月に60000円で生きる上級ミニマリストの節約術

出前館で事故って骨折した 1

出前館のバイトというものは、だいたい単価が660円。一回の配達がだいたい15分ぐらいかかるとしたら、1時間に4回は運べる。そうなると、時給は2600円くらいになる。

まあ、これはうまくいった話で、鳴らない時は鳴らない。基本的には昼時や夕食時でないとオファーは鳴らない。11時〜12時、17時〜19時、その時間はまあまあ鳴る。それ以外の時間は、1時間に1回鳴るかどうか。

配達員への通知は、おおよそ店から半径4メートル以内を走っている者達へ一斉に通知され、店から距離が近いほどオファーが鳴る仕組みになっている。だから、あまり家の中にいても鳴らないのだが、俺は基本的に家でゴロゴロしていながら鳴ったら稼働するという方法を取っていた。

家でゴロゴロしながら、鳴ったら起きて稼働して、日に3回か4回ぐらい配達し、3000円くらいの報酬を得ていた。一日3000円稼げば月給90,000円だ。マッサージの仕事が月給80,000円だから、合わせれば170,000円となる。ニートの月収としては立派な数字だ。

出前館にはブーストというシステムがあって、配達する地区や時間によって報酬が倍増される。11時〜12時、17時〜19時がブーストが発生しやすいタイミングで、おおよそ1.6倍〜1.9倍の金額となる。単価が660円くらいだから、2倍なら1300円くらい。なんと、一回配達するだけで1300円だ。やる仕事は何も変わらないのに、特定の時間に働くだけで報酬が2倍だ。だから俺はブースト時以外は働かなくなってしまった。しかし、みんな考えることは同じだから、ブースト時になると配達員が集まりすぎてしまう。ちなみに、ブースト倍率は、これからフードデリバリーが浸透されそうな都市ほど高い。都会過ぎても低いし田舎過ぎても低い。浸透し切ってしまった都市は低く、発展途上国な、やや中の上くらいの都市がいちばん高い。

オファーは、自分だけに特別に届く場合もあるが、基本的には他の配達員との取り合いである。店に近い位置にいる配達員ほど鳴りやすく、特にマクドナルドやほっともっとからの注文が多い。そのためマックの前でずっと待機している配達員もいる。こうなってくると、家で待機している俺に勝ち目はない。しかし、店の前でずっと待機していても全く鳴らなかったりするので、正直なところまだ要領がわかっていない。実を言うと、俺もまだ出前館を初めて2週間しか経っていないから、詳しいことはわかっていないのだ。

この二日は、ブースト時はまったく鳴らなかった。俺は自宅がほっともっとから近いので、家にいるだけでほっともっとからオファーが鳴るのだが、ブースト時になると、他の配達員がほっともっとの前に居座るせいで鳴らなくなってしまう。こうなってくると、家でゴロゴロしながらオファーが鳴ったら稼働するなんて言っていられなくなる。俺の住んでいる地区は配達員が飽和していて、普通に道路を走っているだけでも、Uber Eatsや出前館やらがゴロゴロ走っている。だから、配達員が少ない地域に行くことにした。

Uber Eatsの方は試してないからわからないけれども、出前館に関してはざっとこんな感じだ。Uber Eatsに比べると出前館は一回の報酬は高いが、オファーは鳴りにくいらしい。

俺が出向いたのは、やや中の上くらいの都市だった。

平日の金曜日、時刻は朝11時。配達員に支給されるブースト表←笑によると、この地区は11時〜12時の間でブーストが1.9倍だった。これは一回配達するだけで1300円くらい稼げる計算で、俺の住んでいる地区よりも高い。俺の住んでいる地区は基本的に1.6倍だ。となると、ここはブースト倍率が高いから、けっきょく配達員が集まってしまうのでは? という危惧は当然あったのだが、とりあえず来てしまった。

土日はさらにブースト倍率が高くなるのだが、土日だけを狙って稼働する配達員が多いため、土日の方が稼ぎやすいとも言えないところが難しいところだ。

『ピロロロロン♪ ピロロロロン♪』

まだ配達エリアに差し掛かっていないのに、オファーが鳴った。CoCo壱のカレーだ。

「1396円!?」

画面の数値を見てびっくりしてしまった。これから店に行って客に届けるまで15〜20分くらい。たった15分で1396円も稼げてしまう。1396円なんて、1時間働いたとしても、そんなに稼げるバイトないぞ?

『ピロロロロン♪ ピロロロロン♪』

ダブルピックだ! CoCo壱カレーの場所を確認して画面を閉じるや否や、二件目のオファーが鳴った。今度はすき家だ。まだカレーを受け取りに行ってないのに、二つ目のオファーが来てしまった。

2つ以上注文を引き受けることをダブルピック(←笑)というのだが、俺はこの時初めてダブルピックを受けた。初心者だから、一件一件終わらせてから、次のオファーを受けようと律儀に考えていたが、二日間まったく鳴らなかったので、この1時間で取り返そうと思った。俺は今日、11時〜12時の1時間(ブーストタイム)だけ稼働するつもりで、この一時間にすべてを賭けるつもりでいた。12時を過ぎた後にオファーを取ったとしても、単価は一倍になってしまうので、この1時間の間にどんどんダブルピックしてやろうと思った。出前館は最大二件まで注文を受けることができる。システムで許されているということは、どんどんやっていいってことだ。

(うおおおおおおおおおお!!!!!! 入れ食い状態や!!!)

