マザーテレサは日本ほど愛がない国はないと言った。酔っ払いがその辺に倒れているのを見て、素通りしていく日本人を見て目を疑ったそうだ。
天風先生はこう言っている。
「天風哲学によって真の人間として生きる生き方を知って真人になれば、たとえ自分の心に瞬間憎らしいとか嫌だと感じるものがあっても、そういう人を決して退けない。進んでそういうものと和やかに親しみを続けて行く気になるが、ただその人の心にこっちが与してはいかない。つまりよくない方面には決して与しない。これが真人だ。それだけ清濁併せ呑んで、その人は排斥しない。
さらに、真人から進んで、徹底した統一道の奥義に達した至人になると、仲良くして与しないばかりでなく、常にこれをよいほうへ、よいほうへと導くことに努力する」
ゲーテは思索と実験を繰り返して、全ての人と仲良くできるようになったと著書で述べている。ゲーテの弟子は、ゲーテのコミュニケーションの様子をこう語っている。
「ゲーテはどんな人にも自分から必ず話しかけていた。非常に快活でニコニコした様子で話しかけ、そして一旦話しかけたら後は聞き役に徹していた。誰もがゲーテと話していると、いつまでも話していたい気分に駆られた」
岡本太郎は、ひたすら自分の芸術を追求し続けた人に見えるが、ある友人の結婚式で「 新婦は全ての男の花嫁になったつもりで生きなさい」と言っている。小市民の自分の生活さえよければいいという精神を嫌った。
マザーテレサは、ドブの中でうずくまり、体の半分を虫に食われていた中年女性を施設まで連れていき、介護した。女性はもう息絶える寸前だった。
「息子に酷いことをされた。息子のせいでこんな路肩のゴミクズになって横たわる運命になった。絶対に許さない。化けて息子を呪い殺してやる」と言っていた。
マザーは一晩も二晩も寄り添って、女性の手を握り、そして命の灯火が消えかかったころ、「息子さんを許してあげてください」と言った。女性は「息子を許します」と最後にそう一言残して昇天された。
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昨今は、サラリーマンを辞めて自分の小さいビジネスを始めて成功する人達が増えてきているけど、そういう人達はくだらない人間関係から逃れようと必死だ。自分さえ良ければいい、できるだけ気が合わない人とは関わらないようにする。
そうでなくとも、多くの自己啓発書やノウハウ本やブログ記事などにも、負のオーラがある人、ネガティブな人、勉強しない人、自分の人生にプラスにならない人には近づくなと書いてある。そういう思想は年々強まっていきそうだ。
こういう考えは、どんどん貧富の差は拡大していくし、人間の溝も深まるばかりである。自分で人生を生きにくくしている。世界で一番幸福度が高いと言われているフィジーは、その駅に降りた瞬間から他人同士が挨拶する光景に目を奪われるらしい。
しかし、俺もそういう方面で生きてきたし、これからもそうやって生きていく確率が高い。シングルマザーを見ると逃げていく男だ。
女と一緒に歩いているとき、女は赤ちゃんを見かけると手を振ったり、ニコニコ笑ったりする。そういうとき、無反応でいると冷たい人間だと思われる。
俺はホームレスを見ると体を洗ってあげて、50人ぐらいを一つの部屋に集めて、再社会進出させてあげたくなるけど、そうすると、今度は女の方が無反応になってしまう。
結局、女は綺麗な服を着て綺麗なもので固めたいだけのように思えるけれど、それでも、あんな汚い男の肉串を平気で舐めたりするから分からなくなってくる。
俺も人に無関心で生きてきて、まぁそれが本当に無関心だったかどうかは置いておいて、少なくとも人にそういう印象を与えて生きてきた。
この前も出会い系である女性と会ったけど、写真の面影が全くなくて、3倍でかくて、よくここにこれたなぁと、その度胸を褒めたくなる人がいた。だけど、いくらなんでもこれは写真と違い過ぎて失礼だろうと思ったから、「あの、すいませんが……」と言い終わらないうちに、女はすぐ察して、「は〜い♪ 全然いいですよ〜♪」と手慣れた感じで去っていった。
そして、すぐにLINEが届いて、「どうやったらそこまで顔面の骨、ボコボコに崩壊できるんですか?(笑)」と書いてあった。
これはすなわち、骨格という生来の矯正不能な部分が醜いために泣き寝入りするしかないという、彼女の思いつく最大の不幸を俺に与えて傷つけようと、頑張って作り出した文章なのである。
ここまでくるとさすがに腹も立たないけど、正直なるべく関わりたくないと思ってしまう。
一目見ただけで内面がおぞましいものに取り憑かれていて、よく買って、よく食べて、いつも頭を掻きむしっている姿が想像できた。ブスとかデブとか以前に醜い顔をしていた。ダークサイドに堕ちて長いことはすぐにわかった。笑った顔にすら自他への破壊が含まれていた。家庭環境の不和で、たった1人の友人にも当り散らして、そして今、目の前で一瞬会っただけの男に「すみません」と言われて、腰が砕けそうになっていた。あともうひと押しで憤死してしまいそうだった。
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だけど、ここが人生の奇異なるところで、カルマは必ず回収される。くるべきときにくるべき姿で現れる。
以前友達が職場の人間関係で悩んで電話してきて、必ず同じタイプの女に悩まされる。どこの職場でも必ず同じタイプの女に出くわすのはなぜだろう? とウンウン言っていた。
それは俺もそうだし、全ての人にとってそうである。必ず出会うように運命づけられている。まるで神がこれを乗り越えなさいと言わんばかりだ。
実際この世界は、潜在意識の現れであって、自分の奥底にある問題意識や強く胸に抱いているものは、幸も不幸も玉石混交で、一切が顕現されるようになっている。つまり、目の前の障害も人間も、自分で造り出している。
嫌な人には近づくなと言っている人と、嫌な人こそ自分から話しかけようと言っている人では、やはり後者の方が尊いと思ってしまう。そういう人の方へこちらも近づきたくなってしまう。
今はYouTube全盛の時代だけど、YouTuberの中で、そんな境地にいる人は鴨頭嘉人さんだけだと思う。「愛」が熱量や技術に転換されている。それがYouTuberの中で一番トークが上手い理由になっている。愛と技術は相関する。
みんなゴッホのことを狂人だと思ってるかもしれないけど、日記を見ると非常に理知的な人間だとわかるし、何より愛に溢れた人だった。自分が着ているものをすぐに浮浪者に与えてしまうし、怪我人を見ると助かる見込みもないのに1ヶ月間ずっとそばにいて看病し続ける人だった。
やはりこの辺りが小さな成功者と違うところだろう。