仕事

戦争は今もなお、このドトールにおいて続いて行われている。

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多くの場合、男は仕事で女にかなわない。

ドトールなどの飲食店ではそれが顕著である。

「やだー店長! この捨て方やめてよ!」とパートのおばさんがゴミ箱を見ながら叫んでいた。

店長が粗相をやらかしたらしい。変なゴミの捨て方をしたのだろう。ゴミの捨て方でその人の飲食店の向き不向きがわかる。

小生もむかし飲食店のバイトで、バケツの水をキッチンに流してものすごく怒られたことがある。

飲食店の仕事とは家事に他ならない。パートのおばさんはまるで自分の家庭の延長のように仕事をする。家で洗濯物を干して、何も思考の間に遮るものがないまま、ドトールの食器を洗う。そこには主婦歴20年の知恵が活かされている

店長がどれだけ力を発揮させようとも、ドトールにおいては40%がいいとこである。店長がエビをひとつひとつラッピングして小分けをしているとき、ひどくやり切れなさを感じる。力が逃げていってしまっているように感じる。

その点パートのおばさんは100%の力を発揮できている。HUNTER × HUNTERでいう、念能力の分類みたいなものである。店長がエビを包んでいる姿は、強化系がナイフを具現化しようと修行するようなものである。

店長は、店長なのに邪魔者の空気。店に出勤するのも嫌そうである。今日、朝、ここにくるというだけですべてのエネルギーが使われてしまっているようで、朝の8時なのに、もうグッタリした顔をしている。

一人リーダーのようなパートのおばさんがいるが、この人がドトールのすべてを握っている。このおばさんがいないときだけは、店長は元気な顔をする。というより、すべてのスタッフが嬉しそうな顔をする。

確かにリーダーのおばさんは仕事ができる。ドトールは彼女の作品である。自分の家の棚から食器を取り出すように、遠慮がない。自然で、ドトールと一体している。

しかし小生からいわせると、本当に仕事ができるとは、目の前の仕事を完璧にこなすことではなく、すべての従業員に光を与えることである。働く活力を! ナポレオン軍が行進する際、兵士たちが一種の光芒の中に包まれているようだったと回想したように、彼らの全運命を解き放ち、部下に100%の力を発揮せることなのだ(店長は部下どころか上司なのだけど……!)。

店長は40歳くらい。鬼のパンツはいいパンツのデフォルメされた鬼のように、頭にもじゃもじゃをのっけた髪型をしている。スクエア型の知性的なメガネをかけており、大人しく優しい声でまったく毒がない。とても人当たりがいい。

だが、すべての職場でいえることだが、人当たりのいい人間ほどいじめられてしまう。人当たりのいい人間は、いつも愛嬌をよくすることに心を砕き、リソースを注ぎ込むので、実務面の成績は芳しくないことが多い。そして愛嬌を優先するがあまり、怒られても反抗できない。ずっと何でもハイハイいってしまう。彼らが磨いてきた愛嬌が仇となる。

仕事においてはこの手の人間がいちばん精神を病むことになる。いちばん人間的なゆえに苦しむ。人間的であろうとして、常日頃から人間精神の向上を図ろうとしているから、仕事に自己が埋没してしまった人間と大きな隔たりを持つようになる。仕事という性格自体が、人間性よりも機械性を優先され、人間的感情が邪魔になるからである。

仕事では、出来不出来よりも、良い悪いよりも、いちばん発言力の大きい人間がいったことが正義となる。このドトールにおいては、リーダーのおばさんがいったことがすべて正しくなる。

ドトールそのものがしゃべっているような、恐ろしいほどの一次的感情。このリーダーのおばさんが話すことやることすべては、間違っていようが正しかろうが関係ない。ドトールそのものが持つ固有の生命と一致している。

店長はどうしてもこのおばさんの圧力に負けてしまうようで、おばさんの前ではなんでもハイハイいってしまっている。ハイという前からハイという準備ができてしまっている。このままじゃいけない、店長としての威厳を……、心の中で思っているようだが、いざおばさんを目の前にすると、ハイしかいえなくなってしまう。

パートのおばさんたちが束になって話していると、自分の悪口をいっているんじゃないかと思ってしまっている。パートのおばさんたちがおしゃべりをしていても注意ができないでいる。

店長は外でチラシ配りを進んでやろうとする。本来店長がやるべき仕事ではないと思うが、大半が女性スタッフであり、女性スタッフは寒いからみんなやりたがらない。しかし店長は進んでやろうとする。店内にいたくないからである。

外でチラシを配っているときの店長は、ホッとしたような顔をしている。一国一城の長ともあろう者が、このままでいいのだろうか。昨日入ったばかりの新人にも、その姿を見られている。

店長は冷たい空気に触れ、英気を漲らせたようだった。もう少し、俺もちゃんと注意しなきゃいけないな、と葛藤しているようだった。外に出ればがんばれそうな気がしてくる。中に入るとまたダメになりそうな気がする。その繰り返しだった。

「休憩入ります」

この声がよく聞こえなかったらしい。

店内に戻ると、パートのおばさん達がクスクス笑いながら話していた。リーダーのおばさんも話していた。やはりこの辺りは女の悪いところだ。女の話好きな面が出てしまっている。いくらリーダーのおばさんだろうと、たまにはこうしておしゃべりしたりする。