新天地はブルーオーシャンだった、完全な穴場だった! 昼時のピーク時なのに、フーデリ配達員が誰も走っていない。ここに来て大正解だった! 俺はクジラやサメがたくさん泳いでいる川を見つけた気分になった。

さて、肝心なのは、この知らない土地だ。出前館の仕事で何がいちばん辛いかというと、届け先の住所を見つけることだ。それ以外に困ることは一切ない。店の住所が見つけられないというバカな配達員は絶対にいないが、客の住所を見つけるのはなかなか難しい。Googleマップを駆使しても、ぜんぜん見当違いのところにピンが刺されることが多く、だいたい5回に1回は間違った場所を示す。店の住所が間違っていることはないが、家となるとぜんぜん違うところを指すことがあるのだ。自分の住んでいる地域ですら、住宅街となると迷子になってしまう。これが本当に困った。これのせいで5分10分迷うのは当たり前、ひどいと20分くらい迷ってしまうこともあった。

俺はこういうものはできるだけ早く美味しい状態で食べてもらいたいと思っていたから、念には念を入れて、7000円の高めのフードデリバリーバッグを買って、形が崩れないように仕切りや梱包材の準備を抜かりなくやっていた。楽しみにしている客に早く届けたいし、俺自身もブーストタイムに道に迷うことは死を意味するので、迷うことだけは何とかしたかった。

しかし、今回は運がいいことに、CoCo壱カレー、すき家、ほっともっと、ほっともっと、4件続けてスムーズに配達することができた! このうち二件が病院からの注文だったため、すんなりと住所を見つけられたことと、ほっともっとが二連続で続いたので、店の場所を覚えていたのだ。立て続けに4件鳴って、報酬は4836円。時刻は11時45分。まだ1時間経っていなかった。

4836円を45分で稼いだ!? こんなことがあっていいのか? どんな仕事よりも時給がいいじゃねーか! 4836円って、普通のバイトだったら5時間働かないと稼げない額だぞ? 45分で……。

しかし、これは最高にいい状態が回った時だ。数百メートルの近距離のオファーをダブルピックで引き受けていった場合に限られる(数百メートルの距離で出前を頼む者もどうかと思うが)。こんなに上手く回ったのは初めてで、とても驚いた。

これは何度も言うが、鳴らない時は鳴らない。時間を選んで、最も鳴りやすいマクドナルドやほっともっとの前で待機していても、鳴らないときはまったく鳴らない。しかし、この入れ食い状態が一日中続いたとしたら、どうなってしまうだろう? 確かに、Twitterで自慢している猛者たちのように、一日に70,000円とか80,000円とか稼いでしまうこともありえるかもしれない。

なんて素晴らしいバイトだろう! 金もいいし、俺はこの配達の仕事が嫌いではない。俺はどんな仕事をするのも嫌で仕方ないが、配達の仕事だけはあまり辛さを感じない。それどころかバイクで走っているのが楽しくて仕方ない。届け先がわからないときは本当に苦しくなって商品を道路に投げ捨てたくなるが、いつも仕事で感じる窮屈さを感じない。俺は現在週一で自営業のマッサージをやっているが、そっちも辛さを感じないように、こうして一人でのびのびやっているのが性に合ってるんだろう。印刷工場で1日8時間立ちっぱなしで作業していたときは気が狂いそうになった。デイサービスで理学療法士として働いている時も、退屈で退屈で仕方なくて、外に飛び出して駆け回りたくて仕方なかった。が、今は好きなだけ飛び回ることができる! 出前館か、天職かもしれない。

実は、俺はやる前から出前館のバイトが天職なんじゃないかと直感で感じていた。サラリーマン時代はいつも時計ばかり見ていたが、出前館は時間の流れというものをまったく感じない。一度やりだすと、いつまでもやってられてしまう。ブースト時以外の時間にやるのはバカらしいから敢えてやらないが、1時間が10分くらいに感じる。近所に買い物に行く感覚と変わらない。アマゾンの配達員を見るたびに、代わりにやらせてくれないかなと思うこともあったし、配達の仕事が合っているのかもしれない。早く店に着いてしまって、商品が出来上がるのをレジの前で立って待っている時ですら楽しい。とにかくバイクが楽しい。楽しすぎる。原付だとしても楽しい。

よーし、あと一回鳴れば6000円だ! 鳴れ! 鳴れ! いま鳴れば一時間で6000円だ! 6000円? 6000円を30日続ければ、月に18万円。一日一時間働いただけで月収18万円!? イカれてやがる! 

しかもブーストは夕方の部もある。17時〜20時は1.8〜2.2倍のブーストがかかるから午前の比ではない。夜のブーストは2時間あるから、2時間だとしたら、6000円の倍の12000円? だとすると、昼と夜を合わせて18000円! たった3時間働くだけで、18000円稼ぐことができる! そしたら、月給540000円だ。ご、ご、ご、ご、54万? ゴボボボボボボ! 俺が、54万? いいのかニートが54万も稼いで? 一日4時間働くだけで54万円!? ふざけてやがる。いやしかし……。

とにかくブーストだ。ブーストの間にジャンジャン稼がないと! 鳴れ! 現在は11時45分、ブーストはあと15分で終わってしまう。鳴るんだ!

『ピロロロロン♪ ピロロロロン♪』

鳴った!!!

よぉぉぉぉーーーーーし! これで6000円だ! 夕方も稼働するからおそらく今日は15000円くらいの利益になるだろう! 俺は出前館で一日3000円稼ぐと決めていて、この二日間稼働できずに生じた6000円の損失を大幅に取り返すことができそうで安心した。

『ピロロロロン♪ ピロロロロン♪』

何!? ダブルピックだと!?

ダブルピック!? ここに来て、ダブルピック!?

ちょうど12時になる前に鳴ってくれた! しかも1654円! いったい、この午前で総額いくらになるんだ!? 8000円!? 8000円くらいになるのか!? たった1時間働いただけで、8000円だと!?  

オファーを寄越した店は、専門店らしきよくわからないピザ屋で、4km離れたところにあった。4kmとなると距離報酬が多額となり、この一回の配達で1654円になるのだった。俺はすぐにピザを回収して、届け先に向かった。

届け先はレオパレスだったが、どうしても見つからなかった。Googleのピンの指しているところにレオパレスらしき建物がない。『お疲れ様でした、目的地は左側です』といったって、普通の一軒家しかない。マンションすらない。これが嫌だった。どうして決まった住所を指すだけなのに、こんなことになるんだろう。レオパレスってそんなに難しい建物じゃないだろ。

Googleが悪いのか、客が打ち間違えてんのか、俺が悪いのか、本当にげんなりする。これのせいで配達のペースが著しく遅れる。こういう時はYahooカーナビを見ると、Yahooの方が正確の位置を示してくれて解決することが多いが、出前館のナビがGoogleナビと連動しているから、ついGoogleのナビを選択してしまう。Yahooの方で同じ住所を入力すると、全然違ったところにピンが刺さった。やっぱり始めからYahooを使うべきだった。まったくどうなってんだか。俺はこのピンの位置を目指して、原付バイクにまたがった。

