出会い系「90人と出会って20人ほどやった体験談」

出会い系はどっちもバカ

「今から会える?」

その日、女から急に呼び出しがかかった。18時ごろだった。

出会い系の女だ。19歳。2日前に初めて会った。一回しか会ってないが、ヤれた。

その時は深夜0時に待ち合わせた(19歳で0時に初対面の男と会うなんてどうかしているがね)。可愛くて、セフレの関係をキープしようと思っていた矢先だったから、彼女の方から誘ってくれて嬉しかった。

「会えるよ!」と、すぐに俺は返信した。

「場所は?」

と聞くと、

「フリーファイブ」

と返ってきた。

ラブホだった。

ラブホで待ち合わせ? どういうことだ? これからラブホでセックスするのだったら、俺が彼女の家まで迎えに行って、そこからホテルに向かうのが自然だろう。なんでラブホで待ち合わせなんだろ? セフレってそういうものなのか? いくらヤリマンでもラブホで待ち合わせってのはヤリマン過ぎないか? それに彼女は車を持っていない。ホテルは車でないと辿り着けないところにある。うーん、謎だ。

勘のいい人だったら、この時点ですべての見通しがつくかもしれない。この先の文章を読み進める前に、少し立ち止まって考えてもらえると俺は嬉しい。だが俺はこのときセンター分けの髪型をしていたからか、勃起したちんこのように頭が熱くなっていて疑問を覚えなかった。

急いで部屋を飛び出し階段を降りると、キッチンから「りょういち?」と呼びかけられた。「もうご飯できるけど」と母が言った。「出かけてくる」と言って俺は車を飛ばした。

ホテル上空は薄気味悪い紫色の空に、蒙古斑のような雲が広がっていた。静止したビルや車の傍ら、ベージュ色のノースリーブのモックネックに、白のスキニージーンズを履いた若い女性の姿が一人あった。肩に品のいいキラついたショルダーバッグをかけて、建物を背にし、スマホをいじりながら立っていた。明らかに浮いた光景だったが、堂に入っているようでもいて、ホテル設立時から屹立しているモニュメントに見えなくもなかった。男ウケを狙っているのか、やや清楚の格好でありながらアバズレというのは、世の男のゲシュタルト崩壊を起こさせるには十分だ。

彼女は当たり前のように車に乗り込んできて、助手席に座った。

「はーさいあく」

「どうしたの?」

「なんかね、今、アプリの人にホテル行こうってうるさく言われて、ついて行ったのね。他に行くところもなかったし、何もなかったよ? 本当、何もなかったんだけど、『何もしないよ』ってちゃんと言っておいたんだけど、それでも、その人、部屋に入ったら、しつこく誘ってくるのね? で、ずっと追い払ってたら、その人、だんだん怒って、帰っちゃったのね」

「……」

「車で一人で先に帰っちゃったから、わたしホテルの中に取り残されて、ホテル代もわたしが出したんだよ?」

ここに来るまでの間、そんなことなんじゃないかと思い始めていた。こういう時は悪い方の予感ばかりが当たる。出会い系の場合は、いや、男と女の場合は悪い方の予感が当たる。

もうすべてに気持ちが失せてしまった。なんだよこれは、俺は取りこぼしを拾いに来たのかよ、タクシーじゃねーか、タクシーだ。知り合いが俺のこの姿を見たら悲しむだろう。これから「りょういちんこZ」をワンランク低い生物として認識を改めなければならないと、きゃつらの中で俺の評価が一新されるだろう。俺はこれからワンランク低い生物として生きていくのだ。

この子とは、精神的に繋がれないだろうということはわかっていた。仕事はアパレルで、見かけは派手、貞操観念の欠片もない、深夜0時に初対面の男と会うという(俺のことね)、THE出会い系というやつだ。

彼女はご飯を奢られてもありがとうを言わないし、一緒に車に乗っていても話題の一つも出そうとしない。シートにもたれかかって、「あとどれくらいで着く?」とか「じゃあわたし音楽聴いててもいい?」とか言う子だった。でも、なぜかホテル代だけは半分出してくれたり、翌朝、港に行って生しらすを食べに行こうという話になると、自分は食べないのに、俺に生しらす丼を奢ってくれたりもした。

