出前館をやっていると、待ち時間が発生することがある。ふだんは公園で待機していて、オファーが鳴ったら店に向かう。マクドナルド、すき家、吉野家、ほっともっと、ガスト、丸源、それらの人気店を取り囲んだちょうど中心に位置した公園で、オファーが鳴るまで待つ。
その公園にいると、どの店にも5分以内にたどり着けてしまう。考えに考え抜いて割り出した最高の位置である。小生は人生においてこれ以上の発明をしらない。しかし、あまりにもいい場所でありすぎるせいか、店にはやく辿り着きすぎてしまう。はやく着いて、「出前館です」と店員に声をかけると、(はやく来すぎだバカ)という顔をされることも少なくない。はやく店に着いても、商品が出来上がるまでは待機する他なく、目的地に着いたにもかかわらず、まだ目的地が見つかっていないような顔をして待っている。
丸源に行った。例の如く、はやく着いた。アプリを起動して表示画面を見ると、料理完成時間は12時24分と表示されていた。現在は12時11分。料理完成まで13分あった。
(まーた、立ちんぼ決定かよ)
この待っている時間だけは慣れない。Safariを開いてネット記事を読むなり、Kindleを開いて読み物をするなり、スイカゲームをやるなり、いくらでも潰しようはあるかもしれないが、こういう時、小生は何もしない。スマホを触らずに立っている。これ見よがしに立ち続けて、同情心を買おうとしているわけではないが、その方が早く料理を作ってくれる気がしないでもない。
日曜の12時過ぎだったので繁盛していた。レジや券売機の前に人が溢れかえっていて、店全体が具沢山のスープみたいだった。じっさい、チャーシューみたいな人がゴロゴロいた。間違って食っちまいそうになった。待合席の椅子もすベて埋まっており、どこに立っていていいかわからなかった。客として来たら最悪の時間だ。客ではなくてよかったと心から思った。
小生が立ち続けていると、若い女性店員が、「料理提供までお時間かかります! もう少々お待ちくださいませ!」と明るく丁寧に声をかけてくれた。丸源のユニフォームは無地の黒いTシャツであるが、悟空の道着みたいに、背中に大きく源という字が丸で囲まれて書かれてある。店員の誰もが、この黒い道着にスープの飛び汁のような白い汚れがついていたが、声をかけてくれた女性店員だけは、亀仙人から配られたばかりなのか、まったく汚れがなかった。どれだけ嗅いでも豚骨の匂い一つしそうにない。バッチリしている化粧がその黒い道着に比べて浮いていた。
丸源は接客がしっかりしている。他の店舗はしらないが、少なくとも、この店舗は対応がとても丁寧だった。 この女性店員に限らず、他の店員も、フードデリバリーの輩が入ってくると軽く会釈やアイコンタクトをしてくれる。これは出前館をやっていると珍しいケースである。リーダー格の人間が丁寧だと、他の従業員たちも伝染して丁寧になるものであり、リーダーがフードデリバリーにぞんざいな態度をとっていると、やはり部下たちもぞんざいな態度をとるようになる。たまに、その空気に逆らって、フードデリバリーにも優しくしようとする心の根の優しい人に出会うこともあるが、窮屈そうにやっているものである。
一人、額に汗を浮かばせてラーメンを運んでいる妊婦の姿があった。腹はとても大きく膨れていた。10ヶ月ほどだろうか? 屁をこいた拍子に生まれてきてもおかしくないほどだった。一体なぜこれほどの妊婦がラーメンを運んでいるのだろうか? 周りは怖くないのだろうか? 小生は怖いと思った。果たして彼女に一切触れることなくこの店を後にできるだろうかと不安がよぎった。
店主は何も言わないのか? 同僚は何も言わないのか? 夫は? きっと本人が、私、働きたい、と言ったのだろう。金に困っているのかはわからない。旦那の収入があてにできないのか、それとも今流行のシングルマザーか。茹でる前の麺のように早すぎる離婚だ。小生は妊婦の動きを見ていた。彼女は人一倍働いていた、妊婦を言い訳に遅れは取りたくないという気持ちが仕事に現れていた。
