霊的修行

夢の中にいるときの俺の頭の悪さ

投稿日:2021-09-07 更新日:

あまり夢分析なんてものはやらないし、やり方もわからないけど、あまりにも同じ夢を何度も何度も何度も見るので、これは大きな理由があるはずだと、調べてみることにした。

他人の見た夢の話なんてどうでもいいかもしれないが、現実よりも夢のほうが、真実を表しているかもしれない。

ここ5年位の間、理学療法士の国家試験に落ちる夢をみている。かれこれ20回くらい見ている。正確に言えば、あとは試験を受けるだけという段階になって、急に自分から受験をやめてしまい、絶望するという夢だ。

自分からなぜか試験当日にボイコットしたり、明らかに今の学力では落ちるとわかっているのに勉強しなかったり、願書を出しにいったのにそれを提出しなかったり、なぜか直前になって試験を放棄し、そのくせ強い絶望感に苛まれる、という夢である。

まず、夢の話に移る前に、現実世界での小生の学校時代の様子を語らなければならない。

小生はなぜ理学療法士になろうと思ったかというと、友達が理学療法士になるといったからである。友達と同じ病院に務めるために、自分も理学療法士になろうと思った。

小生はあまりにも仕事ができず呆れられ、周囲から浮いていたので、友達と同じ職場になることで、ぜんぶ助けてもらおうと考えたのである。

これまで働いてきた職場のすべてにおいて、小生は人の話が聞けず、同じ質問を5回も6回もして怒らせてしまい、終いには質問すらできなくなる状況に陥ることがほとんどで、もし同じ職場に友達がいたら、質問ができると思ったのだ! 

仕事覚える気なかったの? と思われるかもしれないが、覚える気があったのに覚えられなかった!

たとえ友達と違う病院に勤めることになっても、理学療法の業務なんてどこでもそんなに変わらないだろうから、わからないことがあったら、そのたびに電話で友達に質問しようと思って、同じ職種になろうと思ったのである。

今思えば、こんな消極的な仕事の選択は、死んでいる以上に死んでいるものであり、自分も他人も不幸にし、今すぐに自殺するよりもたちが悪いと思うが、しかし、前職の印刷工場でおそろしいほど仕事ができなかった経験から、この方法以外思いつかなかったのである!

しかし、そのくせ、そこまで覚悟して理学療法の専門学校に入ったくせに、まったく勉強しなかった。国家試験の3ヶ月前に入っても小生はまったく勉強しなかった。そのくせ、試験に落ちてしまったらどうしよう? また印刷工場の仕事をすることになるのか? 嫌だ、それだけは絶対に嫌だ、勉強を、勉強をしないと……! といつも自分に言い聞かせ、ずっと不安にさいなまれていた。

専門学校の学年は3年次となり、授業も実習も終わり、あとは国家試験を残すだけで、それを目指してみんなで勉強していた。国家試験の勉強をするだけなので、学校に行く必要はないと思われるのだが、小生が通っていた学校は強制参加で毎日学校への登校を義務付けられ、毎日朝から夕方まで、教室の中に集められて、みんなで机を囲って勉強させられたものである。

しかし、小生はそれがどうしても嫌で、部屋で一人じゃないと捗らないと考えていた。椅子に座っての勉強が嫌で、ベッドの上で寝転がってじゃないと、やる気が起こらなかった。しかし、ベッドの上で寝転がっていると、すぐにオナニーしたくなってしまい、勉強したことをすべて精液に吐き出して、すべてのエネルギーを放出して、一日中寝てしまう、という悪循環に陥っていた。

この時期は人生でいちばん絶望していた時期であり、やらなきゃいけないとわかっていながらも、オナニーして寝てしまうという悪循環に、壁に頭を打ち付けたくなった。人生のいちばん大事な局面においても、俺はこうすることしかできないのか! と、泣きながらオナニーしていた。精液なのか涙なのかわかんなかった。しゃせい? しゃなみだ? しゃるい?

