男「セックスしよう」
女「は?」
男「セックスしよう」
女「……」
男「俺たちはまだ2回デートしただけだ。ちょっとスポーツして、ちょっと散歩して、プラトニックなことだけしてきた。ただ、やっぱりこんなことを続けていても、ぜんぜん進捗があるような気がしないね」
女「はぁ」
男「もっと自分をさらけ出して、踏み込んでいかなければ恋愛なんてできっこないんだ。どうしてそんなに怖がっているんだ。ただマンコの中にチンコが入るだけじゃないか、みんなやってるじゃないか。何を失うっていうんだ? そんなに減るものなのか?」
女「……」
男「恋愛なんてものは、考えてみれば、こんなものは胸の気持ちの昂りなんだ。ドキドキするもので、ドキドキを楽しむだけ、それだけのものだ。脳の信号、遊び。人生でまったく無目的で無関係で、未来とか将来と全く関係のないドキドキなだけなんだ。それは楽しもうっていうんだ。そんな時に自分を守る必要なんてあるのか? 自分を守ってたら恋愛なんてできやしない。自分を投げ出すことイコール恋愛なんだ」
女「でも、私たちは、まだ少し会っただけだよね。それに、遠距離だし。関係を築くのに、不利な状況にあると思う」
男「遠距離だから、一回会うのに時間や体力を要するのは事実だ。それで会ってみて、はいスポーツだ。はい卓球だ。はい散歩だってね。これを5回10回続けたところで、俺はそんなに意味があるような気がしないんだ」
女「こうして会ってるだけじゃダメなの? セックスがなきゃダメ? セックスがないと、私と付き合えない? 普通にそういう気持ちになったらそういうことになるかもしれないし、わざわざそんなに急かさなくてもいいような気がするけど、何をそんなに焦ってるの? 早くセックスして早くポイ捨てしたいから?」
男「君は奥手だからね。もっと、こう、殻を破るのに動物的な本能が必要だろう。君の中の潜在意識は、それを願っている。セックスすればドキドキするようになるよ。愛とか恋とか難しく考えて、自分を守ろうとするからドキドキもしなくなるんだ。俺じゃない、君の希望なんだ。君はもっとドキドキしたがってるんだ」
女「わたしがこんなにウジウジしてるからムカついてきた? ムカついてきたから、さっさと短期決戦に持ち込んで、わたしがセックスを承諾したら関係を持続する、もし拒否したら、そのままフェードアウトしようとしてる?」
男「いやに冷静だな。器用に立ち振るまいやがる。男は性欲があるからいつだって不利だぜ。いつだって恋愛において、男は女に負けるんだ。負けた結果が、そこらへんにどこにでも転がってる夫婦だ。結婚も売春も一緒だ。ただ相手を繋ぎ止めておきたいから、男は女にプロポーズをするんだ。積極的な理由ではない。消極的な理由からだ」
女「……」
女「あのね、こんなことを言うのも、あれなんだけど、わたし、あなたのこと、好きなのか、よくわからないの。好きっていう気持ちがよくわからないの。恋愛っていうのがよくわからない。ずっとずっと考えてきたけど、ずっとわからない。ごめんね、こんなことを言って。でもね、この前、ふっと思ったの。この前ペットショップ行ったらね、高くて可愛いプードルがいて、ああいいなぁ。飼いたいなぁと思ったのね。多分ね、そのプードルを飼ったら、一生懸命私は愛して、育てると思うの。今も飼っている犬がいるんだけど、私はとてもこの犬を愛している。それは本当に偶然な出会いだったけど、今はかけがえのないワンちゃん。私の大事な家族。高級なプードルだろうと、この雑種の犬だろうと、ああ、同じ未来が待っているんじゃないかなぁって気がしたの。そして、そういう風に私が今飼っている犬と築き上げられた愛っていうのは、それは男女の愛と同じなんじゃないのかなって、ふと思ったの。だから、誰と付き合って誰と結婚しても同じかもしれないと言ったら言葉が悪いけど、どこかでそう思ったというか」
男「まぁ、お見合いでも上手くいってるしね。お見合いの方が上手くいってたりするしね」
女「殻を破るとか覚醒するとか、自分を投げ出すとか、あなたの言っていることもわからないでもないの。確かに、それは、とても必要な気がする。私に、欠けている大事なもののような気がする。でも、私にとっての恋愛というのは、犬のイメージに近いかもしれない」
男「なるほど、時間か」
女「そんなふうに一緒に時間を過ごして、自然とそういう気持ちになって、そういう時が来て、そういう気持ちになったらそういうことをすればいいのかなって思うけど、ただ手っ取り早くやりたいだけとしか思えないというか」
