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よ〜し! ここらで、初体験の話でもすっか! 2

さて、読者の皆さんには、思わせぶりな態度をとってしまって申しわけない。最初、この物語を書くうえで、印刷工場の舞台を持ち出したのは、へぇ、なんだ、しまるこさん、印刷工場の工員の女が初体験の相手だったんだぁ〜、と思わせるためのカムフラージュであり、そのあとに絵画教室の話を持ち出したのは、え? なんだぁ、印刷工場じゃなくて、絵画教室で奇跡的に女と運命の出会いをはたして、そこでカップイン? と思わせるこれもまたフェイクであり、真実はなんてこともない、どこにでも転がっている援交女と援助交際して、初体験を済ませたのである……!

やーいやーい!😂 ひっかかってやんのー!😂 😂 😂

やーいやーい!😂 😂 😂

まさか、すき家のババアとセックスして童貞捨てたと思ったりしたとか?😂

やーいやーい!😂 😂 😂

引っかかったものは、正直に手をあげぃ! 

あー!? 援交で童貞捨てたくせに偉そうな顔すんなってか?

ククク……、まだ、それはわからんぜ? まだ、この先も、たくさんのフェイク(落とし穴)が待ち受けていて、ここから、二転、三転、転んで、カラオケの店員女性だったり、あるいはホテルに行くまでに逆ナンされて、そっちに鞍替えってしまうかもわからんぜ? なんたって、池袋だからなぁ?

ククク……。もしかしたら、セックスをしない、なんてこともアリエルかもしれんぜ? 俺がディズニーのアリエルが好きなだけになぁ……。ククク……。どーだ? 見破れる気がしなくなってきただろう?

わーった、わーったから、とりあえず続きを読ませろってか? しょうがねぇエロガッパどもだな。

ククク……。もしかしたら、道すがら歩いていて、アリエルと出会うこともアリエルかもしれんなぁ……? なんたって、池袋だからなぁ……。それも……アリエル。

「ホテルは、どこにあるんだろう?」

「……」

「案内してもらってもいい?」

「……」

あんがい、この辺りから、彼女の口数は少なくなっていったように思われる。

あんがい、セックスというのは、そう簡単にいたしてはいけないという鉄のような掟は、援交女の胸にも刻印されているようで。

最初に、あの個室で出会ったときに見せていたあの間違いなく好印象だった反応は、ふたたび店内の分厚いガラス板が我々のあいだを遮ったように消えてしまった。

俺は、不思議に思うことなのだけど、ナンパ企画もののAVを見ていると、男女が行きずりという体でセックスをして別れる、そんな一幕の企画ものであれ、その行為が終わる頃には、女はひどく冷たい顔に変わり、街頭インタビュー時に見せていたあのハキハキした態度や愛嬌がさっぱりなくなってしまっているということだ。ナンパ企画ものの場合は、どういう場合であれ、かならずその行為が終わるころには、気持ち悪い、触らないで、と出演女性は、少しでも触られたら警察を呼びそうな、よそよそしい態度を見せるものである。このよそよそしさはなんだろうといつも思う。

MGS動画で、軽トラに張ったテント内でナンパした女子大生と即ハメする、『私立パコパコ女子大学〜女子大生とトラックテントで即ハメ旅シリーズ』があるけど、あれに出演している女性たちは、全員、トラックテントからおりる頃には、すごく冷たい、残忍な、虫を踏み潰しながら帰路につくような顔を見せるものである。行為中は、積極的にアブノーマルなプレイをしたり、自分から馬乗りになったり、男の肛門を舐めたりすることもあるけれども、そういった女性でも、行為を終えて、着替えて、トラックテントからおりる頃には、ほとんどが全員、よそよそしくなり、少しでも触ったら、警察を呼びそうな顔をしているのである。これは監督の指示だろうか? まちがいなく監督の指示ではないだろう。なぜならそんな指示を与える必要がないから。

水曜日のダウンタウンという番組で、大学受験の合格発表時に、そのキャンパスの掲示板に自分の受験番号があってもなくても、受験生は、かならず合格したフリをして、番組に出演しているタレントらが、そのフェイクを見破るといった企画がなされていた。