このときはオナニーしなくて済む女が本気で羨ましかった。しかし女は女で、朝は化粧しなければならないし、生理の日は文字通り椅子に血を垂らしながら勉強していた。そう思うと生物の生理を呪わずにはいられなかった。女の分も呪っておいた。

親が、取り込んだ洗濯物を部屋に届けに来てくれるとき、急いでパンツを履いて、国家試験問題集を開いて、勉強しているふうにやり過ごすという、28歳になってもそんなことをしていた。

さて、ここからは夢の話になるが、夢の中でも、こういった時代設定、背景、環境は、今話した通りで、ちょうど、国家試験前に勉強していた頃である。だから、夢の中の小生も28歳だったと思われる。

置かれていた環境は現実とは変わらなかったが、勉強している場所が違かった。勉強は、とある温泉施設のようなところで行われていた。それはとても豪華な施設で、入り口すぐに大型のレストランがあって、その奥に畳の間があり、さらに奥に温泉があり、温泉をざぶざぶと歩いて渡った先に、水上列車が走っていた。

 

その施設には我々学生しかおらず、受験勉強のために、我々のためだけに用意された施設で、その大きすぎる間取りに対し、我々50人くらいだけが利用していた。

我々は好きなときに、レストランで食事をすることができて、温泉も入りたい放題だった。学生たちは、食べたいとき、温泉に入りたいとき、あるいは畳の間で勉強するとき、自由にそれらを利用していた。

しかし、それらを利用するためには、施設のいちばん奥にある水上列車を一周したあとでなければ、利用することはできなかった。

温泉に入るにも、レストランのごはんを食べるにも、畳の間で勉強するにも、まずは水上列車に搭乗して一周したあとでなければ、それらを行使する権利は与えられなかった。いつ勉強しようが食事をしようが風呂に入ろうが自由だったが、まずは温泉をざぶざぶ渡り歩いていって、その奥にある水上列車に乗って一周してこなければならなかったのだ。「さーて、飯にしようぜ〜」と言いながら、学生たちが当たり前のように、水上列車に乗り込んでいっていた。

水上列車のレールは、施設の外郭を覆うように張られていたと思うが、施設の中にあったのか外にあったのかはわからない。温かい白い蒸気が、四方八方から、水しぶきとともに列車の窓から入ってきた。画面は白一色。銀河鉄道の夜を白くした感じといったらいいだろうか。TDLのアトラクションにも似ていたかもしれない。レールだけが蜃気楼の中に浮いていた。いたるところから湯煙が立ち昇り、列車はそれを引き裂くように走っていた。

レストランでは無料で食事をすることができることになっているのだが、レストランで食事をするときも、必ず一番奥の水上列車で一周してこなければ、食事をすることができない。食事を終えて、再度勉強にとりかかるのだが、そのときもまた水上列車で一周してこなければ、畳の間にて勉強することができない。

列車に乗っても、施設をぐるっと一周するだけ。途中の停車駅はない。一周して元の位置に戻ってきたら、引き返して、また温泉をざぶざぶと歩いていって、畳の間に戻り、そこで勉強する。誰もがこのルールを守っていて、当たり前のものとして存在していた。

生徒の中には、乃木坂46の賀喜遥香ちゃんがいた。なんで賀喜遥香ちゃんがいるんだろう? 小生は乃木坂46の中でも賀喜遥香ちゃんが特別推しというわけでもないのだが、小生の隣にはいつも賀喜遥香ちゃんがいた。夢の中とはいえ、トップアイドルを糞みたいな資格取得を目指す下級市民にしてしまって申し訳ない。

そしてある日、学校の卒業試験で英語のテストを受けることになった。なぜ理学療法の学校なのに、卒業試験が英語のテストになっているのかはわからないが、それも夢のなせる業だろう。しかし、その卒業試験を受けないことには、国家試験の受験資格を与えられなかった。

余談だが、世間の専門学校が掲げている合格率100%とかいうものは、卒業試験を無事クリアできたものだけが国家試験の受験資格を与えられているためである。卒業試験の難易度は国家試験と同じレベルに設定されており、卒業試験が受かれば国家試験もたぶん受かるだろうという、学校の合格率を下げないであろう免罪符を与えられて、ようやく国家試験を受験できるためである。

さて、そして、この卒業試験である英語のテストを受けるために、学生たちは全員、水上列車で一周していた。 試験も当然、水上列車を一周してこなければ受けられなかった。小生は賀喜遥香ちゃんと「ぜったい卒業試験に合格しようね!」と励まし合いながら、水上列車で一周した。

そして温泉をざぶざぶ掻き分けて歩いていって、みんなずぶ濡れになって畳の間に集まり、試験を受けようとしていた。しかし、そのとき、小生は驚くべき行動に出る。

畳の間から、ちらっとレストランの焼きうどんの張り紙が目に入り、焼きうどんを食べたくなってしまうのだ。

小生は「焼きうどん食べてくる」と賀喜遥香ちゃんに言う。

「テストは?」と遥香ちゃんは不思議そうに小生を眺めていた。

当然、焼きうどんを食べるときも、水上列車をもう一度一周してこなければならない。小生は焼きうどんを食べるために、温泉をざぶざぶと掻き分けて歩いていって、水上列車に乗ろうとした。「ダメだよ! 試験受けなきゃだめだよ!」と賀喜遥香ちゃんは小生のあとをついてきて、必至に小生を引き止め続けた。

