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彼女を送る車の中で「お前のせいだ」と言われ続ける

朝7時半。チビが仕事に行く時間だ。俺と友達はチビの車に乗っていた。

俺と友達はニート。朝の7時半に仕事に行く用などない。

チビが勤めている職場(病院)は大自然の中にあり、その近くにキャッチボールするのに最高のロケーションの場があるという。

聞くところによると、とても広々としていて、閑散としていて、利用者は全くおらず、背の高い木々に囲まれているため通行車からも死角になるため、キャッチボールはおろかスパーリングごっこもできてしまえるそうである。どれだけ良い公園だとしても、スパーリングごっこできる公園は限られる。

また、近くに大自然の中に囲まれた天然温泉があるそうで、キャッチボールとスパーリングごっこした後は、ゆったりとそこで汗を流すことができる。まさにニート至れ尽せりだ。

さいきん俺はこいつらの地域の近くに引っ越してきたこともあり、さっそくそこに行ってみたいと思った。チビはともかく、俺と友達はニートの身でありながら本当に大自然の天然温泉に入ってもいいのか、それに関しては、考えに考え抜いても答えが出ていない。ちょうどこの日は、チビが午前中で仕事が終わるという事だったので、チビの出勤の時間に合わせて同乗し、帰りに3人で温泉に行くという計画となった(俺も友達も一応車を持っているが、わざわざ3台も出す必要はないということになって)

こうして3人で集まるのは5年ぶりだ。

俺は後部席、友達は助手席に乗っていた。多人数で車に乗り込む時、俺はいつも後部席にポツンと置かれることが多い。これは何か深い意味が隠されているかもしれない。

「どんだけキャッチボール好きなんだよ」と言いながらチビはエンジンをかけた。すると、スターウォーズの曲が流れ始めた。チビはいつもスターウォーズのサントラを流して運転していた。チビとの付き合いは20年になるが、初めて知ったことだった。

そして、ターラーララララーラー、ララララーと、あの定番の、THEスターウォーズというしかない、宇宙航海をこれ以上ないほど表し尽くしたメロディ。スターウォーズと言えば一番に浮かぶ、あの曲が流れ始めた。

「ギャハハ!!」

「ギャハハッハハハ!! ギャハッハハハッハ!!!!!!!!」

俺と友達はめちゃくちゃ笑った。チビも一緒になって爆笑していた。

「どこ行くんだよ(笑)」

「朝の7時半だろ」

「マジで、毎朝仕事に行く時にこれかけてんの?」

「そこらを走っている車にこんなことが起こってると思うと恐ろしくなるわ」

「どこ行くんだよ(笑)」

しばらく俺たちは笑っていた。今年ももうすぐ終わりだが、今年いちばん笑ったできごとだった。4、5分ほど笑って、さんざん笑って、笑い疲れてきたところで、俺は本題に入ろうとした。

「聞くところによると、女子高生と付き合ってるらしいじゃん」

「うん」

チビは9月で37歳を迎えたばかりだが、女子高生と付き合っているらしい。助手席に座っている友達から電話で話を聞いていた。高3ならまだしも高2らしい。17歳。コンビニで働いている彼女のところへ通い詰めて、LINEのIDを書いた紙を渡してやり取りが始まったらしい。

「朝はいつも学校に送ってるんだって。すごくない? そんで、学校終わったら、バイト先のコンビニまで送ってるんだって。そしてバイトが終わったら、今度は自宅まで届けるんだって」と友達が間に入って言った。

「へぇ〜!」

「いや、一度俺の家に来て遊んでから、また家に送り届けてるよ」

「遊んでからって何だよ。37歳が17歳と何を遊ぶんだよ」と俺は思わず笑った。

「それはもう社会人の活動量を超えてるけどね」

「お前らの時間が死ぬほど欲しいわ」とチビは言った。

「こいつ仕事中もずっとLINEしてたもん。患者さんと次の患者さんの施術の間にトイレ行ってスマホばっか打ってて、トイレの個室から電話してる声が聞こえてきてたからね。学生が授業中に机の下でスマホ打つペースに対抗しようとしてたからね」と友達が言った。友達は半年前までチビと同じ病院に勤めていたのである。