受験生は、「やったー! 受かったー!」と、ワーワー喜んでみせるのだが、本当に受かっているか落ちているか見分けるのは至難で、タレントらはことごとく外していた。そのなかで松本人志だけが100発100中で当てていた。どうしてわかるの!? と、スタジオは揺れるほど驚いていたが、まっちゃんに言わせれば、「『あと』でわかるんやね。喜び終わったあとで、ちょっとだけ落ち込んだ顔を見せるのよ。あとやね、あと」と言っていたけど、あれとまったく同じである。『あと』である。

“あと”になって、本然の顔というものが、どうしても浮かび上がってきてしまう。某受験生のように、騙すための企画でがんばってもバレてしまうのだから、AV女優だったら、いわんや素人だったら……。俺はおそらく、きらりちゃんがここで俺のことを無視するようになったのは、この現象が働いたためだと思っている。

「ホテルは、どこにあるんだろう?」

「……」

「案内してもらってもいい?」

「……」

カラオケ店を出ると、きらりちゃんは無言で歩き出していった。この背中は私についてきてと言っているのだろうか。俺は黙ってついていくことにした。

彼女はクノイチのように、その小柄の身体を武器にして、池袋の街行く人々のあいだを縫うように進んでいった。相変わらずナメクジのように遅かったが、足取りに迷いはなかった。相変わらず、こちらの顔を見ず、話しかけることもなく、後ろをついてくる俺の姿を確認するそぶりがまったくなかったので、俺が行方をくらませたら、いいコントになっただろう。

こうして、5分も、10分も、黙ったまま歩き続けた。信号待ちをしているあいだも無言だった。このように黙っていても、ちゃんとセックスしてくれるっていうんだから、金の力はすごいなと思った。

自分でも、なぜ話そうとしないのかわからなかった。話そうとした、けど話せなかった。まるで、どこぞやの印刷工場の会議室の前で立ちんぼしていた時を思い出させる。この沈黙の上にゆっくり腰を下ろしていいものか、疑問だった。信号で止まっているあいだ、ずっと考えていた。彼女の方はわからない、何を考えていたか。一つ言えるのは、この男に話題をふらなければ……と考えていなかったことに1000万ペニーをかけてもいいということだ。ただ、やはり、雰囲気としてはけっしていいものではなく、もう、すでにセックスがおじゃんになりそうな、信号が青になった瞬間、信号向こうに見える交番に駆け込んで、おまわりさん! 強姦魔! 強姦魔です! と叫ぶことも考えられなくもなかった。それくらい、この沈黙はすべてを水泡に帰すだけの力を持っているように見えた。

最初、個室での打ち合わ時に、かっこいいとか、ファッションがどうとか、言ってくれていた気がするが。カラオケ終了時に、仲良くなれたね、なんて言っていた気がするが。

この通り、お互いが口に出して、仲良くなれましたね! なんて言っているような仲に、本当がないことははっきりしただろう。大人同士がよく握手をしたり肩を組んだりしてやっているあれは、真っ赤な嘘の綺麗事だということは、俺と彼女において証明された。

この道は、見覚えがある……、そう思った瞬間、「1500円ポッキリだよ〜!」と言っていた、あの、下品で、金色のハッピを着た、浮浪者がスーツを着たようなおっさんの姿があり、目が合ってしまった。

俺は、「へ、どーだ、こっちは女連れだぜ? 俺にはそんなもん必要ねーんだよ。バーロー」という顔をして、おっさんの前を通り過ぎてやった。俺は急にきらりちゃんの横に躍り出て、いかにもこの横に連れている子は彼女なんだとおっさんに見せしめるようにしてやった。きらりちゃんは急に横に出てきた俺に対しても無反応だった。ここまで無反応でいられることは意志の成せるわざだろう。意志の使い方が、正しいか、間違っているかは、さておき。