今度のピンの位置は正しそうで、示している場所にレオパレスらしき建物があるけれども、住宅街が入り組んでいて、マップの通りに進めそうにない。建物が視認できても、侵入できないケースが多いのだ。小道を迂回して、ぐるぐる回らないと辿り着けそうにない。こうなってくると、もうナビは頼りにならない。

俺はやっとレオパレスと直通になっていそうな道を見つけて、そこに向かってバイクで走っていった。砂利だった。広い庭で、砂利が全体に敷き詰められていた。入ってみて分かったが、どうやら他人宅の敷地内に侵入してしまったようだ。住人らしきお爺さんと目が合った。砂利以外何もない庭で、植木があるわけでもない、お爺さんには何もない庭で一人立っていた。お爺さんと目が合ったか否や、バイクが縦に大きく揺れて、ミラーに取り付けていたスマホホルダーからスマホが落ちそうになった。(ちゃんとホルダーをロックしていなかったか!?)俺は慌てて左手を伸ばしてホルダーをロックしようとした、その瞬間、バイクが飛び上がって、俺は車体から投げ飛ばされた。

(これはやばいやつだ! 事故だ! 俺は今バイク事故に遭っている!)

と、転んでいる最中思っていた。バイクがL字を描くように横転して、ほぼ同時に俺も一緒に転んだように記憶しているが、俺が横たわっているところにバイクが落ちてきて、車体が足の甲にのしかかったのも記憶している。自分でも、未だにどっちが本当なのかわからないのだ。

(いっ!!!!!!!!!!!!)

(いてーーーーーーーーー!!)

右足の甲がピキッと、ハンマーで割られたような痛みで、骨折したことははっきりとわかった。俺は骨折したことは一度だけある。

俺は地面に伏せったままジジイの方を見た。ジジイはぶったまげた顔をしていて、驚きのあまりジジイの方が先に死んでしまいそうだった。

「砂利? 砂利で転んだことは今までなかったが」とジジイは言った。

「ヤダァ、でかい音したけど、何かと思ったら、まぁ」と言って、平屋のウッドデッキからお婆さんが出てきた。

大きな平屋で大きな庭だが、二人で住んでいるのだろうか? 他に家族らしき者が住んでいる気配はない。このお爺さんが生活のイニシアチブを握っている感じがした。

「あの、レオパレスはどこでしょうか?」

俺は地面に伏せったまま聞いた。

「そこ」

と夫婦そろって砂利を越えた先の建物を指した。俺が向かおうとしていた建物だった。

いったいどうして転んだ? 砂利? 砂利で転んだのか? 砂利の上を走っても、今まで転ぶ事はなかったのにどうして? 砂利の場合、スピードをかなり下げて運行するが、そうすれば大丈夫だと思っていた。もしかしたら深さが関係しているのか? 砂利の量が少なければ走れてしまうけれども、今回の庭のような、深く積まれた場合だとタイヤが取られてしまうのか? 

「仕事?」と、お婆さんが痛ましそうな顔で言った。

「はい」

「大変な仕事だねぇ」

そう、仕事さ。仕事はもう20分も遅延している。ピザは大丈夫だろうか? チェーン店ではない、よくわからないピザの専門店だったせいか、ソースは別の容器で渡された。具材は? 生地にのっかってるピクルスとかは大丈夫か? 20分も遅れて、その上ピザがぐちゃぐちゃだったらえらいことになる。俺は、砂利に這いつくばった状態のまま背負っていたデリバリーバッグを外して、ピザを取り出して調べた。熱心にピザを眺めている俺を見て、「はぁ、大変な仕事だねぇ」とお婆さんが言った。

ちゃんと梱包しておいたからピザの方は無事だった。これなら届けられる。レオパレスは目の前に見えているし、あとは届けるだけだ。でも、ここだけじゃない、ダブルピックしちまった……。なんでダブルピックしちまったんだ? ダブルピック先はミニストップだ。レオパレスに届けた後、ミニストップに行って、もう一度客のところまで届けに行かなければならない……。ミニストップなだけにちょっとくらいストップしちゃダメかぁ? ただでさえ20分遅延しているから、ミニストップも、ミニストップの客にも20分の遅延を発生させてしまっている。この足じゃ届けるのに時間がかかるだろうから、さらに遅延は発生するだろう。ダブルピックのデメリットが完全にのしかかってきている。どうしよう、拠点に電話するか? いや、建物は目の前だし、無理すればさっさと運べるかもしれない。

報連相か。別にペナルティがあるわけではないが、俺はどうしても電話するのが嫌だった。拠点に電話したことはなかったし、いちいちトラブルの理由を説明するのが面倒くさかった。客に電話するのも面倒くさかった。出前館を頼む客は玄関に置き配を希望する者が多く、インターホンを鳴らしても何の反応も返ってこないことが常だ。それくらい何事もなかったかのように終わらせたがる人間が多い中、電話したら、「電話してくんじゃねーよ」と思われそうだったので、俺はさっさと届けることにした。

(いっつ……!!)

俺はなんとか立ち上がって、体重のかけ具合を調べた。ドンキーコングのマリオに何度もハンマーで叩かれたような痛みだったから、折れていることはわかっていた。痛いが、どこにどう体重をかけたら痛みが発生するか少しわかってきて、足首を固定させて踵に向けてまっすぐ体重を下ろせば、なんとか歩けることができそうだった。

そこで、俺はやっとハッと気づいてバイクを見た。バイクはボロボロになっていた。全体に擦り傷が散見され、ミラーが折れ曲がっていた。買ったばかりのバイクだ。20万した。これじゃあ中古でも値がつかないだろう。こんなことばかりじゃねーか。買ったばかりの3万の机も、引越しの搬送に失敗して傷だらけになってしまった。こんなことばっかりだ。最近、高い買い物したものが、どんどんぶっ壊れていく。俺は勝手に回復するけど、バイクは回復しない。机も回復しない。愛でるように大事に乗っていた愛車のアドレス110。37歳になって110ccの原付スクーターを愛車にしてるのはお笑い草だが、バイオレットカラーのかっこいいバイクだった。

まだ走れるか? アドレス。俺はアドレスを起こしてエンジンをかけた。エンジンははかかる。俺はバイクに跨り、そのままアクセルを捻って2mぐらい進ませたところで、急にまた飛び上がるようでいてズルッと滑るような、さっき体感したものと全く同じ感覚に襲われた。書道家がピッと筆を払うようにバイクは横転し、俺はまた派手に転んでしまった。

