食べ物に関する研究・美容・健康 月に60000円で生きる上級ミニマリストの節約術

今年最後の、いや人生最後の食べ納めとして、白糸の滝へニジマスを食べに行った。

例のごとく、20分焚いた玄米にお湯をかけて食べるという食生活を2ヶ月続けているが、これはとても美味しい。これに昆布を加えて、もう一生この食事でいいと思っているし、そのつもりでいるのだが、はてさて、今年も終わりだというし、今年の食べ納めというか、人生の食べ納めとして、ニジマスを食べたくなくなってしまった。

俺の悪い癖だ。この食べ物を最後にして、もう悔いが残らないようにと、最後のキッパリとした線引きをしたくなるものだから、こうして、これが最後、これが最後と、最後をあと伸ばしにしてしまう。この現象はどうやらほとんどすべての食求道者に起こるらしい。

とある出会い系の子と白糸の滝に行ったとき、そのときに食べたニジマスが人生でいちばん美味い食べ物だった。だから最後にもう一度ニジマスを食べたくなった。しかしこれは他人に記憶が入り込んでいるかもしれない。いつも電話する友達が、今まで食べてきたものの中で小さい頃にお父さんと一緒に川釣りに行ったときに釣ったニジマスを塩焼きにして食べたのが人生でいちばん美味い食べ物だったと言っていて、友達がしょっちゅうそれを話すので、どうもそれが俺の記憶にも入り込んできてしまっているらしい。

さてニジマス。ニジマスの塩焼きなんてスーパーに売ってないから、わざわざ白糸の滝まで行かなきゃならない。たかだかニジマス一匹のために車40分走らせるとは困ったものだ。まぁこれが最後ならいい。このあと俺は、食費月3000円くらいの、20分焚いた玄米にお湯をかけて食べる最高の、天国のような食生活が待っているからいい。そう、これが最後。食べ物のことで苦しむのはこれが最後、最後だからいいのだ。

本当は別に食いたくもないんだけどな。ニジマスなんて食いたくないんだが、どうもこれを終わらせないと頭がスッキリしない。何をするにしてもニジマスのことが頭をよぎって仕方ない。頭の中のニジマスを放流するために、俺は白糸の滝へ行くのだ。

白糸の滝に着いて、売店を歩いていると、ニジマスの屋台を発見した。「あんた色男だねー! まけとくよ! 400円でいいよ!」と屋台のおじさんに声をかけられた。「あら! ほんと! いい男!」そばにいたおばさんも一緒になって言った。夫婦で屋台をやっているらしい。

「べらぼうに美味いよ! 本当にびっくりする美味さだから!」

「じゃあ、ニジマス一つください」

「あいよ!」

「あんたいい男だねぇ! あんたぐらいの男はなかなか見ないねぇ。同じ男でも惚れ惚れしちゃうねぇ」とおじさんが言った。

「ははは」

「東京から来たのかい?」とおばさんが言った。

「いえ、静岡です」

「ねぇ、あんた結婚してる?」

「いえ」

「お嫁さん探してない? あたしゃお嫁さん候補いっぱい知ってるよ、紹介してあげるから連絡先教えなさいよ」

「ははは」

まさかニジマスじゃなくて嫁が釣れるとは思わなかった。白糸の滝ってのは、こんなに客に話しかけてくるもんなのか。会話に気を取られてニジマスの食研究に失敗しなければいいが。

俺は最後と決めてかかって食べるときは、味、食感、匂い、これがいったい何なのか、これは何なのだろうということをはっきりさせるために食べる。もう二度と食べなくて済むように、よしこれで終わりと言えるような完全なインプットを細胞奥深くに刻むこむようにして食べないと終われないのだ。失敗すると、また食いにくるはめになる。

「仕事は何してるの? 学生?」

「まさか(笑) 自営です。訪問マッサージしてます」

「えらいもんだ!」

「まぁえらい!」

「いやぁ、大したもんねぇ。いやあねぇ、うちの息子達は二人とも歯医者なんだけど、歯医者はダメねぇ。医師試験に受かったのに歯医者なんかになっちゃって。あんなもん何も儲かりゃしないよ! 馬鹿なもんだよまったく、医者になればよかったのにまったく」とおばさんは心底悔しそうに言った。

ニジマス売ってる両親のもとで、二人の息子が医師試験に受かったのか。見たところ両親はそれほど勉学に明るいようには見えないが、そういうこともあるのか。魚を食べると頭が良くなると言うが。

話しながら、おばさんは冷凍庫から串に刺さっているニジマスを一本取り出して、電子レンジで温めだした。

(凍っとるやないかい)

