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図書館に行ったらなかなか可愛い子がいた 5

手紙──か。

自習室はスマホのバイブの振動がひびくほど静謐な空間であり、たえずノートを擦る筆記音や、咳払い、鼻を啜る音だけが聞こえてくる──。人の話し声などもってのほか、友達同士で来ている者も口を閉ざしているし、少しでも声を漏らせば全員ハッとしてそちらに振り向くほどである。この状況で女に話しかける猛者がいたら、周囲の視線を独り占めすることになり、万年資格受験生の社会人らからも見やられることになり(だーから毎年落ちてんだよ)、図書館入り口の竹千代蔵の代わりに銅像が建てられてしまうだろう。

教室内は食事禁止となっており、廊下の壁にやっつけ程度にくっつけられた細長いガラクタみたいなテーブル(まるで粗大ゴミ置き場に捨てられているかのよう)に、申し訳程度のパイプ椅子が8個置かれてあり、そこで雁首並べて食うのが通例であった。12時過ぎになると、学生たちがヒヨコの群れみたいにトコトコやってきて、ピーチクパーチク、エサを食べはじめるわけだが、彼女は13時40分過ぎになってやっと姿をあらわすのであった。ずいぶん遅い昼食だ。飲食スペースが閑散してくる時間を見計らってやってきているのかもしれなかった。

いうまでもないことかもしれないが、彼女は食べるのが非常に遅かった。俺はこんなに飯を食べるのが遅い人間を初めてみた。13時45分くらいから15時00分くらいまで、1時間15分ぐらいかけて食っている。何をそんなに時間がかかるのかしらないが、あの村上春樹の超有名な比喩で、『彼女は顔を洗うのにすごく長い時間がかかる。歯を一本一本とりはずして磨いてるんじゃないかという気がするくらいだ』とあるが、まるで彼女も、米粒の一つひとつを取り出して食っているんじゃないかというくらいだった。歯の矯正もしていることだし、歯というか、矯正器具を一回いっかい外しているんじゃないかというほどに。

また、食べている最中、一糸も姿勢が乱れないことも刮目に値するものだった。俺はこんなに綺麗な姿勢で食事をする人間を初めて見た。どんなに姿勢がいい者でも食べる段となるとそうはいかないものであり、その道の大家でも難しいものだが、彼女はやすやすとこなしていて、まったく無理がなさそうだった。

俺はここしかないと思った。飲食スペースは8人掛けテーブルに串刺し八団子が並んでいるというか刺さっているから、その状態で話しかけることなんてことはまずできない。そんなことをしたら本当に飲食スペースに銅像が建てられてしまう。39歳、出前館ヒキニートの銅像が。

本当は、こんにちは、とか、勉強がんばってますね、とか、そんなふうに小気味のいい? 会話? などからはじめて、そこから仲良くなっていくことができればそれがいちばんいいのかもしれないけど、まだ神を見いだしていない俺にとってそれは難しかった。

家に帰ると、さっそく手紙を書き始めた。

あんまり長い文章を書いてもどうだろう? 光を感じましたとか書いても、うーん、友達になってください、でどうかな? 『友達になってください』か。なんだかすごい友達がいなさそうに思えてくるな。『LINE友達になってください』の方がいいかなぁ? じゃあLINEだけでいいの? ってことになるしで、まったく手紙ってものは難しいものだ。

そうだ、『よかったら』をつけよう!

『LINE友達になってください』

『よかったらLINE友達になってください』

うん、これだとだいぶ圧迫感がなくなってくるな。彼女の長い髪のようにふんわりしたような、柔らかいペプラムのような印象が出てくる。しかし、これだと、LINE相手を探してるふうに受け取られないよな? それはだってなんのために? さすがに高校生だってわかるよなぁ? 変なマルチ勧誘とかに間違えられなきゃいいけど。

俺は出前館の帰りにセリアに寄って便箋を購入した。何の鳥かはわからないが、ホトトギス? のような緑とピンクが混ざった色の鳥が飛んでいるといったデザインで、鳥が飛んでいる図柄が、『落ちる』とは正反対の『飛行』を意味しているようで、受験生に対する隠れた配慮でもある。

