恋愛

小さいとダメ。大きいと空転される。

ドトールで楽しいものが見れた。

女の子が、駐車場とつながっているらしいモニターをじっと眺めていた。眺めているようでまったく眺めていない。放心して、虚な目をしていた。仕事中に、誰でもあるとき、完全に向こう側に行ってしまうことがある。俺は他人のそういう顔を見ると、とても安心する。

あの状態のまま、人と話したり、社会生活を送ることは可能だろうか? 訓練すれば可能だろう。人は自分で面白いものを作れなくとも、面白いものを見て笑ったり感動できるのは、ああいう顔で見ているからだろう。部屋でYouTubeを見ているときは、情報が自分の胸にスッと落とし込められるように入ってきて、笑えてしまう。

だから、誰もがみんな、ああいう顔をするのだから、それを維持できれば、誰もがつながり合える。まぁ、それだと気遣いという面から見て心許なく、どうしたって、質問したり、相槌を打ったり、空気に活力を与えなければならない必要性に迫られるが。なかなかどうして、みんな、ここが本源だとも、正しいとも、愛すべき場所だと心得ていないようで、そしてあまりにもここにこだわっていると、つまり、無口は人をイライラさせてしまうものだから、俺も手放しで褒めるわけにはいかない。

ひとたび、人に話しかけられると、そこから外れていく。レオナルドダヴィンチは、「一人増えると私は半分になる。また一人増えると、さらに私は半分になる」という言葉を残しているが、確かに彼女は、別の店員に話しかけられると、薄まった醤油のようになっていった。

俺が大学時代、いちばん仲良かった友人は、よくこんな顔をしていた。名は達夫という。よく笑い、よく人の悪口を言い、いつまでも同じことを言ったり、いつまでもつまらない話をして、やることもつまらない男で、一日中ゲーセンで格ゲーをやって過ごす男だった。

お調子者で、人の悪口を言い、とどめを刺しても悪口をやめない。死人に鞭を打ち続ける。メリットもないのに悪口を言い続ける。本当に、どうやったらこんな人間ができるのだろう? と不思議だった。

「はいクズ〜」「はいゴミ〜」「ゴミさんおつでーーーーーーーーす!♪」「ボクシング? その虚弱な身体じゃあお前なんてワンパンで倒せるし」

なんの脈絡もなく、会話の流れから引き出された悪口だったらまだ分かるが、それはいつもどこからか引き起こされ、彼は自由に悪口を言い続けた。

毎晩、22時になると、俺と達夫はネットに繋がって、オンラインのボンバーマンをやった。なかなか毎日、夜の22時に、一緒にボンバーマンをやるというのは、そんじゃそこらの友人とはできないことで。

ボンバーマンをやっている時も、「はいゴミー♪」「ゴミさん乙でーーーーす♪」と俺は言われ続けた。そのボンバーマンにはチャット機能があって、いつも俺はチャットで中傷された。俺は黙って、それは良くないよという空気を出し続けていたが、まったく伝わらない男だった。

達夫は操作キャラクターを俺のキャラクターの前で激しくウロチョロさせ、レゲェのケツふりダンスみたいにちょこちょこ動かして煽ってきた。クレヨンしんちゃんの「ぶりぶり〜ぶりぶり〜」によく似ていた。俺がブロックに囲まれた隅へアイテムを取りに行くと、かならず爆弾を置かれ、出口を封じられた。俺が出れなくて爆弾の前で狼狽えていると、「はーーーい! 出れませーーーーーーーーーーん♪」とチャットで打たれ、俺はそのまま爆風で焼かれるしかなかった。殺された後も、「はーーーーい! ゴミさん乙でーーーーーーーーーーす♪」とチャットで煽られ続け、俺は本当に、なんでこいつとボンバーマンをやってるのか、いつも意味がわからなかった。

