ゲンソウはちんこを出す俺をバカにしている。
学校で俺がちんこを出していると、まったく無反応で、何事もないような顔をしている。
高校2年の頃だった。
俺は学校でちんこを出すという行為から、高尚性というか、勇気だったり、一周回った面白さというか、なんとも言えない価値のようなものを感じていた。それをわかってほしいと思って、ちんこを出していた。それは一周回らなければ分からないものかもしれない。一周回れず、ダイレクトにそれを見たら、一蹴されるものかもしれない。
一蹴。
一蹴が気に入らなかった。
ゲンソウは、クラスの三級女子に、とうとうと恋愛論を語っていた。男からは好かれない男だった。女からもべつに好かれちゃいなかったが、三級女子の前では恋愛論をひけらかしたり、本の内容を喋ったりして、それを三級女子の数人が目をキラキラさせながら聞いている光景があった。その空間は完成されていて、誰も入る隙がなかった。
きなクセェなぁと誰もが思っていたが、三級とはいえ、一応女子に囲まれていたから、文句をつけると嫉妬していると思われてしまうので、誰も何も言わず、その光景を見過ごしていた。それはいつも教室の隅で異様に目立つ光景ではあったが、誰もが無視していた。
「セックスか。うん素敵なものだと思うね。でも僕はあれは心の繋がりだと思うんだ」
この一言の中にも、僕は高校生でありながらすでに童貞じゃないということを知ってもらいたい願望が含まれていたし、すでにもうセックスという肉体上のものから精神上のものへと昇華させることに成功しているという、一人、抜け駆けに成功したというナルシシズムが本当にイライラさせた。
本当に真実を追求する者からすると、「なんちゃって悟り系」や「プチ悟り系」が一番腹が立つ存在であり、俺はいつもゲンソウが三級女子の前で垂れているこういった高説を、しっかり聞きながら、しっかり憎んでいた。
ゲンソウはいつも休憩時間は、村上春樹を読んでいた。ヘッセとか、海外文学もよく読んでいた。三級女子達と、よく本の話をしていた。
「星の王子様」を読んでいる三級女子に対しても、その内容はね、これを表しているんだ、とか、「バトルロワイヤル」とか「池袋ウエストゲートパーク」を読んでいる三級男子生徒に対しても、「そういうのもいいと思うよ」と言っているのにもムカついた。
この高校の偏差値は41くらいだったから、もうその時点ですべてを諦めなければならないのに、頭いいキャラになろうとしているのがムカついた。
俺はいつもその光景を見るたびに、ゲンソウのパンツを思いっきりずり下ろして、三級女子たちの前にご披露させてやりたかった。これが本当の文学だ……! と言ってやりたかった。
きっとこれはゲンソウの中に俺を見出してるから、ゲンソウの中の俺に対して腹を立てていたんだと思う。
俺はゲンソウに嫉妬している。しかし、ゲンソウも俺に嫉妬していた。ゲンソウは、俺にだけは絶対に話しかけてこなかった。
2年間同じ教室で過ごしてきて、俺たちは一度も会話したことがなかった。滅多に話さない女子生徒ですら2回や3回くらいは話したことがある。まったく1度も話さなかったのは、ゲンソウだけである。これはどちらかが話さないと決めているだけなら起こるものではない。両方が絶対に話さないと決めていないと起こらないものだ。
原因は見当たらない。ゲンソウに母親を殺されたわけでもない、俺もゲンソウの妹を殺したわけではない。しかし、この壁は、透明でありながら非常に肌に強く感じられ、この壁を越えた方が負けとして、はっきりと力強く存在していた。それは俺とゲンソウにしかわからない壁だった。俺はこの壁を超えるぐらいだったら死ぬほうを選んでいた。
しかし、何の前触れもなく、それは起こった。運動会の出し物の担当として、リレーだったか玉入れだったか忘れたが、俺とゲンソウは出し物を決めるペアになってしまって、取り決めをしなければならなくなっていた。
「これ、運動会の出し物なんだけどさ、こんな感じでどうかな?」
「あー、うん、いいんじゃない、かなぁ?」
先に話しかけてしまったのは俺の方だが、しかしそれは運動会の出し物の件だから仕方ない。だから俺の負けではないと思っていた。むしろ、ゲンソウの方がまずいだろう。奴はおそらくだが、俺の方から取り決めの話しを持ちかけなければ、絶対に話しかけてこなかったと思う。俺が話しかけなかったら運動会は行われなかった。
俺に話しかけられたゲンソウは、やはり世界は、急に、今日、この瞬間に、すべてが終わる日が来るものだという……、朝、家を出る時にこんなことは思いもよらなかったという、文学的な顔を見せた。目を少しハッとさせただけで、大きなリアクションではなかったが、隠しても隠しきれない驚きを見せた。その顔は可愛いかった。
俺の方は話しかけると決めていたから、自然体で話しかけることができた。自然体だったから、ゲンソウに、「りょういちんこZはそんなに気にしてなかったのか……?)と頭によぎらせることに成功できた。
お互いそんなに頭が悪い生き物でもなかったから、話し合いはトントンと進められた。出し物について語り合っているうちに、どことなく打ち解けていってしまっているのを感じていた。それは、お互いに感じただろう。もともと、どこか似た人間だ。俺はちんこを出す人間で、ゲンソウは本を出す人間で、真逆のように見えるが、どこか繋がっているものを感じたものだった。もしかしたら、俺達は案外仲良くなれるんじゃないだろうか? とも思った。むしろ、すごく仲良くなれてしまうんじゃないかとも思った。
ゲンソウ? どうする? 手放しちゃう? 俺は別にいいんだけど、お前はどうする? いがみ合うのも面倒くさくなってきたよなぁ? お互い、この壁の前で立ち往生したりしてさ、めんどくさいもんな? ここらで終わりにしちまうか? どうする?
