恋愛 理学療法「独立開業・副業・仕事体験記」

39歳の体重100キロ、重度2型糖尿病、乳がんの女性と交際する45歳の職場の先輩

投稿日:2020-12-02 更新日:

45歳で出会い系を始めた春日部さん。

最近引退したイチローも45歳で、GACKTも45歳。45歳というのは、一つの役割を築き上げて終わっていくには十分な年齢のようである。

しかし春日部さんの役割はこれからだった。

45歳の春日部さんは小生の勧めで出会い系をやり出したが、3ヶ月もしないうちに彼女ができてしまった。

春日部さんより12個若い小生が、いくら出会い系をやっても彼女ができないというのに、なんということだろう。恋愛はつくづくスペックで決まるものではないと思う。勧めた方が彼女ができないというほど笑い話はない。

春日部さんの彼女は、39歳の看護師で介護施設に勤めている。彼女は重度の2型糖尿病を患い、身長は160cmで体重は100キロ以上あるそうで、乳がんも併発しており、もうすぐ乳房の切除手術予定らしい。

付き合って1年経つらしかった。春日部さんは温泉旅館だったり、海岸線のドライブだったり、45歳と39歳らしいデートを提案するが、彼女の方はラブホしか受け付けないという。

その体型を衆目に晒すのが嫌なのか、理由はよくわからないが、デートのほとんどはラブホで行われるらしい。ラブホの中でやることといえば一つしかないが、話を聞くと普通のそれとは違かった。

ただひたすら二人で全裸で抱きついたまま1日を過ごすらしい。行為に及ぶことはなく、8時間も9時間も、朝から夕方まで生まれたままの姿で抱き合っているらしい。まるでホテル内の置物になってしまったかのように、ずっと静止しているらしい。週に2回デートをするらしいが、毎回決まってこのコースだという。

39歳となると、まともにデートする気力がなくなるのか。いや39歳に限った話ではない。

ペアーズの女のプロフィールを見ていると、その多くに「一緒に添い寝したい」「寂しい夜は抱きついたまま眠りたい」「ハグされたい」といったハッシュタグが付いており、日夜労働で消耗し、今を生きる女子たちの汗と涙とファンデーションで汚れた毛穴と心は、浅黒い男の腕の中に永遠の眠りを求めていることがわかる。

「こんな39歳の、何重苦かもわからない、病気が服を着て歩いてるような女なんて捨てちゃっていいんだよ? 春日部くんは優しいから振れないんでしょ? ふふ、私から振ってあげる。今まで素敵な思い出をありがとう……。春日部くんは、春日部くんの道を歩いてね」と、毎回デートの終わりになると必ずいわれるらしい。

デート終わりは春日部さんが彼女を家に送り届けるらしいが、家に送り届けると、今度は彼女が春日部さんを家まで送ろうとするらしい。「それじゃあお互い一生家に着かないから」と何度いっても聞かず、必ず春日部さんの家まで付いてくるらしい。

ちなみに彼女は料理がとても下手らしく、春日部さんは彼女の作ったカルボナーラを口に運ぼうとしたら、カルボナーラのすべてが持ち上がったという。「ぜんぶついてきた」と春日部さんはいっていた。片栗粉をつかったのか、なんなのか、麺がひとつも分離されていなかったらしい。

春日部さんは非常に禿げていて、ほとんど波平と同じ髪型をしている。残った数本さえ白髪だった。いつも小学生が着るようなアジアン系の英字Tシャツを着ており、ゲームが大好きで、通勤中はドラクエ2のサントラを聴く。最近では週に5日が休みという恵まれた環境を活かし、複雑なやり込みが強いられる「ガンダムオペレーション」というゲームをプレイしている。

バラエティー番組を録画するのが好きで、休みの日は撮り溜めておいた番組のCMをカットして、一秒足りとも無駄のない完全無欠な状態に仕上げるのが好きらしい。それをブルーレイに焼いて棚に並べ、「あ〜わ行」まで均整がとれたDISC棚を眺めて過ごすのが最高の楽しみらしい。

その作業は丸一日かかるらしいが、なんと、それを見返すことはないらしい。ただ完全無欠な様式美を誇ったブルーレイディスク棚を見ることが楽しみでやっているらしい。さきほど彼女がいった、「春日部くんの道を歩いてね」という「道」とは、これを指すのだろうか?

