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うちの母親が異世界転生されたらどうなってしまうんだろうと考える 第二話「ファル、初めての戦闘〜襲いかかるアクティブタの群れ〜」

アレルギレエオス紀、紀元前124年、バーニャ地方ミートボール城下町では、年に一度の建国記念日を祝して、万国博(ソーシャル・バザール)がひらかれていた。

バザールは、さまざまな商品を販売する小さな店を集合した市場、百貨店・商店などが行っている大売出しがされているが、建物は主にテント式であり、屋根がついているものもある。

住宅地から独立した区画を形成した商店が密集しており、香料、織物、塩、金、野菜や果物など生鮮食料品、家畜などが取引される。大理石を彫って作られたレリーフや、象嵌細工のような繊細な装飾が施された芸術、彫刻品、アクセサリーなども展示されている。

「さぁ! よってらっしゃい見てらっしゃい!」

雑貨屋「テイクアウト」の亭主アッシェンが、よく日に焼けた黒い肌を晒しながら、ニカッと白い歯を輝かせながら大通りで叫ぶ。

「今日の目玉は、つい先日までハウスダスト城にて秘蔵されていた南の大国の主ユグドラシルを斬ったとされる魔剣レヴァンティンのとなりに置かれていたピロシキだよ〜!」

「アッシェンさん。オリュトロスのツノある?」

「おおガマンジール、いったい何につかうんでぇ」

ミノタウロス系半獣人の子ガマンジール、まだ年端もいかない7歳の少年である。

「今日はオイラも店をやるんだ。親父がさ、バザールで使うテントの頭頂部にオリュトロスのツノをつけて、目立たせてみたらどうかっていうんだ」

バザールでは、衣料品、日用雑貨、それに手工芸品が主だが、人々が各家庭で不要になった書籍・衣類・日用品・工芸品などを安価に売ること(即席のマーケット)も主になっていた。

「悪くねぇアイデアだ。ってことは何か、ガマンジール。今日は俺の商売がたきになろうってか?」

「へへん! オイラだって負けないよ!」

ガマンジールはエッヘンと胸を張るようにして言う。

「はは。お前ら、相変わらずだな」

「スケープゴートさん!」

その姿を見て、思わずガマンジールが声に出す。『テイクアウト』の店の真向かいの店『イートイン』の主人スケープゴート。アッシェンの商売敵でもある。

「おいスケープゴート。この坊主、今日は俺たちの商売敵になろうっていう腹づもりらしいぜ」

「わーっはっはっは!」

スケープゴートはガマンジールの頭に手をおいて豪快に笑った。

「わ、ひどいや、スケープゴートさん、そんなに笑うなんて」

ガマンジールはスケープゴートに不定愁訴をうったえる傍ら、その後方で、人混みの中をゆっくりと(それは歩いているのか止まっているのかわからないほどゆっくりだった)、不自然なほどにキョロキョロと辺りを見回しながら歩いている、一人の少女の姿が気になった。