「同じチームだよ。たっちゃん」

とチャットを打つと、

「しりませーーーーーーん♪  ゴミさん乙でーーーーす♪」

と返された。

まだ、面白い煽りをしてくれるのならともかく、ボキャブラリーは貧困で、いつもこれしか言わなかった。中高生なんかは、フードコートや、集団で自転車で走っているところを見かけると、ダッセーとかこいつやべー!とか、相手を非難する言葉でコミュニケーションが成り立っているが、達夫はその世界の深いところに住んでいるように思えた。

オンラインで、他に色々な人とも繋がっているのだから、そっちを煽ればいいのに(それもよくないが)。なぜわざわざリアルの友人を罵倒するのかわからなかった。

最初は大学の仲間10名でやっていたのだけど、達夫がみんなを殺戮して回るので(同じチームなのに)、殺されるのはみんな黙ってやり過ごせられるのだが、その後のチャットで、「はい雑魚くん、乙でーーーーーーーーーす♪」と、打ちこまれるのが不快で去っていった。

なぜ俺は我慢できてしまえたのだろう? 本当に、俺は、なんの感情も抱いていなかった。壊れたラジオ程度にしか思っていなかった。俺は、達夫に罵倒され、彼に爆弾で焼かれるたびに、心の中にある壁すらも爆風で吹き飛ばされていくようだった。いつからか、達夫に対して、怒りどころか、感情というものをまったく抱かなくなった。自分でも驚いた。まったく何も感じないのだ。いつまでも一人でいる空気感だけが続いた。これは空気だ。幻だ。存在していない。俺は部屋でひとりでいる時と同じ空気感で、彼と接することができるようになっていった。それは、他の仲間に対してやろうとしてもできないことだった。俺はいつも、達夫に何を話しかけられても、「うん」とだけ言って、そのまま夢想する自由を与えられた。

ボンバーマンに限った話ではなく、達夫はいつでもこの調子だった。学校でも仲間に会えば、挨拶代わりに「ゴミさん乙でーーーーーーーーーーす♪」と言った。

ある日、いい加減に限界に達したみんなは、達夫がいないところで集まって、どうやって達夫の口を封じるか、殺すしかないのか、リンチするか、という会議が開かれてしまった。

「あれは一体何? 何がしたいの? 死ねとか消えろとか、当たり前のように言ってるけど」

「ゴミってどういうこと? 毎回ゴミって言われるよね」

「挨拶がわりになってるね」

「かまってちゃんの変化系?」

「あれに何かメリットがあるの? メリットがよくわかんないんだけど」

「友達なはずだよね? 俺ら」

「もうイライラしすぎて限界なんだけど」

「敵なの? 味方なの? 俺たちは」

「ボンバーマンとリアルの区別がついてないじゃん」

「20歳だよね? 幼すぎね?」

結局みんな優しかったから流れたが、本当にリンチ寸前まで行ってしまった。

達夫はいつも原付でフラフラしていた。学校帰り、みんなで10人くらいで歩いていたら、達夫が原付で煽るようにして、俺たちの間を縫うようにまわり始めた。

「はいゴミさん達お疲れ様ですーーーーーーーーー♪」と言って、スピードは遅いが、ゆらゆらと暴走族のように煽ってきた。

みんなで小石を拾って、ふざけて達夫に投げつけ始めた。俺は小石じゃない普通サイズを拾って、全力で、思い切り投げつけた。達夫はノーヘルだったが、何度も何度も投げつけた。

「何してんの!? バカじゃん! 普通に石大きいし! その投げるスピードバカじゃん! 死んだらどうすんの!?」と達夫は慌てていて、みんなも笑っていた。その時俺はやはり、ドトールの女の子のような無心の顔をしており、深層心理の奥にあるものを、やってみたいと思ったことを、それをそのまま外に表した。

みんなが笑うので、そしてどんどん俺に普通サイズの石を渡してくるので、俺は徹底的に投げ込んだ。達夫は原付に乗ったまま逃げていったが、俺は全速力で追いかけて、どこまでも追いかけ回し、何度も何度も全力で石を投げ込み続けた。