完全な冷凍食品だった。

あれ? ニジマスって木棒を串刺しにして火で焼くんじゃなかったっけ? あのヤジロベーみたいな焼き方を想像していたんだが、違ったか。凍ったニジマスをレンジでチンするのと、焚火で焼くのとでは味は変わってくるのか? 食感や焦げ具合は変わってくると思うが、だとしたら、どれくらい変わってくるんだろう? ごはんも焚火で炊くとすごい美味しいらしいからな、終わらせる前に一度やっておきたいが、それは難しいか。

っていうか、さっきの、ニジマスは美味いよ〜って言ってた、あのすごい自信あり気だったのなんだったんだ? 滝っていうぐらいだから、釣れたてを焼いてくれるんじゃなかったのか? 何のために二人いるんだ? 主人は釣ってくるためにいるんじゃないのか? しかし、釣れたてのニジマスと凍ったニジマスだとぜんぜん味は違うのか? あぁぁ〜〜、そうなると今度は釣れたてのニジマスと食べ比べしたくなってくるな。いや、釣れたて? 釣れたてって言ったらなんだ? 俺は釣竿を買ってYouTubeで釣り動画を見て勉強してってことになってくる。いや、それだけは絶対にしたくない。ここで終わりにするんだ、今日で終わりにする。そのために来たんだ。最後の食べ納めが冷凍食品か。まぁいいけど。

ドラゴンボール読んでいても、ヤジロベーが魚食ってるシーンがいちばん楽しい。

悟飯がピッコロと一緒に恐竜の肉を焼いているシーンも捨て難い。恐竜の肉食いたくなってきた。俺は恐竜を食わないと終われないのか?

さーて、どんなお味なもんか。4年ぶりだな。

ふむ、美味いっちゃ美味いが、皮の方が美味いな。皮の方がパリッとして噛みごたえがあって、焦げ具合と相まって一筋縄ではない食感が楽しめる。餃子も皮の方が美味いしな。身はホクホクし過ぎていて、味も食感も粗雑過ぎるきらいがある。皮と身をセットで食べた時は、なかなかオツなところがあるが。まぁ大体、頭の中で想像していた味とほとんど違いない味だった。

「あんたすごいねぇ、骨まで全部食べちゃった。見て母さん、某っきれしか残ってないよ」

「いやぁえらいねぇ。こんなにきちんと食べる人いないよぉ」

身より皮や骨の方が美味かったというものあるが、基本的に食べ物というのは野菜や果物もそうだが、皮の方が栄養や旨味があることが多い。この食い方は俺の癖なのだ。

「ねぇ、あんた連絡先教えなさいよ。お嫁さん紹介してあげるから」

「はは」

なんだかんだいって歯医者の息子二人を持つおばさんだからな、もしかしたら女医を紹介してくれるかもしれない。女医くらいになれば、俺が月給8万だとしても気にしないだろう。俺は電話番号を教えると、駐車場に戻って帰ることにした。

これで終わりか。よし終わった。すべてが終わった! 終わりの終わり! 俺はニジマスから開放された。食事のすべてから開放された。もう全部終わったんだ。あとは楽しい20分炊いた玄米にお湯がけ生活の始まりだぁ〜♪ やったやった終わった〜♪ と、気分良く駐車場に向かっていたら、駐車場近くにレストランを発見した。

レストランののぼり旗に「ニジマス」と書かれてある。レストランにもニジマスが売られているのか。どうだろう? 売店とレストランで味が異なるってことはあるのか? レストランは釣れたてってこともないよな。同じ冷凍食品だから一緒かな? レストランだと素人じゃなくてシェフがニジマスを焼くのか? それともやっぱり冷凍されているニジマスをレンジでチンするだけか? まぁ、ちょっとだけ試食してみるか。これが最後と決めていたけど、一本も二本も同じなような気がするし、二本食べればその分ニジマスの記憶の定着に役立つと思って、俺はレストランバージョンのニジマスを食べてみることにした。

レストランに行ってみると開くの12時からだった。現在は11時20分。仕方ないので俺は見たくもない滝を見に行くことにした。

ふ〜ん、食行身禄の碑か。身禄っていうのがよくわからないけど。食行っていうのもよくわからんけど。江戸時代の長谷川角行という人が、ここで食行見禄の修行をしたらしい。この人も最後の食い納めにニジマスを食べに来たのか? 奇遇だな、いや、偶然なのか? 食行身禄。もしかしたら江戸時代の修行者の英霊が、最後の食べ収めの修行にふさわしいとして、俺を白糸の滝へ呼んだのではないか? 