礼節は欠片もなかったけれども、自由な優しさがあった。セックスもそれに含まれていたかもしれない。奢るとか奢らないとか、ありがとうとかありがとうでないとか、彼女はそんなところを問題視していないようだった。駆け引きのない、ざっくらばんとした、男らしさ、これは出会い系の女、いや一般女性を鑑みても、なかなか見られない長所だろう。俺はこの子と付き合うのもいいかなぁなんて思ったりしていた。結婚相手として親に紹介はできないがね。

別に付き合っていたわけではない。一回会って、一回ヤっただけの関係だ。セフレでもない。「セフレになりましょう! よろしくお願いします!」と固く握手をしたわけでも契約書にサインをしたわけでもない。だから他の男とヤったとしても文句は言えない。

タクシーにされて怒るのも門違いだ。彼女は何も悪い事はしていない。すべて彼女の責任、彼女が好きでやったことだ。彼女が俺をタクシー代わりに使おうと、俺が嫌なら嫌と言えばいいだけの話だ。

だけど、あまりにもムカついたから、セックスしてやろうと思っていた。彼女と会ったのは2日前、しかも同じホテル。知り合いもみんなこのホテルを使う。休憩2500円の下層市民が下層汁を撒き散らすために用意された御用達物件で、はいはいしょうがないですねと言って作られたホテルで、はいはいしょうがないエロガッパさんですねと笑われて作られたホテルで、建物のいちばん目立つところに、エロそうでニヤついているカッパの顔のキャラクター絵が飾られている(←嘘)

2日前、深夜0時に待ち合わせて、初めて会った夜も、彼女は今のようにふてくされた顔をしていた。彼女はプンプン愚痴を言っているだけで、俺は相槌を打っていただけだった。これでヤれるなら楽な仕事だと思っていた。いずれこの楽な仕事と19歳の柔肌の釣り合いが取れなくなってきたら、ちょっとエッチなルパンみたいになって消えてやろうと思っていた。

だから、そのつもりでいたから、腹なんて立てなくてよかった。そういう女だということはわかっていたし、すべて覚悟していたのに、それでも、どうしてもムカついてしまった。普通さ、こういう時はさ、黙って一人でタクシー呼んで帰るところだろ? 俺に話すことじゃないだろ? 隠れてこっそりやれよ、隠すすらしないってどういうことだよ、それほど俺はどうでもいいのかよ、イカれてんだよなぁ。そうか、もとから俺のことなんてなんとも思っていないんだ、だから話せるんだ。俺のことが好きだったら、俺をここに呼び出せるわけがない。いや、わからない、バカはこういうとき平気で呼び出すのかもしれない。ドンキやコンビニでたむろしているガキは、こういう時平気で呼び出しそうな顔をしている。深夜0時に初対面の男と待ち合わせるするような女は、特に。

これは素直なのか、正直なのか、この奔放さ、この自由さ、まるで自分を大事にしていない、自分を投げ出してしまっている。それは人間精神の深いところに密着した素直さではないかもしれないけど、それはもっと動物的なものかもしれないけど、一種の純粋さからきていると思った。

いったい彼女は何のために出会い系をやっているんだろう? アプリのプロフィール文には『はじめまして、◯◯です。このアプリでいい人に出会って、真剣にお付き合いできる方を探しています』と書かれてあった(それで0時に会うからわけがわからねーんだ)、一文の中に、「出会う」と「探す」が重複して使われていることに驚いたが。

でも、この文章に嘘はないと思う。彼女は一夜限りの恋しかできなかったのだ。それは、運命的に。これは後から分かったことだが、彼女はアプリで入会と退会を繰り返してばかりいた。3回も4回も「NEW!」とアイコン右上に表示されたマークとともに、新規会員として彼女はよく現れた。

「NEW!」とは表示されていたが、彼女は新しく表示されるたびに、どんどん顔が老けていっていた。今日のような夜を何度となく繰り返した結果だろう。生気は薄く、よどみ、元気がなくなり、その反面、負のパワーは倍化していき、隠しても隠しきれない不定愁訴が写真いっぱいに詰まっており、ペアーズ(アプリ)のアイリーン・ウォーノスのようになっていた。まだ19歳か20歳という年齢なのに、湯婆婆みたいな悪い魔女のような見た目になっていった。ザーメンパックを毎日しないとこんな顔にはならないだろうと思われた。事実、ザーメンパックの日々を送ったのだろう。これは、AV女優のデビュー時からベテランに至るまでの顔の推移に見られるものと酷似していた。殺人犯とヤリマンは顔に出るのだ。