店長はこればかりはちゃんと注意しなきゃと思ったらしい。店長はだべっているおばさん達をしばらく見ていたが、やっとの思いで踏み出した。

「町田さん、お客さんきてるけど」

「休憩入りますっていいましたよね?」

「え?」

「今休憩中です」

「そ、そうでしたか、すみません」

店長の決死の戦いは終わってしまった。続かないのである。一の矢を飛ばすだけで精一杯なのである。その反面、おばさんはいくらでも後続の矢を飛ばし続けることができた。意識していないのにできている。意識していないから飛ばし続けることができるのだ。

店長はたったひとつ言葉を投げかけるだけで、一日の労働力のすべてを費やしていることがわかる。店長は「お客さんきてるけど」というのが精一杯だった。もう精魂尽きてしまい、指一本動くエネルギーは残っていない。

やり合ってやろうという覚悟も消えてしまった。それどころか、やはりというべきか、店長は話しかける前から、心のどこかで自分が言い負かされるイメージを浮かべてしまっていたのだ。

どちらが悪いかは明白である。『休憩入ります』という声をはっきり伝えなかった方が悪い。悪いのだが、「もう少しちゃんと伝えて」と店長はいえない。なかなか人に『もう少しちゃん伝えて』とはいえない。喧嘩腰の色を帯びた言葉であるからだ。

しかしこれが逆の立場ならどうだ。パートのおばさんは、いとも簡単に、「もう少し大きな声で休憩入りますっていってもらわないと困ります!」と必ずいうに決まっている。

この違い、結局はこの違いなのである。はっきりずかすかいえる神経の太さ。

この神経の太さはどこからきているのか。人間の本質的な性格からきているのか、それもあるだろう。しかし、小生は熟考に熟考に重ねた結果、仕事からきていることがわかった。

たとえばこのドトールが砲丸投げをする仕事に変わったら、おばさんの発言力も砲丸のように遠くに飛んでいってしまうだろう。

砲丸投げはいいすぎたか。ゴミ山にゴミを投げいれるだけの仕事になったら、おばさんは店長に偉そうなことはいえなくなるだろう。

ドトールが執筆場となり、おばさんたちがブログを書かなければならなくなって、小生が「この表現はダメだ」「面白くない」と毎日いい続けていたら、おばさんたちは必ず病気になってしまうだろう。

作家のサマセットモームは、人間には苦悩は必要ないといっている。ただ卑屈になるだけだといっている。それは、はっきり言い切っていて、モームの小説にとても出番の多い言葉である。モームが考えに考え抜いてたどり着いて、愛していた言葉だったことがわかる。

小生自身の半生を振り返ってみても、試練だといい聞かせて印刷会社で2年務めた。得たものは何もない。ただ時間を空費しただけである。そのあと理学療法の専門学校に入ったが、これもまったく意味がなかった。そのあとのすべての仕事しかり。

心労に心労を重ねたけど、それに見合うものは何一つ得られなかった。平和で暖かい調和のとれた生活の中から学ぶものの方が、圧倒的に大きい。

実際に今、不向きな仕事に就いて毎日怒られ続けている友人がいるのだが、ひどい緊張状態にある。このままではいつはち切れてもおかしくはない。

店長も苦しそうだ。いつも息をアプアプさせている。コーヒーを作っているのか、溺れているのかわかったものではない。

彼らはなぜ辞めないのか。むかしの小生も含めて、なぜ辞めないのか、不思議だろう。これは戦争と似ている。

戦争では、武勲を上げると、上の階級にいき、軍事部で座って仕事をできるようになることもあるらしいが、なかには現場での任務の継続を希望する者がいるらしい。

共に前線で戦っている仲間を見捨てられないらしい。自分だけ逃げるわけにはいかないと思うらしい。帰りを待つ家族がいる。はじめは家族のためにぜったいに生きて帰るつもりだった。だが目の前で血と泥と銃弾を被った仲間といると、それ以上の世界などあろうはずがないと思えてくる。そして家に帰還することができて、家でずっと過ごしていると、今度は何がなんでも戦争に行きたくなくなる。

人はその環境にいると、その環境の中でしかものを考えられなくなる。

店長にも店長の戦いがあるのだ。今回はいい負かされてしまった。『休憩入ります』か。確かに俺が聞き逃してしまったのかもしれない。次は聞き漏らさないようにしよう。何をいったかわからなかったら、「今何ていいました?」とすぐに聞き返すことにしよう。しかし彼女たちのおしゃべりも目に余る。店長として言わなければならないことは言わなければならない。入り方がまずかったか。もっと、声のトーンを変えるか、いや入る角度がもう少し斜めの方がよかったか。

これは試練なのだ。今俺ができないことをできるようになるために神が与えた試練なのだ。だから逃げるわけにはいかない。昔は男が台所に立つなど禁忌とされていた。しかしできている男がいる。俺だってできるはずだ。

「店長! ちょっと店長! すぐにきてください!」

またパートのババアが怒っている。店長は次は何をいわれるだろうか。店長の今しがたの決死の覚悟はすぐに砕け散りそうだ。しかし店長は赴かねばならない、骸が連なり血の雨の降る戦場へ……。戦争も仕事も同じだ。自殺者は敵軍による凶弾に倒れたのだ。決して自死ではない。戦争が狂気といわれたように、この時代もまた狂気といわれるようになるだろう。しかし店長は行進を止めることはできない。なぜならそれが戦争なのだから。

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