IDの記載方法である。これが難度の高いものだった。普通に考えれば、IDの英数字を紙に書けばいいと思うかもしれないが。しかし、昔そうやってIDを記載した紙を女に渡したことがあったが、向こう側の設定で(あるいはこちら側の設定か)、"ID検索を不可能にする"にチェックが入っていたのか、うまくいかなかったことがある。もしかしたらその女が俺とID交換をしたくなかっただけかもしれないが、QRコードを読み込ませてみたらすんなりできた(女としたら残念だったかもしれないが)。このときの記憶が強く残っているためか、俺はアナログの紙に書いて渡す段においても、まるで変な企業の送られてくるパンフレットのように紙媒体にQRコードを添付するといったことが思いつくのだった。

俺は手紙を書き始めると、1分ほどで完成させた。文章は、『よかったらLINE友達になってください』だ。我ながら名文だ。

さて、あとは、QRコードだが。

こんなものは早ければ早いほどいい。明日印刷しても十分に間に合う手はずだったが、すべての物事を今日のうちに終わらせたかった。仕事でもこれくらいの熱心さがほしいものである。23時すぎ。この時間に外に出るのは面倒くさかったが、俺はスマホを持ってローソンへ駆け出していった。しかし、プリントアウトの機械を使うには現金でないとダメで、泣く泣く小銭を取りに家に逃げ帰ってくるのであった(クソが、あー? 俺は彼女と運命によって導かれてんじゃねーのか? なんでこんなにすんなりいかねーんだ? バカが)俺はイライラしつつも、いちど家に帰ろうが二度手間になろうが、それでもきっと最終的な運命は変わらないと見て、これも何かの神のいたずらだろうと思い直し、またローソンへ行ってプリントアウトして戻ってきた。

よし、できた!

ギャーーーハッハッハッハ!!!!!!!!!

俺はこの手紙を見ながら、信じられないほど笑い転げていた。

自分のスマホでQRコードを読み取ってみたら、『自分自身を追加することはできません』と出た。この言葉にもちょっと笑ってしまった。"自分"を追加することはできませんでいいんじゃないだろうか? なんで"自分自身"なんだろう? LINEというけっこう大きな会社が、日本語不自由みたいなバカみたいな真似しやがって。俺のことをバカだと思ってバカにしてんのか?

おーし、とりあえず、これでオッケーということだな? このメッセージが出るってことは、一応読み込めている証拠だろう。

それでも俺は、違うスマホで読み取ってもちゃんと登録できるのかどうかが気になってしかたがなかった。この夜遅くに、友達に電話して、一度俺の友達登録を削除してもらい、そのあとにもう一度友達登録をしてもらおうかと思ったが(消したり追加したり、そんなものの何が友達だろう?)、できれば遠隔ではなく実地というかたちで、自分の目の前で登録できているところを確認したくてしかたなくなっていた。仕事でもこれくらいの慎重さがほしいものである。となりの301号室のおばさん。一度も話したことはないが、まだ起きてるかな? 50代くらいの一人で住んでいる女性だ。

俺は時計を見た。

(23時40分……)

まだ、ギリギリ24時前。

ベルを鳴らして、スマホを貸してもらおうか?

まぁ、さすがにそりゃ無理だ。『自分自身を追加することはできません』このメッセージが出ている以上は大丈夫だろう。これ以上業を煮やして、あんまり心配するのは、自分自身に対する侮辱にも思えてきた。"自分自身"だけにな。

しかし、俺はまだ悪あがきをしてLINEの設定画面をいじくっていたら、『年齢確認』という項目が目についた。タップしてみると、『18歳以上 青少年保護の観点から、LINEの一部の機能は、携帯電話会社により18歳以上であることが確認されたユーザのみが利用できます』と書かれてあった。これはどういう意味だろう? "一部の機能"って友達登録のこと? 

これは、もしかしたら、LINE側が、未成年が大人を友達登録できないように機能制限をかけているのかもしれない(援助交際とか、変なエッチなことをしようとする大人と接触を封じるため)子供がお母さんとやりとりするケースはいくらでもあるだろうから、大人の身分確認がとれたときに限って友達登録ができるということだろうか?

