仕事 ドトール観察記

ドトールの三つ子の魂百まで!? エリアマネージャーが監査にやってきた!

「なにこの店舗! どうなってんの!? 子供じゃん!」

監査にきたドトールのエリアマネージャーが言った。

「何この店舗は!? すごい店舗だねぇ!! どう見ても子供じゃん!」

それは今まで誰もが思っていたことだけど、誰も口に出せなかった言葉だった。

彼女たちは嬉しさを隠しきれないようだった。頬はピンク色に染まっていた。

店員のおばさんが笑った。客たちも笑った。小生も笑った。

明らかに小さい、社会人にしては小さい、しかし社会人になったからといって背が伸びるわけでもない。彼女たちの身長は中学校で止まっている。

三人とも同じ背をしている。150センチを満たすかどうか。

三人とも同じ頭をしている、髪を一つに縛ってお団子にしている。風船アイスみたいな頭だ。

女の子は一人でいるよりも、揃っている時の方が可愛いさが倍増される。人数の分だけ倍増される。昨今のアイドルグループが証明する通りだ。身長が揃っていると、それはさらに顕著になる。

実のところ、彼女たちはこれを求めていた。

今までひたすらコーヒーを作り続けて、いったいいつまでこの日々が続くのだろうと思っていた。一日一日、コーヒーが酸化していくように、彼女たちも自分が劣化していく恐怖を感じて過ごしていた。

はやくしてほしい。間にあってほしい。それが今日、やっと報われる日が来た。無神経で思ったことを何でも口に出すエリアマネージャーがやってきたことにより、彼女たちが報われる日が訪れたのだ。

エリアマネージャーは、40代半ばの中年で、およそ飲食店には不釣り合いなほど無精髭を生やしていて、恰幅がよく、ガサツで、電車の中で騒ぐ関西人っぽく、外面内面ともに清潔感がなかったが、しかしそれゆえにリーダーシップを取り続けることに成功できるのだと思わせられる中年男だった。

きっと、日本人らしくないトラッシュトークを武器に、罵詈雑言をものともせず、店に一歩入って、ひとつ目にしただけで、これができてしまえる強靭さを武器に、エリアマネージャーまで上りつめたのだろう。

およそこのドトールに足を踏み入れた人間は誰もが感じる。「何だこれは、子供じゃねーか」

実体はそんなことはないのだが、イメージとしては、レジ机の上に顔だけひょっこり出ているような印象に書き直されてしまう。

中学生の娘が、お母さんが不在の為、今日だけ代わりにお父さんのごはんを作るようなもの。

朝、モーニングセットを頼むと、まるで中学生の娘に朝食を作ってもらっている気分になる。彼女たちに「いってらっしゃいませ!」と言われると、躾のいい自分の娘に送り出してもらっている気分になる。そうやってサラリーマン達は店を後にしていく。これがメイド喫茶ではなかったら何だろう。

なぜこんなに小さいのだろう? なぜこんなに揃っているのだろう?

みんな、すべての客がいちばんに感じていて、いちばん言いたかったことだったから、エリアマネージャーが言ってくれて感謝した。これは言おうにも言えない。つまらない日本人の性が邪魔をするのである。

したがって、どの客も、この一次的感情を無視して、二次的感情である商品の注文などというくだらない些末を履行しなければならなかった。目の前にいちばんはじめに迫ってくるこの一次的情報を無視して、無理矢理、次の情報に行かなければならないということは、ストレスである。一つの攻撃とも言える。「うるさい」情報でもある。彼女たちが三人揃っていることはうるさかった。