お互い、それを保留にしたまま、話し合いは終わった。
※
昼休み、弁当を食べ終わった俺は、暇になったから、またチンコを出して遊んでいた。
三級男子生徒たちが、キャッキャと言って、俺のちんこの下に集まった。
俺はゲンソウの方をチラッと見た。まったくこちらを見ようとしない。
ムカついた。さっきの時間は何だったんだろう?
なんだよ? またそうやって、そういう態度に戻るのか? で、そんな態度とっておいて、また俺が出し物の話を切り出したら、また、うんうんって話を聞くんだろう?
どっちなんだ! ゲンソウ! どっちなのかはっきりしろ! 俺と仲良くするのかどっちなのかはっきりしろ! 俺のことが嫌いだったら嫌い通してみろよ!
もう少し、ゆっくり時間をかけたいってか? 乙女みてーな野郎だなゲンソウ。
こういうところ、ぜんぶ俺と似ていて、殺したくなるぜ。
ゲンソウ。お前は誤解しているぜ。いや、誤解じゃない、お前は何もしらないんだ。一周回ってないんだ。人前でちんこを出すのは、衆目を得たいがためのパフォーマンスだと思っているだろう?
違うんだ、ゲンソウ。俺はそんなことのためにチンコを出してるわけじゃないんだ。学校の人気者になるためにチンコを出しているわけじゃない! お前みたいな絶対にチンコを出さない奴に勝つためだよ。バカが。本読んでもわからなかったか? 本にはそんなこと書いてねーからなッ!
お前みたいに、守りに守りに入っている人間の前で、こうやってチンコを出してやるのが楽しいから出してるんだろーがよ。ゲンソウ。お前には絶対できないだろう? 何千回生まれ変わってもできねーだろうがよ。ククク……! まぁ、学校でできるのは3名ぐらいだからなぁ〜。どうだゲンソウ。オレは凄いだろう? 俺を見ろ、ゲンソウ。どうせ本の内容なんて頭に入ってないんだろう? 逆さまになってるぞゲンソウ。俺を読めよゲンソウ。俺のちんこを読むんだ。こっちを見ろ、ゲンソウ、こっちを見るんだ。
悔しい……あの顔。今、何を考えてるんだ? ゲンソウ、今、ちんこを出している俺に対して何を考えている? もしかして自分の勝ちだと思っているのか? だとしたら、それはいけない。それは許さない。ゲンソウ。ゲンソウのことが気になる。ゲンソウの顔をもっとよく見たい。ゲンソウの顔に何が書いてあるのか気の済むまで見たい。でも今はダメだ。今ゲンソウのほうをチラチラ見たら、意識していることがバレてしまう!
『行きなさい! 行きなさい! りょういちんこZ!』
?
なんだ?
どこからか、声が聴こえる。
『素直になりなさい。りょういちんこZ。あなたはやれる。今と戦うのです。今を乗り越えていきなさい。あなたは恥ずかしい生き物です。そうやって、どちらの方がパワーバランスが上か下か、そんなことばかり考えている恥ずかしい生き物です。りょういちんこZ、あなたはゲンソウに勝とうとしている。勝とうとするからダメなのです。失敗しなさい。失敗する方に行きなさい。あなたが一歩を踏み出すのです。私には未来が見えています。未来には恐ろしい結末が待っています。あえてこの結末をあなたには教えません。しかし行きなさい。りょういちんこZ! ゲンソウに勝たなくていいのです。負けたっていいのです。あなたがあなたに勝利しなさい。素直があなたの勝利です。素直が本当の自己。本当のあなたです。人生も恋愛も芸術も宗教も学校もゲンソウも、本当の自己を見つけるためにあるのです』
「どうした? りょういちんこZ、何をボーッとしてるんだ?」
「本当だ、おい、りょういちんこZ! りょういちんこZがちんこ出したまま止まっちまった!」
「りょういちんこZ、お前は俺たちの、どうでもいい暇つぶしのために、全力でちんこを出してショーをしなければならないはずだ。俺たちは見飽きているからほとんど期待していないが、しかし、お前は全力でちんこを出してショーをしなければならない時間だ。昼休みはお前にとってそういう時間だろう? 何を止まっているんだ」
「ん? あ、ああ……」
いったいなんだろう? この声は、いったいどこから聴こえてくるんだ?
