恋愛 仕事

パナソニックの女性社員

YouTubeでとある高校生の女の子の動画を見ていた。その子が朝起きて、バスに乗って、水族館に行って、図書館に行って、休日を満喫するという動画だ。なぜそんな動画を見ていたのかはわからないが、一つだけわかったことがある。

女は自分が女ではないことを知っている。こんな高校生の、まだ17歳かそこらだというのに、この子は自分が女ではないことを知っている、ということだ。

知っていながら、ある日は女であることを楽しみ、ある日は女であることを重荷に感じる。

彼女たちは、たまに、男にいい寄られても、納得がいかないという顔を浮かべることがあるが、それはどうやら、「そうはいっても、これは本当の私じゃない」という抗議からきているように思われる。

彼女たちは、自身の透明な本体を自覚していて、身体を乗り物のように動かして生活を送っていることがわかる。股から血が出たり、出なかったり、無とどんよりした感覚が交互に襲ってきて、悲嘆に暮れることがあるが、同時に、この入れ物と一緒に生きて行くと覚悟を決めて、朝、家から出て行く時の様子は、東南アジアに売られるために船に乗り込むときの売春婦のような顔をするものである。

じっさい、この肉体や心を観照している本体は年を取らないものであり、それゆえ彼女たちは、老婆を見ても、少女を見ても、自分自身のように感じられるものであり、もし、老婆や少女と肉体を交換しても、それに応じた生き方ができてしまうだろう。おもちゃはおもちゃ、扱いは心得ている。りかちゃん人形のように着せ替えを楽しんでいるだけだ。小説や絵を書くとき、紙の上に書きだされた一線が、その線自体が作者の意図をこえて形作っていくように、肉体が示す一つひとつの所作が、彼女たちの人格を先導していくだろう。それは、動画の女子高生に限らず、小さな少女でさえ、子供の皮を被った子供と言っていいほどにうまく乗りこなしている。われわれが思っているほどにはこの手の精神年齢に差異はない。おそらく過去生での経験も手伝っているだろう。全ての生き物が、とても器用に肉体の役を演じていることには、毎度のことながら驚かされる。

自分の本体を見て欲しいということになるが、その自分の本体というものもいまいちよくわかっていない。自分でもよくわかっていないのに、他人には見てもらいたいというのは虫が良すぎるのではないかと、一人、夜な夜な悶えている。それが彼女たち、世界中の女性に共通する悩みである。

ところで、女には、以上の点から、女そのものの顔になってしまっている女と、女という肉体を動かしていることを自覚している女と、二種がある。

その顔の違いは、それは主観で生きているか、客観で生きているかの違いとも言える。いわゆる美人といわれる女性ほど客観的であり自分を女だとは思っていない。その反面、不美人と言われる女性ほど主観的であり自分を女だと思っている。

それはちょうど真理の関係に言い換えることができる。主観で生きている人間は愚者であり、客観で生きている人間は賢者である。賢者はこの世には何も存在しないことを知っているが、愚者はこの世の現れの何一つとして同化せずにはいられない。

ちょうど五月中旬の日曜日、そんなことを考えていたら、友達から電話がかかってきた。

「なんで女ってもんは、俳優とかと結婚してもさぁ、すぐ離婚するんだから、金持ちのファンと結婚すればいいじゃんね? 金持ちのファンの中でもさぁ、典型的なモテないオタクみたいな男と結婚すれば、浮気もされないじゃん。どうせイケメン俳優と結婚してもさぁ、浮気されるのがオチだし? だって、たいていの離婚の原因が、男の浮気じゃん」

「ふむ」とぽくちんは答えた。

友達は続けた。

「例えば、ゆうすけ(共通の友達、オタク)とかいるじゃん? ゆうすけとかだったらさぁ、絶対浮気しないと思うんだよね? モテないから、女の美貌をいつまでもありがたがると思うんだよね。偶像崇拝みたいに。美貌のありがたみもわからなくなっちゃう男よりも、希少性を抱いて眠る男の方がいいんじゃないかと俺は思うんだけどなぁ」

「しかしね」と言って、ぽくちんは反論した。「それはそれで、自分の着ている服を褒めちぎられているような気がするものだよ。服を褒められれば嬉しい反面、違う、そうじゃない、って思いたくなるものでね。それはそれで、ある種のフラストレーションが溜まっていってしまうもので。