「そんな奴に施術されたくねぇなぁ」

「いつも『お前のせいだ』って言われるんでしょ?」と友達が言った。

「ふ」とチビは笑った。

「何それ?」

「なんかね、いつも朝送っている時に、こいつが運転している横で、『お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ』ってずっと言われ続けられるんだって」

「何それ」

「……」

チビは黙っていた。

「何かしたの?」

「してないよ」

「してないわけないでしょ」

「わかんないけど」

「わかんないって何が?」

「……」

「病んでるの?」

「いや」

「何がお前のせいなの?」

「さあ」

いくら聞いてもチビはニヤニヤ笑っているだけで答えない。

この後、何度も、「何がお前のせいなの?」と聞いてみても、チビはニヤニヤ笑ってるだけで、ぜんぜん答えをよこさなかった。

チビは、脳もチビだから、最後までこの態度であることが多い。昔からずっとだ。このまま答えを言わないで終わらすという、そんなバカがいるのだ。こういう時、何で俺たちはこいつの友達をやってるのかわからなくなる。背が170㎝以上ある奴だったらまだいいが、157㎝しかないこのチビにやられると、こっちも頭がおかしくなってくる。

「聞けば何でも答えが返ってくると思わない方がいいですよ」と、宇垣アナがパパラッチに突撃された際に言い放った勇姿は眩しかったが、それと一緒にしてはいけない。チビはずっとニヤニヤして、意味ありげに、気になるだろ? という顔をしたまま、自分に注目が集まっている時間を保持しようとする。みんなから「それやめた方がいいよ」と言われているが直らない。170cm以上あるならいいが、157cmにやられると、本当にイライラするのだ。

俺と友達は本当にイライラして、イライラするから結局聞くのをやめにしたが、こういう時、これは長年の付き合いだからわかることなのだが、答えはないのだ。おそらく、ただ、「お前のせいだ」と言われ続けたのだと思う。高校2年生というのは、誰が何のせいでどうなったと説明できる言語能力を持たないかもしれない。テンション的なものだと思った。なんかやるせなくて、苦しくなって、

「お前って、37歳に向かって……」と友達は言った。

「確かに」と、俺は友人の一言に笑った。

「それで、最終的に二人で泣き出しちゃって、二人で号泣しながら毎朝学校行ってるんだって」

「朝の7時半でしょ?」

「サゲチンだなぁ」と友達は言った。そして、「いつもそうじゃん」と言った。

本当に、いつもそうなのだ。チビの太ももには包丁で刺された傷跡がある。昔の彼女に刺されたものだ。いつも、皿を投げあったり、つかみ合いの喧嘩になったり、二人でうわぁぁーーーとなってしまって、混沌に混沌を重ねて闇に堕ちていってしまう破滅型の恋愛を繰り返している。

「本当に嫌だったらとっくに別れてるからね」と友達は言った。

「まあね」と、俺はなぜかチビの代わりに答えた。俺は続けた。「坂口安吾は、恋愛とは憎しみ合うことだって言ってたけど。確か、恋は愛し合うと共に憎しみ合うのが当然である。かかる憎しみを恐れてはならぬ。正しく憎み合うがよく、鋭く対立するがよい。苦しめ合い、苦しめ合うのが当然だって言ってたけど、恋自体が、その性格からして、楽しかったり心地よかったりするもんでもないんだろうね。劇薬だよ。生まれたままの姿になって溶け合うのがセックスなら、心のバージョンでやってる感じだね。心のセックスだよ」

「出会い系の会話の真逆だね」と友達が言った。「好きって言ってるのと変わらないよね」

「好きっていうより。17歳でもそうなんだね。25歳だろうが、35歳だろうが、その辺りはみんな一緒なのかね。学校じゃ見せられない、職場でも見せられない、親友にも見せられない、家族にも見せられない。こいつ(チビ)には、その姿を出せちゃうんだろうね」