「ねぇ、あの女の人」

「おーい! ガマンジール! どこで油売ってやがる! はやくこっちきて手伝え!」

アッシェンの店『テイクアウト』が繁茂する商業地帯よりもさらに奥、数十メートル離れたエリアから、ガマンジールの父の叱責の声が聞こえてきた。

「わかってるよ、今行くってば!」

「ガマンジール、もう店の名前は考えたのか?」

ニヤと人を小馬鹿にしたような笑みを見せながらアッシェンが言う。

「うん。『アウトイン』って名前にしよーかと思ってるんだ」

「今日、一日限りのバザールだぜ、店も名前もあるかってんだ」

ケッと吐き捨てるようにスケープゴートが言う。

「あ、ひどいな、スケープゴートさんも」

「ガマンジール!」

「うるさい! 今行くってば!」

父、ベビーカステラのどなる声が聞こえてくる。

「じゃあ、僕行くよ!」

「ガマンジール!!!」

「今、行くってば!」

「おう」

「ねぇ、あの人、見ない顔だね。この辺の人じゃないのかも?」

行き交う人々の群れの中で肩をぶつけて困り顔になっている先ほどの少女が、ガマンジールはやはり気になる。

「あれはハーフエルフか……?」

ガマンジールの視線の先をアッシェンも訝しそうに見つめながらそう言った。

「どこからきた人だろう? あの人」

「ガマンジール!!!」

「なぁおい、お前の親父、そうとうキレてるぜ。はやく行ったほうがいい」

「ねぇ、あの人、この辺じゃ見ないけど」

「いいからはやく行け! 急いだほうがいい!」

「じゃあ、僕行くよ!」

「ガマンジール!!」

「わかったよ! 今行くから!」

「おい! ガマンジール! はやく行けよ!」

「ガマンジール!!!!」

父ベビーカステラの声がさらに大きくなる。

「わかったって!!」

「はやく行け! ガマンジール!」

「ちょっと、今行くから待ってって」

ガマンジールは、他のテントに陳列されている品々を覗きこんでは、ゆっくりと歩き出していった。

「本当に行くのがおせー野郎だ」

やれやれとアッシェンとスケープゴートは一息ついて、お互いの顔を見やった。

「おーい、お嬢ちゃん」

アッシェンが声をかける。先ほどガマンジールが気にしていた女性だ。

「お嬢ちゃん! あんたどっからきたんだい?」

ファルは声をかけられて振り向く、今日、初めて声をかけられた。

「お嬢ちゃん、これは珍しい、ハーフエルフかい?」

「へぇ、ハーフエルフかい、ギルドはひくてあまただろうなぁ、いったいどこのギルドに入ってるんだい?」

スケープゴートも一緒になって言う。

「やっぱり一級魔法使い集団トリニティエンドか? それとも聖堂魔導団付属シュヴァリエスパーダ、それともスシローかい?」

「あの、ここは……」

「ギルドはどこに入ってるんだい?」

「ギルドってなんですか?」

「なんだい、ふざけてんのかい、お嬢ちゃん」

ファルは自分でも言ってはならないことを口走ってしまった気がした。どうして空は青いの? そんな大人を疲れさせてしまう質問。目の前の二人の顔つきからして、肉体の疲れをどっと引き起こさせてしまったような、申しわけない気持ちになった。

そのとき、一瞬、キラッと何かが光った。

アッシェンの店『テイクアウト』内、謎めいた物品の数々の中で、自身の動きと連動して映像がうつりかわるそれを見た。

「これは、鏡……ですか?」

よかった、この世界にもあったと安堵して見つめた瞬間──

──何──これ────

これが私だというの──────?

やたらと耳が長い。ヤギのような耳だ。そう思ってツンと耳を触ってみた。触れられた感覚がある。やっぱり私の耳なんだ……。そう思った瞬間、身につけている衣装、目、肌、五感の感覚、すべてが気になり出して止まらなくなった……。

「やっぱりどうかしちまったらしい、自分の耳さわって放心してやがる」

アッシェンとスケープゴートは顔を見合わせて笑った。

「お嬢ちゃん、その鏡なら、今日はバザール大特価価格で、40セバスチャンだ」

「40……セバスチャン?」

聞いたことのない通貨だ。高いのか、安いのか、それすらもわからなかった。

アッシェンは自慢げに腕を組んで、ファルが財布を紐解くのを待っている。狭い店にいかにさまざまの商品をおくかが店主の腕の見せ所になる。天井までところ狭しと釣り下げられた靴、皿、服、キャンドルトレイ、オーガナイザー箱、ものをたくさん持っていることが良い店の証となっている。ヒュウ♪とスケープゴートが口を鳴らした。

この街を歩いていると──ファルは思った。

この街を歩いていると、半獣人、見たことのない、牛や馬とハーフのような人間が織り混ざって生活している。自分もその一人なのだということがわかってきた。

得体のしれない世界に飛ばされてきて、わらにすがる思いで発見した我が身はさらに得体のしれないものだった。これから、この身にいったい何が起こるというのだろう? 鏡にうつったその姿形は、これから起こる何か特別な未来を映し出しているようにファルには見えた。

「アクティブタが逃げたぞ!」

「みんな! アクティブタが逃げた!」

「アクティブタが!?」

とつぜん、辺りが騒がしくなった。

アッシェンとスケープゴートは一瞬顔を見合わせると、急いで駆け出していった。

「あ、あの、ちょっと! お金」

──って、お金、持ってるわけ────、

「…………」

いったい何があったのだろう。ファルは妙な胸騒ぎを覚えた。もともといた時代の野次馬根性の血がそうさせるのか、それとも、これから起こる何か特別な未来が呼び寄せているのか、ファルは騒ぎの中心へ足を運ばせていった。