「バーローはこっちのセリフだよ、バーロー」という目で、おっさんは俺を見てきた。「その女なら、毎度、連日のごとく、いろんな男の手をかえ、品を買え、この道すがら歩いてまっせ。俺ちんは毎日、その様子をぎょーさん見てまっせ。なんなら、お兄やんがこの道を通る一刻前にも、別の男と歩いていたのを見てますがな。そういやぁ、数ヶ月前に、80近い老人と歩いていたのも見ましたがなぁ」

と、そのねばっこい目でジッと見つめて、俺に語りかけてくるようだった。

ホテル街のなかから、その一つを見つけ、入っていく過程においても、彼女の足取りには一糸の乱れがなかった。外を歩き、ホテル街を歩き、ホテルのエントランス、ホテルの廊下を、寸分違わずにシームレスで歩く彼女の足取りを見て笑いそうになった。

おそらくだが、これは先にも言ったが、カラオケ店からスタートして、そのあいだに俺が行方をくらませたとしても、彼女はこのホテルの部屋前までゴールしてしまったと思う。

ホテルは、とてもホテルとはいえない、ボロ雑巾のような見た目をしていた。室内がやたらと暗く、ほんのり薄暗い灯りが灯されているだけで、全体的に、ネパールのテント内の、ゲル民族が過ごすようなテントのような見た目だった。ムーディといえばムーディ勝山くらいにはムーディだが、インドっぽいネパールのゲル系民族のコテージふうを目指して作ったけど、途中で飽きて諦めてしまったような、途中、途中、日本風味のカレンダーなり小物もあって、国旗やら、変な旗、ガネーシャだかいう、ゾウの絨毯や置物、アッラーみたいな神っぽい像やポスターなども貼られてあったが、煩雑とした小物がいっぱいに飾られているというか、落っこちているというか、一貫性がなくて、ゴキブリの巣のようだった。インド風味にしようという目的で作られたホテルのようだが、それも作っているうちから、それは借り物の感性で、この程度で個性的というのはどうだろうと、方向を見失って、途中で開発を中止してしまったような見た目だった。

料金は安そうではある。そうだとしたら、わざわざ安いホテルを選んでくれたということになるが、彼女がそんな気が利いたことをしてくれるとは思えなかった。

きらりちゃんはベッドに座ると、化粧ポーチの中からリキッドタイプのファンデーションの液体をチュウウと手のひらいっぱいにのせて、こねくり回し、ベタァと顔に塗りつけていった。

なぜこのタイミングでやるのかわからなかった。化粧というのは本来、家から出る前にやるものではなかったか? この場で顔にファンデーションを塗る行為は、京都でいう二杯目のお茶を出されたら帰れというふうな隠語のように見えた。

さっきの男たちが、ファンデーションをクチャぁ……と顔に塗りつけている女を見てドン引きしていた理由がわかった気がした。言語に絶するというか、性欲が著しく萎えさせられる気にさせられた。それを狙ってやっているのか。目の前でファンデーションを塗ってやれば、しっぽを巻いて男が逃げていくことを経験則として知っているから、やっている? だとしたら、お手上げだ。こちらとしては、ファンデーションを塗るなとは言えない。よく考えられているなと思った。

まったく、この場でファンデーションを塗る厚顔無恥こそファンデーションで覆い隠してほしいと思ったが。さきの絵画教室に彼女が行ったら、花を肌色で塗るだろう。

きらりちゃんは、たっぷりファンデーションを塗ると、始まるでも始まらないでもない、くつろぐでもくつろがないでもない、ベッドの上に腰掛けながら、ブスッとした顔で携帯をいじっていた。これだけ可愛くても、ブスッとしているとブスに見えるもんだなと思った。それは計算のうちになされている気がした。これで抱けるものなら抱いてみろと言われている気がした。

なるほど、これが援交かと思った。こういう空気でいるのが女としてはいちばん楽なのだろう。これが風俗だったらすぐにクビにされているところだ。この姿を見ていると、世の中で、サービス、サービス、とうるさく言われる理由がわかるようだった。

いかに普段から私たちがサービスに頼りきって生きていることがわかる。普段、どこでも見かける、働く女性たちの顔、あれは心のファンデーションのなせるわざだったのだ。私たちが好いているのは、彼女たちではなく、彼女たちのサービスだ。