「さすがに学校の友達に、『お前のせいだ、お前のせいだ』なんて言えないからなぁ」

「ドストエフスキーの小説に出てくる女は、全員もれなくヒステリーだけど、女はやっぱりみんなヒステリーだよ。自分でもそれに気づいてるんだろうね。女が結婚したがる理由のひとつに自由になりたいってのがあると思うけど、女はスーツを着たような人生を強いられているから、解放を夢見ているように思う。だから女は、自分の怪物の姿を見せても、相手が逃げていかないか試しているように思う。お前のせい……っていうのは、自分をこんなにめちゃくちゃにしたのはお前のせいだってことだと思うけど。男だって怪物を飼っているし、怪物と怪物が出会いたがっているのかね?」それが恋かもしれない、と俺は言った。

「……」

俺は、後部席にゆったりと座りながら、チビを包丁で刺した彼女と会った時のことを思い出していた。聞いていた話とえらく違っていてびっくりした。社交的で礼儀正しくて、化粧品メーカーの営業職を務めていて、会ってる時も、コップの水が減ってきたらすぐについできてくれる子だった。本当にこの子が包丁で刺したのかと思ったものだった。その時も友達は一緒に居て、俺と友達はコップの水を継ぎ足してくれる姿しか引き出すことはできなかったけど、チビは包丁で刺してくる姿まで引き出すことができるのかと思ったものだった。

「17才でもそうなっちゃうんだね」と友達は言った。

「恋愛中の男女なんてものは、みんなこんなもんじゃないんかね?」俺は言った。「恋なんて、やっぱり坂口安吾の言うように、憎くて憎くて仕方ないんだって。恋はただ裸になりたくて、相手が同じくらい裸になってくれないと、そうなっちゃうんだって。だから、それは、高校2年生でもそうなのかもね」

彼女も一本の糸を探していて。脳血管のように頭の中に赤い糸が何重奏にも絡まって、チビの小指と繋がっているかもしれないその一本を探してみようとするけれども、もうあまりにもグチャグチャに絡まりすぎてしまって、全部燃やしたいくらいになって(自分の頭ごとなッ……!)、それをお前のせいだって言ってるのか。

ピカソやゴーギャンとか、大のつく芸術家はみんなこのような恋愛をしている。その人の真実の姿を描けるということは、真実の姿が見えるということだ。その眼差しによって女は魂を解放し、全てを捧げるようになり、そして死んでしまう。ロダンの恋人のカミーユはそうやって死んでいった。ピカソと恋愛したほぼ全ての女は自殺した。太宰治も然り。これはナンパ師とかテクニシャンとか言われている人間より上位のケースに思う。ゲーテが80を超えても18歳の女の子と恋愛できたのはここにあると俺は思っている。チビがロダンやゲーテと同格かは知らんが。

「コンビニで見たことあるけど、全然そんな風に見えないよ。お釣り丁寧に渡してくれるし。まぁちょっと暗そうな、自分の世界持ってそうなところはあったけど。ちびまる子ちゃんの野口さんにちょっと似てるところはあるけど」

「あ? 殺すぞ」とチビが言った。

「やってみろよドチビが」と友達が言った。するとチビは黙った。

「野口さんに似てんの?」と俺が聞くと、「似てるよ」と友達は答えた。

「あ?」

チビは彼女を野口さんに似てると言われると我慢ならないようで、これ以上言ったら何をするかわからなそうな、大自然に向かってアクセルを思いっきり踏みそうな顔をしていたので、俺は流れを変えることにした。

「どのくらい付き合ってるの?」と俺はチビに聞いた。

「半年くらい」

こういう破滅型の恋愛というものは、バーっと熱くなって、バーーっと終わってしまいそうに思えるが、チビは一度付き合うと長い。最低5年くらいは付き合う(同時に2、3人と並行して付き合っていたりするが)。それだけ長く付き合ってれば結婚したっておかしくはないが、今のところチビは独身だ。チビも結婚願望がないわけでもなく、付き合って1ヵ月で50万する結婚指輪を買ったこともある。

