友達との電話シリーズ

信じてもらえないと思ったから今まで書かなかったけど、悟空の道着をきて道場にやってくる55歳の稽古生がいる

友達「なんでそれをブログに書かないの?」

しまるこ「いや、書こうと思ったこともあったけど、誰も信じてくれないだろうなと思って」

しまるこ「『しまるこさん、さすがにネタ切れだからって、そこまでぶっこむかねぇ……』って思われるリスクの方が高いと見たから」

しまるこ「しまるこも、とうとうホラを吹くようになったかって」

しまるこ「俺も何度か書こうと思ったんだけどね。でも、それはやりすぎだろって、読者に思われるのが嫌だったっていうか」

友達「でも本当なんでしょ?」

しまるこ「本当だよ。本当だから、本当だからこそ、信じてもらえなくなることもあるっていうか」

しまるこ「本当だけど、信じてもらえなかったら、本当じゃなくなるから」

しまるこ「そう考えると……、人間は、自分の言ったことが伝わるかどうかで、生きているって言えるね」

しまるこ「ボケ老人みたいに、何を言っても、誰にも信じてもらえなくなったら、それは死んでいるのと一緒だわ」

しまるこ「言ったことが、何一つ、誰にも信じてもらえなくなったら、生きているとは言えなくなるわ」

友達「ちょうど信じれるレベルだと思うよ。俺も、セーラームーンの服を着てやってくるって言われたら信じなかったと思うけど、悟空の服を着てくるって、ちょうど、センスのないおじさんがやりそうなレベルっていうか、ちょうどかわからないけど、ありえなくはないレベルとしてあると思うけどなぁ? 道場にくるときだけ着てくるんでしょ? 私服で着ているわけじゃなくて。じゃあ信じるけどなぁ」

しまるこ「お前の職場の人たちに言っても信じないでしょ?」

友達「試しに明日話してみるよ。これくらい時間かけて話せば信じてくれるかもしれないけど、昼休みの10分や20分で伝わるかどうかなんだよなぁ。さすがに一時間この話をするわけにもいかないし」

しまるこ「だいじな可処分時間を奪っちゃうことになるからね」

友達「さすがに昼休みをまるまる奪うのは申しわけないわ」

しまるこ「まぁ、俺としては、そんなに面白いとも思わなくなったというか」

友達「ウソでしょ?」

友達「それはお前が悪いよ。超面白いから書いてよ。マジで」

しまるこ「そんなに面白い記事にならないと思うけど」

しまるこ「どうでもいいシリーズで書くかなぁ」

しまるこ「職場の人、ぜったい信じないでしょ」

しまるこ「『とうとう○○さん(友達)、捏造までして、武器を頼るようになったかぁ、39歳だし、あんまり俺らとうまく話せてないし、“銃器の密輸人”みたいに、すべての危険をおかしてでも、“もの”に懸けて話すようになったかぁ』って思われるんじゃない?』」

友達「マジで言ってんの? 悟空の服を着てくるんでしょ? ぜったい面白くないわけがないじゃん」

友達「どうしたの?」

しまるこ「俺はもう、けっこう見てるからなぁ」

しまるこ「みんなも、もう、それについては触れないし」

友達「悟空の道着を着てきて、誰もつっこまないってどういうこと?」

しまるこ「いや、もう、みんな見慣れてるからなぁ」

しまるこ「悟空の道着をきてくることを、新鮮な感覚で受け取れるのがうらやましいわ。もう俺はそうした感情で見れなくなっちゃってるんだよね。道場の人たちもそうだと思う。ゲーテが弟子のエッカーマンに語ったときと同じで」

君は近頃ティーフルト(ワイマール近郊のイルム川に沿った公園。)に行った。まずそれをそういう試みの題材にするといい。あそこの特徴を会得し、すべてのモチーフがまとまるまで、恐らくもう二三度もティーフルトに行って観察したまえ。いずれにせよ、骨折り甲斐のある題材だ。私自身も以前は作りたかったが、私にはできない。私はあの顕著な状態を親しく経験し、あそこにあまり囚われていて、些細な事があまり豊かに迫ってくるのだ。しかし君は初めての人としてやって来て、城守に昔話をさせたり、またただ現在あるもの、目立ったもの、重要なものだけを見ることができる。」 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ; エッカーマン. ゲーテとの対話(上) . KotenKyoyoBunko. Kindle 版.