「あーーあーあーあーあーあー!!! 無理だよ! 走れないよ! ここじゃあ!」と、お婆さんは大声で叫んだ。

今度は左側に転んだ。そのおかげで、綺麗だったバイクの左面も右面と合わせて仲良く傷だらけになってくれた。今度は足を挟まなかったため俺の方には怪我はなかったが、もし左足が挟まっていたら、一歩も歩けない状態になっていただろう。しかし俺は自分が傷つくよりバイクが傷つく方がよっぽど嫌だった。

「ダメだよ! 走れないよ! ここじゃあ! レオパレスなら私が持っていってあげるから!」とお婆さんはウッドデッキから叫んでいた。「言わんこっちゃない」というふうに、お爺さんは黙ってバイクを起こしてくれた。

砂利ってこんなに転びやすいのか? 少し発進しただけでタイヤを絡め取られてしまった。いま学んだことなのに、どうして俺は同じ過ちを繰り返したんだ? バイクが走るかどうか確認程度にアクセルを回しただけでも転んでしまった。俺はさっき庭に侵入した際、20キロぐらいのスピードで突っ切ろうとしたから、そりゃあ吹っ飛ぶわけだ。

くっそ、なんでこんなことばっかりなんだよ、こんなことばっかりじゃねーか! 俺が何したっていうんだよ! 引っ越しも失敗するし、ぜんぶダメじゃねーか。ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶだ! 前の記事で出前館で事故するかもって書いたとたんに本当に起こしやがった。

めんどくせえな、殺すなら殺せよ。こんな風にヌルい生殺しばっかしやがって、そっちの方がめんどくせーんだよ。殺すならさっさと殺してくんねーかなぁ? さっさとトールハンマーの一撃とやらでおじゃんにしてくれないかなぁ!? こっちだってそうしてくれって言ってんだからさ。こんなふうに、こんな、くだらねー生殺しさせられる方がよっぽど面倒なんだって。めんどくせーんだよ! 本当に、本当に、めんどくせえ、なんでこの足で、もっかい店いって、もっかい客のとこまで届けなきゃなんねーんだよ、いっつもいつも中途半端なやり方しやがって、こういう中途半端が半濡れ状態みたいでいちばん気持ちわりーんだよ。わかってたよ、殺さないって。こっちの方が俺が嫌がるから、そうするんだろ? そうやって、引越しも失敗させて、出前館も失敗させて、この世界で起こることどんどん失敗させて。起こってほしくないことばっかり起こって、引っ越しも、バイクも、いちばん俺が起こってほしくないことがばかり起こって。狙ってやってんだろ? これから引越しだと思ってワクワクしていたところに、悪いことしか起きねーじゃねーかよ。次々と悪いことが起こってくる、これからもこれが続くのか? だから聞くけど、何を試しているんだ? 俺の幸せを願っているって? だったら、こんなことやめてくんねーかなぁ!

これは偶然? 必然? 斎藤一人さんの言っている通り、この世界は、この世界の空間や時間の中にたくさんの人がいて、たくさんのものがあって、その中にぽつんと俺が置かれているわけではなく、俺自身が世界を作り出していて。俺自身が、映画の射影機のようにこの世界を映し出しているのであって、決定的には、この世界には俺と、俺の意識以外、何もないと言っていたけれども、だとしたら、今起こっているのは……? 

今見えているどんな景色も、どんな人間も、どんな人生も、俺の奥にある魂が映している世界だとしたら、これは一体なんなんだろう? 何を試されているんだろう? この状況でも神を信じ、神を愛し、この状況だからこそ、朗らかに、幸せいっぱいの気持ちになれっていってんのか? この状況を愛せと? もしすべての出来事がバランスを取るように調整されていて、過去世からのカルマによって、すべてが必然だとしたら、これは俺に何を意味しているんだ? 何を学べと言っているんだ? 魂は一体何を求めている?

(天風先生……!)

くそ、むかつくぜ。むかつく。わかってるよ、思想は現実化するってな。こういう気持ちを抱けば抱くほど、俺の黒い気持ちに反応して、黒い現実が作り出されていく。運じゃない、偶然じゃない、起こるべくして起こっている。人生は点でできているわけじゃない、輪でできている、それはわかる、わかるだけにムカついてしまう。だからといって、はいそうですかといって素直に心を改められねーだろうが。なんでだよ、そんなに悪いことしてねーじゃねーか、なんにも悪いことしてねー俺が、どうしてこんな目に、バガヴァッドギーター読んで、普通の人より神を信じて、みんなが通り過ぎていく神の存在をちゃんと崇めたのに、どうして! 崇めた方の俺がこんな目に遭ってんだよ。働かねーことが悪いのか? 働いたじゃねーか! 働いた途端これだよ(笑) 神様はいつもこの気持ちに同情してくれることはなくて、この気持ちを抱いている限り、どんどん輪をかけて悪くなっていく。でも、神様にも心があるなら、同情してくれたっていいだろうが。苦しい時に苦しい気持ちを抱いたらもっと悪くなるってあんまりじゃねーかよ。自分で自分を励まして、自分で立て直すしかないって? 鬼畜だなぁ。神ってより悪魔に近い気がするけどな。

だけどさ、それを言ったところで、はいそうですかって言って、パッと気持ちを切り替えられるもんかねぇ? 百歩譲ってそれができたとしても、それはそれでムカつくんだわ。今はこの苦しみを、憎しみを、徹底的に憎んでやりたいんだわ。そんなふうに作ったのも神様だろ? 黒い気持ちを抱くなって? こういう状況だとしてもイライラするなって? 平静に、温和で、ニコニコしてろって? はっきり言えよ。はっきり、言葉で言ってくんないかなぁ? いちいちくだらない、めんどくさい事件や事故やらイベントやらで間接的に伝えやがって、そうやって間接的なことしかしねぇから誰も信じなくなるんだろうが。だから宗教とかオカルトって言われるんじゃねーか。紛らわしいことしかしねえ。はっきりちゃんと姿を現して、これがこう足りないからこうしろって言葉で伝えれば済むことじゃねーかよ。神様ほど偉い人が言葉をしらないわけないよなぁ? 