「いつもドラマの最終回みたいになってるけど、ちゃんと打ち切りにならずに続くんだよね」と友達は言った。

「人の恋愛をジャンプの後ろの漫画みたいに言うなよ」

「アウターゾーン? 私立ポセイドン高校、か」と俺は言った。

「古過ぎだろ(笑)それじゃ女子高生と付き合えないね」とチビは言った。

「彼女めっちゃ漫画好きなんでしょ?」と友達が言った。

「めっちゃ好きだよ。ちょっと崇拝しちゃってるところがあるからね。LINEで漫画の話になって、俺が『バクマンが好きだよ』って送ったのね。そしたら、『「バクマン。」は、リアルで、出版界のタブーに切り込んでいて、小畑先生の絵柄や細部の書き込みが化学反応を起こした傑作だと思います』って返ってきて。バクマンに『。』を入れないのは冒涜と言わんばかりのテンションだったわ」

「野口さんじゃん」と友達が言った。

「あ?」

「『バクマン。』に『。』まで入れるとか、完全に野口さんじゃん」 と友達は言った。

「野口さんは確かに『。』まで入れそうだけど」と俺は言いそうになったが、何とか我慢した。チビが本当に大自然に車を突っ込みそうな顔をしていたからだ。

「バクマンも古くない?」と友達が言った。

チビは舌打ちをしながら、「他人の恋愛話に夢中になる人間は当事者にはなれないって言うけどな」と嫌味を言った。これには俺も友達も黙るしかなかった。

「本当だから破滅型になるのか。本当だから生命を持つ。本当だから続く。そんなふうに思えるところはあるね」

「俺は間違ってると思うけどね」と友達が言った。

「まぁ、俺も間違ってると思うけど」

「一度ダウンしたことがあるボクサーはダウンしやすくなるっていうじゃん? 単にダウン慣れしてるだけなんじゃないの? 人間としての、崩しちゃいけないラインみたいなものがあって、一度それを崩しちゃったら、ニュートラルが刷新されるというか、尿漏れを起こしやすくなるというか。それは正直とか、愛とかと違うと思うけどね」と友達は言った。

「誰がガバガバの肛門だよ」とチビは言った。

「なるほど」俺は友達の話に共感しながら付け加えた。「ボーヴォワール夫人の名言に、『おたがいが憎悪しあっていながら、それでも相手なしではいられないというのは、とかく言われるように最も真実な関係とか、最も刺激的な関係では決してない。あらゆる人間関係のうち、最もみじめな関係である。』というのがあって、俺は、ボーヴォワール夫人のこの言葉がいちばん信用できるんだな」

「さっきの坂口安吾?の奴と正反対の意見じゃん。ボ……、ボーボ……、ボーボボ? 他にどんな名言があんの?」

「『人間は誰もが考えている。インテリだけがそれを自慢しているのだ。』とか」

「お前じゃん」

「(笑)」

「完全にお前じゃん」

「(笑)」

「女が過去にこういう恋愛をしていたと思うとがっかりするね。それも、高校生の頃から。でも、みんなしてるんだろうね。もう何も残ってないじゃんね。どこにエキスが残ってんのかと思うわ」と友達が言った。

「新品好きの日本人には厳しいところがあるね」

「一度チビみたいな男と付き合ったら、俺たちみたいな男と付き合っても、薄味すぎちゃって付き合ってる感じがしなくなるんじゃね? 大体こういう男と一度でも付き合った女は、二度も三度もこういう男を選ぶし。濃い味が忘れられなくなるんだろうね。 DVするから別れたのに、またDVする男と付き合うし」

チビだって元はこんなタイプではなかった。高校時代は、朝の4時半に起きて女子テニス部の部室に忍び込んで、歯磨き粉の中に精子を入れたりしていた。覆面を被って自転車で走りながら、おもちゃの水鉄砲の中に入れた精子を女子高生に向かって発射させていたこともある。これは通報されて、お母さんと一緒に、近所に頭を下げて回った。

