食べ物に関する研究・美容・健康

『夫は肉とラーメンが大好きな男といった感じの味覚で将来の健康が心配です』読者さんとの Q &A

匿名

最近アンチエイジングの本を読みました。食物に含まれる鉄分がミトコンドリアの酸素交換を阻害して、ニューロン細胞が次々に死んでいくという研究結果が出ているらしいのです。アルツハイマーや神経病は鉄分の摂りすぎなのかな。

地中海沿岸、ブルガリアの山嶺、沖縄で、長寿のお年寄り達は菜食メインの食事を摂り、お肉は祭日の時ぐらいしか食べない。国や地方も超えてこれだけが唯一の共通事項でした。肉は鉄分を多く含みますよね。肉を食べても健康的な人は腸内細菌が強くて豊富らしいです。ただ、やっぱり肉はあまり摂らない方が若々しく身体を健康に保てる。偉大な先人や、このブログの通りの事が書かれていました。

私は胃腸が弱く、色々調べてるうちに菜食や小食にたどり着きましたが、夫は肉とラーメンが大好きな男といった感じの味覚の持ち主で心配です。無理に相手の趣向を変えるのには抵抗があるのでそういった味覚に否定はしませんが、将来の健康の事を考えると不安になります。大好きなハンバーグを豆腐多めに入れたりとかそれぐらいしかできません。

そういう男性に理解してもらうには、どうすればいいんでしょうか……?やっぱり料理の腕を上げるぐらいしかないのかな……?

 

ちんこ

おはようございます。匿名さんコメントありがとうございました。私も質問者さんのようにこの問題には長年心を砕いてきました。友人、家族、恋人に説いてまわった時期もありましたが、理解してもらえることはありませんでした。話してる最中にも、「もういい」とうんざりされることが多いので、それ以上は立ち入ることは無粋となってしまいます。切り出すことすら難しかったです。要点さえ話すことができず、もどかしい思いをしてきました。

私自身が1冊の本によって変わったので、本を読んでもらえれば変わってくれるだろうと思って、その人の心に届きそうな一冊だけをチョイスして、配布してまわったこともありましたが、それも無駄骨に終わりました。くるべきタイミングでないと、人は変わらないのかもしれません。森美智代さんの著書のあとがきの言葉を借りるなら、

『誰かのアドバイスを聞いてすぐに変わることができたり、本を読んで変われたりするくらいなら、とうの昔に変われたはずです。たまたまその時期が来ていた人が、出会えた言葉だったからしっくりとなじんで、自己変革ができたのだと思います。準備ができていなければ、「私には無理」とか思って拒絶してしまうことでしょう。それでも、この本を読んだ方が、ちょうどその時を迎えていて、変化のきっかけとなってくださればいいなと思っています』

私も現在、同じ気持ちでいます。

このブログでさえ、多くの食生活の情報発信をしてきましたが、もともと意識がある人をさらに意識させるに過ぎず、変わらせることができたということは一度もありません。意識がある人はどんどん深みにはまっていき、生玄米食まで行ってしまう狂人もいますが、意識がない人には、何を言っても徒労というのが現状です。

また、肉が悪いという意見をどこでも見ますが、それと同量か、同量以上に、肉食を肯定する情報もあふれています。結局、この時代は、どこにでもその人の願望の受け皿が用意されていて、その人の信じたいことを検索にかければ、すべてそれに応えてくれる形となっています。だから、自分の信じたいことだけをずっと信じていられる、というおとぎ話のような国のようになっています。そういう意味では、生玄米食に固執している私も、その住人の一人です。

また、この問題を他の問題より難しくしているのは、人間の欲求の中で食べ物への欲求が一番強いということです(サイババ談)。私は私の助言によって人が変わったことは一度もありません。このブログでも4年間発信してきましたが、変えられた事実は一度もありません(変えようともしていませんが)。ただ、少しだけ変えることができたのは、『白米⇨玄米』『朝食抜き』の二つのみです。