「また大きくなった?」と、先ほど小生に声をかけてくれた綺麗な道着を着た女性店員が、クスと笑いながら、妊婦の腹を、許可を取らずに撫でていた。妊婦はうっとりした表情で「ふふ」と笑って自分の腹を差し出していた。慌ただしい店の中で、そこだけ時間が止まっているように見えた。洞穴の中で土器を弄りながら女性陣だけでおしゃべりしているような、あるいはエイトフォーまみれの女子更衣室のような、男子禁制の空気が醸し出されていた。綺麗な道着の女性店員は、しばらく妊婦の腹を撫でていた。妊婦の方も、満足そうに両手を腹に添えていた。この混雑している時に肝が太いなと思った。あれは赤ん坊じゃなくて肝なのだろうか。この時間がそのまま小生の立っている時間に加算されるのだろうと思った。
このとき、これ蹴ったらどうなるのかな? という一念が、小生の頭の中に浮かんだ。
蹴ったらどうなってしまうんだろう? それほど強く蹴らなくても、少し股関節を屈曲して、触れない程度に足先を彼女の腹に当てがる姿勢を見せただけでも、もう二度といま立っている場所に戻って来れなくなるような気がした。
きっと、一瞬時間が止まるだろう。彼女たちは、世にも見たことのない恐ろしい顔を浮かべ、世にも聞いたことのない悍ましい悲鳴をあげ、キャーーーと騒ぐ。その声をきっかけに、厨房の店員たちのラーメンを作る手が止まり、客の口に運ぶ箸の手が止まり、慌ただしい店内が、一瞬にして静寂に持ち込まれるだろう。
妊婦は怯え、縮こまってしまい、足先を当てがられただけなのに、蹴られたかのような痛々しい、ギュっと顔を収縮するようにして、座り込んでしまうだろう。隣にいる綺麗な道着の女性店員は、自分が守らなければと、代わりに母ライオンが子ライオンを守る役目を買って出て、小生を威嚇するだろう。キッと睨みつけて、「何してるんですか!」と大きな声をあげる。
そして、厨房から、リーダー格の男が飛び出してくる。
「何してるんですか!」
「離れてください!」
「まず一メートルほど離れてください」
「できるだけ、そう、遠くへ、もっと!」
※
別に蹴らない。ただ、思うだけである。小生はいつも、妊婦のあの膨らんだ腹を見るたびに、これ、蹴ったらどうなるんだろう? と思ってしまうだけである。
この時ほど、脳内で考えていることが外に現れない仕様になっていることに感謝したことはない。果たして、あの腹を見て、小生と同じことを思い浮かばなかった者はいないと言い切れるだろうか? 店内にはおよそ70人ほどいた。誰も、一瞬も思い浮かばなかったということがあるだろうか? こうして考えると、我々はいつも常に、自制を働かせていることがわかる。5%か、10%か、妊婦の腹を蹴らない程度の注意力は要され、100%になりきれない。この5%かそこらの自制を効かせなければ、妊婦の腹を蹴ってしまう危険があるという話だ。
しかし、この時、少し納得がいかないところは、男はチャンスと思っていたのではないか、ということだ。
女は100%で怒っていた。男は80%くらいで怒っていた。小生は少しだけ、男女に差があることを嗅ぎ取った。この時、女は男を意識していなかった。男は女を意識していた。女は、同じ女として、妊婦の腹を蹴ることは許せないという、義侠心に駆られて出た行動だった。しかしリーダーの男は、どこか小生を制しているようでいて、起きてよかったという顔をしていたのである。暴漢が攻めてきて、危機的な状況に陥った時、男は女を意識している。
客たちも、みんなで力を合わせて彼女を守ろうと立ち上がる。わかりやすい正義と悪のできあがりだ。彼らの持て余していた正義の力が炸裂する。人々は皆思っているよりも正義を発揮する機会に恵まれず、持て余しているところがある。みんな、正義を発揮したいと顔に書いてある。そして、こういう時、必ずと言っていいほど、筋肉ダルマがしゃしゃり出てくる。彼らは120kgのバーベルを持ち上げる時、少なからず、この状況を思い浮かべたりしながらトレーニングしていたからだ。格闘家崩れも出てくる。ボクシングだの格闘技などをやるバカは、世論が味方してくれる限りにおいては、素人相手に全力を出せるチャンスを伺っているものであり、彼らはどちらかというと、妊婦を救うことよりも、自身の技の披露に心を砕いている。出前館の配達員は、その見た目、職業からして、格好の餌食にされる。
彼らはあの手この手を使って、小生を制圧してくるだろう。暴れに暴れ、飲んだのが、ラーメンのスープだったのか、酒だったのか、クスリだったのか、わからなくなるほどに。しまいには、乱痴気パーティとなり、もはや、彼らの方が全力で妊婦の腹を蹴り続けているかもしれない。
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ここまでの話を、電話で友達に話した。