい子にはいい対応をしたくなるので、いい子は大切にされる。むやみに手を出そうと思わなくなる。だから女は可愛いだけではダメで、誠実でないとヤラれて終わる。

 女はいつでも雛鳥のように親が餌を運んでくれるのを待っている。男はめげずに与え続ける。自分の性処理のためにやっているに過ぎないが感心する。途中で諦めてしまう男は多い。自分が女性に与えられるものは何もないと思いこんで自滅する者も多い。求愛に心を砕いて、必死にアプローチしても、多くの場合は見返りをもらえず終わる。10人に対してアプローチしても、1、2人成功すればいい方だ。恋愛強者だとしても。

 さて、結局何が言いたいのかというと、恋愛に対する心的態度は何が正しいか? ということだ。これは、男性向けに書いているようで、女性に向けて書いている。

 まず、基本的に人間関係に見返りを求めるのは良くない。もちろん、この社会は対価交換で成り立っており、恋愛に限らず、経済も政治も、そして残念なことに家族や友人ですら、お互いに見返りを求めあって生活をしている。

 男らしさとはなんだろう? 俺が思うに、男らしさとは、相手に見返りを求めないことだと思う。人間はどうしても相手に対して自分自身を変化させる生き物だ。気に入ってもらうために、あれこれ嘘をついたり、思ってもないことをいう。しかしこれがよくない。無理に自分を押し曲げても辛いだけだ。ストレスを重ねていき、相手にぶつけるようになる。それで付き合えたとしても意味は無い。すぐに続かなくなる。「この子にやっと会えた! この子が運命の子だ! この子のためなら頑張って尽くそう!」と思えるくらいレアな女の子に出会えたとしても、あなたはあなた通りでいなければならない。気に入ってもらうために、自分を変えても続かないのだ。

 お世辞をいったり、聞き役に徹するとか、相槌がどうとか、その手の恋愛本は腐るほど読んで実行してきた。確かに相手が語っているときは、よく傾聴しなければならず、愛を持って耳を傾け、相手が何を思っているか、何を欲しているのかよく理解し、心を等しくしなければならないのは確かだ。だが、それ以上に大事なことは、思ったことは正直に言って、正直に行動することである。

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 恋愛は、演技をするべきか自分のまま押し通すか。これは非常に重要なテーマである。誰もが通る課題である。結論としては、絶対に自分を曲げてはならない。女と一緒にいて会話が止まってしまうのは、正直じゃないからだ。正直に話さないから何も話すことがなくなってしまうのだ。デブと話しているとき、

「どうしてそんなデブなの?」

「よくそんなデブなのに出会い系やるね」

「なんで始めにデブっていわなかった?」

「人生は1度しかないのに、君はデブとして一生を終えるんだ。2回目の人生は細い子で過ごしたいなぁみたいな顔してるけど、人生は1回しかないよ? つまり、この宇宙の歴史で生命体として誕生し、デブだけの人生を味わって終了する」

 とか、いくらでも言いたいことはある。もちろん、こんなひどいことを目の前の女の子に言えやしない。だが、自分の本音に近ければ近いほど話しやすいことは確かだ。デブを目の前にしてデブに関することをずっと話すことを許されるなら、永遠に話せる。

 それはこのブログでも同じだ。本当に思っていることなら、書きたいことが溢れてくるが、それを避けて別のことを書こうとするから、本当に書きたいエネルギーとぶつかってうまく書けなくなる。人間はそんなに器用ではない。結局、本音でしか話せない。何も別に悪口を言えといっているわけではない。さすがにデブだのブスだのは悪口は良くないが、それ以外の部分は正直に言うべきだ。

 相手との距離感を考えて言葉を躊躇してしまう我々だが、大きく踏み込んだとしても、恋愛は壊れない。成功するかどうかは初めから決まっている。無理することなく、あなたらしく振る舞ったとしても、成功するときは必ず成功する。テクニックよりも、あなたが精神的にのびのびとし、自由に天地を闊歩しているような感覚で話せることが大事だ。だが、この正直にのびのび話すというのが難しい。普段の修行が大事になってきて、普段から自由でストレスがなく、海や山のような態度で毎日を送ることが重要で、その精神を深く刻印することが重要になる。恋愛といえども、恋愛以外の一人の時間、普段のあなたの生活の一瞬一瞬が重要なのだ。気持ちのいい態度というのは相手に伝わる。相手も、あなたの気持ちのいい態度に触れて気持ちよくなる。これこそが恋愛の妙技なのだ。

