恋愛

結婚する前に神を見つけるべき

人生の唯一の目的は、神を見つけることです。もし、あなたがすでに結婚しているなら、夫婦そろって神を見つけなさい。しかし、まだ独身なら、今すぐキリストの 「まず神の国を求めよ」という教えに従いなさい。神を見つけれ ば、神があなたの取るべき道を教えてくださいます。さもないと、結婚生活にどのような運命が待ち受けているかしれません。想像もできないような悲劇の話がいろいろと私の耳に入って来ます。それは、ほとんど人間関係の不和から生じる悲劇です。人は若いうちに、自分の感情を制御することを教えられるべきです。だれでも、自分の衝動的感情を抑えることを学ばずに結婚すべきではないと私は考えています。自分の感情が抑えられないうちは、家庭を持つ資格はありません。まず自己制御を身につけることが何よりも大切です。そのうえで結婚を考えれば、あなたにとって最良の自然にあなたの前に引き寄せられて来るでしょう。

普通の人たちにとって、自分よりも相手を愛するということを理解するのは難しいことですが、それを実行するのはもっと難しいことです。このほんとうの愛について、実際にあった話があります。

インドに、献身的な愛で深く妻を愛している夫がいまし た。あるとき妻は、別の男から強く言い寄られて、そのうちに二人は駆け落ちしてしまいました。しかし結局、彼女は捨てられて、お金も友達もすべて失ってしまいました。 ある日、彼女のところへ夫が訪ねて来ました。夫は優しく彼女に言いました。

「今度の経験は終わったかね? 終わったなら、いっしょに家に帰ろう」

しかし、彼女は首を振って言いました。「いいえ、私はこれ以上あなたに恥をかかせるわけにはまいりません」

すると、夫は答えました。

「私は世間の噂など気にはしない、私はお前を愛している。あの男はお前のからだだけを愛したが、私はほんとうのお前の魂を愛しているのだ。今度のことでお前が少しも変わりはしない」と。

このような愛がほんとうの愛です。この夫は自分の名誉のことなど全く考えず、ただ愛する妻の幸せだけを考えていたのです。

パラマハンサ・ヨガナンダ

なるほど、厳しい言葉だが、一字一句拝聴してしまう。

今の俺にいちばん足らないものだなぁ。

おそらく今結婚しても絶対離婚しそうな気がする。自分のことが何もちゃんとできていないのだからね。できてる日もあればできない日もあるじゃあ、できてないということだ。

お互いが時には傷つけあったり、口汚い言葉を罵り合ったり、一緒に泣いたりしながら、地盤を固めていくという恋愛や結婚もあるようだが、俺は上記のようなエピソードの方がより高尚だと思う。まぁ、俺は月収6万で、今後も特に増える予定はないから、結婚について心配する必要はまったくないのだが、

世の中には優しい女性がいて、日進月歩、精神の向上を図り、問題ごとの原因はすべて自分にあると反省したり、夫が生玄米を食べようがバナナを食おうが放っておいてくれて、(そんなには)働かなくてもいいよと言ってくれる女性も、いたりするものだが。それとこれとは別問題だ。

じっさい問題、俺は結婚にいちばん必要なのは自己制御だと思う。なぜなら、この人生においてすべて必要とされるのは自己制御だからだ。中村天風先生の心身統一法も、インドの聖者らのヨガ哲学も、バガヴァッドギーターにいちばん強く書かれてあることも、やはり自己制御の重要性を言っている。上のエピソードも然り。

すぐ自慢話をしてしまうようだったら嫌われてしまうし、食べたいものを食べたいだけ食べていたら病気になるし、金持ちは自己制御が上手いから金持ちになっている。

人生において後悔がないと言っていた二人の偉人が今浮かんだが、ベンジャミン・フランクリンは、もしできるなら、もう一度自分の人生をそっくりそのままやり直すことになんの異存はないと言っているし、宮本武蔵は「我、ことにおいて後悔せず」と言っている。宮本武蔵は独行道を死の直前に書いた。人生の最後に書き残すぐらいだから、本当に大事なことだと思って書いたんだろう。