なんで、俺と彼女が"友達"になるのにテメーの許可が必要になんだよ! こっちは光を感じたっていう、聖なる目的でお近づきになろうとしているのに、なんで、てめーらタマスの人間にサットヴァの繋がりを反故にされなきゃなんねーんだよ! 寝言は寝て言えバカが。

まったく、余計なことしてくれるぜ。

これは、念の為に、メールアドレスも記載しておいたほうがいいかもしれない、と思った。

いや、ふつうにQRコード載せときゃ大丈夫だろ、さすがにメールアドレス載せるのはキモイって、ダメだ! それだけはやっちゃいけない! 亮一! ダメだ!

俺は知性をフル動員させて考えた。

メールアドレスはダメだ。

しかし、届かなかったら何の意味もない。メールアドレスを載せることによって合否が分かれるということもないだろう。アドレスが記載されていてキモいからナシにしようなんてことはあるはずがない。合否はすでに彼女の心の内にあるのだ。

だったら、多少、恥ずかしい思いをしても、確実性を取った方がいいか? 

確実性をとろう。

じっさいに表記してみた。

ギャーーーーーーハッハッハハ!!!

ギャハハハ!!!!

ギャハハハッハハッハ!!!!

俺は23時50分だというのに、信じられないほど床に笑い転げていた。

ギャーーーーーーハッハッハハ!!!

(これはやべーって……!)

(これはヤバい)

(絶対ヤバイ気がする)

背中から信じられないほどの汗が出てきた。こんなに身体中から汗が出たのははじめてだ。

メールアドレスを記載すると、こんなにキモくなるのはなんでだ? アドレスの英字が並んでいるのがキモいのか? @がキモいのか、やはり二枚仕掛けというか、予防線を張っていることが手紙にあらわれてしまっているのか? どうしてこんなペラペラの0.09mmの上にクッキリ浮かんで見えてきてしまうんだろう? これは高校生の眼力でもわかるんだろうか? 

なんで、『LINE友達になってください』って書いてあるのに、メールアドレスが記載されてるんだ?

どっちだよ。

なんだコイツ?

どっちだよ。

なんでこんなバカと友達にならきゃならないんだ?

やっぱり名前ぐらいは書いておいたほうがいいだろうか? 書くとしたらフルネームだよなぁ。

俺は、何度も手紙をひっくり返してみたり、天井の光源にかざしてみたり、子供がヘリコプターのおもちゃを手にもつときのそれのように、全体を眺めたおしていた。

そうだ! メールアドレスは裏に書こう!

裏に書いておけば、最初に飛び込んでくる気持ち悪い印象は回避できる。

やっぱり、名前は書いてあったほうがいいかなぁ? 

そのほうがしっかりした人だと思われるだろうか? 

社会人のマナーだったらそうだけど、高校生となるとなぁ……。誠実さを無理やり出そうとしているあざとさも同時に浮かんできてしまう気もする。いや、そこまでは思わないか、高校生だし。いや、わからない、◯◯高校だしなぁ。彼女だったらどうするだろう? 彼女だったら、ちゃんと名前を書きそうな気がするな。フルネームで。逆に、俺がもらった側の気持ちとしてはどうだろう? 俺だったら、やっぱり、彼女が名前を書いて渡してきてくれたほうがだんぜん嬉しい。だんぜん嬉しいけれども、その場合は付き合える線が濃くなっているからな。付き合うという喜びの前に消えていってしまう喜びなら、いらない喜びだろうか。

ダメだ、やっぱり、気持ちが悪い気がするな。

ギャーーーーーーハッハッハハ!!!

ギャハハハ!!!!

ギャハハハッハハッハ!!!!

だめだ、これはぜったいダメなやつだ……!

これはぜったいダメなやつだってば!

これはダメだ! これはぜったいだめなやつだって! 

ギャーーーーーーハッハッハハ!!

ギャハハハッハハッハ!!!!

ギャーーーーーーハッハッハハ!!

俺は一晩中、笑い転げていた。

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