こんなの、何もいい気分じゃない。こんな気分は、嫌で嫌で仕方ない、なのに、どうして俺は一生懸命抱きしめて離そうとしないんだ? いや、違う、これもこれで一種の気持ちよさがあるんだ。酒やタバコのような一種の魔力を持っている。俺はこれが気持ちいいからやっている。

こんなに、こんなに苦しいのに、あのうるさい部屋に閉じ込められて、騒音だって逃げ場がない。俺はこれからどうしたらいいんだ。こんなに苦しくて憎くて仕方ないのに、あのうるさい部屋でずっと貯水タンクからガコン、ガコンってやられるんだ。外にいたら事故る、内にいたら騒音。どこ行きゃいいんだよ、もう。逃げ場なんて、一つしか思い浮かばねーじゃねーか、だから殺せって言ったのに。金も何もない、健康だけが頼りなのに、健康さえも奪われたら俺はどうしたらいいんだよ。だから出前館なんてやりたくなかったんだよバカが!

お爺さんはバイクを起こしてくれて、車道まで引っ張っていってくれた。

「すいません、何から何まで」

「……」

お爺さんは最後まで黙っていた。

俺は急いでレオパレスに向かった。バイクに乗っている間は足の痛みはなかった。これなら遠い距離だろうと配達できる。しかし右足に体重はかけられない。バイクは足で地面を支えて停まるものだから、少しでもバイクを右に傾けて、とっさに右足を出してしまったらアウトだ。こんな危ない野郎が公道を走っていいはずがない。逆の立場で、もしこんな奴が公道を走っていて事故に巻き込まれたとしたら、俺は死ぬほどブチギレるくせに、どうしてもこの歩みを止めることができなかった。

レオパレスは310号室だった。3階、しかも10号室。10号室側から登れる階段があるかバイクでまわって調べたところ、なかった。輪をかけて、輪をかけてだ。完全に嫌がらせじゃねーか。完全に呪われている。本当に、どこまでも、どこまでも、だな。たぶんこのピザを食った奴も骨折するだろう。

こんなに苦しくて痛いのに、頭の中は静かだった。全ての気力を尽くして目の前の任務に全うしようとしていた。限界を超えて何かをするということは久しぶりだった。これを届けた後は死んだっていいと思っていたところがあった。

階段に手すりがあり、通路にも手すりがあったから、俺はそれを頼りにしてケンケン走りで向かった。跳ねるたびにデリバリーバッグが激しく揺れた。ピザのことは気がかりだったけど、ちゃんと固定してあるから大丈夫なはず、とそう信じて、俺はピョンピョン跳ねながら310号室に向かった。ピョンピョン跳ねながら食べ物を運んでくる配達員なんて最悪だなぁと俺は思いながら運んでいた。まだこれからミニストップに行って、それからミニストップの商品を客に届けないといけない。時間が経つごとに痛みが増していっていて、体重がかけられなくなっている。とにかく早く家に帰りたい。家に帰ってゆっくりしたいが、その前に病院に行きたい。めったなことで病院に行こうとしない俺が行きたいくらいだから相当なもんだ。自分の足がどうなっているのか気になって仕方がなかった。

なんとか全ての配達を終えた俺は、セミの抜け殻みたいになっていた。ミニストップの商品を届けたあと、近くにあった公園にバイクを停めてベンチに座っていた。時刻は13時20分になっていた。Googleで整形外科と打ち込むと、たくさんのピンが出てきたが、ほとんどが営業時間外となっていた。整形外科やクリニックというのは、営業時間が特殊らしい。

営業中と表示されている病院は、いちばん近いところでも5km先だった。遠い地域に来たことが仇となった。通院することになったら、ここまで通わなくてはならなくなる。自宅近くの病院は営業時間外だった。一回自宅に戻って待機して、午後の診療が開始したら向かおうかと思ったが、自宅のマンションは3階で、もう上れそうになかった。

13時40分。遠く離れたわけのわからない病院に着くと、病院は閉まっていた。なんで!? どうして閉まってるんだ? ここしかやってないっていうから来たのに! 看板を見ると、13時30分に診察終了と書かれてあった。たった10分で営業終了になってしまったらしい。

午後の開始は15時と看板に書かれていた。ここしかやってないから来たのに、どこまで俺を苦しめれば気が済むんだ、どうしよう、15時まで待つか? このままバイクに座ったまま1時間半待つ? こんな離れたよくわからない病院の前で? もし、ほとんどの病院が15時に午後の診療が始まるのだとしたら、せめて家の近くの病院まで辿り着いて、そこで待った方がいいか? ここに通院することになったら面倒臭いし。一回家まで戻ろうと思ったが、戻っても階段を上がれそうにない。

もう一度Googleで病院探しをすると、やはりほとんどの病院が営業終了となっているが、17時に終了になっているところがあった。17時! これだったらたどり着いたとしても閉まっているという事はないだろう、俺は気力を振り絞って向かった。

なんとか辿り着いた。扉も開いている。あーやっとゴールだ。これで終わりだ。色々苦労があったけど、これでやっと楽になれる。あとはもう一踏ん張り、受付までケンケンするだけだ。それで今日の仕事は終わりだ。俺は最後の力を振り絞って、ケンケン走りで受付まで行った。

受付に行ったら誰もいなかった。「すいません!」と俺は大声で呼び出すと、若い女性スタッフが奥から出てきた。

「すいません、バイクで事故しちゃって、ちょっと診てもらいたいんですけど」と俺は言ったら、「今は、受付終了時間外なんですよ」とスタッフは言った。

「え!? 17時まで営業中って書いてありましたけど」

「 営業は17時までやっているのですが、受付は10時で終了しているんですよ」

「10時で終了している!?」

10時って早くねーか? 10時で受付終了って、窓開けて換気のために来てるだけじゃねーか。受付が終わっても営業はしているから、Googleには営業中って表示されているのか。