さて、申し訳ない。いつものごとく話が脱線してしまった。今回俺が話したいことは、ここじゃないんだ。

俺はタクシーにされて腹を立てながらも、一発ヤらないと気が済まなかった。

「そんな男いるの? ひどいね、大変だったね」と彼女をいたわりながら、俺は今しがた彼女が飛び出してきたホテルに再度連れ込もうとした。この状況で、もう一度ホテルに入るのを打診することは、空気を読むのに長けている男女なら必笑を避けられないものだが、彼女はペガサスのような軽い足取りを見せた。

部屋に入ると、彼女はベッドの上にカバンを投げて、ソファーに姿勢の悪い格好で座り、ブツブツとまだ男の文句を言っていた。般若みたいな顔になっていた。不定愁訴の塊のようだった。俺はこれからこの不定愁訴の中に例のブツを突っ込むことを思うと生唾を飲んだ。芥川龍之介の小説の、蜘蛛の糸を垂らしていった先の地獄に繋がっていそうな穴に思え、カンダタじゃなくてカンジダか、病気になって二度と使い物にならなくなりそうな恐怖を感じた。

俺は彼女に飛びついて覆い被さった。

ではない。

俺は不定愁訴の権化で般若みたいな顔をしている19歳の女の子を前に怖気づいてしまい、指先でツンとつついて、「ねぇ、えっちしよう」と言った。

「ヤダ」

と言われた。

それは『令和』の年号発表のように、絶対に覆せないように思われた。

やはり素直だなと思った。素直にノーと言える強さを持っている。俺のことをどうでもいいと思っているからできるのだろう。俺に嫌われてもまったく構わないのだ。アドラーの『嫌われる勇気』を読んでそうなったわけではない。天然由来のものだ。俺はそれが羨ましかった。俺はその役を代わりたいとずっと思っていた。

「ねえ! しよう!」

と言って、今度は少し強引に抱きついた。

「イーヤーダ!」

と、彼女は本当にイヤそうにはねのけた。生き物として、俺は自分の存在がつらくなってしまった。家を出てくる前、夕食を作っていた母の姿が浮かんだ。いつもの椅子に座って、母の作った夕食を食べている時間が恋しく思えた。

「どうしてもダメ?」

「うん」

ついさっき、「大変だったね、最低な男だったね」と労っておきながら、その男と同じことをしている。世の大半の男が、その男や俺みたいな男ばかりだから、女は男に対して自分のもっている最後の心の扉を開きはしないのだろう。俺も先の男と同じように、この子を部屋に一人残して帰っちまおうか?

「ねえ」

「うん」

「どうしてもダメ?」

「うん」

「そっか」

「……」

「……」

しばらく無言が続いた。こういう時どうしたらいいんだろう? こういう時、モテる男ってどうするんだろうと考えていた。俺の望みは断たれた。彼女は怒っている。もう何もすることはない。何の時間かわからない時間が続いた。俺は「帰ろっか」と言うと、彼女は先の強烈な抵抗が嘘のようにうんと言った。俺はドア入り口の精算機に向かった。

車に乗った。

俺は運転しながら、しばらく放心していた。彼女も無言だった。

車に乗せて送り届けるだけ、先の男よりマシだろうか? しなきゃいけない道理なんてないもんな。俺は確かにそう思った。彼女が俺とセックスしてくれなかったことに腹を立てるというのはおかしい。それは分かってるのだが、なんなんだこの感情は、いったい俺は何に対して腹を立てているんだ? もうセックスとか射精を越えて、別の変なものが出てきそうだ。こんな19歳の女にいいように振り回されて、またセックスできると思ってシッポ振ってノコノコやってきて、タクシーだったことが判明して、ヤれなかったことが判明して、気がおかしくなりそうになっていた。

このまま俺まで不機嫌になっていたら、次の機会まで失ってしまう。19歳、顔だってまぁまぁ可愛い。ここで、「音楽でも聴く?」とか、「さいきん仕事どう?(2日前に会ったばかりだけど)」とか、「悪かったね、ああいう時にヤろうって言われても嫌だよね」とか、なんでもいいから声を出して、彼女のご機嫌取りをして、次に繋げる方が建設的だ。なんで俺まで不機嫌になってるんだ? ぜったいに後悔するぞ? このままじゃ次はない、このまま終わっちまうぞ? もう家に着いちまうぞ? はやくしろ、はやく彼女のご機嫌取りをしろ!