「受けないと大変なことになるよ? これまでがんばってきたことを全部無にするの?」

遥香ちゃんは泣きながら叫んでいた。水上列車は汽笛を鳴らしながら走ってきて、小生の目の前に停車して、ドアは開かれた。

「ねぇ、どうしても、今食べたいの?」

真剣な瞳で遥香ちゃんは訴えていた。小生は何も言わずに、列車の中に足を踏み入れて、座席に座った。

「焼きうどんなんていつでも食べれるじゃん! 私があとで作ってあげる! 私がいつでも作ってあげるから、お願いだから試験受けて!」

遥香ちゃんは列車の外からも叫び続けていた。しまいには、親や先生が出てきて、「なにやってんの! 馬鹿なこと言ってないで受けなさい! 学費いくらかかってると思ってんの!」「しまるこ君。もう一度よく考えてください。今この卒業試験を受けなかったら、本当に大変なことになりますよ?」と言っていた。

小生はひとり水上列車の中で、膝を抱えてうずくまっていた。どうしよう、怖い。理学療法士になれなかったらどうなってしまうんだろう? また印刷工の逆戻りか? 一生バイトか? どうしよう、怖い怖い怖い、自分の人生が怖い……!

ほんとうに馬鹿げたことだが、夢の中の小生は本気で絶望していた。自分で焼きうどんを食べたいと言い出して水上列車に乗っておきながら、本気で絶望していた。真面目な絶望だった。それは最たるもので、だんだんと大きく膨れ上がっていき、とうとう自分では抱えきれず、心が砕けて粉々になってしまいそうになったその瞬間、目が覚めた。

小生はよく死んだり殺されたりする夢をみるが、その衝撃で夢から覚める。今回のように、精神がいっぱいになり、抑えきれなくなって、精神の死によって目覚めることもある。

起きた後、しばらくこの夢について考えていた。

この数年の間、何度もこのパターンの夢を見ている。詳細はほとんど忘れてしまっているが、パターンで言えばいつもこんな感じだ。これまで愚直にがんばってきて、誰よりも国家試験に受かることを熱望して、そのために身を粉にしてきたのに、出席だったり、提出物だったり、普通にやっていれば普通に突破できるようなことを、なんの意味もないたった一つの怠惰ですべてを反故にする。周りからももったいない、親からももったいない、自分からももったいないと、自分でもその運命をひどく絶望し、そして耐えきれないほどの絶望によって、夢から覚める。

確かこの前の夢は、ジャンプが読みたいからといって、急に試験を抜け出して、コンビニで立ち読みしている間に絶望して目が覚めた。

なんで焼きうどんを食べようとしたんだろう? なんでジャンプを読もうとしたんだろう? なんで心からの絶望感を感じられたんだろう? 夢の中の自分は、いつだってこんなわけのわからない行動をする。しかしあの感情は生々しく、夢の中の自分は、その感情に整合性を認めていた。目覚めたあとの自分の気持ちを調べてみても、整合性があったことだけは実感できるのだ。夢から覚めて、まだ記憶が新しいうちに、必死に調べてみたのだが、何かはわからないが、何らかの整合性から、あのような行動を取ったと、胸の内がそう言っているのである。

水上列車は何を意味しているんだろう? 賀喜遥香は? 焼きうどんは?

普通に考えたら、この夢は、水上列車とか、レールとか、試験とか、世間一般に決められた道から外れて生きていることに対する恐怖が、具現化されたかのように思える。

しかし、小生は、今ほとんど無職のようなこの人生について、特に恐怖していない。試験には無事受かっているし、もう一度病院に努めようと思えば、務められないこともない。デイサービスだったら、すぐに受かると思う。友人は病院のリーダーをやってるから、友人の病院に転がり込むことだって可能だろう。そしてもし、レールに外れたことを悔やんでいるというのなら、なぜ、国家試験に落ちるいう段階に限っての夢しか見ないんだろう? なぜ国家試験なんだろう? もしかしたら、あのときが人生でいちばん将来に対して不安を抱えていた時期だったから、その残留思念が、精神の奥底にこびりついているのかもしれない。と思った。

さて、それとは別に気になることがもうひとつ。こちらのほうが小生にとって重要である。

なぜ小生は水上列車のシステムをおかしいと思わなかったのだろう? それについて考えてみたのだが、おそらくあれは28年間の出来事だったからだと思われる。夢なんていつも、2時間か3時間か、あるいは15分ぐらいしか見ていないものだと思われる。起きたとき、夢の中にいた時間なんてものは、2時間かそこらのできごとに感じるが、小生の考えでは、夢は、28年間、あったのだと思われる。