ある意味、ピュアだなと思った。風俗嬢たちも、写メ日記だとあんなに嬉しそうにしているし、AV女優も、セックス中、ニコニコしているし、藤田ニコルだって、ニコニコしているし、女はみんな、ニコニコしているけど、そこからサービスを取り除いたら、このピュアだけが残るんじゃないかと思った。ピュアでいうなら、童貞といい勝負だ。俺たちは似たもの同士だと思った。

俺は、ベッドに座っているきらりちゃんの横に腰かけた。

「じゃあ」と俺は言った。

「お金いい?」と彼女は言った。

金か。もう、いくらになるかわからなかった。出会い喫茶の入場料が2000円、カップリング代が2500円。

カラオケ代、2000円、

ホテルの部屋代、4000円。

こいつに支払う金、2万円。

池袋までの交通費、往復で1360円。

合計で1000万ペニーくらいだろう。今や無職の身だというのに、自由というのは金がかかるぜ。ハンバーガー代を奢ってもらったぐらいじゃとても間に合わない。援交代ももらっておくんだった。

金を支払うと、きらりちゃんはベッドから立ち上がって、風呂場に向かっていった。あれだけファンデーションを塗っておきながら、シャワーを浴びるのか。まぁ、顔は洗わないだろうけど。

しばらく待つと、彼女はバスタオルを巻いた姿となって出てきた。

俺も風呂場から戻ってくると、きらりちゃんはバスタオルを巻いた姿のまま、ベッドに座ってガラケーをいじっていた。

俺はとなりに座って、顔を近づけてキスをしようとした。すると

「あ、キスなしで」

と言われた。彼女は身体を遠のくようなそぶりを見せた。

キスだけはやっぱり好きな人としたいってか? 

セックスはいいけどキスはダメらしい。キスを許すその境界はどこにあるのか。キスはセックスよりすごいんだなぁと思った。もし、へるとかへらないとかいう、巷でうわさされているそれがあるとしたら、キスをしたらへるのではないかと思った。セックスではへらずに。

バスタオルを剥ぎ取ると、たしかに、女の身体がそこにあった。服を着ているときは、とても痩せて見えたが、脱ぐと、かなり太って見えた。女は脂肪分が多いため、着痩せして見えるのだなと知った。俺などは服を脱ぐと逆に細く見えるから、男と反対だと思った。

真っ白で、一度も陽を浴びたことのないような、透き通った白い肌をしていた。柔らかそうで、菓子パンばかり食べているのがそのまま見た目にあらわれているようだった。初めて見る女性器は、春の小川の水門とその周辺を生える野草のように見えた。胸はやや頼りなく、そんなに大きくないくせに垂れていて、ハリというものがみられなかった。インドアの、脆弱な生活習慣のためだと思われる。しかし、乳首だけは大きめだった。

キスを拒否されたので、俺はしかたなくといったふうに後頭部をポリポリとかきながら、乳首とやらを吸い始めた。それもこの状況で選択肢がほかになかったからやむを得なかったもので、吸っても気持ちよくもおいしくもなかった。女にとってもそれは同じようで、男が最初の一手としてやってくることといえばかならず、“左乳首を吸う”というものだから、“またか”というような顔をしていた。

なんだか俺は、そこらの男と同じ、マリオカートでいえば同じコースをたどっているような気がして、自分でもオリジナリティがない行為をしているなと苦しめられたものだった。しかしそれでも今は乳首を吸うことしか考えられなかった。左乳首を舐めたら、やっぱり右乳首も舐めなければ折り合いがつかないというのは、これは性欲よりも義務からきているところが大きいだろうと思われた。これまでの人類史において左乳首だけで済ませた例は一つもなかったように、だからといって左乳首と右乳首が合体して一つになられたなら、それこそ舐めるという行為自体を遠慮してしまうから、由々しき問題だ。その点、女はいい。ちんこは一つしかないのだから。

右乳首を舐め終わると、俺はきらりちゃんのマンコに指を入れようとした。

「挿れるのはいいけど触らないでくれる?」

と言われた。

「触られるの嫌いなのわたし」

ピキッと、俺の頭の左上の部分が鳴った。

は? 触らなきゃどうするんだっつーんだよ! ほんっとうに注文が多い野郎だ。注文が多い料理店の女店員かテメーは!