じつのところ、これは恥ずかしいからあまり言いたくないんだけど、俺は29歳の時、デイサービスに勤めていた時に、40歳の女性に好かれていたことがあった。まぁお客さんの女の人でね。うちのデイサービスは、お前の知っている通り、18時以降は一般の部が解放されて、仕事終わりのOLやサラリーマンがやってくるんだけど、その中に、パナソニックに勤めている40歳の独身の女の人がいてね。まぁ、その人が俺のことを惚の字であることに…………気づくのは時間はかからなかったよ。俺もそんなに鈍感な方ではないし、じっさい、バレンタインチョコもくれたりしたしね。

“パナソニック”

それを聞いて、パナソニックの電球のように、ぽくちんの頭が光ったよ。玉の輿だと。

マッサージをしている時、彼女は仕事の愚痴をよく話してくれたけど、どうやら工場で、立ちっぱなしで足がパンパンだとか、部下がぜんぜん仕事ができないとか、他の管轄がうるさく言ってきて大変だとか、中間管理職の立場で忙しいらしかった。それで、身体中がクタクタになって、マッサージのためにウチに来るようになったんだと。

愚痴はワンワン言ってたけど、やっぱりパナソニックだなとは思ったよ。会話の中から高学歴らしい気品がうかがえたし、乗っている車も新型のプリウスで、かなりの年収もありそうだった。俺も、デイサービスの送迎で、お昼時に利用者さんの家を回ったりしていたんだけど、その時、12時ちょっと過ぎだったかな? パナソニックの工場を横切ったことがあったんだけど、その時、すごくハイスペックそうな連中が、わんさか雨後の筍のように出てきて、鍛え抜かれた軍人の行列のように、いっせいに顔を出してきて。驚いたことに、彼らのうちの少なくない人数が、工場近くにある、高級うなぎ料理店に入っていくところを見たんだよ。

それが俺にはカルチャーショックで。んで、マッサージ中、彼女に聞いてみたのね。工場の近くに高級そうなうなぎ料理店ありますよね? 行ったことあります?って。そしたら、『んー、もう食べ飽きたから行ってない』って返ってきて。たぶん、一食、2000円とか3000円とかすると思うんだけど、パナソニックの連中は、いつも毎食のランチにうなぎを食べてるんだって、それがすごいカルチャーショックで、手がブルブル震えて、マッサージできんかった(笑)

まぁ、それはいいんだけど、やっぱり、なかなか、高学歴の連中がいっせいに建物から出てくる風景は圧倒させられるものがあって、パナソニック同士で結婚すれば、ピカピカの電球の赤ちゃんみたいなのが生まれてくるんじゃないかってぐらい、ピカピカの、輝かしい金持ちライフが約束されると思うけど、どうやら彼女はそこではおこぼれになってしまったようなんだね。ちょうど、その時は、俺も仕事を辞めようと思っていた時期で、彼女と結婚するか、二つに一つ、ここが人生の正念場だなぁ、と半年くらい迷ってたんだけど、いつでもこういう時は、天が定めたルートを辿るしか人間にはできないものだ。

もう40歳だから、これから子供を産もうなんて思わないかもしれないし、俺の給料と比較して、じゃあ私が働いたほうがいいねって言ってくれそうな気配はあったし、彼女の方でも、家に帰ったら俺が料理を作って待っていてくれて、 『ハニー、今日はマスタードとマーガリンとどっちがいい?』なんて聞いてきたりしてさ、そんなことをやっている生活の絵が浮かんだんだよ。多分それは、多次元並行世界において、一種の分岐ルートだったんだろうね。じっさい、その世界線があったんだろうね。今の世界線は、彼女とまぐわないルートなのだけど、じっさい、今も、隣の世界では、彼女とちちくりあっている世界が、続いているのだろう。だのに、その世界の切り絵が浮かんできたというのは、おそらく分岐時にあたってそのルートを殺した瞬間だったから、そのショック反応として、ケンタッキーのチキンがブクブク泡を吹いてフライヤーの中で死んでいくように、断末魔の叫びのように、ぽくちんの脳裏を横切ったのだろう。

さて、で、まぁその視線というのがね。彼女の視線というのが、パナソニックの焦げた電球のように、すごい熱を帯びたものだったんだよ。『君はペット』っていうドラマを覚えているかな? 小雪と松潤のドラマなんだけどさ、俺のことを松潤みたいな目で見てくるんでさ、その期待を裏切るのも悪いと思って、俺は松潤になりきって、姿勢とか、仕草とか、声とか、ぜんぶ気をつけて、さながらステージに上がるアイドルってこんな気分なんだろうなぁって思いながら、俺は踊り続けたよ。さっきまで、老人どもがヒィヒィうめき声で、もういくばくの延命を渇望してリハビリをするという死の香りがする施設で。朝から夕方まで働いた後にだぜ? もう夜遅く、アンコールもいいところだよ。ちょうど、黒いウインドブレーカーを羽織っていたこともあって、“黒執事”みたいになっている感じもあった。すると彼女はますます熱っぽい視線を送ってきて。