しかし今ではオラオラ系になり、俺たちの前でも女の前でとるような態度をとるようになった。オラついた口調はもちろん、「あ?」とか言ったり、ちょっとした流し目だとか、30秒に1回は前髪を触わり、男だけでファミレスに行くだけでも、シャワーを浴びてワックスで髪を整え、かれこれもう10年ぐらいは、川谷絵音と会っているような気分になる。

男の中に紛れ込んでいる時は、「いいからはやく立てよ」と言われて「立ってるわ!」とやっているだけなのだが、女の前になるとレブロンジェームスみたいにでかくなる。 まぁ、卑屈になって、どうせ僕はチビだしと言っているよりずっといいだろうが。こうした態度は女にとってもマイナスのように思えるが、そうでもないらしい。女もわかっていると思う。わかった上で、川谷絵音ジュニアにのっかってしまおうと考えているようである。カッコつけられるとは、大切にされているということだ。安心し切ったボタ餅みたいになられるよりは、強がりでも男の色を出している方がいいかもしれない。

余談だが、『銀と金』(カイジの作者の漫画)の会話シーンにあったのだが、銀(主人公)が市長に向かって、「あんた、愛人はいるかい?」と聞いた。すると市長は「わ、わ、私は妻を生涯愛そうと誓っているので……そ、そういったものは……」と言った。銀はほくそ笑みながら、「だろうよ。あんたみたいなのは偉いかもしれないけど、絶対愛人はいないんだよなぁ。でも悪いやつって大抵女がいるよな。ヤクザやヤンキーには必ず女がいる」というセリフがあったのだが、チビを見ていると、いつもこのセリフを思い出してしまう。

これも余談だが、マッチングアプリで歯科衛生士の女性と出会った時のことである。俺は彼女に、「お客さんと出会いはないの?」と聞いたら、彼女は、「歯を見ることになるじゃないですか。そうすると全員もれなく汚いんです。普通にこうして話す分にはわからないけど、仕事だと一本一本チェックするじゃないですか、そうすると、みんな絶対にもれなく汚いんですよ、かっこいい人でも、清潔感ある人でも、絶対に汚いんです。それを見ると絶対に付き合えなくなりますよ」と言った。俺は「ふ〜ん」と言った。「見なければいいんですけど」「見なければいいって言ったって、汚いことは確定してるんだよね?」「だから、見なければいいんです」と彼女は言った。

これと同じ論理のように思える。

俺はチビの部屋より汚ない部屋を見たことがない。ただゴミ箱に入れるだけなのに入れないから、部屋中にコンドームが散乱していて(使用済みで、縛らないから口から液が漏れている)、便器は中学の頃から一度も洗ったことがないため、茶色ではなくてコールタールのような墨色の黒が隙間なくギッシリついている。中学や高校で配布されたプリントが未だに出てくる。歴代の彼女たちは、みんなこの部屋に連れ込まれて抱かれていたのである。このトイレで用を足したのだ。

大自然の峠を走っていると、カーブで曲がるときにゆっくりと揺れて気持ちよかった。

後部席を独り占めしてくつろいでいるとタクシーみたいで気持ちよくなってきて、チビに嫌味を言われたばかりだが俺はベラベラ話せずにいられなくなった。俺はシートに深くもたれかかり、上縁を囲い込むようにして両手を大きく伸ばし、足を組みながら言った。