男「別にただやりたいだけで言ってるわけじゃないんだよ。俺たちに足りないのはセックスだ。俺達はもう生まれたままの姿になって、全てをさらけ出して一晩中熱く激しく抱き合って全身全霊で溶け合って一つにならなければいけない段階に来ている」
女「……」
男「時間、その通りだよ。もっとお互いが一緒にゆっくり時間をかけて関係を築いていこうと言ったって、なかなか遠距離だから会えるものじゃないしね。もっと俺たちはたくさんの時間を過ごさなければならない。それは確かにそうだ。だったら俺の部屋に連泊しなよ。可愛い同棲生活みたいなもんだ。そういう時間が俺は必要だと思うね」
女「うーん、それは今じゃなきゃダメなの? まだ2回しか会ってないんだよ? 別にそれは三か月後でも半年後でも1年後でも、いいんじゃない? 本当に好きだったら、待てるんじゃないかなぁ? そのね、なんていうか、待てないから言っているようにしか聞こえない」
男「……」
女「私とセックスなしの関係でもいられる?」
男「厳しいかもしれない」
女「ふーん」
男「……」
女「今、私が交通事故で意識不明になったとしたら、毎日病院に通う?」
男「厳しいかもしれない」
女「ごめんなさい、別にいいの」
男「ちなみに俺が今交通事故で意識不明になったら、君は俺のために病院に通ってくれる?」
女「通わないです」
男「(笑)」
女「……」
男「例えば、君の期待に応えるための行動を取り続けることは、やろうと思えばできるんだ。君のゆっくり時間をかけて関係を築きたいという期待に合わせて、ナメクジみたいにノロノロと、散歩して、山に登って、木陰で自然を見ながら話して、誕生日に何かプレゼントして、話を聞いたり、悩みを聞いたり、傷つけることなく、元気づけて、優しいことだけ言って、君のポイント稼ぎに徹することは、やろうと思えばできるんだ。なぜなら、俺は、そればかりしてきたからね。
まぁ、みんなやっていることだ。これは仕事と同じだ。サラリーマンのようなところがある。自分のやりたいことやしたいことよりも、他人が喜ぶことを優先して、それを第一に考える。相手を第一に考える。それが愛。相手が喜ぶことだけに徹して、そこに負担や苦役を思わず、奉公することに喜びを見出すこと。それが真実の愛、だから俺はそれになろうと、ここ数年ずっと戦ってきた。まぁ、一度も勝利したことはなかったが。
しかしだ。なんかそれをやってると、どうも自分の心の中に何か嘘のような、ノイズのようなものを感じて、ずっと引っかかるんだ。心が、これじゃないって言っているんだ。苦しくなってきてしまうんだね。それはブログや動画や創作活動と似ていて、他人が喜ぶことを第一に考えて、他人の為に会わせて、他人の期待に沿うようなものだけを作り続ける。他人が喜んでくれると嬉しいからね、俺もそういう方面でがんばろうと思っていたところはある。面白いところで、これは同じなんだよ。仕事と恋愛と創作、夢、これらは全部同じだね。いかに本当にあるがままの自分のまま貫き通せるか。そこに過去も未来もないんだよ、たった今、ありのままの自分で全身全霊でその瞬間にぶつかること、そうすることでしか、燃え上がらないんだね。相手はどうだかしらないけど、自分は決して燃え上がらない。まぁ、正直に話すと、俺は最近『嫌われる勇気』を読んでいて、ああそうか、そういうことか、ひどく得心がいって、まぁ、今話していることはそれの受け売りでもあるから、哲学書持った赤ちゃんがオギャーオギャーっていいながら、君に抱っこされたがっているところは否めない。俺は生まれ変わってる途中でね。だからこんなに焦って、よくわからなくなって。胸が苦しいとか言ったり、次の日にはセックスしようと言ったり、狂ってるのは自分でも承知だが
俺は創作活動を続けてきて、一つの線を見つけた。とても単純ではっきりした、力強い、一本の線だ。恋愛にも一線を見出せるようになってきた気がするんだ。俺の本当の内側からやってくる声、それが『セックスしよう』だ」
女「ごめんなさい、ブレーキが壊れている車としか思えない。いや、そうなろうとして無理しているというか、それを自分で正しいと言い聞かせていて、私にもそれを納得させようとしているとしか思えない」
男「……」
女「あるがままで生きるっていうのは、それがその今、私にセックスを求めることなの? 私が今それを拒否したらどうなるの? 私にも、今はあるよ」