友達「道場の人たちは、みんな何歳くらいが多いの?」

しまるこ「40代、50代」

友達「師範の先生は?」

しまるこ「60歳だよ」

しまるこ「俺がいちばん若いよ」

しまるこ「あ、俺より一人若いのいるわ、33歳の人がいる」

友達「40代、50代……、なるほどねぇ。それで話もだいぶ変わってくるからなぁ」

しまるこ「あと40代の女の人が一人いるよ」

友達「あ、女の人もいるんだ。それもちゃんと言わないと、職場の人につたわる説得力が違うからなぁ」

しまるこ「一人だけだけどね。夫婦でいっしょに来てるよ」

友達「夫婦で来てるんだ。なんか微笑ましてくいいね。OK、だいじなところだわ」

友達「いつから着てるの? 初めの頃から?」

しまるこ「俺が一年前に入って、その人は半年前ぐらいに入ったんだけど」

しまるこ「初めの、一回目は、着てなかったと思う。初めてその人がやってきたとき、俺いたの覚えてるもん。でも、二回目のときには、もう着てたと思う」

友達「道場の練習は週に何回?」

しまるこ「毎週、日曜日、一回だけだよ」

友達「毎回、かならず着てくるの?」

しまるこ「そうじゃなかったことはないと思う。もうそれ以外を着てくることはできなくなっちゃってるかもしれないけどね。途中でやめたら、あ、恥ずかしくなってやめたんだって周りに思われるのを恐れて」

友達「そうかもね」

しまるこ「さすがに半年も見てるから」

友達「誰も何も言わないってすごいね」

友達「誰も何も言わないってどういうこと?」

友達「それは無視してんの?」

しまるこ「ちょっと、言えない感じがあるかな」

しまるこ「まだ二回目で、ぜんぜん打ち解けてないときに着てきたから。まだ、ほとんど、誰も、その人と話したことがない状態のときに着てきたから」

友達「初めのときに触れなかったら、もう触れないか」

しまるこ「いちばん最初に見たときはびっくりしたし、みんなとはやく打ち解けるためにがんばってるのかなと思ったし、みんなもそう思ったとおもう」

友達「でも、みんな、触れなかったんでしょ?」

しまるこ「うん」

友達「もう板についちゃってる感じかぁ」

しまるこ「板についちゃってたら、もうサイヤ人じゃねーか(笑)」

友達「(笑)」

しまるこ「みんなシャイだしね」

友達「シャイ?」

友達「シャイとかの問題なのかなぁ、まぁいいや、続けて」

しまるこ「まぁ、そういう空気感だよね。みんな50代が多いし、その人も50代で、年齢は聞いたことないけど」

しまるこ「まぁ、いっても、稽古中は上衣と袴を着ているから、悟空の服を着てやってきても、すぐに着替えちゃうんだけどね」

友達「じゃあ、着てやってくるのが、チラッと目に入る感じか」

しまるこ「そう」

友達「そのあと、『あれはなんだったんですか?』ってならないの? 『さっき悟空の服きてましたよね?』って話題にはならないの?」

しまるこ「稽古中はそういう話にならないね。先生がお手本の技をみせて、そのあと、みんなで二人一組のペアになって真似をする感じ」

友達「そのときに、ちょっと小声で、『悟空の服きてましたよね?』って誰か言ったりしないの?」

しまるこ「ならないならない、そんな、私語厳禁って空気じゃないけど、どちらかというと、師範の先生もニコニコしているし、和やかな雰囲気の中で練習しているんだけど、武術に関係ない話はそのときはしない」

友達「めっちゃ武術に関係ある服きてきてるんだけどね」

しまるこ「最強のね(笑)」

しまるこ「でも、すごい記憶力がいいよ。先生がパッと見せた動きを、一回見ただけで覚えちゃう。マジで超頭いい。もう10年くらい通っている一番弟子の人もいるんだけど、その人ですら、一回見ただけじゃわからないから、先生にもう一回お願いしますって。

さっきも言ったとおり、いちど先生がこれをやりますっていうお手本を見せて、そのあと、それぞれ道場生たちが二人組のペアになって、先生が見せた技をお互いに掛け合うっていうルーチンになってるんだけど、そのとき、俺らが、いざ先生の技をやろうとすると、あれ? 先生、どっちの手を出してたっけ? 右手? 左手? うでの角度は? って細かいところがわからないのね。これはね、まずわからない。思い出せないのね。これは本当に思い出せないの。難しくて、細かいところは。だからみんな、一番弟子でさえも、先生ここは右と左どっちだったでしょうか? って質問して、もう一回見せてもらいながら、進めるルーチンなのね。でもその人は一回見ただけで全部覚えちゃう。完全にコピーしちゃう。もう一回、聞き直したりしないもん」

