霊的修行

人は外側の環境ばかり求めるけど内側の方が大事

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大前研一さんが「時間とムダの科学」(プレジデントブックス)で、人生において人間が変わる方法はこれしかないと言っている。

人間が変わる方法は3つしかない

1 時間配分を変える

2 住む場所を変える

3 つきあう人を変える

この3つの要素でしか人間は変わらない

最も無意味なのは「決意を新たにする」ことだ

メンタリストDAIGO氏の動画もこのようなことを言っており、行動科学論なるものが非常に蔓延している昨今の特徴である。朝に仕事をしろとか、家で集中できない場合はカフェに行けとか、まぁそういう情報はとても役に立つ。

俺も怠惰な自分をなんとかするため、随分この手の情報を収集しては収まらないぐらいで、本だけでも十数冊は買って、図書館で借りてはブログを覗いたりと繰り返してきた。確かにかなりの収穫があったことは認める。

最近はこんなことを考えている。本当に楽しいことだったら人間は勝手にやりだすのだ。本当に気持ちのいいことしか書かなかったり、どうしようもなく胸がワクワクしたり今自分が書いているものこそ本物だ、俺はこれを求めていたんだと、内側から歓声が湧いたり、それはまさしく神と一つになっているような、生命の泉から活字が飛び出して止まらないような、そんな気持ちがなければ書いていてやっぱりつまらないと思う。そして無駄でもある。

それをいくら習慣の問題でなんとかしようとして、引っ越したり、朝の4時に起きたり、断食してみたり、テレビをヤフオクで売ったり、物質的に環境を変えたところで、自分自身の本当の心の奥底にある創作の泉にアクセスできるかどうかはまた話が別なのだ。

 

バルザックやヴォルテールが1日に15時間ぐらい執筆していたという話に対して、どうにかこれを取り入れたいと思っていた。1日15時間って、一体どういうつもりでどういう精神状態でそんなことができるんだろう? ワンピースの作者は2、3日食べず寝ずでぶっ続けで描くらしいけども、15時間文章を書くとなると話は違ってくる、俺も漫画家を目指していた時は作業的なことはずっとやっていたけど、ネームだったり創作的な部分に関してはどうしてもそんなに長いことやれなかった。長時間ずっと書き続けられる精神状態の秘密を暴きたかった。物質的な環境を変えただけでは、おそらくこうはなれないと思った。

これを暴くことは人間にとって最も幸せになれる条件のように感じた。毎日YouTubeばかり見て過ごすのは苦痛でしょうがないのだ。人生は自分のやりたいことを実現するために用意された時間であり、最も自分が向いていることを極限まで研磨して、それを世の中のために提供する。それだけが幸せになる唯一無二だと思う。

 

俺もそうだけど、YouTubeを見て1日が終わってしまう人は、何度も何度も罪悪感に駆られて住む環境を変えてみたり、掃除をしたり、新しいパソコンを買ったり、テレビを撤去したり、坊主にしたり、色々試してみるけど、やっぱり思うように効果は出ない。少食とカフェで作業することは効果があったけど。

決まった時間に決まったことを毎日習慣づけてしまうというのは確かにいい。なるべく食べる量を少なくして朝の目覚めをスッキリさせて(少食だと朝の5時に気持ちよく目が覚める)、決まった時間にカフェに行く。これは確かに効率が良くて、怠け者の俺でも毎日更新することはできた。誰にでもオススメできるいい方法ではあるけど、やはり外的手段は外的手段でしかない。外面的なものは真実に迫れるほどの力はない。

 

本当に必要なのは瞑想することなのだ。心の奥にある創作の泉にアクセスすることだ。形而上学的な精神世界の中には確かに数学の方程式のようなものがある。心の中にはいつでもずっと集中していられる定位置のようなものがある。頑張ったり努力したり考えたりしなくても、何を書けばいいか、人間はどう生きたらいいのかということを神様が教えてくれる。そこに心を任せておけば何だろうとどうにでもなってしまう。それは誰の心にもある。だから昔の人はいつも祈祷や瞑想をしていた。

それはひたすら心に浮かび上がってくる想念を、それではない、これではないと全て排除していって、ただの平面、さざ波のような真っ白で何もない部分だけが残り、そこをずっと見つめ続ける。生活中、それ以外はどこにも目をくれないようにする。心の内側の奥の何もないところなだけに意識を傾けて、後のことは取り合わないようにする。

誰かと話してる時もそれだけを見つめ続ける。そんな精神状態で人と会話なんて成り立つのかと思うかもしれないが、成り立つ。文章も書けてしまう。そうすることによって本当に自分らしく自分のリズムを保って話すことができる。あまり他人や物質のことを考えたり、意識が外側に広がっていってしまうと真実から離れて集中力を欠いてしまう。いや、そもそも集中なんてしてないのだ。ただ無だけが続く。

どうしても人は物質的な、外側をなんとかしようとばかり手段試みるけど、心を再構築することが重要である。外に見えるものはすべて悪だと決めつけて差し支えない。実際に、真我以外は夢でしかない。あなたが信じている物や形や人は本当のところ存在しない。外側に意識を取られている間は自分の時間を生きてはいないのだ。真実は心の中にあり、そこに焦点を合わせる以外は人は天職は見つからないしやりたいこともできないし幸せにもなれない。

俺もみんなも今早急にしなければならないことは、心を壊すことである。自分が自分だと思い込んでいる心はあなたではない。心があるから何も成せない。心は欲望の累積と習慣でしかない。だから赤ちゃんには心はない。今一度生まれたばかりの綺麗な人間に戻るしか幸せにはなれない。ろくな仕事なんてできやしない。

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