男「エゴなのか、愛なのか、例えば俺は、作品を作ってきて、内側の声を聞いて、内側のいちばん強い欲求の通りに、思いっきりその気持ちを爆発させるのがいいということを、最近になって気づいた。だから、ただ、いまこの一瞬に今自分の胸にある気持ちを思いっきり君にぶつけるのがいいと思ってるんだ。それが正解か間違いかはわからないけど、もうそれしかないという考えになってる」
女「今この瞬間がって言うけど、今この瞬間、あなたは私のことを求めているかもしれないけど、でもそれは今この瞬間なんでしょう? 今この瞬間の気持ちはどこまで続くの? そんなに今この瞬間にかけて生きていたら、別の人が好きになったり、あるいは私のことを求めなくなったり、その時のその気持ちでしか動かないってことでしょ? そんな自分を受け入れろってことでしょ? そんな人とは、とても先のことなんて考えられないよ」
男「なるほど」
女「まぁ、それ以前に、あんまりセックスしようセックスしようって言われると萎えるけど」
女「なんだか、感情なのか、思想なのか、わからない。思想で恋愛するっていうのは、インテリもいいところね」
男「(笑)」
女「わたしも別にセックスがだめとか、セックスが嫌だとか言っているわけじゃないよ。ただ、なんか自分の思想に一直線に走りすぎているというか、そこに全部私の存在とか理由とか、すべて丸め込まれてしまっているというか、うーん、あまりいい気持ちは覚えないかも」
男「……」
女「ただ、自分のしたいこと、やりたいことだけ言って私の気持ちは全く考えてない。素直になればいいって言っているかもしれないけど、それが素直っていうのかなぁ? それが愛っていうのかな? 付き合うっていうのかな? 男らしさを、履き違えているような」
男「……」
女「わたしも、あなたには好意を持っているし、向かってきてくれるのは嬉しいし、わたしも、まぁ、そういう微妙な年齢だから、ここを逃したら、また振り出しに戻っちゃうのかな、という恐怖はあるの。わたしは、本当に、自分の気持ちがわからないの、確かに、あなたに言われるがままにセックスしたら、なにかわかるかもしれない。でも……、ごめんなさい、本当に、わからないの」
男「セックスしよう」
女「……」
男「セックスしよう」
女「本当にそればっかり」
女「それが本当に、あなたが霊的修行を通じて、女性研究家YouTuberとして活動してきた結果の、答えなの? それが、男と女のあるべき形だと、あなたはそういいたいの?」
男「そうだ」
女「わたしには、わからない」
男「……」
女「最初の1回目の『セックスしよう』は勇気がいったかもしれないけど、今はもう挨拶代わりに言ってるでしょ? 緊張感なくなってるよね?」
男「なるほど、勇気というのは、次の新しい一歩目にしかないのかもしれないね」
女「あなたの言っていることも、わかる気がする。どこまでわかれているかわからないけど。こんなに、わからないとか、うーんとか言って、立ち往生してブツブツ言っている女ってめんどくさいでしょ? セックスぐらい、普通どこのカップルもすぐにするしね。だからね、わたし、こんなこと思っちゃうの。もうめんどくさくなったから、作戦を切り替えて、『セックスしよう』って言って、セックスできたらOK。このまま関係を継続させる。それでセックスできなかったらフェードアウトする、そういうふうに思ってるんじゃないかなぁ? って、ちょっと思っちゃうというか……、もう、どうでもよくなって雑な暴走モードに入っているというか? やりたいだけなのに、『自分を投げ出す』とか『嫌われる勇気』とか、『無条件』『無目的』とか、『時間』とか、いろいろ持ち出して、納得させようとしているようにしか思えないっていうか? それは勇気とは反対で、投げやりになっているような……。あるいは、『思想』という形でごまかしているような、それは理論武装で、素直の対極にあるような」
男「アドラーの『嫌われる勇気』とぜんぜん反対のことをしているというわけか」
女「ごめんなさい。それが、正しい『嫌われる勇気』なのか、わたしには、ちょっとわからないというか。タバコもやめるって言って全然やめないし、あなたは本当に意思の強い人なのか、よくわからない。ごめんなさい」
男「なるほどね、ここらへんが、どうも俺が軽薄でチャラチャラしているように見えて、股を開きたくないというわけか」
女「……」
男「セックスしよう」
女「……」
男「セックスしよう」