『りょういちんこZ。今、行くのです。あなたが一歩を踏み出すのです! 今、行きなさい。危険な方へ行きなさい!』
『誰ですか……? 僕は今ちんこを出しています。危険な道をこうして選んでるじゃないですか!』
『違います。りょういちんこZ! それはもう危険ではありません。1回目にチンコを出したときに、その勇気の寿命は終えました。もう賞味期限が切れている勇気です。りょういちんこZ。あなたはもう何百回とチンコを出してきて、立派な学校名物になってしまっています。それではもう、トイレに行って便器の前でチンコを出すのと同じ難易度になってしまっています。本当の危険は『そっち』にあるのではないでしょう? 危険な方に行きなさい! りょういちんこZ! 本当の危険は……、わかりますね? あなたが一歩を踏み出すのです! 行きなさい! りょういちんこZ!』
※
「ゲンソウ」
「え?」
「ゲンソウ」
「え?」
「俺のことどう思う? ゲンソウ」
「いや、大変だなぁって思うけど」
「大変? 大変に見える?」
俺はチンコを出したまま、ゲンソウの席へ行って話しかけていた。
「うん」
「ゲンソウ。さっき話し合いで見せたお前への態度は嘘だ。俺はお前が気に入らなかった。お前もそうだろう? ゲンソウ」
「え? へー、そうなんだ、いや、僕はそんなことないけど」
「ゲンソウ」
「僕は別にそんなこともないけどな。なんとも思ってないというか」
「ゲンソウ」
「え?」
「ここまで俺はこんなに自分を晒して! それなのにお前は何だ! 自分が恥ずかしくないのか! ゲンソウ!」
「……」
「お前は大馬鹿野郎だ! ゲンソウ! お前はクソ野郎だ! 死ね! はやく死ね!!」
「……急になんなのか、よくわからないよ」
「まーだしらばっくれる気か!!」
「……」
「……」
「……」
「何を黙ってるんだ!? 何で黙ってるんだ! 黙ってやり過ごそうってか!? とぼけたり、黙ったり、ずるいぞゲンソウ! お前はずるい!! そんな態度を取られたら! ゲンソウ! 俺はどうしたらいいんだ!?」
「チンコを、しまったらいいんじゃないかな?」
「まだ! お前はそんなことを……!」
「いや、こっちも、そんな事言われても困るよ」
「ゲンソウ! お前はサイテーな野郎だ! サイテーな人でなしだ! ずるい! ずるいぞ畜生!!」
「ねぇ、変ないいがかりやめなよー。ゲンソウ君、嫌がってんじゃん」
「本当。勝手にチンコ出すのは構わないけど、こっちに絡んでくるのやめてほしいんだけど」
ゲンソウの周りにいた三級女子どもが、うだうだ文句を言ってきた。
「その感じでやり過ごすのかゲンソウ。俺にはわかってるんだゲンソウ。他のみんなはそれでごまかせるかもしれないけど、俺とお前の目はごまかせない。他のみんなや、ゲンソウチルドレンは、『ゲンソウ君も大変だね、ああいう返しをするしかないよね?』って言うかもしれないけど、俺にはわかるんだよゲンソウ! お前にもわかってるんだ! ゲンソウ!」
「そう言われても……」
「クソ野郎が!!!!!!!」
俺はゲンソウのパンツをずり下ろした。
「な……!」
「ちょっと!」
「きゃあああゲンソウ君!」
「お前は! お前はまだそんなことを……!」
「……」
「ずるい! ずるいぞちくしょう!!!」
「ゲンソウ君が! ゲンソウ君が!」
こんなに! こんなに! がんばったのに! どうして! どうして……!
わかってるくせに! ぜんぶわかってるくせに……! ゲンソウはぜんぶわかってるくせに、嘘をついているッ!
愛とは、セックスとは、溶け合うとは……! いったいどういうことなんだ!? 誰か! 誰か! 教えてくれ!
『りょういちんこZ! ゲンソウはわかっています! ゲンソウはそれを言葉にできないのです! 言葉にできないものを言葉にしようとして見つからないから、見つかる言葉を話してしまうのです! そこからすべては崩壊していくのです! ゲンソウは間に合わせようとしているのです!』
『そんな……! たくさん本を読んでいるのに!』
『たくさん本を読んでいるから知らないのです!』
『新しい一歩を! 新しい一歩を教えてください!』
『りょういちんこZ! 目を見るのです! 言葉では真実は伝わりません! 目を! ゲンソウの目を見るのです!』
「……」
「君は僕にいったいどうしろっていうの?」
「ゲンソウ。そういうのは、もういいんだ。ゲンソウ」
「……?」
「ゲンソウ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」