フランクリンの13徳

節制 頭や体が鈍くなるほど食べないこと。はめをはずすほどお酒を飲まないこと。

沈黙 他人あるいは自分に利益にならないことは話さないこと。よけいな無駄話はしないこと。

規律 自分の持ち物はすべて置き場所を決めておくこと。仕事は、それぞれ時間を決めて行うこと。

決断 なすべきことをやろうと決心すること。決心したことは、必ずやり遂げること。

節約 他人や自分に役立つことにのみお金を使うこと。すなわち無駄遣いはしないこと。

勤勉 時間を無駄にしないこと。いつも有益なことに時間を使うこと。無益な行動をすべてやめること。

誠実 だまして人に害を与えないこと。清く正しく思考すること。口にする言葉も、また同じ。

正義 不正なことを行い、あるいは、自分の義務であることをやらないで、他人に損害を与えないこと。

中庸 何事も極端でないこと。たとえ相手に不正を受け激怒するに値すると思っても、がまんしたほうがよいときはがまんすること。

清潔 身体、衣服、住居を不潔にしないこと。

冷静 つまらないこと、ありがちな事故、避けられない事故などに心を取り乱さないこと。

純潔 性的営みは、健康のためか、子供を作るためにのみすること。性におぼれ、なまけものになったり、自分や他人の平和な生活を乱したり、信用をなくしたりしないこと。

謙譲 イエスおよびソクラテスを見習うこと。

宮本武蔵の独行道

「独行道」

一、世々の道をそむく事なし

一、身にたのしみをたくまず

一、よろずに依枯の心なし

一、身をあさく思、世をふかく思ふ

一、一生の間よくしん思わず

一、我事において後悔をせず

一、善悪に他をねたむ心なし

一、いずれの道にもわかれをかなしまず

一、自他共にうらみかこつ心なし

一、れんぼの道思いよる心なし

一、物毎にすきこのむ事なし

一、私宅においてのぞむ心なし

一、身ひとつに美食をこのまず

一、末々代物なる古き道具を所持せず

一、わが身にいたり物いみする事なし

一、兵具は格別 よの道具たしなまず

一、道においては死をいとわず思う

一、老身に財宝所領もちゆる心なし

一、仏神は貴し仏神をたのまず

一、身を捨て名利はすてず

一、常に兵法の道をはなれず

なぜこの二人を例に出したかと言うと、この二人だけは自分の人生に後悔しなかったと言っているからだ。 禁欲な掟を掲げそれをやり通した、そう言う人間だけが、自分の生において後悔がないと言えるのか。 それは快楽に快楽を重ねて毎瞬毎瞬エクスタシーの連続のような人生よりも、更なるエクスタシーがあるのか。

こうして禁欲的なことばかり考えていると、一緒に生活しても楽しめない、食事もおちおち一緒に食べられない、こんな奴と絶対結婚したくない、と思うかもしれないが、

禁欲ね、禁欲。禁欲かといったらとんでもなく、本当のところは平気でしょっちゅう食べ納めと称してあっちこっち行って食べてばかりいる。金だってよっぽどその辺の人よりよっぽど使ってる。情けない。全然座らないアーロンチェアを買ってね。全然立たないスタンディングデスクを買ってね。恥ずかしいから収支を晒せないだけだ。最近はずっと赤字だ。さすがにちょっとやべーなと思って36歳になって出前館のバイトをやろうとしている始末だ。「これで終わりだ!」「チェックメイト!」と言って、普通にしてればなんてこともなく過ぎていくものを、これが最後だと心してケリをつけようとするから、その存在を大きくしてしまう。もう二度と家族と会えないと思うと、照れも外聞も捨てて飛びつくだろう。これまで眠っていたすべての感情を総動員させられるだろう。禁欲のための欲に苦しむ。

甲田先生は、「少食になるためには神様への感謝がなければうまくいきません」と言っていた。甲田先生も散々、食べ物や欲と戦った後がうかがい知れる言葉だ。中村天風先生は、イギリスのシガーというタバコを愛煙していたが、最後の一服を、「ああ、うまい、ありがとう」と言って、別に最後の一服だと思わず、これからも吸う気だったのか知らないが、満腹感に似た何かを抱いて、感謝しながらやめたと、天風先生の弟子の本に書かれたあったが。