「最近、峯岸が結婚したじゃんね。東海オンエアとどうして結婚したかって聞かれたら、『私のことが大好きなところ』って答えてたけど、やっぱりそうだろうなぁと思ったよ。YouTubeで、庄司とミキティの馴れ初めの話もやってたけど、ミキティも、『この人ほど私を好きになってくれる人はこの世にいるだろうか』って思ったから結婚したって言ってたけど、やっぱ、そういうことだと思うね。結局みんな自分が好きなのかもしれない。それと同じ程度の気持ちで自分を見て欲しい、女は男と違って、性欲に流されずにその辺を冷静に見極めることができるから、ああ、この人は本当に私を全存在として好きなんだなぁと思った時、この人と一緒にいたら幸せになれるかもしれないと思って結婚するんだと思う。好きとか、愛しているとかを超えて、ふだん自分が自分を想っているくらい、みんなやっぱり自分を見てもらいたがっていて、この世界にたった一人の、友人や家族以上の絆を持って自分と結びついてくれるたった一人の異性を求めてるんだね。誰も、その人のことなんて見てないからね。いつも別の部分を見て、別の部分を追いかけてるから。誰だって、本当に自分は愛されてるかどうかってわかるだろうし。俺も、母親は自分のことを本当に愛してるんだなぁって感じるもん。恋愛は、必ずどちらか一方がズルをするゲームだから、面倒な部分を全部請け負ってくれること、そしてそれを面倒と思わず、ただ好きってことで全部覆っちゃうほど偉大なことはないね。良し悪しの判断が増えるほど愛が減るから。本当に愛している者には、何もかもすべてが愛となる。そんなふうに感じるかどうか、じゃないかね。峯岸もミキティも同じものを感じたんだろうね。女子高生も」

「チビが語るならともかく、お前が女子高生との付き合い方を語ってんのがウケるわ」と友達が言った。

「落とせない女は絶対にいないよ。どんな女も落とせないということは絶対にないよ」と、チビは言った。

「ふーん」と友達が言った。言うねぇ、という口ぶりだった。

チビがこの言葉を言うのは初めてではない。生きていると、この言葉は、別の人間や本の中でたまに出会う言葉である。

作家のモームも言っていた。モームの短編小説には、「落とせない女はいない。どんな女も落とせないということは絶対にない」と、今チビが言った全く同じセリフを言う人物が出てくる。 モームがこの言葉の実践者かどうかはわからないが、モームはこれを信じていたと俺は思っている。モームの最も有名な小説『月と6ペンス』は、ゴーギャンをモデルとした小説だが、この小説の中で、ゴーギャンもこの言葉を言っていた。

「みんな、これからだっていう時に諦めるから」とチビは言った。

「エジソンが全く同じことを言ってたわ。発明においてだけど」と友達が言った。

「……」

俺は自分の経験から言えることではないが、本気で、全存在として、相手が好きで、あきらめなければ、落ちないという事は決してないという理論に同意できる。夢と同じだ。俺だってこんな活動をしてきて、収益は一度も発生していないが分かったことがある。普通は4年間収益がなかったら辞めてしまうだろうが、自分自身だと見定めて、真剣に追い求めた分は、自分に返ってくるのだ。この姿勢で恋にあたれば、決して落ちないということはない。恋愛において相手に負けるということは決してない。自分に負けるのだ。自分に騙されることはあっても他人に騙されることは決してないように。

「出口王仁三郎も言ってたよ。『男が追いかけないで上手くいった恋人や夫婦を私は一つの例も見たことがない』って。霊能力の世界でもそうなんだね。バルザックも『情熱の持続時間は、その女が最初に示した抵抗の大きさに比例する』って言ってたっけ。まぁ、動物の世界でもそうだからね。オスがメスを追いかけて。もうそういうふうに決まってんだろうね」と俺は言った。

「そのさぁ、思ったんだけど。ずっとスターウォーズの曲流れてるじゃんね? 彼女がお前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだって言う時も流れてるの?」と友達が言った。

「流れてる」と言ってチビは笑った。

「ギャハハ!!」

「ギャハハッハハハ!! ギャハッハハハッハ!!!!!!!!」

「音止めろよ(笑)」

「あんがい合ってるかもね(笑)」と俺は言った。

「彼女笑わないの?」と友達が聞いた。

「彼女は笑わないね。俺は笑い堪えるの必死だけど」

「いや無理でしょ! スターウォーズ流れてんだぜ!? 笑わないわけないでしょ!」

「すげーな女って、なんで笑わないでいられるんだろ」

「ギャハハ!!」

「ギャハハッハハハ!! ギャハッハハハッハ!!!!!!!!」

今年も間も無く終わる。先ほど今年いちばん面白いことが起きたばかりだったが、今年いちばん面白かったことがこれだった。

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