チンポでガンガン突かれるのはいいけど、手で愛撫じみたことをされるのは嫌らしい。それはセックスとは関係ないと言わんばかりだった。まぁ、動物も愛撫なんてしないしな。

手に詰まった。詰め将棋をしている気分だ。

王手はもうわかっているとして。飛車(キス)と角(手マン)を封じられた気分だな。

とうぜん手マンが封じられたということは、桂馬(クンニ)も禁止ってことだ。っち、童貞にはきついぜ。俺だって、こんなゲームは初めてやらされてるんだぜ?

まいったな。

何を、どうすればいい?

ダメだと言われたけど、反則をしてちょっと触ってみた。いくらか濡れていた。この濡れ具合で潤滑油代わりとなってピストン運動が機能するのか、童貞にはわからなかった。が、このまま何もしないでいたら、雨降ったあとの地面のように、だんだんと乾いていってしまうのは自明だ。

このとき、俺はハッと思った。ってことは何か? 乳首を舐めるのと、ちんこを挿れるか、二択しかなかったってことじゃん。それしか選択肢として俺には許されてなかったってことじゃん、と思った。なにがセックスだよ。セックスが聞いて呆れるぜ。

これがセックス? これが童貞喪失? これが初体験?

これでいいのか……?

えーい、ままよ!

俺はちんこというよりも疑問を突っ込んでみた。そのまま覆い被さって、全身を密着させて、顔もほとんどくっつく距離になっていた。すぐ目の前にきらりちゃんの小さな顔があった。この小さな顔は、ほとんど食物に見えた。

俺はこのとき、ニタァ……と、バターのように顔面が溶けていくさまが自分でもわかっていた。それは恐ろしい、天狗のような、悪魔のような、こんな顔を誰かに見られたら、人間性を疑われる、一度でも見られたら、一発アウト、即退場というやつだ。崩そうと思っても、ここまで崩せるものでもない、恋人同士でも許されない(恋人同士ならなおさらだ)、もう一緒に生活していくには無理だと言い渡されてしまう顔であり、人生のすべてを投げうったレイプ犯だけが見せる、おそらく舌も糸を引いていたと思われる。

魔族的なものに顔が追い越されて制御できなくなった経験は初めてだったので驚いた。まるで眠りについている白雪姫を喰らおうとする森の魔獣が、美食を前に垂涎をたらしているようだった。

彼女が目を瞑っていたのと、ちょうど暗がりだったこともあって、大丈夫、見られていないと思って、俺はそのまま破顔し続けた。

そのとき、そこだけ時間が止まったように、横一文字の一線が丸い複雑な生物模様にうつりかわっていくさまをコマ送りで見ているようだった。ちょうど花咲く瞬間を目の当たりにしているようだった。

(悪い顔をしている……)

そう、彼女の目が言っていた。

(悪魔的な顔……)

この顔をうけて、彼女の全身がゾクッと電流のような衝撃が走ったのが、俺の方にも伝わってきた。

波動。黄色い閃光。このとき彼女は俺になっていた。別個の肉体はすでになかった。

悪は誰にでもある。悪は誰にとっても気持ちがいい。今回、彼女は、その悪の受け皿となることで、自分も悪になれる気がした。

この顔をうけて、彼女は、俺を見直したようなところがあった。

女として、ここまで下品な顔を浴びせられる不名誉は名誉にとってかわられる。セックスにおいて、欲望を解放しなければならないときに解放できないことは正義ではないということは女の方でも一致しているようだった。

セックスにおいて、もっとも下品でもっとも醜悪な顔を浮かべることは──。これほどまでに男を小馬鹿にし、シカトまでして、ファンデーションを塗りたくるといった妙な小細工までした女が、一緒に悪の手先に成り堕ちようとしている。まさに悪のティンカーベルが悪のピーターパンを誘うような、この場合、チンカーベルといったほうがいいか(今回、ディズニーの比喩が多いな……)少なくとも、ここで聖徳太子みたいな顔をするよりずっといいと思われた。