友達「悟空もそういうところあるよね。太陽拳とか一回見ただけでパクってたし」

しまるこ「55歳くらいで、もうそんなに若くないんだけど、そっちの方はマジで頭いい。みんな言ってる」

友達「やってたからじゃないの?」

しまるこ「空手は8年やってたみたいだけど、古武術はやってないと思う。古武術系は、マジでわからなくなるんだよ、本当に、手の位置とか、姿勢とか、ちょっとでもまちがうと、技が効かなくなっちゃう。でも、その人、見たものをそのまま完全に頭の中で再現させられる能力があるみたいで、仕事とかも超できると思う。どんな仕事でも、先輩がやっているのを、映像で全部記憶して、一度見ただけで完璧に覚えられちゃうような、ね。視覚的に」

友達「なんかわからないけど、悟空の服をきて出勤してくる人がいたら、超仕事ができそうだわ。そういう人って、極端に仕事ができるかできないかのどっちかだね」

しまるこ「いねーよそんなやつ(笑)」

しまるこ「いるかよ(笑)」

しまるこ「いなかっただろ(笑)」

しまるこ「今までそんなやつ見たことなかったくせに適当なこと言うな(笑)」

しまるこ「まるで一回でも見たことがあるように言ってんじゃねー(笑)」

しまるこ「いなかっただろ(笑)」

友達「じっさいお前のとこにいるだろ(笑)」

友達「中の青いやつは着てるの?」

しまるこ「着てるときもあった」

友達「本当に? 青いのも着てるの!?」

しまるこ「中にでしょ? 着てるときもあったよ」

友達「着てるときもあったってどういうこと? 持ってたら着るんじゃないの?」

しまるこ「いや、けっこう、夏とかは、オレンジのやつ一枚のときもあった」

友達「マジュニア戦仕様だ」

友達「ふーん、仕上がってんなぁ」

友達「じゃあ冬は着るの?」

しまるこ「中にでしょ? マチマチかなぁ? 青いの着てくるときもあれば、白とかグレーとか、ぜんぜん関係ない英字Tシャツを着てることもある」

友達「なに勝手に自分仕様にしてんだよ(笑)」

友達「英字Tシャツの上にオレンジの道着きてんの!? 見たことないわそんなの!」

友達「そういう服じゃないら!? 完全に寄せるかどっちかでしょ」

友達「一部分だけ、ワンポイントコーデみたいに取り入れるファッションじゃないっしょ!?」

しまるこ「アニマル柄コートみたいな(笑)」

友達「その、適当さ加減にイライラするわぁ」

友達「裏はどう書かれてあるの? 『亀』とか『界』とか」

しまるこ「なんか、裏はちがうんだよね。ドラゴンボールの玉が7つ描かれてる」

友達「なにそれ?」

友達「どういうこと? 見たことねーわ、なにそれ」

友達「外人仕様?」

友達「どういうこと?」

しまるこ「わからない、『亀』とか『界』の部分がぜんぶなくなってて、かわりにボールが7個描かれてる」

友達「そんなのなかったじゃん! ぜんぜんオリジナルとかけ離れちゃってんじゃん!」

友達「漫画の中で悟空がそんなの着てたこと一度もなかったじゃん!」

友達「完全にパチモンじゃん」

しまるこ「世界一有名なヒーローの背中なのに、パチモンの絵がうつってるから、毎度、違和感が仕事しすぎるわ(笑)」

友達「マジでなんなのそれ、疑問を強くさせてるだけじゃん」

友達「前はどうなってんの?」

しまるこ「前は『悟』って書いてあるよ」

友達「前はいっしょなんだ」

友達「ズボンは?」

しまるこ「ズボンはふつう」

友達「ふつうってどういうこと? ふつうのジーパンとかチノパン履いてくるの?」

しまるこ「そうだよ」

友達「ぜんぶ中途半端じゃん!」

友達「中途半端に悟空の格好するってどういうこと? そんなの聞いたことねーわ!」

友達「いちばんモヤモヤするわぁ……!」

しまるこ「ちょっと入っていけないよね」

友達「入っていけない、だって見たことねーもん、そんなの」

友達「“あいだ”ってないじゃん、悟空のファッションに」

しまるこ「“あいだ”があってたまるかっていうね(笑)」

友達「自由すぎてメチャクチャになってんじゃん」

しまるこ「でも、あるとき、一回だけ、誰かが、『その服を着てやってこれる度胸がすごいよね』って言ったら、『はは』って答えてたけど」

友達「『はは』って答えたの!?」

しまるこ「そうだよ」

友達「『はは』って返しただけだったの!?」

しまるこ「そうだったけど」