「っちぃ! おい!」

「ベラルーシはいるか?」

「レインマン! 応答しろ!」

『アクティブタの酢豚』という垂れ幕が張られたテントの周囲に、人が集まっている。

「スコッティ!」

「スコフィールド!」

「スコットランド!」

「あいよ!」

「あい!」

「がってんだ!」

「お前ら三人衆は裏口のかっての方を頼む!」

「おい、ヤベェぞ、このままじゃバザールがメチャクチャにされちまう」

慌ただしい人々の雑踏のために砂煙が舞って、ファルは思わず咳き込みそうになった。

「聞いたか? アクティブタが逃げたらしい」

「スコフィールドさん!」

ガマンジールがやってきた。

「俺は今から裏口の方を取り押さえるから、お前は正面のサタンマリア像通りの方から追い込め」

「わかったよ!」

「あの、すいません、アクティブタってなんですか?」

流れをさえぎって、やっとの思いでファルがそう質問すると、レインマンとスコフィールドは恐竜を見たかのようにギョッとした顔をした。

「レインマン、この子、あんたの知り合いか?」

「いや……」

「あんた、アクティブタをしらないって、いったいどっからきたんだい?」

「あ、あの、さっき」

さっき────

西友で買い物をしようとして──、ファルは思わずそう言いそうになってしまった。

ファルの次の一言からいったい何が飛び出すのだろうと、レインマンとスコフィールドはファルの唇をじぃっと食い入るように見つめる。慌ただしい状況下、この場所だけ水をうったかのように静かになった。

「なぁ、お嬢ちゃん」

レインマンが一歩足を踏み出してファルに近づき、深刻の顔をしながらファルの目を見て言った。

「俺とスコフィールドでヤツの動きを止める、とどめはお嬢ちゃんに任せてもいいか? 呪文の詠唱の時間ぐらいは稼いでみせるつもりだ」

「は、はぁ……、呪文ってなんですか?」

「お、おい、この女……!」

スコフィールドが思わずカッとなって鞘に手をかける、その手をレインマンが制し、首を横に振った。

さすがにこの世界にきたばかりのファルも、この言葉は言ってはならなかったと、二人の反応を見て感じた。

「そっちに回ったぞ!」

「ガルルルル! ガル ガルルルルル!」

あれが──アクティブタ──────

見ると、凄まじい獰猛で凶悪そうなブタが、活動的に走り回っていた。

アクティブタは猛烈な勢いでファルの方へ走ってきた。

「危ない! お嬢ちゃん!」レインマンが叫んだ。

「がああ!」

レインマンはファルを抱き抱えて横跳びをした。間一発のタイミングで直撃を避けた。

(いっ……!)

ファルは膝に焼けるような痛みを覚えた。

だいぶ膝が擦りむけていた。肩には異形のものに触れた感触がなまなましく残っている。それがファルの胸をドキドキさせた。

「お嬢ちゃん! 大丈夫か!?」

「お嬢ちゃん!」

レインマンとスコフィールドが心配そうにファルに声をかける。

なんだろう、この感じ──。こうやって、お嬢ちゃん、お嬢ちゃんって言われていると、本当に生娘に戻った気がする。

「私は……大丈夫です……」

本当に大丈夫だった。あれほど派手に身体を打ちつけて、膝も盛大に擦りむいたのに、今は痛みを感じなかった。ただ、すごく胸がドキドキした。胸の高鳴りが抑えられない、今にも口から心臓が飛び出しそうだ。おかしい、この身体は、とっくにこんなドキドキに耐えられないと思っていたのに。

ファルは気を取り直して立ち上がり、辺りを見渡した。あちこちのテントが半壊していて、陳列されていたほとんどの食べ物は食い荒らされてしまっている。

「っちぃ、思ったより被害がでかい、このままじゃ万博どころじゃねーな……」

「右に曲がったぞ!」

「右だ! ────たちが控えているはずだ!」

「ってぇことは、ここから飛びでくるに違いねぇってわけだ」

住人たちが、力を結集してアクティブタを追い詰めようとする。

袋小路に入っていった獣のあらかたの出口を計算して待ち伏せた。すると、案の定というか、パイナップルとスコーンの棚のあいだから猛烈なスピードで駆け回る獣が出てきた!