今、俺が、お前とこうして電話してるときもさぁ、今、すげえかっこうで寝っ転がってるじゃん? 5月のジメジメした暑さでさ、金玉の裏に汗がへばりついてやるせない感じになってるから、それを分離させるために素手でひっぺ返して、そうでなくとも、今、うつ伏せになって話しているから、ちんこが畳の上に押しつけられて、ばたんきゅ〜((_×ω×)_バタンってな具合で、それも分離させながら話しているから黒執事もクソもないんだよ。これを見られたら一発アウトだなって。その熱い視線はもう二度と戻らなくなってしまう。その脆さというものが痛いほどわかってしまうというね。だからファンの視線なんてものはその程度だとわかってるし、彼女は、彼女のフィルターを通したフィルターの部分を愛しているんであって、その目を通されて結婚生活を送る事は、苦しみ以外のなんでもないというところに行きついてくるわけだね。色眼鏡でその人を見るってことは、その人がその色で見ているだけで済むならいいけど、見られる側もその色にならなければならなくなってくる。一度でも失敗したらアウト。電動イライラ棒みたいな結婚生活なわけよ。この時、俺は思ったね。人間の性格というものは、関係性によって作られる。人は自分が思う人間になるのではない、他人に思われる人間になるのだ、とね。 少なくともその人の前では、その人が思っている人に、人は変身せざるを得なくなる。それはね、意外にも時間はあまり関係なかったりする。というのも、俺は実家に帰って親と会う時、親が俺のことを思っている俺に変身させられるからだ。最も長く接してきている人ですら、俺の本体なんて何もわからないんだ。まぁ本体なんてわからないなりにも、こうやってうまくやれているから、別にいいっちゃいいんだけれどもね。

俺は、自分では今まで主婦の気持ちをわかったつもりでいたけど、この時ほど近づけた事はなかったと思う。主婦ってつまりこういうことだなぁと思って。だって、この手の妄想を、女はいつも男にされるわけだからね、彼女たちときたら。じっさい俺も美意識の高いナルシストだから、それを達成できる自信があった。結婚生活が終わる、30年から40年の間、黒執事を通せる自信があった。でもね、通せたとしても、それはずっと平行線なんだろうなっていう感じはしたんだよね。一生の間、この人が見てるのは黒執事の俺であって、本当の俺ではないというところがずっと引っかかってたんだよ。だから俺は彼女と結婚しなかった。最後、仕事を辞める時、彼女に挨拶に行った時、彼女は、言ってくれれば、言ってくれたら、私はあなたを飼う準備はできているのに、と、電池寿命の長い、パナソニックの電球見たいな目で、すごく熱っぽく深刻そうな顔をしてた。今は、結婚しておけばよかったかもしれないとは、時たま思うけどね。

だから、ファンとアイドルの交際はうまくいかないんだ。んで、さらにいうと、女っちゅうもんは、壁をきっと睨みつけたままそのまま小一時間動かなくなるところがあって、今日は放っておいて欲しい、今日は女であることを投げ出し、一個の人間であることも忘れて、宇宙に溶け込んでしまいたいという日もあるわで、たまに、動かなくなっちまうことがあるんだわなぁ。パナソニックの電池が切れたみたいに、あれはなんだろうな? 女という、取り外しのきくおもちゃを取り外したりしているうちに、エラーが起こってしまうようで、 あれは女を取り外してるのとはまた違って、本人の意思に反して動かなくなってしまうこともあるんだね。その辺の機微を察するのは、どちらかというと、ファンのオタクよりもイケメン俳優の方が得意だったりする。で、ねぇ、今日はちょっと休憩にしない?ってな具合に、言わずとも、同じ悩みを持つもの同士、箸を置くタイミングも一致しやすいのかもしれない。んで、その日は、それぞれ、女であること、男であることから離れ、じゃあそういうことでって言って、お開きになっちまうんだよなぁ」

「じゃあそういうことでってどういうこと?」

「いや、だから、じゃあ、そういうことでって」

「じゃあそういうことでって言って、離婚するってこと?」

「いや、だから、お互いに、こんな乗り物にのっていて大変ですなぁってな具合に、お互いに、骨休みをしているんだ」

「じゃあなんで離婚すんの?」と友達は言った。

「うーん? んー? さぁ……」

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