「バカじゃん! ちょっと! バカじゃん! なんなのこの人!」と達夫は言っていたが、ここまでやっても、「なんなのこの人!」で済ませてくれる。俺は狂ったように追いかけまわして全力で投げながら考えていたことだが、これを他の連中にやったらマジな喧嘩になるんだろうなぁ、という思いがあった。やはり小さな精神はどこまで行っても小さな精神だ。「なんなのこの人!」で済ませてくれる。そこで終わってくれる。小さな精神でなければ為せない仕事があるのだ。

達夫はピュアだった。ある休み時間、教室でみんなでだらだらと話しているとき、俺は自分の履いているズボンに精液がついているのが目に入った。俺が自慰行為の後に、精液がズボンに飛び散っても、履き替えるのが面倒臭かったから、そのまま履いて学校に行くのが常だった。「ねぇねぇ見てたっちゃん。精液」と言ったら、他のみんなは笑っていたけど、達夫だけは、「え……、ちょっと待って、ありえない。え……だって、精液でしょ!? 精液って。え? みんなの前で? え?」と、俺のズボンの白い液溜まりを凝視して、完全に頭がショートしてしまって、いつまでも狼狽していた。その後もずっと、教室から出てバスに乗って、いつもの帰り道を歩いている間も、「ねぇ、さっきのどういうこと? だって精液でしょ? ねぇ? ねぇ?」と、いつまでも俺に言い寄ってきて、俺は無視していたが、達夫のことが可愛くてしょうがなかった。後にも先にも、あれほどピュアな反応を見せたことはなかった。俺も小学生の女の子に間違えて見せてしまったのかと思った。

もう一つ、記憶に残っていることがある。

インターホンが鳴ったので、ドアを開けたら、達夫がいた。

第一声が「バガボンドの22巻買った?」だった。「買ったよ」と答えると、達夫が俺の部屋に上がって、本棚からバガボンドの22巻を取り出して、読み始めた。子供が飴を舐めるように食いついていた。俺よりバカボンドの22巻の方がずっと興味があるという顔をしていた。バガボンドはほとんど絵しかないので、10分もせずに読み終わった。「ありがと! じゃ!」と言って、帰っていった。大人になればマナーや常識に友情は逆転されてしまうが、これは逆転される前の頃なんだな、と当時からそんなことを思っていた。あれは嬉しかった。

少し前、みんなと結婚式で再会した。達夫は10年ぶりに会っても変わってなくて、式前に、教会の憩い室みたいなところで、みんなでソファに座って新婦の写真を見ていたら、達夫は、

「なにこれ? 超ブスじゃん! はい乙でーーーーーーす♪」と言った。

俺は笑うしかなかった。

新郎は、怒りより悲しみの方が優ったのか、ただ力なくうなだれていたが、正義感の強い友人が、思いきり達夫の肩を殴った。殴られた達夫はやっと自分の過ちに気づいたようで、小さな声で、「あ、ごめん……」と言った。それをきっかけに皆が入れ組みあい……、

「おい! やめろよ! 10年ぶりだぞ!」

「結婚式だろ!? 何やってんだよ!」

「いや、これだけは許せねーよ」

「俺のために殴ってくれたのは嬉しいけど、もう、十分だから……」

「…………」

という、はちゃめちゃな事件を引き起こしてくれた。

そのあと、しょんぼりした顔でパーティーのヒレ肉を食べている達夫の顔を見て、俺は、大学に行ったのも悪くないなと思った。こんな頭がイカれた野郎がいるのかと、こんな奴がこの世にいるということを知れて、学費を1000万近くかけた甲斐があったな、と思った。