「おら!」

スコフィールドがアクティブタの上に覆い被さった。

「でかしたスコフィールド!」

「この、テメェ……、おとなしくしろ……!」

上からぎゅうぎゅうに押さえつけるようにして、くんずほぐれつ、スコフィールドは足を地面に接触させて踏ん張ってもちこたえようとしたが、ずざぁぁと盛大な大蛇が通った後のように地面は抉り取られ、しがみついているのがやっとだった。

「いいぞ、スコフィールド、そのまま押さえてろ!」

「くそ、この野郎!」

「ガルルルル! ガル ガルルルルル!」

アクティブタが動くたびにスコフィールドの身体が上下左右に動く、今にも振り落とされそうだ。ファルはその様子を見て、馬に鞍をセットしようとしていた侍が、その瞬間に走られて引きずられていく時代劇のシーンを思い出していた。

「ちぃ、だめだ、掴められるところが」

「引っ張ってる……! 引っ張ってるよ……!」

「だめだ! うまく掴めない! 毛が短かくてうまく掴めないんだ!」

「もっと、皮膚を掴むようにしてなんとかならねーか!?」

「もっと手を狭めろ!」

「手を狭めろっていったって、手を狭める……!?」

「いいぞ!」

「いった!」

「いったか?」

「いけ! もっとだ!」

「いったか?」

「いった……!」

「おお! お! ──振り落とされるッ!」

「スコフィールド!」

「下だ! 下!」

「もっと! 乳の窪に手を引っ掛けられるはずだ!」

「下って! もう下いってるよ!……ぐあ! ぐあああ!」今にも振り落とされそうになっている中、スコフィールドは手の触覚だけをたよりに突起物さえあれば、なんであれ指を引っ掛ける気でいた。指を下に滑らしていくと、たまたま、おしべの芽のようなものがピコンという音を立てて指に引っかかる感触を覚えた。「いったぞ!」

「いった! 手にかかった!」

「本当か!?」

「ああ、だがこのままじゃ離される! こっち手伝ってくれ!」

「よし、そのまま押さえてろ!」

「ねぇ、こいつ捕らえて売ろうよ♪」

「そういう相談は、捕まえてから言えよガマンジール」

覆い被さっているスコフィールドの横に、レインマン、スコッティ、ガマンジールらが加わる。

「絶対に手ぇ離すなよ! その調子だ!」

好奇と見るや、近くにいた者たちも加わり、アクティブタにのしかかっていった。

「よしいい感じだ!」

「お前らぜったい気を抜くなよ!」

レインマンが全員にはっぱをかける。

「ああ」

「ここが正念場だな」

「お前ら絶対に気を抜くんじゃねーぞ!」

もう一度、レインマンが檄を飛ばす。

すごい、6人がかり……。ファルは目の前の光景に圧倒されていた。

レインマン、スコッティ、スコフィールド、スコットランド、ベラルーシ、ガマンジール

6人がかりで押さえつけていることが功を奏したか、アクティブタの動きがだんだんなりをひそめていった。この世界にきてまだ事情が飲み込めてないにも関わらず、ファルは、少し安堵した気持ちになった。その時、ガタンといちばん奥の勝手口の扉がひらいて、肉体労働から帰ってきたスコティッシュフォールドがあいだに加わり7人となった。

──これは期待できそうだ、そう胸を膨らました瞬間、ドン!と激しい音がした。ファルは背中に凄まじい衝撃を受け、気絶してしまった。

「うしろだ!」

「アクティブタだーーーーーーーーー!!!!」

スコフィールドが絶叫した。

「何!?」

「もう一匹いた……!」

「もう一匹いるぞーーーーーーーーーーー!!!!!」

スコットランドが力の限りの声で叫ぶ。

「嬢ちゃんがやられた! 後ろにもいる! 挟み撃ちされたぞ!」

「もう一匹いたのか!?」

「ば、ばか! おい手を離すな!」

レインマンが気を抜いて手を離した隙に、アクティブタが好奇と見て躍り出してくる!

「うわああああああああああああああああ」

「スコットランドさん!」

「スコットランドがやられた!」

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