俺は、何か、何かを言わないと、と思って、助手席に座っている彼女の方をチラと見て、話題になりそうなものを探した。彼女はカバンからイヤホンを取り出すと、持っていたスマホに差しこんで、音楽を聴きだした。

え?

一体どうやったらそんなふうに育つんだ? どういう教育を受けてきたんだ? 音楽を聴いて育ったのか? ミュージシャンのお父さんとお母さんの家庭で育ったのか?

どうしてこの状態で音楽を聴けるんだ? ここでご機嫌取りをしたら、俺はもう俺でなくなる。明日、「おはようございます!」と言って、職場の皆さんに声をかけることができなくなってしまう。二度と挨拶ができないサラリーマン人生を送ることになる。

今だってこんな自分が大嫌いだ。性欲だ……! 性欲のせいで俺は俺でなくなってしまう! 性欲がないからこいつは平然としていられるんだ! ずるいだろ畜生! 代わらせろ! その役を代わらせろ! 俺に助手席を座らせろ! なんで音楽を聴いてられるんだ? イヤホンを今すぐ車の窓から投げ捨ててやれりょういちんこZ! Z! お前ならやれる! りょういちんこZ! ちんこ! 今すぐイヤホンを窓から投げ捨てるんだッ!

見慣れない住宅街は迷路のように入り組んでいて、道路幅が狭く、街路樹の枝が民家の壁に接触していた。家々から、橙色の光がこぼれていて、中で作られている温かいスープが、そのまま外にあふれているようだった。まるで絵本のような世界に思えた。こんな家出娘のような子にも、帰る場所があって、待っている人がいる。

「もう着いた?」

と彼女は言った。

一度送った場所だから道案内はいらなかった。彼女は礼を言わずに車から降りようとした。しかし俺の顔を一瞥すると、ドアに手をかけたまま止まった。

「どうしたの?」

「……」

「ねえ? どうしたの?」

どうしたのって。理由を説明しないとわかんねーのかよ。そんな奴に何を説明しろっていうんだよ。下手したら小学生の女の子でもわかるんじゃねーか?

ふざけやがって。ふざけんな、クソ。ふざけんな。死ね。ふざけやがって。

ずっとふざけるな、死ねって、心の中で連呼していた。

しばらく連呼し続けて、3分経ち、5分経ち、声も静まり、俺はただ静かな点となっていった。もう自分でも、何に怒っているのか、何に死ね、ふざけるなと言っているのかもわからなくなった。心の中のどこを探しても何の感情も見つからなかった。ただ静かになって、消えてしまいそうになった。彼女は不思議と車を降りようとしなかった。

「ねえ」

「……」

「ねーえ」

「……」

「ねえ」

「……」

「ごめんね」

「……」

「ごめんね!」

彼女は何度もごめんねと言った。バカだけどバカなりに謝っているのだ。俺が怒っていると思って、それだけの理由で謝っているのだ。

俺はこんなバカな生き物がいるのかと思った。彼女は何に謝ってるのかわからないまま謝り続けているのである。

しかし、一生懸命に謝る彼女は健気だった。神聖さすら感じた。聖女だ。聖女だというのか? すべての女には聖性が宿っているというのか? なぜこんなに美しいんだ? なぜこんなに汚れているんだ? なぜ、こんなにバカなんだ!

ここまで、ここまで、通じ合えないものなのか。

これが男と女?

いや、違う。

本当に同じ人間なのか? なんなんだ、いったい。

バカバカしすぎて、怒る気にもなれない。説明する気にもなれない。

俺だってバカなんだ。こうして、この場所で、こうやってハンドルを握っている姿がバカの証拠だ。どっちもバカなんだ。これが出会い系なんだ。

家に帰ると、食卓には冷めた料理が並んでいた。ご飯に、ピーマンと豚肉の炒め物、カットされた梨、5、6皿の品目が置いてあった。俺は彼女にこんなメッセージを送った。

『今日はごめんね。○○ちゃん。ちょっとイライラしちゃって、心配かけちゃったね(笑)今度、海に行って夜景でも見よう!』

彼女からの返信はなかった。

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