感謝ね〜、感謝。食べ物やタバコを排他するように、敵のように扱い、一生懸命悪しきものとして、戦っているときは、うまくいかないものか。祈り、感謝するようになれば上手くいくようになるのか。やってみたが、やっぱりムカついてきてしょうがない。どうも、食べ物に対する恨みだけは、根深いものがあるようだ。まぁ俺はこの自己制御の問題について、別に食事やタバコについて言ってるわけじゃない。

欲はなんでも先送りにさせ、やれ家事をするなり、車検だの、家庭内の様々なこと、雑務、あれやこれを即座に対応できなくなる。いい歳した大人がゲームにうつつを抜かして、スマホでアプリ開いて、「うーん、今ちょっと」と言って、もっと食いたい、もっと寝たい、今日は面倒臭い、今は立ち上がるのが面倒臭い、そうやって欲深いとキビキビ動けなくなってしまう。それで離婚の原因となる。自分の欲の少ない分だけ、人を大切にできる。仕事だってそうだ。欲深いからサボる。欲がなければいつだって率先として動く。俺がこれまで仕事ができなかったのは能力の問題じゃなくて欲の問題だ。命にだって関わる。バイクのすり抜けも欲のために死ぬ。人間関係だってぜんぶ欲だ。認められたい、言い負かしたい、俺を私をもっと愛して。すべての夫婦喧嘩の原因だって、欲が原因じゃないか。ひどいとどっちがコロッケを多く食べたとか言い出しかねない。

そこで俺は考えた。決意していることがある。欲を我慢するわけでもなく、欲をなんとも思わない境地になる。欲以上のもっと満たしてくれるもの、肉体でも心でもなく、霊魂。ただいつでも神の美酒を味わい、一人静かに精神的満腹を味わえるなら、一人ですべてを完結できる。俺はそれ以上の結婚生活はあり得ないと思う。

ネットの世界じゃ、金とエロばかりがアクセスを賑わしていて、調べ物をすれば、エロい広告ばっかで、こうしてドトールでちょっと調べ物をしているだけで、エロサイトを見ていると思われてしまう。テレビじゃ食べ物の番組ばかりやっている。こんなふうに欲を煽るから、欲を持つことは正しい、食欲、性欲、睡眠欲、と、とにかく欲を満たすことが重要だと我々は洗脳され過ごしている。恋愛も結婚も、欲を満たすためだと思われているが、その逆だろう。

「恋とは、私たちを幸せにするためにあるのではありません。恋は、私達が苦悩と忍従の中で、どれほど強くありえるか、ということを自分に示すためにあるものです」ヘッセ

想像力を働かせてみると、一緒に誰かと生活するということは、なかなか難しいところがあるからね、そのとき大事になってくるのは、自己制御だと思う。20年来の親友とだって、たまにしか電話しないから良好な関係でいられるけど、同じ屋根の下でずっと一緒にいたら、どうなるもんかわかったもんじゃない。空気が荒んできたら、黙って外の空気を吸いに行けばいいのかもしれないが、どうもそういうときの乗り越え方というものがまだよくわかっていない。こればかりは一人でどうにかすることは無理か。一緒に乗り越えるものか。一人でマンションの一室でうんうんしながら考えているんだから、おかしなもんだ。同棲したり、経験からこうすればいいというものを学ぶことをしないで、一人でそれを会得しようとしてるんだから。

結局、アドラーの言う通り、すべての人間の悩みは人間関係の悩みだとして、俺は自分の中から欲がなくなってしまえば、これらの問題を乗り越えられるんじゃないかと最近は思っている。

君のここが良くない、俺もここが悪かった、お互いにこことここを直そう、と言うのもね、岡本太郎はそうすることは大事だと言っているが、岡本敏子さんは40年間一緒に暮らしてきて、岡本太郎に一度もダメ出しをされたことがないと言っている。

「身にたのしみをたくまず」

恋愛や結婚は、そもそも楽しみを味わうものではないと思う。他人に期待するから良くない、期待して外れて裏切られた気分になるから期待するのが良くないと言われているが、その期待だって欲からきている。ああしてほしい、こうしてほしい。そんなに俺は誰に何をしてもらいたいんだっていう話だ。そんなに愛してもらいたいかねぇ。欲がなければ期待することもないし、期待することもなければ怒ることもなくなる。しかし、欲のない恋愛とは何なのか。欲のない恋愛を愛というのか。