春日部さんは通所介護施設で機能訓練指導員として働いている。マッサージ師みたいなものだ。小生は理学療法士で、春日部さんはあん摩マッサージ指圧師として採用された。

一日に15人ぐらいマッサージをするが、春日部さんは決して手を抜かなかった。「痛くないですか、大丈夫ですか?」と積極的に患者さんに声をかける。一つ触る度に一つ声をかける。汗が流れ出て、いつも服の上半分だけ濃いグレーになっていた。びちゃびちゃの手で触られるのは患者さんにとって不快に違いなかったが、嫌悪を顕にする者はいなかった。

小生の方はというと、「ずっと壁を見ている」「いつまでも同じ箇所を揉んでいる」「壁を見たままずっと同じ箇所を揉んでいる」「トイレに行ったまま戻ってこない」「トイレで出会い系をやってる」とクレームばかりで、春日部さんを見習いなさいとよく怒られた。

春日部さんはなぜかわからないが、週に2日しか働かない人だった。

実家暮らしで、趣味はゲームぐらいなので、金に困っている様子はなかった。たまに2週間のイタリア旅行に行ってお土産をくれたりした。週に2日働くだけで楽しく生きていけるのだと夢を見させてくれた。

「どうして週に2日しか働かないんですか?」と聞いたら、「起業の準備中」と返ってきた。25歳からマッサージの仕事をやっているといってたから、もう20年準備していることになる。まだ準備はかかるんだろうか? ブルーレイディスクの棚も、ガンダムオペレーションも、準備に関係あるのだろうか?

重度2型糖尿病。乳がん。体重100キロ。袋麺カルボナーラも作れない。デートはラブホで乗っかられるだけ。デート終わりには必ずニッコリ微笑みながら、「春日部、今までありがとう、幸せになってね」といわれる。これから入院して集中治療予定。抗がん剤やらで相当な費用がかかる見込み。貯金なし。

春日部さんも不良債権だといっていた。「本当にデカイからキングボンビーみたいだよ?」と笑いながら話すので、小生も笑ってしまった。ゲームが大好きな春日部さんらしい表現だ。

「彼女のことは好きだと思う。一緒にいてこれほど居心地がいい人はいない。あまりにもデカイから、少し痩せてくれない? といっちゃったことがあるんだけど、だいぶ泣かれたよ。もう二度と体型の話はしないと決めた。好きとか愛してるかとかよくわからないけど、とにかく一緒にいて居心地がいいよ。居心地がいいから一緒にいるんだと思う。俺も45歳でこんなのだから、他に付き合えるわけじゃないしね。妥協といえば妥協かな。うん……妥協……」

春日部さんは駅のホームで遠くを見つめながら、消え入りそうな声で、その言葉を繰り返した。

「彼女はこれから闘病生活に入るから、この先も付き合っていくか別れるか、もう決めなきゃいけない。今は彼女といるのが心地いいから一緒にいるけど、これからも一緒にいることは自動的に結婚を意味すると思う。もう、ただ一緒にいることはできない。週2日だけ働くというわけにいかない。迷ってるんだよなぁ……。こういうことは迷って当然なのか、迷うくらいならするべきじゃないのか。それすらわからないよ」

まさかこんな不良債権にここまで真剣に考える人がいることに驚いてしまった。世界の創造主「無」なる黒い影が、指揮棒を振って世界の調和を律している映像が浮かんだ。

「妥協……」と春日部さんは消え入るようにいったけど、ペアーズの女性にはあと数段階上がいる。

「死ぬかもしれないんですよね?」

小生は意を決して聞いてみた。

「うん。このままじゃ本当にやばいかもしれない。だから運動してほしいっていったんだけど、『じゃあ細い子と付き合えばいいじゃない!』って取り乱して泣いちゃうんだよ。見た目のことをいってるわけじゃないんだけど、そう受け取られちゃうの。食事や運動の話だけはダメなんだよ。何度も失敗してきてトラウマになってる。命に関わるからいってるんだけど、そのときだけは形相がかわって取り乱しちゃうから、こっちも何もいえないんだよ」