「バイクで事故した人用の、緊急用の対応かとかってありませんか?」

「申し訳ありませんが」

はは、倒れ込むように両手で手すりに捕まりながら、ケンケン走りでやってきたのに、追い出すか。何が病院、何が医療だか。図書館と一緒だ。ちゃんと税金払っている人間が活用できる時間には閉まってる。待合室の電光掲示板には待ち人数が24人と表示されていた。10時からやって24人? どいつもこいつも呑気に座って談笑している老人どもじゃねーか。ぜんいん骨粗鬆症と診断して、骨の増強剤を飲ませて儲けるために薬漬けにしてるだけだろう? 俺の方がよっぽど早急な対応が必要なのにどうなってんだ? バイクで事故った時ってこうなのか? バイクで事故った時ってどうすりゃいいんだ? どこに行けばいいんだ? どこ行ってもダメじゃねーかよ、やっぱり救急車だったのか? システムシステムシステム、全てシステムが先行していて、目の前の重症な患者よりシステムの診察をしてやがる。どうすりゃいいんだよ、どこいきゃいいんだよ。どこも行けねーんだって、さっきより足の痛みがひどくなってきてやがる。もう無理だ。あと一回、次が最後だ。もう次でダメだったらその場でぶっ倒れてやる。

Googleで検索してみると、また17時まで営業中という病院があった。2km離れたところにある。ここがダメだったら諦めよう。諦めるっていったって、どう諦めるのかしらんけど。そのまま嫌がらせのように病院の前でくたばってるしかないんだけど。ダメだったら、その瞬間に、口から魂が出て成仏できたらいいのだが。

今度は大きな病院だった。大きいから期待はできそうだ。なんとかバイクから降りて正面玄関から入っていくと、また見せしめるように、倒れ込むようにして両手で手すりに掴まり、ケンケン走りで受付に向かった。正面玄関から中央を突っ切れば、まっすぐに受付にたどり着くが、私は手すりがなければ一歩も歩けませんというように、壁から壁へ、L字を描くように、とても離れた道を迂回して行った。そんなことをしているのは俺くらいで衆目を引いた。スタッフも患者達も俺も、みんな誰もが、ここにいる中で、この男が一番重症に違いないという顔をしていた。スタッフは俺の姿を見たはずなのに、何もしなかった。

スタッフがすぐに車椅子や松葉杖を用意してくれるものだと思ったが、それがないことに俺はイライラしていた。これは先の病院でもそうだった。どのスタッフも忙しそうで、俺の姿が目に入っているのに何もしない。俺はこの態度に心底ムカついていた。これで受付終了してたら許さねーからな。絶対に許さない。とにかくムカついてムカついて仕方なくて、 冷静に話せることができるか分からなかった。受付にたどり着くと、俺は気を底流に下げて、なるだけ優しい声色になるように心がけて言った。

「すいません、バイクで事故してしまって診てもらいたいのですが」

「申し訳ありませんが、受付終了時間です」

俺はこの時、ポケットに忍ばせていたスマホを思い切り投げつけてしまいそうになった。目頭が熱くなって、涙すら出そうになって、思い切り怒鳴りつけそうになった。思いつく限りのド汚い言葉を無数に浴びせたくて仕方なくなった。まだ制御できている自分にむしろ驚いていた。

だから! 書いておけって言ってんだよ! 終了なら終了って、受付時間と営業時間を混同させてGoogleに表示させてんじゃねーよ! 初めてのやつはわかんねーだろうが! なんでそんな気がきかねーんだよ! 医者や看護師なら難しい勉強突破してきてんだから、そっちの問題よりこっちの問題の方が簡単だろーが! テメェは受付だから資格試験なかったかもしれねーが、受付は10時までってGoogleに表示させておくだけだろーが! 

「バイクで事故して、もうここが3件目なんですよ。なんとかなりませんか?」

俺は気持ちを抑えて、なんとか冷静に、静かな口調で語ろうとした。しかし頭が熱くなってしまっていて、次には何を口にするかわからなかった。

「先生の方に掛け合ってみるだけ掛け合ってみます」

「掛け合ってもらえるんですか!?」

「ええ、しかし見ての通り大変混雑していますので、先生次第ということになりますが」

「よろしくお願いします」

人に頼み事をするのが苦手な俺が、すがりつくように頼んでしまった。もう手段を選べなくなっている。がめつい守銭奴のような自分の姿が浅ましく思えた。でかいフードデリバリーバッグを背負っているせいで、余計にバカ丸出しに見えた。こんなバッグ、もう中身も入っていないんだから、バイクの横に置いとけきゃよかったのに、どうして背負ってきちまったんだ? このバッグのせいで、病院に入った瞬間から、哀れなフーデリ、命と引き換えになけなしの金を得ている最低貧民層というイメージで見られている。言わんこっちゃない、案の定事故ってやがる。デケェバッグだな、事故らねーためにその中に入ってろよ、と言いたくなるようなデカいバッグで、このバッグが全てを物語っていた。

俺はまた嫌味のようにケンケン走りをして、待合用のソファへと向かった。その様子を、一人のお婆さんがずっと目を逸らさずに見ていた。ソファに辿り着いた後も、一つ通路を挟んだ待合席の方から、心配そうに見つめてきた。何度も何度も俺の方を見てくる。タイミングを見てこちらに移動してきて、俺に話しかけようとしているようだ。俺はその視線にずっとイライラしていた。見てんじゃねーババア。見せ物だけど見せ物じゃねーんだよ。今はその視線すらむかつくんだよ。いいか? 絶対に俺に話しかけるな、話しかけたら殺す、という顔を俺はしていたから、お婆さんは近寄れないようだった。今は少しでも優しい声をかけられようものなら、足を引きずってでも、そいつに飛びかかって馬乗りになって殴りかかりそうなくらい気が触れていた。俺はフーデリバッグをドンと、わざと嫌味ったらしく、ババアの視界を遮るようにして横の椅子に置いた。それに気づいたか、ババアは話しかけてこなかった。

何をどうしても悪いことしか起きねー。こうやって天に唾吐いてると、どんどん運勢が悪くなっていく。だからといって心を入れ替えるのは負けた気がするし、残留思念がべっとり底にくっついていて、ただただムカついてどうしようもない。しかし、神と戦って勝てるはずもない。

今はむかついてむかついてしょうがねーんだよ。理屈ではわかってんだよ。今後、どんなことがあっても、いい気持ちだけを抱き続けようと思った。だけど、そんなことはいい状況にいる時のことだけで、ちょっと悪い状態になると、こんなことになってしまう。今は、そのことを聞かされるだけでも殺したくて仕方なくなる。誰を? 神を? まさか。俺を? ババアを? 今は誰かに優しくされるだけでダメだ。かえって殺してしまいそうになる。ババア、絶対に話しかけるなよ? 今は、今だけは、むかついてしょうがねーんだよ。むかついた、むかついたって言って、怒って、怒った分だけ良くなっていきゃいいけど、悪くなっていくって、ふざけるな。こんなに苦しくて、辛い時ぐらい、怒りと苦しみを感じた分だけ良くなっていっていいだろ、なんで、無理やり気分を入れ替えて、いちばんムカついている時に、いちばんムカつくことしなきゃなんねーんだ。でも、この気分でいる限り、どんどんすべてが悪くなっていきやがる! 

