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高校生に戻って、大学受験をもう一度やり直したい

たぶん誰でも思うことかもしれないが、今でも高校生に戻って大学受験をやり直したいという願望がある。別にそれによって就きたい職業があるわけでもなく、きっと今のようにブログやYouTubeをやって送る生活になるだろうが。

それでも、今の小生の方がずっと受験勉強をやれると思う。

勉強をちゃんとやってこなかった人間だけど、朝決められた時間にドトールに行って(朝? 放課後か)、教科書や参考書だけもってスマホを持っていかなければ、とりあえず集中力が散漫にならずに勉強できると思う。当時は習慣や環境を作り上げる方法を知らなかった。やろうやろうと思っても、まったく勉強できなかった。

よくわからないけど塾に行くもんだと思って、塾に行ってしまい、バイザーみたいな変な女に、言われるがままに指定された講座をぜんぶ受講してしまっていた。今思えば、あくまで勉強は自分のペースで進めるべきだと思う。とうぜん授業はちんぷんかんぷんだったし、講師が話すことは参考書に書いてあったのだ。

特に今じゃ、このようなアプリもある。

https://studysapuri.jp/course/entrance-exam/

実績のあるプロ講師の授業を、動画で見ることができる高校生向け学習アプリだ。

これを使えば塾なんて行かなくていいではないか。何度も繰り返し再生することができる。おまけに授業料の10分の1以下だ。本当に今の時代は恵まれているなと思う。

フリーランス、ライター、ブロガー、YouTuber? こんなふうに朝ドトールに来て、さーて何を書くか、というアイデアやひらめきや才能に悩むことなく、決められたものをやってるだけでいい。まぁ、それが嫌だからこうしてブログなんてクソみたいなものを誰にも頼まれずにやっているわけだけど。

たまに、ただずっと英語の勉強をしていたいな、と思うことがある。ドトールで一生懸命勉強している学生を見ていると、覚えることがはっきりしていて、やることが明確で、うらやましく思う。それ俺にやらせてくんねぇかなぁと思う。書いてあること覚えればいいだけでしょ? ただ参考書をひたすら読んでいたい衝動に駆られる。

キングオブ低学歴の小生が言うのも何だが、大学受験は英語さえできればどうにかなるんじゃないだろうかと思う。

現役時代、世界史を選択して失敗した。なんであんなわざわざ、どこから手を付けていいかわからない、縦にも横にも広がり連なった、おまけに地理の要素も含まれる、だだっぴろい範囲の教科を選択したのかがわからない。担任の先生に言われたとおり、素直に政治経済にしておけばよかった。キングダムを見ていても、秦の始皇帝が中華を統一したということすら知らなかった。始皇帝が初めてシルクロードを作ったとか、そんなことも知らなかった。何を勉強していたんだろう。

政治経済ならYouTubeでずっと動画見ていたらなんとかなりそうな気がする。それだけである程度は頭に入るんじゃないだろうか? その後、問題集をやり込めばいい。現代文と古典も、まぁ似たようなもんだろう。

そんでもって、政治経済と現代文と古典はこんな感じで方がつくと思う。それによっていちばん大事な英語にたっぷり時間を捌けることになる。もちろん、ここでは私立文系の大学受験を目指すという体ね。

さて、肝心の英語なのだが、YouTubeやアマゾンプライムを見ていていつも思うことだが、英語の翻訳機能がある。英語のニュースやら日本語のニュースを英語化したり日本語化したりして、それをじーっと見ていて、気になったところは止めたりしながら、毎日それを3,4時間やってたら、だいたいの英文を読めるようになるんじゃないか? と思うのだ。夏目漱石も、ひたすら英文を読んでいたら英語ができるようになっていたと言っていた。

しかも、現代においては、こんな英単語アプリまである。とうぜんリスニング機能付きだ。リスニングは紙の単語帳ではできない芸当である。

https://apps.apple.com/jp/app/英単語アプリ-mikan/id920856839

英語は単語さえわかれば長文を読めるようになるというが、単語帳で覚えるよりも、長文の文脈の中で繰り返し使われるところから覚えていった方がいいだろうから、単語帳は積極的に使おうとは思わないが。

英語のニュースサイトなどでは、マウスのカーソルを合わせれば日本語訳が出てくるところもあるらしい。だいたい大学受験の英語の長文のお題は、昨今のニュース記事から出題されるから、毎日英語のニュースを見ていれば、似たような時事の問題が本番の入試に出てきて対応できる可能性がぐんと上がるだろう。たぶん高校三年次からやっても間に合うだろうけど、小生はこれを、入学時からやる!