そうか、こうやって殴られないとわからないんだ。33歳になってもわからないのか。そして、こいつはどこでもこれをやってるんだ。多分、会社でもやってる。

しかし、達夫は女の子からはモテた。さすがに女の子に「はいゴミ〜〜〜〜〜〜♪」「ゴミさん乙でーーーーす♪」とは言わなかったが、ごはんを食べるときでも、「ねぇ、これもらってもいい? うん? うまい! これ超うまくね!?」と一人でずっとうまいとかおいしいとか楽しいとか騒ぎ立てていて、その様子を、女の子たちはいつも愛らしく見ていて、行儀よく飯を食べている俺などは眼中になさそうだった。

こういうものなのかなと思った。このまま、男というよりも、子供のような、子供だけど、一応男だし、子供ではないちんこがついているし、そのままずるずると結婚してしまうこともありえるだろう。こういう男と結婚する女は、何度ボンバーマンで殺されても、22時に「りょうちゃん(ワイの本名)♪ ボンバーマンやるよ〜〜〜♪」と言われて、「うん」と言ってしまう俺のような顔で、バージンロードを歩いている。

俺は恋愛脳だから、いつもこれを恋愛に置き換えて考えていた。もう20歳の頃からこの方面に心を砕いてきた。

面白い人はいる。大学時代にも、よっぽど達夫より、ギャグセンスが合い、考えていることも近く、いちばん始めはすぐにそいつと仲良くなったが、なぜだろう。長くは続かなかった。それどころか、ほとんど口を聞かなくなってしまった。

人間というのは、自分と同じ匂いがする相手と仲良くなるのは案外難しくて、勇気を出して近づいて行っても、すり抜けていくように手応えがないことがある。あまりにも、手応えがなくて、寂しくて、きっと、相手も、俺に近しいものを感じてくれている気がするんだけどなぁ? と、よし、ここは俺の方から素直になろうと思って、飛び込んでいっても、手応えがないことが多い。そして、それはすごく精神を消耗する。それでも掴み取りに行かなくていけないのか? なんで俺だけ? 一緒にぶつからないとさ? たとえ相性が良かったとしても、どうにもならないじゃん! と、俺はいつだってこいつと仲良くなりたかった。でも、流れやすいから、達夫に流れてしまっていた。

こっちが素直になっていって、お互いが大好きだったガキの使いの話をしようと持ちかけても、「あーあれ、うん、面白かった」と、なんとも手応えなく返されて、逆に、向こうが心を開いてガキの使いの話をしてきたとき、俺も仕返しのつもりはなかったのに、「あーそうなんだ、へぇ」と、単なる社交な対応を持ち出してしまい、二人でいつも煮湯のような感覚だけが続き、そのまま卒業してしまった。

こういうとき、俺はいつも何か大切なものを逃しているような、そいつの中に自分を発見し、相手も俺の中に自分を発見し、なんとなく通じ合っていた気がするのだが、異性関係においても、いつもそういう人とだけは繋がれず、犬のような、猫のような子と付き合った。

スピノザが言うには、少なくとも強い友情や恋愛というものは、ある不信と低抗とから始まるのが自然らしい。達夫に、死ねとかクズとかゴミとか言われ続ける毎日より、何も話さないそいつへの憎しみの方がずっと大きかった。

いつも、なぜかギクシャクし、会っても白々しい会話しかせず、いつも冷笑してかわされて、あれは、今でもどうしたらいいかわからなくなってしまう。様子をうかがい、小さい心を持ち出すと、一般的な社交を持ち出す意気地無しとなり、大きい心を持ち出すと、え? こっちはそんなつもりないんだけど……と、あしらわれる。いったいどうしろと? 結婚式で10年ぶりにあっても、やっぱりギクシャクしたままだった。怒ればいいのか? 殴ればいいのか? 泣けばいいのか? 男に? どうしても互いに心の出口が見つからなくて、腐った水道管のように、ただ塞ぎ込むしかなかった。