あんがい玄米を食べてみると美味しかったり、便の出がぜんぜん違います。これは本当にみんなに驚かれます(スーパーの玄米はこの限りではないかもしれませんが)。また、朝食を抜きにすると、身体が軽くなり、疲れなくなり仕事がはかどるようになったともよく言ってもらえます。あるいは朝食をフルーツのみにするだけでも同じような効果を得られます。このように、実際にたくさんのメリットを感じてもらえると、続いたりすることもありました。

一日二食や一食の方が、肉を断念するよりずっとやれてしまうようです。私自身、たまにラーメンだったりソフトクリームやマックのフライドポテトが食べたくなってしまうことはありますが、食事の回数を増やしたいと思うことはまったくありません。朝食抜きの習慣が板についてきたら、もう朝食を食べていた頃には戻れないと言う人もいます。行為の回数を減らすことはできても、行為そのものをやめるということは本当に難しいようです。これは私自身の体験からもそう言えます。 また一食分を抜かすことで、空腹感がスパイスとなって、おいしく食べられるようになるので、食べるのが大好きという人たちにとっても、欲望という面から効果的だったりします。

ですので、月並みの意見になってしまいますが、「できるところから始める」というのが望ましいと思われます。私のこれまでの布教活動で成功できたのは、「朝食抜き」と「白米から玄米」の二つだけです。甲田先生も同じことを言っています。「まずは朝食抜きから始めるといいでしょう」と。午前の時間に何も口に入れなかったら、その分消化がはかどりますから、前日の夜に肉を食べたとしても、蓄えられて発生した尿酸、屍毒からの腸内ガスを、翌日の朝に解毒される時間が与えられます。

私の場合、1冊の本で自分の中で問題意識が発生し、自分の中でこの意識が発生しないことにはどんな簡単なことでさえ難しく、毎日家から会社まで自転車で5分のところを、ずっと車で通勤している人もいます。それほどの道を自転車で駆け抜けていける朝ほど楽しい時間はないのに、渋滞もなく、あんなに最高の朝はないのですが、朝食抜きもこれと似ています。まるでこれまで渋滞で滞っていたのが、嘘のように消えてなくなる感じです。

説明するよりも、一冊の本を読んでもらった方がいいと思います。よっぽど口がうまい人以外は、説明しようにもうまく説明できないものではないかと思います(もう読んでもらった後かもしれませんが)。しかし、本を読んでもらって、その知識をほとんどぜんぶ理解してもらった後でも、やっぱりやってもらえなかったり、やったとしても1ヶ月ぐらいしか続かなかったりと、本当に人は、自分の意志でしか自分を変えられないのだなと思います。私は人を変えさせようと全く思わなくなりました。大切な人が健康を害していく姿をそばで見続けるのは不安かもしれません。私も理学療法士の仕事を通じて、食生活の指導などをしますが、できる人はほとんどいません。私の場合ですと、一冊の本を読んで、その日から一日一食にしようと思って、その日からすぐにできてしまって、それ以来、7年間一日一食なのですが、こればかりは、できてしまう人とどうしてもできない人がいるのかと思ってしまいます。

36歳になる友人が、朝から軟骨を食べて、昼は脂っこい中華料理のコンビニ弁当(回鍋肉弁当が好きなのです)を食べて、それで痔になってヒーヒー言っているけれども、こればかりは無理ですね。結局、病院に行って、手術して、痔を治してもらうと、嬉しそうにビールを飲んで、また元の食事を繰り返しています。下手にその場しのぎの治療ができてしまう現代だから、根本の解決をやり過ごせてしまうところもあるのでしょう。だから、病気になって痛い目を見ればわかるということもなかなか期待できなくなっています。彼は何度も肛門にメスを入れ続けられる人生となっていくのでしょう……。私は、20年来の親友が人工肛門人間になってしまうのが、とても悲しいのです……。特に質問者さんの文章からお察しするに、私のこの親友に対する想いよりも大きい、大好きな旦那様でしょうから、心中お察しします。

ずいぶんとりとめのない長文になってしまって恐縮です。もしよろしかったらこのコメントを記事としてシェアさせてもらってもよろしいでしょうか?