いま高校一年生に戻ったら、小生は、毎日、YouTubeで英語のニュースを日本語字幕機能を使って、毎日見続ける。一年もやっていれば、日本語字幕を使わなくてもわかるようになっているだろう。Amazonプライムで海外ドラマを日本語字幕を使って見るでもいい。ベッドで転がって、ずっとYouTubeを見ているだけだ。とうぜん、ただ見ているだけではなく、ちゃんと覚えるように見る。わからなかったところはその都度、リモコンで止める。ちゃんと関係代名詞がどこを指して意味しているとか確認しながらね。

そうなると、高校二年の頃には、すでにかなりの読解能力を有していることになる。そこから志望大学の赤本をやってもいいし(赤本はまだ早いか?笑)、高度な問題集に挑戦していく。

となってくると、英語の成績だけが著しく伸びることになる。なら、英文学部を専攻するのがいいということになる。英文学部だと、英語の配点が大きく、英語さえできれば受かる確率がグンと上がるからだ!

また、なんといっても、大学卒業後の未来を考えてみても、文系の実用的な学部といえば英文学部くらいである。一番はプログラミングかもしれないけど、テキスト上でなく、ちゃんと実用的な英会話能力があれば、NOVAでバイトしたり、時給のいい英語の家庭教師もできるかもしれない。通訳や、どこかの学校で英語の臨時講師もできるかもしれない。英語ができるということはとても職業選択の幅は広がるだろう。ちょっとしたアルバイトとかで、何かできそうなことがいっぱいありそうだ。女子校で臨時の英語講師をやるのもいいかもしれない。教師にはならない、あくまで講師。部活動で弓道部を受け持ってもいいだろう。講師なら夏休みも休めるらしいしね。でも部活動を兼任したら夏休みがなくなるか、難しいところだ。

文系で役に立つなんてものは英文学部くらいだと思われる。法律も経済も経営もまったく役に立たない。ちなみに小生は法学部だったが、六法の六が、何の六だかしらない。また、英文学部は女子学生の比率が多い。海外留学もできる(別にそんなにしたくないけど)。英語の文献も翻訳なしに直読みできるようになる。

記事書くのがめんどくせーからずっとこんな妄想をしていた。

法学部じゃなくて英文学部を出ていれば、あんなクソみたいな印刷工場で働くことはなかった。理学療法士などというジジイとババアの骨と皮を擦る畜生みたいな仕事に就くこともなかった。もとがバカなので限界があるだろうが、たぶんこの作戦なら立教ぐらいまでだったら行ける気がする。バカが高校一年から三年間一生懸命勉強して立教にいけたら願ったり叶ったりだろう。本当は国立の方がいいし、安いし、静岡大学に行きたいのだが、さすがに5教科7科目も勉強したくないから、私立文系にする。高校一年から勉強を開始するにも関わらず、私立文系の、英語、政治経済、現代文、古典のいちばんお手軽コースの勉強しかやらない。

しかし、静大の地域に密着した素材が光るジャガイモ感も捨てがたい。都会でない地域の国立大学は、医療系の専門学校っぽい空気があって、私立大学よりクラス一丸となっている空気がある。地味な男女が多く、少し派手な格好をして歩いていれば、私立の女より落とせる確率が上がる。なるべく学費を下げようと、わざわざ7科目の勉強を選択するというのは、相当に自分に厳しく欲をコントロールできないとできない芸当である。

静大の周りには家賃が安くてしずかで住みやすい地域がたくさんあり、正直、いま俺が住んでるマンションからも静大に通えなくもない。まぁ、今通うわけじゃないからそこはどうでもいいのだが、立教よりも静かで過ごしやすそうだ。

青学や明治あたりだと、派手な男に押し負けてしまう可能性もある。中央は古本屋さん臭いし、立教がいちばん格式高そうな感じがしていい。キングダムでいう、玉鳳隊(ぎょくほうたい)の王賁(おうほん)みたいなイメージがあってかっこいい。

静大より立教の英文学部の方が可愛い子が多そうな気はするが、まぁ別に中央でも明治でも法政も青学でも、どこでもいいっちゃいいが、立教の女がいちばん可愛い子がいそうな気がする。