自意識ほどうるさいものはないからな。まるで俺とそいつは、ほとんど話さないくせに、いつも話しているようでいて、集団の中で、学校帰り、10人で歩いていても、そいつと2人だけで歩いている気がした。別の人間と話している時も、そいつと話している感覚だけが続いていた。自分の声かそいつの声かわからないほどに共鳴して、うるさくて敵わなくて、いつも互いにイライラしていた。

こうしてうるさい時間が続くと、「もう俺の世界から出ていってくれ!」と、そう彼の顔に書かれてあり、俺の顔にもそう書いてあり、おかしい、何も話してないのに。なんで俺はわざわざこの話を男同士で書いてしまったんだ? えらく気持ちわりー話になっちまったな。俺の、この、ピストルで頭を撃ち抜きたくなる、この女々しい、女の腐った奴みたいな性格は、こんな文章を書くために用意されたと思うよ。まったく。

ある日、授業中に自由に出入りすることができる授業だったので、俺は教室の外にあるベランダに出て、一人風にあたっていた。すると、そいつもたまたま出てきて、意図せぬ出会いとなった。ベランダに二人きりになってしまい、向こうも失敗したという顔をして、教室に戻ろうとするそぶりを見せたが、それも子供すぎると思ったのだろう。そのままベランダ内に突っ立っていた。

こういうときは俺は必ず「おう」と一言声をかけるのだが、なぜかこのときは肝が据わりすぎてしまっていて、挨拶もせず、話しかけることもせず、そのまま無視することができてしまった。こんなあからさまな態度を取ったのは初めてだった。しかし、それがかえって良かったらしい。彼はゆっくりと口を開き、「俺さぁ、就職しようと思う」と言った。「音楽はやめるの?」と俺は言った。

「音楽はさ、いつでもやれるから。うちのボーカルの声を世界に轟かせてやりたいって気持ちはあるんだけどね。でもね、やっぱ暇な時間が多いんだよ。その暇な時間もちゃんと練習してるなら、就職せずに音楽をやり続ける資格があると思うんだけど、俺、暇な時間、ドラム触ってないからなぁ。就職した方がいいのかと思って」と彼は言った。

こういう時こそ、「ゴミさん乙でーーーーーーーす♪」が欲しかったんだけどな。まぁ、それは冗談として、この時だけだった。大きいのと大きいのが出揃ったのは。

夫婦だっていつもこうだ。小さいとダメ、大きいと空転させて楽しむ。大きいのと大きいのが出揃うまで、ずっとこれをやり続けるんだ。

まぁ、世の中には、こういう思いをまったく抱かせないでくれる人もいて、こういうとき、それを少しも感じさせなかった達夫の存在に、感謝したものだった。まるで人間関係が難しすぎて、最後に残された人用の友達に思えた。いつも思う。なんだかんだいって流された場所が正しいのか、それとも本当に仲良くなりたい人とは、それだけの試練を越えていかなくてはならないのか、とね。

もう、こういうことに疲れ果てた男も女も、パートナーに達夫みたいな相手を選ぶ。まぁ、妥協と言ったら妥協かもしれないが。やっぱり自分と違う人間を選ぶんかな? そして、これはもはや永遠に解決できない問題なのか?

だから、楽な方に、楽な方に、身体を慣性のまま任せていって。最後はただ、自分が自分でいられる相手を選ぶ。一人で恋愛して、一人で結婚するようなものだ。俺は達夫と一緒にいるとき、いつも一人でいた。

俺は本当に女に憎まれる人生で、36歳になった今でも、毎年3〜4人くらいの女に恨まれている。小説投稿サイトだろうがどこだろうがネットだろうが、女がいる場所に行くと、決まってその中の数人の女から猛烈に恨まれる。そういう星に生まれているんだろう。まぁ無関心より嬉しい? こともないけど、俺だって穏やかに、子宮の中で眠らせてほしいさ。