この根本大原則にムカついて仕方ない、ババアに怒ってんじゃねーよ、真理に対してムカついてんだよ。いい時はすべてがいいけど悪い時はすべてが悪くなってしまう。金持ちと貧困者のそれだ。なんなんだよこの仕組みは、今、どうしようもないほど、この破裂しそうな、どうしようもない苛立ちをどうしたらいいっていうんだよ! せいぜい他人にぶつけないのが背一杯だ、これが俺の限界だ、これが俺の限界なのか? この気持ちもだめ、この気持ちを抱いている限り、どんどん輪をかけて悪くなっていくってあんまりだろ。いいだろ、苦しいんだから、辛いんだから、可哀想だから良くしてあげようってことになったって。でも、自分で心を入れ替えて、自分でいい気持ちを一点から始めて、輪をかけて、また輪をかけていって、それでやっと、いい循環が生まれ始めるんだろ? そしてずっとそこに居座らなきゃいけねーんだろ? なんでそんな長丁場なんだよ。悪い時は精一杯この悪い気持ちを抱いてムシャクシャにしてやりてーんだよ。今は輪とか輪廻とかやめてくんねーかなぁ!? 点で終わらせてくれねーかなぁ!? 点だよ、点、面倒くせぇなあ!!!! 面倒くせーーーーーんだよ!!! 面倒くせぇーーーーーーーーーーーって言ってんだよ!!! 面倒くせえなぁ!!!!!!!!! 殺してやる!!!!!!!!!!!! じゃあ今は、今は、とにかく今は、どんどん悪くなる一方じゃねーか! 死ね! バカが! 死ね! バカが!!!!!!! 殺してやる!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

本当に、本当だから、嫌になっちまう。最近は本当に悪いことしか起きない。引っ越しも失敗した。事故もした。310号室だった。最寄りの病院は時間外。病院も受け付けてくれない。今日だけで何件だよ。オンパレードじゃねーか。ぜんぶ、ぜんぶ、輪がかかってて、俺はその中心にいるんだろ? 

輪にかけて良くなるっていったってさ、どっちかって言うと、悪い時に助けられたいんだよ、みんなそうだよ。いちばん絶望的な状態の時にこそ助けてもらいたいんだよ、でもそこは時間を過ぎるか、自分で立て直していくかして、いちばん大変な時期に、いちばん大変な仕事をするのはいつも俺だ。はぁ、ほんとうに、何もしてくれないんだな。まぁ、今は何かされたとしてもムカついちまうんだけどな。急にこの気持ちをスッといい気分にさせられたとしてもムカついちまうんだよなぁ?(笑) じゃあどうしたらいいって話だけどな、なぁ? 本当に、どうしたらいいんだろうな? なんで俺はこんなに短気なんだ? 神がどうとか言ってるわりには、他の人間よりよっぽど俺の方が短気じゃねーか。俺が、俺自身が、この黒くてムカついてしょうがない気持ちの中に浸かりたくてしょうがなくなってる。だから大事に握って離したがらない。嫌なんだけどな、こんな気持ちも。だけど今はこの気持ちの中でゴチャゴチャやるしかなくなっている。結局、握りしめているのは俺で、酒やタバコのように、自分から依存して向かっていってる。

言葉で言えよ、こんな、いちいち現象として、行動として、悪いことに直面させやがって。こういう時、全てにイラついてむしゃくしゃして崩れ落ちそうな時、そっちが、そんなに曖昧な、姿も顔も現さない、ぼやけた態度でいるから、こっちも、むかついてきて祈りたくなってくるんじゃねーか。そんなに人間は強くねーんだよ。一回くらい姿を現して教えてくれたら、こんな思いを抱かないで済むのに。ぜんぶがぜんぶ人間のせいでもないからな、この世界に偶然なんてありはしない。俺が今日事故したことだって、決まってたことなんだろ? わかってるよ。偶然なんてあるはずがないんだ。わかってるからこそ、むかついてくるんだよ。こんなにわかりにくい形で示唆してくる態度に。感情だけが無意味、これだけを取り除け、冷静になれ。そういうことはわかってんだよ。でも、いちばんムカついてる時に、その言葉ほどムカつくことはないんだって。こっちだってどうしても従いたくねーときがあるんだよ。わかってるからこそ従いたくねーってことがあるんだよ。たった今、綺麗にスッポリこの黒い感情を抜き取れって? できるよ。やったことあるし、人といる時はやらないとどうしようもないしね。できなくもないけど、それだとスッキリしないんだよ。こうしてムカついた時は、ムカついた分だけ、自然と良くなっていってくれる方向にしてくれないと。しかし、どんだけ怒って感情的になっても、他人にぶつけちゃダメなんだ。これは俺の問題なんだ。自分の中でどれだけ怒りが煮えくり立っても、それを自分のなかでやっているうちはいい。誰も困らないからな。これを一度でも外に出してしまったら、俺はもう戻れなくなる気がする。いつも喚き散らしている気狂いの領域に入ってしまって、もう戻ってこれなくなってしまう気がする。とにかく、怒るなら怒るでいい。自分のスペースの中でな。どうせ静まるのはわかっているから。

一人ソファで格闘していると、怒りが引いてきた。波動で伝わるものなのか、ずっとコチラを見てきたお婆さんが俺の隣にやってきて、座った。

「やだぁ、ねぇ、可哀想ねぇ。大丈夫? 大丈夫、じゃないよねぇ」

「ああ、はは、はい。まぁ、はは」

俺はヘラヘラ笑った。

「足、怪我したの?」

「ちょっとバイクで事故してしまって、まぁ単独事故で、ちょっと砂利で滑って転んだんですが、その時バイクが足の上に倒れてしまって」

「やだぁ」

さっきの砂利の家のお婆さんといい、ババアはみんな「やだぁ」って言うな。

「今、医者の先生に掛け合ってもらってるんですが、診療時間外ということで、診てもらえるかどうかわからないんですよ」

「やだぁ」

「まぁ、診療時間外ですからね、調べればわかることだったのかもしれませんが。こんなに、混雑してますからね。スタッフも忙しいだろうし、これだけ人数いちゃあ、厳しいかもしれませんね」