 簡単にいうと、相手の気分を良くするために策を弄するのではなくて、自分自身が最高に気持のいい態度を作り出し(普段からそういう状況にいること)その気持を伝染させるということだ。前向きで力強く、心のなかのどこにも邪気がないような、清涼感に溢れ、自信に満ちていること。もっと簡単にいうと、前向きのプラスの力だけで構成され、その他のマイナス的な気持ちをすべて追っ払った状態。そんな状態であなたの生活のすべてに向かっていくのだ。そういう気持ちだと、話す言葉は正直であるにも関わらず、ブスを相手にしてもブスと言わなくなる。ちゃんと倫理性を伴った上での正直さが得られる。相手に見返りを求めてばかりいるから、ストレスになる。女に腹を立てる。相手に見返りを求めるなんて、マイナスな力に毒されている証拠だ。

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「女は落とすのではなくて、惚れられるということ」これは有名なホストの言葉だが、これは本当に大事な格言だ。落とすのではない。あなたがあなたのありのまましっかり生きることによって惚れられなくてはならない。自分から落としにかかっても落ちない。恋愛は縁だ。付き合えるかどうかなんて初めから決まっている。だから堂々として神に任せるしかない。勝手に好かれることが大事なのだ。自分からアプローチをしないという意味ではない。声をかけたりデートしたりしつつも、落とそうと躍起になってはならない。自然体で友達のように仲良くなってしまえばいい。あなたが自由闊達に、のびのびと力強く生きて、くだらない小言をいったり、弱気な態度をとらなければ、自然と惚れられる。常に前向きな明るいパワーに満ちていれば、あなたの内部から光粒が舞い、キラキラして、勝手に惚れられるのだ。

 もう一度いうが、落とそうとしてはならない。落とそうとすると視野が狭くなり、心も伸びやかさが失われる。だから、大事なことは相手をどうするかではなく自分をどうするかだ。戦うべき相手は自分だ。自分の何と戦うのか? それはずばり【消極的な心】だ。心は、プラスの力とマイナスの力の2つで構成され、マイナスの力に傾きそうになったら、それをどんどん消していく。それが自分との戦いだ。そのマイナスの力に勝ち続けることが、恋愛に勝つということになる。それが恋愛における男らしさだ。受け身な女ばかりで腹が立つが、こればかりはしょうがない。

 なんだか、男向けの記事になってしまったが、今言ったことは全て女性にも当てはまる。女性も同じように消極的な心と戦い続けなければならない。本当は女性にこそ言いたい。男も女も、自分の中の【消極的な心】とバシバシ戦って乗り越えていけば、必ず惚れられるのである。恋愛にテクニックも糞もないのである。恋愛は相手をどうにかするものではなくて自分をどうにかするものなのだ。もしあなたが部屋にいるときのように自然で、心の中が静かで一点の曇りもなく、あの手この手を使って女をホテルに連れ込もうなんていう魂胆もなく、何の欲心もなく、極めて静かで、相手の全ての心を見渡せるような心的状況なら、必ずモテる。何もしなくてもモテる。あなたの霊的段階が進むと、神が勝手に女を用意してくれる。これは本当に不思議なことだけど、俺は以前に、大変努力して、恋愛のテクニックらしきものを施して、色んな女にアプローチしてジタバタしまくったが、全くモテなかった。一度ゆっくり反省して、瞑想と断食に力を入れてただ静かに毎日を過ごし、神に祈っていたら、急に19歳の可愛い彼女が出来てしまった。あなたが心静かにして霊的段階が進めば勝手に可愛い彼女が出来るから心配しなくてもいい。しかし、神があなたに何かをプレゼントしたくても、そこに媒体の役を担う、あなたと神を繋ぐものがなければ、神もあなたにプレゼントしようがないから、とりかく出会い系はやらなければならない。すると、本来マッチングするはずもない異性とマッチングするようになる。それが神の寵愛だ。神は見えない力で偶然を装って寵愛をもたらすのでみんな気づかないが、そういうことなのだ。モテるカラクリはこういうことなのだ。神に愛されるということなのだ。

 とにかく男らしく生きるのだ。女はとにかく男らしくならなければならない。男らしく生きて、消極的な心を次々と破壊していき霊的境地が進むことで、神に愛される。運がよくなる。たくさんの寵愛が手に入る。寵愛を当てにしてはならない。男らしい態度そのものが既に至上なのだ。男らしくないから、女は男以上に不幸なのだ。

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