レストランに行ってみると、びっくりした。なんと、イワナが売られている。イワナ? 川魚だよな? イワナのほうが100円高いということは、イワナのほうが高級品なのか? イワナはニジマスとはどう違うんだろう? 「山女の塩焼き」も売られている。これはやまおんな? なんて読むんだ? 山の女が売られているのか? 700円で? さっきの嫁候補といい、白糸の滝にはたくさん女が余ってんだなぁ。

メニュー表をにらめっこしていると、店員の女将さん(60代くらい)が水を持ってきた。

「これなんですか?」

「そりゃヤマメよぉ」

ヤマメか。ヤマメなら聞いたことがある。ニジマスやイワナと一緒に売られているってことは川魚だろう。ヤマメだけ海の魚というわけではないだろう。しかし、基本的に俺は、海の魚より川の魚の方が好きな気がする。川魚なんてほとんど食べたことはないけど、さっきのニジマスはやっぱりそれなりに美味かったし、ふだん食べている海の魚より美味かった気がする。

きっとイワナもヤマメも冷凍食品なんだろうな。女将さんが釣ってきているわけでもなさそうだし。川魚はこの辺に泳いでいるわけじゃないのか? 養殖? 養殖と天然でまた違うのか? これはどっちだ? 難しいな、ニジマス一つが本当に難しい。さて注文は、まず、さっきの売店のニジマスとどう味が違うのかを調べるためにニジマスを一つ。んでイワナがニジマスとどう違うのか確かめるために一つ、んでヤマメがニジマスとイワナとどう違うのかを確かめるために一つ、か。しかし幸運か悪運か、ニジマスの刺し身が売られている。ニジマスの刺し身? 川魚の刺身って食べたことがないな。塩焼きとどう違うんだろう? イワナとヤマメの刺身はない。イワナの刺身とヤマメの刺身はニジマスの刺身とどう違うのか調べたかったが、ないなら仕方ない。刺し身もいくしかないか。本当は食べたくないんだけど仕方ない、これが最後だしな。

ってことは、まとめると、

ニジマスの塩焼き×1  600円

イワナの塩焼き×1  700円

山女の塩焼き×1  700円

ニジマスの刺身×1 800円

計4点、2800円か。なかなかだな。いや、さっき売店で買ったニジマス代が400円だから、3200円か! ウホ! いいお値段! まぁ、これからは玄米と昆布代しかかからないのだから安いもんだ。しかし、食べ切れるか? 金よりもそっちの方が心配だ。さっきニジマスを骨まで丸ごと食い尽くしたからな、そこそこ腹は満たされているが、食べないわけにはいかない。またこれらの4点を調べるために白糸の滝まで来るのだけは絶対に嫌だ、ここで終わらせる。俺はグルメのために来たんじゃない、修行のために来たんだ、終わらせるために来たんだ。一つでも取りこぼして、またここに来るのだけは避けたい。ここでぜんぶ片付けてしまおう。しかし、腹がいっぱいのときに無理して食べても、味の記憶定着が今ひとつになってしまうんだよな〜。あと4匹ならいけるか? 頑張るしかないか。魚にとっても迷惑な話だろうな、こんなよくわかんない男によくわかんない食い方をされて。

「ニジマスの塩焼きを一つ、イワナの塩焼きを一つ、山女の塩焼きを一つ、ニジマスの刺身を一つください」

これを言ったときの俺の恥ずかしさをわかってもらえるだろうか? 何が一つだ。一つじゃねーじゃねーか。

(まぁ、やだ、食いしん坊さん)こんな食い意地を張った人に滝の風情なんてわかりっこない、とでも言うかのように、女将さんは顔には出さなかったが、びっくりしていたようだった。顔にはまったく出さなかったが、心の揺らぎが垣間見えた気がした。まさかさっき売店でニジマスを一匹食べたとは夢にも思わないだろう。俺は今日だけでニジマスを三匹食べることになるのか。ニジマスの半魚人になっちまいそうだな。

一番最初にやってきたのはニジマスの刺身だった。さーて、こいつは初体験だ。いや、イワナもヤマメも初体験なんだけど(笑)さて、どんなふうに楽しませてくれるのかな?

(もぐもぐ)

ふむ、食べてみたところ、どこぞで食べる海の魚の刺身と変わりを感じなかった。サーモンからサーモン特有の臭いが薄らいだといった印象か。しかしというか、あんがいと言うか、臭みを感じない。海魚よりも川魚の方がミネラルウォーターを飲んでいる感覚に近いような、渓谷の湧き水の存在を背景に感じる。人間は海水は飲めなくても川の水は飲めるもんな、そう考えると、川の水に浸かってる魚の方が美味いという理論が成り立つ。海の魚より美味いかもしれない。しかし海の魚より美味いとしたら、どうしてスーパーじゃ海の魚しか売ってないんだ?