「診てもらえなかったらどうしよう?」

「どうしましょうかね。もう、別の病院行くのもちょっと厳しいし、それに、多分やってないでしょうしね。営業中って書いてあっても、受付は時間外だろうし、私も整形にかかるは初めてですけど、ややこしいですね、本当に」

「やだぁ」

お婆さんは俺以上に俺になったように、苦痛の表情を浮かべて聞いていた。俺は自分で口にして気づいた。普通に電話して確かめればよかった。「バイク事故を起こしたのですけど、今から診察してもらえますか?」って、電話で確かめればよかったのだ。一回目はともかく、2回目以降は気づけてよかったはずだ。どうしてこんなにバカなんだろう? 自分の頭の悪さが憎い。俺はもしかして、自分の頭の悪さにずっとムカついていたのか? いいのか? こんなに頭の悪い奴が文章なんか書いていて。バカって本当に苦労するぜ。なんでこんなバカに生まれちまったんだよバカが!

「私、今からあの受付の人に話してくるよ」

「いや、大丈夫ですよ。私が受付の人に言ってありますから。また別のスタッフに声をかけて、その人も動き出しちゃったら、話が混同しておかしくなっちゃいますから。ただでさえ、あんなに忙しそうですから」

「診察してもらえなかったら、どうしよう?」

「どうしましょうね、救急車呼ぶしかないかもですね」

「そうね! 救急車がいいかもしれないね! 救急車なら、ほら、事故起こしたばかりの人用のところに案内してくれるじゃない? そうね、それがいいかもしれないね!」

お婆さんは自分のことのように喜び、ひとまずそれで話は落ち着いた。

「遅いねぇ」

確かに遅い。もう30分以上は待たされている。追加の診察が可能かどうか確認するだけで、30分以上も待たされるのか。

すると先ほど話した受付の男が来た。受付の男は開口いちばんに、「先生が言うには、今いる患者の診察が全員終わるまで待ってくれるならいいとのことです」と言った。

「どれくらいの時間になりそうですか?」

「おそらく、17時以降になると思います」

「あと3時間ですか……」

「それじゃあ困るじゃない! ねぇ! なんとかならないの!? 3時間って、あんまりよ!」と、お婆さんは会話に入り込んで、悲鳴に近い声で叫んだ。

「あの、たとえば、今から救急車を呼んだら、適切な病院に運ばれて、すぐに処置してもらえるものなのでしょうか?」と俺は男に聞いた。

「救急車の場合でも、空いている病院を探してかけあう形になりますから、待つことは待つことになると思います」

「バイクで事故した人用の、そうした人専用の経路を通ってくれるわけじゃないんですか? じゃあ救急車呼んだとしても、そんなにすぐ診察してもらえるわけじゃなくて、ここで3時間待つのと同じくらい時間かかっちゃうかもしれないってことですか?」

「救急車を呼んだ方が早いか、ここで待つ方が早いか、どちらの方が早くなるかどうかは、こちらではわかりかねます」と男は言った。

なんだ、こいつもよくわかってないのか。まぁ受付だからな。患者を案内したり、レジの計算だかやって、救急車事情に富んでるわけでもないだろうしな。しかし、この時は気づかなかったが、今思えば119番に電話して、今からどれくらいで診察できますかって救急車の担当員に聞けばよかったと思う。

「どっちがいいのかしら」

「あの、先生に聞いてもらうことはできます? 医者の先生なら、救急車とどっちが早くなるかわかると思うんですが」と俺は言った。こんな言葉は、救急車に詳しくないあんたじゃ話にならないと言ってるのと同じだ。

「はぁ……。それはなんとも。先生としては、大変多忙でありまして、現在も診療中で、一つコンタクトを取るにも時間を要しまして。先生が言うには、全ての患者の診察が終わるまで待ってくれるならいいとのことです」と、男は少しイラ立った様子で言った。怪我をしている人間への同情よりも、我を失って治療を強要する浅ましさに対する軽蔑の方が勝っている印象だった。

要は診療中の医者に割って入って話しかけるのが嫌なんだろ。ああいう時の医者は話しかけにくいもんなぁ。俺も理学療法の実習で何度もそういう現場に居合わせたから知ってるよ。診療の合間にしかコンタクト取れないから、俺が診察可能かどうか確認するだけでも30分以上かかったんだろう。ってことは、また確認するだけでも30分かかるってことか。

ふーん、こんなにケンケン歩きで、誰がどうみても俺がいちばん重症なのに、そうなのか。『バイク』で『事故』だぞ? 俺はそもそも最初からすべてに対しておかしいと思っていた。バイクで転んだ場合は特別扱いされるものだと思っていた。病院にかけ込めば、受付時間外だろうがなんだろうが一目散に全てのスタッフが駆けつけて対処してくれるものだと思っていた。ドラマの動物病院のように、クーちゃんが、クーちゃんがって言って、深夜でもドンドンとドアを叩けば、店に灯りがついて、寝起きのボサボサ頭の医者が出てきて。ドラマでしょっちゅうそういうシーンを見ているから、俺はその印象が強く頭に残っていた。

これは、この線引きはどこでされるんだ? 顔が青くなって呼吸困難起こしている場合は通されるのか? でも俺はダメか。まぁ自分の足でここまで来たしな。そっか、結局、救急車に乗っても、すぐに運んでもらえるわけじゃねーのか、俺が息してるかしてないかという状態だったら素早く搬送されるかもしれないけど、そこまで重症じゃないから、普通の一般用の窓口を通されるわけか。じゃあ変わらねーじゃん。

「わかりました。じゃあここで診察を受けさせてください」

「承知しました」

受付の男が去った後でも、「ねぇ、私の方から別の人に頼んでみようか?」とお婆さんはずっと言っていた。またしばらく時間を置くと、同じことを言い出していた。

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