俺は童貞のくせにどうしてこんな顔ができるんだろう、と自分が怖くなった(もう童貞ではないけど)おそらく、これは童貞として、25年間、長いあいだこじらせてきたものが顔出したと思われた。これもまた、長い、長い、一つの射精だ。アラジンの魔法のランプでいうジーニーみたいな(←だからディズニーの比喩多いんだって💦)

きらりちゃんは、あいかわらず、喘ぎ声こそ出さなかったが(意地でも喘ぎ声は出さないつもりらしい)、あれはダメ、これもダメと言うなかで、その顔はダメとは言わなかった。

────ぜんぜんキツマンじゃない────!?

俺はそのとき、急にハッと思い出した。

挿れたことによってぬか喜びをしていたものの、かんじんかなめのキツマンかどうかといった問題を先送りにしていた。

これ、ぜんぜん、キツマンじゃないぞ。童貞だからニュートラルがわからないけど、ぜんぜん、キツくはない、それだけは言えた。エロゲーやエロ本によると、キュッと締められるとかそんな描写がよく見られるが、それがまったくなかった。ずっとスカスカし続ける……。本当にマンコがついているのか怪しかった。中にオナホールをぶち込みたい気分にさせられた。

外れを引いたか……? どうしてくれんだよ、そっちにとっちゃ、100本中の一本かもしれないけど、こっちは一本中の一本なんだぜ? クソ、俺の人生を台無しにしてくれたぜ……。クーリングオフはできないだろうか? 

童貞を捨てるための大きなゴミ箱みたいだった。しかし、あまりにもスカスカしすぎるので、これをセックスとしてカウントしていいのか疑問だった。ほかの男たちが、彼女を買わなかった理由はこれかと思った。彼らはみんな、この子とやっていて、ガバガバだから他に行ったのだと思われる。あいつら、おしゃれな服を着ている俺に対して、一矢報いてやったつもりでいるだろう。

しかし、腰をあてがっていると、うまくちんこに刺激がくるポイントを見つけ、ちんこに引っ掛かりを覚えた。それがちょうど彼女にとっても都合がいいようで、「ウッ」と、初めてここで喘ぎ声らしい喘ぎ声をあげた。ここか、と俺は思った。ガバマンに対する対応策をその場で思いついた。これはやはり運動神経だと思った。運動神経もとい頭の良さか。運動神経もけっきょく頭の器用さに他ならないから。位置やポジション、トライアンドエラー、さまざまな角度や対位の調整を余儀なくされ、たった一条の光なるポイントを探り当てた。

腰がぐっとのぼってくる感覚を覚えた。射精の感覚だ。どこに出せばいいだろう? 顔はたぶん怒られるだろうから、中はもっと怒られるだろうから、消去法で腹の上に出すことにした。ビャッビャッビャとトイレで手を洗ったあとに払うような、主婦が三角コーナーの水切り穴を払うような、いや、しょんべんをしたあとにちんこを振るときのそれがいちばん適当だろう。腹の上に降りそそぐと、俺の初体験は終了を迎えた。

彼女は長くこの場所にいたい様子はなさそうだったが、単純にだるいからという理由で起きあがろうとしなかった。俺たちは全裸のままベッドでダラダラとしていた。

この出会い喫茶、つまり援交というものは、時間といった概念がない。60分とか、90分とか、そういった時間制の性風俗の範疇外で、というより、ただの違法行為であり、そもそもが会社といったものを経由しない、ただの違法の個人間のやり取りである。だからホテルで行為を終えたから、終了という話でもない。

という話でもないが、ピロートークという雰囲気でもなさそうだった。

という雰囲気でもなさそうだったが、俺は、「彼氏とかいるの?」と聞いてみた。

「いたけど、つい最近、別れた」

「どこの人?」

「ここ」

「ここって」

「ここ」

「ここって、この、さっき、俺たちが知り合った場所? お客さん?」

「そう」

客と付き合うってことは、そんなに客のことを見下しているわけでもなさそうだ。では、この一連の態度はなんだったのだろう? 