こちらでは2時間くらいのできごとのように思われるが、夢の中では28年間の時間が流れていた。28年間、水上列車が当たり前にある世界で生きていたから、それを当たり前のように受け入れていた。だから水上列車を不思議に思っていなかったのだと思われる。

6時間寝たとして、夢の中の時間なんてものは2時間くらいのできごとに感じられるが、ほんとうは28年間の時間があったのかもしれない。

今生きているこの世界の様々について、おかしいと思うこともないこともないが、しかし水上列車のようなシステムは、おかしいとかおかしくないとか以前の問題である。しかし、信じ込んでいた。夢の中の小生は小生なのか? 小生ではないのか? 同じ頭脳を持ったまま異世界に飛ばされたのではなく、別の頭脳をもつ人間なのか? だから水上列車をおかしいと思わなかったのか? この頭脳のまま、あの世界に居たのなら、ぜったいに、水上列車も焼きうどんもおかしいと思ったはず。しかし、あの絶望感の生々しさは、今この世界で感じる生々しい感情とまったく変わらなかった。今こうして執筆している頭脳と精神状態のままの、自分自身を感じられた。

つまり、しまるこさんの言いたいことはこういうこと? この世界も水上列車のようなおかしなことばかりで、それを生まれた頃から当たり前のように認識しているから、我々はまったく疑いも持たずに生きている。でも、じっさいは、この世界も(この夢も)、水上列車と同じくらい馬鹿げたシステムであり、この世界から離れたとき(この夢から覚めたとき)、あー、おかしなものだったなぁと、感じる。そういうことをいいたいの? と、皆さんは思うかもしれない。

小生も、自分の言いたいことがわからない(笑)

こちらの世界の方が、水上列車の世界よりまともな気がするし、それに、精神が止めを刺されて起きるということもない。精神にどれだけ強い衝撃が起こっても、続いていく。小生だって、やはり、こちらの世界を信じている。

信じているが、同じぐらいの信頼性を、あちら側にいるときは持っていた。同じくらい信じていた。そしてその信じさせる何かとは、時間。信じさせるだけの時間が流れていた。28年間の時間があったような気がするのである。

夢の中の小生は、ずっと昔から賀喜遥香ちゃんと一緒に居た、その過去を知っていた。その世界での28年間暮らしていた記憶を持っていたのである。

寝るたびに、意識の上では同じくらいの年数を体感しているのではないか? 今流れている時間のごとく、ゆっくりゆっくり水滴が岩に染み込むような、気が遠くなるような時間が、毎夜訪れているのではないか? しかしそれは、我々の常識で計ろうとしたら、一秒にも満たない。もし本当に夢の中で28年間の時間が流れていたとしたら、今いるこの世界も、一秒に満たないのではないか? と考えずにはいられなくなる。

まあ、夢に対して一度も勉強したことはないので、鵜呑みにはしないでほしい。小生が昨晩そう感じただけの、感覚的な話である。

子供の頃は、夢の中にいるとき、気づくことができた。(あ、これは夢だ)と思ったら、その瞬間にすぐに覚めることができた。今はまったくそれができない。心が引き裂かれるまで、ずっと夢の世界の住人として暮らしている。

それをいったら、やっぱり夢は夢なんじゃん。夢であることに気づいて、夢から覚めるんだったら、やっぱり夢は夢ってことじゃん! と思うかもしれない。

しかし、ラマナ・マハルシは、起きて見る夢も、寝て見る夢も、同じだという。どちらの夢からも覚めなさい、と言う。

つまり我々は夢の旅人で、この2つの夢を行き来している。今は、こうしてこちらの世界のほうに、真実や信頼を置いているけれども、あちらにいるときはあちらの世界を信じて行動しているため、やはり結局どっちでも同じことをしている、と、そんなことを言っている。

夢とは不思議なもので、普段考えていることや悩んでいることが現れることは、ほとんどない。普段まったく思いにもよらなかったことばかりが顕現される。しかし、寝て見る夢は、起きて見る夢よりも、嘘がない気がする。ここ数年間、一度もいい夢を見た覚えがないが、それは小生の真実を表しているような気がする。

(追記)そう思っていたら、この記事を書き終えた日の夜、はじめて国家試験に受かった夢を見た。書くことで何か変わったのか、向き合うことで何か変わったのか、なんにせよ、初めて受かった夢を見ることができてびっくりした。もし何度も同じような不安な夢を見るようだったら、一度書き出してみるのもいいかもしれません。

 

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