友達「その服を着てやってくるのって、なにかしらの、なにかの、“反応”が用意されてるんだなって思うわけじゃん、まわりは」

友達「どんだけ準備不足なんだよ、ぜったい突っ込まれるのわかりきってるじゃん、それで、何も用意してなかったの!?」

友達「『オッス! オラ悟空!』って返したっていいわけじゃん」

しまるこ「そっちの方がいいかもしれないね」

しまるこ「いいっていうか、そうあってほしいっていうか」

友達「『オッス! オラ悟空!』のテンションでやってくるくらいでいいわけじゃん」

しまるこ「そうかもしれないねぇ」

友達「そうかもしれないねぇじゃねーんだよ」

友達「そうじゃなきゃ、全員が困るじゃん」

しまるこ「そうなんだよ(笑)」

しまるこ「まわりも本人もね(笑)」

しまるこ「ハラスメントだわ(笑)」

友達「髪型まで悟空にしてきた方が本当はいいくらいなんだから」

しまるこ「本当はね」

友達「そりゃあ、まわりもそれ以上は言わなくなるわ」

友達「『はは』は予想外だったわ。『はは』を言えば、たぶん、職場の人たちも信じてくれそうだわ」

友達「性格はどんな感じなの?」

しまるこ「取り入るのがうまいっていうか、ゴマスリの性格だね」

しまるこ「『先生! そうなんすよぉ〜! そうそう! それをわかる人がなかなかいないんすよぉ〜』ってよく言う感じ」

友達「自分の考えも上に置いている感じだ。同じ目線で話してんじゃん」

しまるこ「『それがわかる人がいないんすよぉ〜、先生の今言っているそれを本当の意味でわかる人はいないんすよねぇ〜っ』って、ずっと言ってる感じ」

友達「スよぉ!? 〜っスよぉって感じで話すの!?」

しまるこ「そうだよ」

友達「55歳でしょ!?」

しまるこ「まぁ」

友達「悟空の道着をきて?」

しまるこ「稽古中はオレンジの道着はきないけど」

しまるこ「タイプでいうなら、悟空より亀仙人の修行してた頃のクリリンみたいな感じ」

しまるこ「先生が、『刀を振るときは、うでの力はつかわずに刀の自然落下のそくどのままに落とします』って言いながら実演すると、「そうなんすよぉ〜、それをわかる人がなかなかいないんすよぉ先生〜、振ろうとする人が多いけど、それじゃ斬れないすけど、自然に落とすようにすれば斬れるんすよねぇ〜、でもそれをわかってる指導者がいないすよぉ〜』って、先生がなにか言うたびに、いつもそんな感じのことを言ってる」

友達「それを他のところでさんざんやってまわって嫌われて、お前がいるところに流れついた感じがするね」

しまるこ「他のところをいっぱいまわったって言ってたよ」

友達「古武術の道場ってそういう奴ぜったいいそうだわぁ」

しまるこ「他のところでも悟空の道着きて行ってたのかな?」

友達「着て行かない理由がないら」

しまるこ「まぁ、だから、そういう性格だからっていうのもあって、みんなもとくにその人と話そうとはしないね。べつに嫌ってるわけじゃないんだけど」

しまるこ「一回の喋りが長いわ」

友達「でも、普通に考えておかしいからね、悟空の道着きてやってきてるのに、それについて誰も触れないって、相当だからね」

しまるこ「う〜ん、だから、なんていうか。いちばん初めの、私服OKのコンビニのバイトの面接とかで、悟空の服を着ていったとしても、それに触れられない可能性もあるわけじゃん? 面接官に。そういうことかなぁ」

友達「コンビニの面接でも、悟空の服きていったら落ちるだろ」

しまるこ「そうなんだけど、触れられないまま終わる危険があるっていう話。でも、道場だから、クビとか落ちるとかなくて、そのまま続いているっていうか。古武術の、道場の、古い人が集まると、そうやって、あんがい触れられないまま終わることが多いんじゃないかなって」

友達「日本でお前んとこだけだと思うけどね」

しまるこ「だから、これくらい時間をかけて、たっぷり話さないと、わかってもらえないかもねぇ」

友達「昼休み、開口一番に、『俺の友達が通っている道場の55歳のおじさんで、悟空の道着きてやってくる人がいるんだけど』って言っても、『またまた〜』とか、『え〜!』とか、気をつかって、おどろいたフリしてくれる人がいるかもしれないけど、やっぱり、ここまで線密にして話さないと、本当のところのエッセンスは伝えられないかも」

友達「モヤモヤするわぁ」

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