 

匿名

“たまたまその時期が来ていた人が、出会えた言葉だったからしっくりとなじんで、自己変革ができたのだと思います”

この言葉の通りです。

甲田先生の本を読むまでは、ビーガンや断食をされる方は、何かスピリチュアルに傾倒している人達と勝手に偏見の目で見ていました。森美智子さんや、甲田メソッドの本を棚に置いてますが、怪しい本を持ってきたなと思ってるだけで、全く読む気配はありません。人の意識、ましてや食事に関わる無意識を変える事は、並大抵の言葉では通じないと実感しております。

中学生の頃から独身時代は私も朝食抜き派でした。なるべく睡眠を優先したかったし、ある日朝食を抜いたらそちらの方が午前の授業に集中できたので、自然に身につきました。家も放任主義で、父子家庭、料理は全部私がやっていたので特に何も言われず長年この習慣を続けてきました。

今の夫は、3食きっちり食べる家庭で育ち(常識ではありますが……)、朝ごはんを食べないと力が出ないと言っています。珈琲が好きなので朝はサンドイッチやスープなど細々したものを作っていましたが、今度から試しに火食玄米と味噌汁、浅漬けを出してみたいと思います。それで徐々に自分の食べる量を減らす。それを見てどう思うかは相手次第ですね。まずは自分で行動してみて、相手の出方を伺ってみます。反発があるかもしれませんが、覚悟の上でやってみたいと思います。

料理すればするほど栄養がなくなる、火食すればするほど食べすぎてしまう。世の家事のほとんどがこう言っては何ですが、逆に不健康に支配されるのは、本当に気づけて良かったなと思います。家族には理解されないかもしれませんが、それは仕方のない事ですね。スーパーに行けば食品が溢れ、テレビをつければグルメをずっと放送し、食育と国も牛乳を飲むことを幼い時分から矯正しておりますから。刷り込まれた常識を変える事は難しいでしょう。

私の理想は、宮沢賢治が説いた昔の農村の食生活です。玄米2合(4合だと多いかな)、味噌と、少しの野菜を食べる。肉やケーキは胃が弱くなってから欲していません。でもたまに果物が食べたくなります。今の季節だと桃とか美味しそうです。それで記念日に、ちょっと良いお肉かお魚を食べる。これが理想の在り方だと勝手に信じております。私も自分のおとぎ話を信じている信者の一人ですね(笑

私の疑問を丁寧に汲み取り、しまるこさんの思想の一端に触れられて喜びを感じますし、感謝しています。どうぞ、拙い文のコメントではありますが、記事で利用して頂ければと思います。これからもブログを読むのを楽しみにしていますね。

いちファンより

 

ちんこ

そうですね、いきなり朝食抜きも難しいですからね。まずは火食玄米がよさそうですね。

>まずは自分で行動してみて、相手の出方を伺ってみます。反発があるかもしれませんが、覚悟の上でやってみたいと思います。

ヴィーガンやローフードの奥さんが、肌艶も良く、病気ひとつせず、夫に比べ異様に若く、睡眠時間も短眠で、いつも気分も快活で幸福そうにしていたら、旦那さんも始めるようになった、という話は聞くこともあります。子供が親の背中を見て育つように、これはどんな関係においても言えそうです。変わったら変わったでいいし、変わらなかったら変わらなかったでいいと思われますし、何より、質問者様が食べ物の邪気に侵されず(別に食べ物に限った話ではありませんがw)それによって幸福に過ごされていたら、それだけで旦那様も救われると思います。健康で言うならば、こちらの方がずっと効果があると思われます。質問者様一人の改革が、すでに旦那様を幸せにしていると思いますよ。

>私の理想は、宮沢賢治が説いた昔の農村の食生活です。玄米2合(4合だと多いかな)、味噌と、少しの野菜を食べる。肉やケーキは胃が弱くなってから欲していません。でもたまに果物が食べたくなります。今の季節だと桃とか美味しそうです。それで記念日に、ちょっと良い>お肉かお魚を食べる。これが理想の在り方だと勝手に信じております。私も自分のおとぎ話を信じている信者の一人ですね(笑

私も玄米2号と味噌と、少しの野菜、これがベストだと思っています。いずれ、日本に大きな修正力が働いて、この食形式になる(戻る)と思っています。

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