自己制御か。それを我慢のことを言っているように思われるかもしれないが、我慢のつもりで俺は言っていない。我慢でも忍耐でも苦行でもなく、掃除のようなものだと思っている。

まぁ、部屋とドトールで、一人でうんうんやっているだけだから気楽なもんだ。皆さんからしたら羨ましい限りだろう。俺だって俺が羨ましい。仕事と家庭の板挟みで、ゆっくり自問できる時間すらない人がほとんどで、本当に自分が羨ましい限りだ。やはり間暇、間暇に助けられている。少なくとも俺は間暇の中にしか答えは見つけられないと思っている。間暇の中で真理と格闘する、と言ったら聞こえはいいかもしれないが、自己制御と格闘することは、俺の最大の幸せだ。この時間だけが俺を前に進めてくれる。

自分の心にとってタイミングのよいときに、心の法則についての教えを聞いたり読んだりすることで、うっかり忘れそうになる真理を、繰り返し心に染み込ませて成長してゆくこと。これが最高の幸福。

小池龍之介. 超訳ブッダの言葉 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.999-1001). ディスカヴァー・トゥエンティワン. Kindle 版.

君自身が守ろうと決めた心のルールを自らに課して、集中力を高めるトレーニングと自己観察力を高めるトレーニングを行う。そのトレーニングにより心身の苦しみが生まれるカラクリを見破り、苦しみを減らしていき、ついには心の安らぎに至る。これが最高の幸福。

小池龍之介. 超訳ブッダの言葉 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.999-1001). ディスカヴァー・トゥエンティワン. Kindle 版.

一人でいるということはいつも初心でいられるということだ。俺はこの初心を完全にまで己に浸透させ、誰と関係を築いても、毎日顔を合わせる相手にも、初めて会ったように会い続ける関係でありたいと思う。

「わたしたちは、あまり関心のない人たちに対しては礼儀正しくし、大切に思う人に対しては、機嫌の良し悪しを見せてしまうものなのだ」アラン

結婚相手に何を見ているとかいうと、やはりみんながやりたがらないことを進んでやったり、気遣いができたり、嫌なことがあっても元気に笑顔で出勤する。それらはすべて意志的な努力だ。そういうことができるかどうか女は見ていて、この人と一緒にいたら幸せになることができるだろうと思って、小さなアプローチをかけるものだ。稲盛和夫がまだ京セラの前の、一会社員だった頃、毎日遅くまで研究に没頭していて、その姿を見ていたとある女性社員が、毎日手作りのお弁当を手渡すようになって、それで結婚したらしい。まぁ、女も受け身というが、このように急にお弁当を作るなんて大きなアプローチをしたりするもんだ。やはり女はちゃんと男を見てるね。モテない男はモテないだけの理由があるのだ。誰も俺に弁当を作りたくはないだろう。欲を克服するために一人で部屋で欲について考えて1日を終えている無職の男より、確かに稲盛和夫の方に弁当を作りたくなるだろう。欲がどうのって言ってるんだから、弁当渡しても食うのかわからんしなぁ。

いや、こんなものは、順境のときは誰だってうまくいくけど、逆境のときだ。逆境のとき、心からいい気分でいられるか? だって、こうして部屋で居たって対人に関してはずっと順境でしかないんだから(笑) 誰とも何も摩擦が起こらないから、ずっと順境だ、どの生命保険にするか、まだ調べてないの? 調べてって言っておいたじゃん、俺の方が働いているんだから、マスクの買い置きが〜、赤ん坊が泣いて、認知症のババアが迷子になって、なぜか犬のリードが引きちぎれて飛び出して、同時にいろんな問題ごとが起こって、さすがに4ヶ月もセックスしてないと気まずくなって、無理して誘って「無理しなくていいよ」と言われ、「無理してないよ」「ふーん」と言われて、そのまま漫画読まれて、逆境に真価が求められるのは確かだ。このマンションで瞑想によって乗り越えられるかは俺次第だ。

-恋愛

© 2022 ちんこ Powered by AFFINGER5