立教もじゅうぶん、俺より派手な男がゴロゴロいるかもしれないけど、静大だったら俺がいちばんになれそうな気がする。デイサービスで働いていたとき、俺の職場に、静大の教育学部の学生が、男女混合の4、5人で教育実習にやってきていたけど(昨今の教育実習制度には、介護施設での実習経験が必要になるらしい)、みんな牧歌的な感じで、地味だけど垢抜けないということもなく、国立というのは、それだけで灘高校生みたいな雰囲気があり、品行方正で、子羊みたいにおとなしかったけど、自分の人生ルートに関して自信を持っていそうで、隠れ見える芯の強さも、国立大学生ならではであった。とにかく有名な大学に受かればいいという立教と比べて、親に学費の負担をかけたくないという静大たちの精神は、姿形に現れているように思えた。ちょうど自分はこのあたりの下着をつけるのがいいだろうという計算も、立教より上手に働いている気がした。これだけの広漠さ、派手すぎず、地味すぎず、下着だけはやや派手目にするという(下着を見たわけではないが)地味ならではしか発生しない色気にも自覚的だったように思われる。ちょうどいい下着をつけたり、ちょうどいい色気を出すことに成功させている所以は、おそらく7科目の勉強ができることと無関係ではないだろう。7科目の勉強ができることから、明治時代から系譜している清純でまだ良き時代の学生らしさが失われていないルートを、広範囲におよぶ女性像から選択できたのだろう。その選択は、確かに立教より優にある。彼女たちは、自分たちでも、立教の女子より優れている自覚がありそうだったのは内緒だが。

彼らの実習ぶりを見ていて、まだみんなで学園祭の出し物なんかを一生懸命やっているような、やさぐれ感がないところが、小生は気に入っていた。それぞれの発言や自主性を重んじて、立教だったら足蹴にされそうなメガネの男がそれなりに人権を保護され、ミッチーとか変なあだ名をつけられて、ちゃんと安全な学校生活を送れることが約束されていた。頼まれごとをされたら滅多に断れなさそうな、地の人間の良さを感じた。教師になろうとしているだけあって、介護士や理学療法士を見下している感じもなさそうだった。不思議なことに、灘高校や国立大学というのはいじめがなく、慶応や早稲田にはあるから不思議だ。いじめだらけだった小生のデイサービスからすると、彼らがこの地で理想国家を建設している姿はとても対称的で印象的だった。スタッフの年半分だというのに、生物としての勝ち負けがはっきりしていた。学歴でも負けて、人格でも負ける。利用者のおじいちゃんおばあちゃん達も、何年も一緒にいる我々スタッフよりも、静大生の方が好きそうだった。

だから、立教よりも静大の方が制圧しやすそうだと思った。だから本当のところを言えば静大の英文学部に入りたいのだが、7科目はちょっとね(笑)。生物と地学の勉強をするのが死ぬほど嫌だ。理学療法士なんて、ほとんど生物(解剖学)の勉強ばっかだったんだけど(笑)

立教に行くべきか、静大に行くべきか、ここ最近ずっと悩んでいた。

自然主義の小生は、なるたけこういった静大生の、素材が光る、紙包よりも中身の肉を肥やしていくスタイルの方が好きであり、立教と静大じゃ、どっちの学歴の方が上か難しいところだが、東大に近いのは静大というのは確かだろう。もっとがんばれば東大に入れたかもしれないけど、静大ぐらいがいちばん可愛いという計算もあったのかもしれない。

毎日、寝転がって、英語のニュースをYouTubeで見ているだけで、上記の夢が叶うのだ。本当に今の高校生はずるいと思う。

英語ができれば、コロナで難しくなっているとはいえ、海外移住する場合においても希望が持てるだろう。日本は税金が上がっていく中、まだまだ発展途上国は安い。物価の安いチェンマイでノマドワーカーになるにしても、法律や経済より英語の方が圧倒的に役に立つ。バンコクやチェンマイも英語が話せればなんとかなるらしい。東南アジアだと日本人は比較的モテるらしいが、それとは別に、俺はたぶん日本の女よりチェンマイの女の方がモテるような気がする。しかし、チェンマイの女だって、会話できない奴とはさすがに付き合いたいとは思わないだろう。今チェンマイに行っても、翻訳アプリで会話するしかい。ホテルに誘うときも、いちいちアプリで「ホテルに行こう」と画面を見せなければならなくなる。

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