彼女が付き合ったとされる客と俺は同じ客なのだが。その客とは、気まずい雰囲気にはならなかったのか。俺のもっていきかたが悪かっただけなのか。俺もきらりちゃんと付き合える可能性はあったのか。ならば、その可能性はまだ残っているのか。いろいろな考えが巡った。

「彼氏は何歳だったの?」

「はたち」

はたち、だと?

そうか、はたちか、はたちならいいのか? 俺は25歳だから、おっさん寄りにカテゴライズされてるのか? だから冷たくされていたのか? 

いったいその彼氏とやらは、どうやってこの鉄面皮が鉄仮面を着けているような女の心を溶かしたというのだろう? それも若干、はたちという年齢で。

「今、何かほしいものとかある?」

と俺はきらりちゃんに聞いてみた。

「愛」

と彼女は言った。

フッと俺は笑った。

きらりちゃんは俺が笑ったことに対して無視をした。

彼女がいう愛とは、それは人々が、みんなが欲してる愛と、同じだろうか。

それは普通といわれるもの、普通の生活、普通に恋がしたい、ということだろうか。

俺は、少なくとも、俺は、いいんだぜ? 俺は、君でもいい。

君が普通に恋ってやつをしたいなら、俺は静岡から池袋にやってくるよ。君はどうかな? 俺じゃダメ? その付き合ったらしい彼氏はよくても、俺じゃダメかな?

彼女の、何を、どうすれば、愛を得られるのか、わからなかった。そして俺も、どうすれば愛を与えられるのか、わからなかった。

こうして、セックスしても得られないというのなら、彼女が人を好きになるターニングポイントはいったいどこにあるのか。

欲しいもの、与えたいもの、その二つが揃っているのに、どうしようもできない。指一本触れられない。こんなに近くにいるのに。

一つ確かなことがあるとしたら、それはきっと、咲かせるものではなく、咲くものだろうと思われた。

俺は横に転がっているきらりちゃんを見た。やっぱり可愛いなと思った。タイプだった。小さいこと、すべてのパーツが小さくて、この両手に収まりそうなほどで。顔などはわたあめみたいで、その輪郭をなぞったり、愛でるように、彼女の顔に手を添えたなら、まるで俺の両手は葉、彼女の顔は花、咲いているようだった。

外に出てみると、童貞という暗雲が払われた空はたしかに輝いて見えた。しかし、それは本来の半分程度の輝きに見えた。俺はこの先の人生、永遠に半分の空の下を生きていくのだと思った。

そういや、『半分、青い』ってNHKドラマがあったな。あれはそういう話だったのか? 援交で童貞捨てる話だったのか。それをNHKで? ふーん。

コンビニでコーヒーを買うと、きらりちゃんには何がいいだろうとさんざん迷って、けっきょくカフェオレにした。茶色で、ミルクが入っていて、彼女っぽい飲み物だ。

外で待っていたきらりちゃんに、「ん」と言って渡した。

きらりちゃんは、最初、「ありがとう」と言ってそれを受け取ろうとした。が、しかし、ほんの数秒、考えるようなそぶりを見せると、「いや……」と言って、少し後ろずさるような動きを見せて、「いい……」と言った。

これはなんだろうと思った。

気持ち悪い、やだ、というような、女性特有の、男に対する生理的な拒否反応が瞬間的にわきあがったようだった。

コーヒー自体がヌルッとした飲み物だし、そのヌルさと、けっきょく目の前の男とのどこまでも煮え切らなかった何かが化学反応を起こしたように思えた。

この場合、何か贈り物をされると、それが物というだけで、渡されるのが嫌というふうな。

「じゃあ」と俺が言うと、きらりちゃんは、「バイバイ」と言って、こちらの顔を見た。

出会った最初の頃がいちばん仲が良かった。でも、別れることによって、その最初の出会いがまたやってきたような気がした。

「じゃあね」

「ばいばい」

彼女は反対方向へ歩き出していった。その方向とは、俺と彼女が出会ったあの場所を指していることはまちがいなさそうだった。

なんちゅうタフな野郎だと思った。

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