だいたい、恋愛なんてものは、こんなもんだろう。本当はクラスに好きな男がいて(あるいは好きな女がいて)、意中の相手がいるけれども、あるいはそれが両思いだったとしても、まるで即席の、空腹を満たしてくれるカップラーメンみたいな相手がいたら、それでお腹いっぱいになってしまうんだ。友情だろうと、人間関係だろうと。俺はいつも彼女たちがクラスに意中の男がいたことは知っていたけど、そいつと成立するのをほとんど見ることはなかった。

それはそれで結構だが、それでも、女は恨みを残していることが多い。もうお腹がいっぱいになって、決着がついた後でも、その意中だった男を恨んでいることが多い。俺の前で、わざわざ腕を組んで見せたり、カップラーメンを食べる姿を見せつけてくるけど。まぁ、ナルシストだ自意識過剰と思ってくれていいけど、俺はそうやって、女に恨まれ、復讐ばかりされてきた。

そんなことをされたら、俺だって好きになるどころか、好きの下の、下の、下の、嫌いにまでいってしまうさ。俺もカップラーメンみたいな女と付き合ってね。そんなことばかりさ、俺の人生は。でもやっぱり好きなんだ。どこまでも冷静で温和で悪口を言わず、善一点ですべてを乗り越えようとする態度は、それはそれで、必ず人をイライラさせる。一緒になって、動物みたいになってギャンギャン泣き腫らしたら、すぐに仲良くなったような気がするが。

カップラーメンはどこまでいってもカップラーメンだと言いたいところだが、あなたよりこのカップラーメンを選んで本当によかったわ、という顔をされるんだよな。あれは、本当に思っている顔だから、悲しい。そして俺も、憎み合っていたその同級生の男より、達夫の方がいいと思っているんだから。このすべての結果に悲しくなる。本当は、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと近くに詰めていって頭をひっぱたかなきゃダメなんだろうな。それでも白々しい顔して「は? なんで叩くんですか?」て言うから手に負えない。だからDVする男はモテるんだろうな。女のこの特性をわかっているから殴るんだ。

付き合った後でも、結婚した後でも、「あなたはあの時声をかけてくれなかった!」と、本当にそういう顔をする。じゃあ今更どうすればいい? 俺と不倫しようってか? 困るのはそっちだろ? それはね、誉れではあるけど、こっちだって悔しいんだぜ? 祝福した顔で見送っても、攻撃と受け取るじゃん。どんな顔すればいいんだよ、泣けばいいのか? さらって逃げたとしても、やっぱりそれも困るだろ? 人間の感情ってのは黒と白の二つしかないってことはあり得ないからね。グレーをグレーでぶつけてくる。嫌だろう? 俺と駆け落ちするのは。でも、俺は駆け落ちしたいと思ってなきゃいけないんだろ? そういうことを言ってるんだぜ? でも、そうだよな。お互い気持ちよく、笑えないよな。

どんなに大人しい、そいつにナプキンがくっついてんのか、ナプキンにそいつがくっついてんのか、よくわからない女でさえ、俺の前では血で血を洗うことになる。ネットでさえ、ちょっとどこかに顔を出せば、決まって女に会い、決まって女に恨まれる。こっちは何もしてないのに。何もしてないからか? 女は何もしないと恨んでくるからな。女の方は何もしないくせに。まったくこんな話があるかよ。どこの職場でもそうだった。俺はどこの職場でも、猛烈に女に恨まれた。太宰治は、もう女のいないところに行きたい……といって、井伏鱒二に泣きついて、そして結局、井伏鱒二の娘と結婚? したんだっけか? 忘れたが。調べるのもめんどくせーや。

俺は正直、前職で、女の、いつも、私の世界から出ていって! という顔に耐えられなくて、じゃあ出ていくか、と言って辞めたところがあるのだが。その子には、「おはよう」と声をかけただけで、すごい精一杯の、苦しそうな、チアノーゼみたいな顔になって、すごく、すごく、難しそうに、「・・・・・・・・・・・・・・・・おはよう・・・・・・・・・・・・ございます・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」って返された。まぁズボンに精液がついていたからかもしれないがな。

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