イワナと山女も同じ味だった。ニジマスもさっき売店で食べたニジマスと同じ味だった。見た目も同じだった。わざわざ食べ比べる必要もなかったか。いや、全部一緒ということが知れただけでも大収穫だ。これなら、これ以上新しい川魚に出会っても、どれも同じということがわかったから食べる必要もなくなる。いや、最後だからもう食べないけど。ただ、釣れたてはやっぱり味が違うんだろうか? 釣れたてをヤジロベーみたいにして焼いて食べると、違うんだろうか? それだけが少し気掛かりではあるが。

けっきょく大根がいちばん美味く感じた。刺身の下にくっついていた大根だ。醤油をつけて食べても醤油をつけないで食べても美味い。本当に大根がいちばん美味かった。5本も食べると腹が苦しくなってきて、大根以外手を付けたくなくなってしまった。

「ふいぃ〜、ゲプ」

ひさびさにゲップをした。なぜか食った後に下痢になった。いつも玄米ばっかり食べてるから下痢になったのか? 魚が悪いのか? シカのうんこが川の中に混じってて、その中を泳いだ魚のせいか、俺はトイレに駆け込んだ。トイレには変な壁紙が貼られていた。

女将さんが書いたのか?

あ〜。身体と口の中が魚くせえー。肉も最近まずくてしょうがないけど、魚もまずくてしょうがねぇ。あー、まずかった。これなら玄米の方がうめえや。さいきんは玄米と蕎麦と果物がいちばん美味い。俺はニジマスがいちばん好きな食べ物だと思っていたが、いちばん好きな食べ物は大根だったな。

本当に腹がいっぱいになってる気分っていうのは気持ち悪いもんだな。身体中も魚臭くなって気持ち悪い、これは半魚人化しているのか? まぁいい、こんな気分になるのも人生最後だ。終わった終わった。

終わった!

はぁ終わった終わった〜! いやぁ終わった! 嬉しいなぁ! これからはずっと天国だぁ〜! もう食べ物の呪縛が解き放たれた〜! きっと、この日本で、白糸の滝に来て川魚を5本食った男は俺が初めてだろう。いやぁなかなか大変な修行だった。肉体の奴隷になっている。肉体の欲求に理性が勝たなければダメなんだ。それが修行だ。そういう意味じゃ、江戸時代より誘惑の多い現代の方が修行が大変なんだぜ?

俺は帰りの車の中で、ずっと金の計算をしていた。

3200円ってことは出前館の配達2回分だ。配達2回が30分かかって、家から配達区域に行くまで15分かかるとして往復30分。配達2回をするために合計一時間かかる。

ニジマスの方はというと、ニジマスを食いに行くために40分かかり、食っている時間が20分だとして、そして戻ってくるのに40分。合計1時間半。

ニジマス代を帳消しにするために出前館で働くことになるのだが、だったら最初からニジマスを食べなければ出前館をやる必要もなくなる。ニジマスを食べようとすると出前館もやらないといけなくなるわけで、ニジマス代を出前館で稼いだ金であてれば帳消しになると思われるが、そうは問屋がおろさない。金の面で言えば出前館で一時間働けば相殺されるわけだが、時間の面で考えると足し合わさってしまうのだ。

ニジマス代(−3200円)+ 出前館代(+3200円) = 相殺(0円)

ニジマスの時間(+90分) + 出前館の時間(+60分) = 足し合わさってしまう(150分)

帳消しになっているようで、帳消しになっていないのだ。

しかも150分どころの話しではない。その後、血糖値が上がってボーッとしてダラダラして過ごす時間が発生してしまうから、けっきょくのところ、5、6時間はプラスされてしまう。

最初から家から出ず、何もしなければ、どこにも金はかからないし時間も使われなかった。

これが現代の消費のからくりというヤツだ。目先の欲に因われて一生労働地獄から抜け出せない。食べ物のせいで金と時間を奪われる。食をコントロールする以上に重要なことなどあろうか。やっぱり変なものを食べるから働かないといけなくなるんだなぁ。まあいい、俺には関係ない話である。俺はもう終わったのだから、やっとこの病から抜け出せた。とうとう地獄から脱出できた。もう俺は食事に金を取られることも時間も奪われることもない。最初から家から出ず、何もしなければ、どこにも金はかからないし時間も使われない。そのための決着を今日つけたのだ。

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