「結婚するとなると、生きててもらわなきゃ困りますしね」

「そうなんだよ。俺、医療職なのに何もできない。知識があっても何もいえない」

「春日部さん……」

「彼女も医療職なんだけどね」

春日部さんは結婚を迷っていた。痩せてくれたら結婚できるけど、怖いのでいえない。いちばんの問題はそこにあるらしかった。今いえないなら結婚したっていえない。でも居心地はいい。しかしそれも妥協だという。春日部さんは自分でももうよくわからなくなって、ブルーレイをカットして棚に並べ続けてしまうという。

春日部さんの友達は、

「毎週GWがなくなっちゃうじゃん」「子供できるの? できたらもっと大変になりそうだけど」「体重100キロってがんばってもそこまで太れないよ」「痩せる意思がない以上結果の出てる話じゃん」「お前の優雅にガンダムオペレーションやってる日々、羨ましかったけどなぁ〜」

と、全員が全員、制止したという。

小生も友達にこの話をしたら「悩むだけ凄いね」といわれた。

「悩むだけ凄い」か。確かにそうなのだが、小生はこの問題を考えたとき、ある一つの思案が離れなかった。

二人が「1年以上一緒にいる」ということだ。

小生も春日部さんの友人方の意見に賛成なのだが、果たして友人方は、春日部さんが彼女と週2回の逢瀬を1年以上続けたということを、真剣に考えただろうか?

週2回。ラブホで9時間100キロに乗られる。それを1年以上。正直、この彼女さんと1年一緒にいられるのはすごいことだ。社会人で週に2回会うというのもすごい(春日部さんが週休5日ということを考慮しても?)。彼女さんが週に1回では足りないというらしい。

しかも会ったら会ったで、ラブホで9時間、乗っかられるだけである。それを毎週二回、9時間。それを1年以上やり続けた。このことをよく友達方は考えてみただろうか? 春日部さん以外にこれを為せる人が、この世にたった一人でもいるだろうか?

春日部さん本人は大して嫌がっているようにも見えない。居心地がいいとさえいっている。妥協ともいっているけど、この一件を苦とすることなく受け入れられてしまうことに、すべての答えがあるような気がする。

春日部さんはモテる。波平みたいな髪型をしているがモテる。出会い系ではぜんぜんらしいが、職場ではその勤勉な仕事ぶりや、全身から愛のオーラが溢れていて、誰もが春日部さんといると幸せになり、長く話していたくなる。

20歳の介護職の女の子や、35歳のキャバ嬢くずれや、50歳のパートのおばさんたちも、そして男職員も、みんな春日部さんが好きだ。

とくに20歳の介護職の女の子は本気で春日部さんに恋していて、春日部さんが来ない日は(ほとんど来ない日なのだが)、今日は何の楽しみのない一日が決定したという表情をしてから仕事に向かう。

小生は、春日部さんがなぜこの20歳の子と付き合わないのか不思議だった。この子は仕事もできないし可愛くもないし金もなさそうだが、若くて何一つ病気のない身体をしている。体重も45キロくらいだと思われる。

春日部さんもこの子の気持ちに気づいている。気づいていながら今の彼女と付き合うのは、今の彼女の方がいいといっていることに他ならない。

この子は、若くてスタイリッシュで今売られているいちばん高価なスマホを持っている小生に対しては冷たく、小生にマッサージされる患者さんが可哀想という目で見ながら、無言でカルテを渡してくる。小生と春日部さんのシフトが反対だったらみんな幸せになれるのになぁ〜、という顔で血圧計を渡してくる。

この子が小生を選ばないように、春日部さんがこの子を選ばないように、誰もが春日部さんの彼女を選ばないように、ダメなものはいつもはっきりしている。いいものはいいのか。妥協は妥協なのか。それもすべて「無」なる調律者によって奏でられているのか。

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