言えないもどかしさ。もし気心が知れていたら、すぐにツッコんだだろう。ツッコまなければ、次に進めないのだから。

額に「肉」と書かれている人間に接客されて、それをツッコめないとなると、その情報は「うるさい」情報でしかないだろう。そういうことだ。

初めて、ドトールで働いて良かった。彼女たちはそう思った。

彼女たちの頬はピンク色に輝いていた。ホットーコーヒーのように、身体から湯気が立ち昇っていた。

今日この瞬間に立ち会えてよかった。今日シフト入っててよかった。ああ、今日出勤していなかったらどうなっていただろう。

「ねぇ! これ三つ子なの!?」

「違いますよ」

と、苦笑しながらパートのおばさんが答えた。

「この店舗ほんとうに大丈夫!?」

「ご安心ください」

「ままごとしてるようにしか見えないけどなぁ!!」

そこで数人の客が吹き出した。

エリアマネージャーがエリアマネージャーたるゆえんはここにあるのだろう。決して彼の性的趣味ではなかった。空間の求めに応じたのである。ドトールがそう言ったのである。別の店舗でもこればかりやっているに違いない。低い、低い低音で、子宮に強く響きそうな低いテノールの声音だった。その声でひたすら野次を飛ばし続けた。

パートのおばさんは笑っていた。「そうなんですよ、もう、本当にこの子たちは可愛くて」

彼女たちは必死に手を動かしていた。女性ホルモンが彼女たちを追い越していた。それは動きになって現われていた。必死に手を動かしていた。しかしその仕事は散漫で、同じ場所をいったりきたり、洗った皿をまた洗ったり、注文もよくわかっていなそうだった。何を作るのか、何を作るのかわからないまま一生懸命作っていた。子牛の乳を絞り出すかのようにソフトクリームを作っていた。間違って自分の乳を絞り出しかねなかった。コーヒー機器の業者がやってきたら、彼女たちの方を取り替えてもらう必要があったほどだ。

「私たち三人揃うと可愛いよね」お互い言ったことはないが、彼女たち自身で、よく気づいていたことだった。三人揃うと、気持ちがハッピーになる。コーヒーがタピオカになってしまいそうな気がする。休憩時間になり、一人離されると、永遠の兄弟の別れのように悲しんだ。

彼女たちは確かにこの言葉が必要だった。誰も言ってくれなかった。これを言ってくれないということは冷たくされているのと同じである。

ドトールの小さな三銃士。だんご三兄弟。三千世界。三角巾のような慈しみもある。三つ子の魂百まで。

ミニモニのようなアイドルユニット感。サンリオ感。ゆるキャラ。マスコットキャラクター。スマホのストラップ感。ドトールのスイーツ。風船アイス。

「おーーーい! 本当にこの店舗は大丈夫かーーー!?」

エリアマネージャーはまだ言っていた。

ありがたい。私たちの小ささをいじってくれる。もっといじってほしい。ずっといじっててほしい。そして私たちは知らん顔で仕事をする。この至福の時間が、時間が許す限り続いてほしい。お願い、帰らないで。ずっと監査してください。毎日監査しにきて。たとえ売上を改ざんしていることがバレたとしても。

「ここだけだよ! こんなのは! この店舗だけだよ!!」

客たちは笑っていた。ふだん、きつ目の指導をしているパートリーダーのおばさんですら、笑っていた。

店内は拍手が喝采されているようであった。見えない手で、聴こえない音で、ノートルダム大聖堂の鐘の音が聴こえる。三人のジャンヌ・ダルクの戴冠式。フランス革命の夜明け、私たちは、今日、この日のためにドトールで働いてきた。

(もっと、もっと、いじって)

彼女たちはほとんど反応らしい反応をせず、粛々と、し、仕事中ですから……! といわんばかりに、皿を洗っていた。同じ場所をいったりきたりしていた。

客席には、勉強をしにきている看護学生の女の子たちもいたが、彼女たちもまた、自分たちが言われているかのように、恍惚した表情をしていた。

靴を脱ぎ捨て、まるで自分の部屋にいるかのようにあぐらをかいたり片膝を立てて座っていて、ひょっとするとパンチィが見えてしまいそうでもあり、とても医療従事者の態度とは思えなかったが、そんな彼女たちも、きれいに座り直して、このやり取りを眺めていた。

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