しまるこ「最近、画太郎の『漫古☆知新』を買ったけど、すごくよかった」
しまるこ「ほんとうに、久しぶりに漫画というものを買ったけど」
友達「さいきん、絵本とか、そういう方向に走ってるよね」
しまるこ「もともと、絵の人だからね、ストーリーテラーとか、そういうのじゃない」
友達「そうだね」
しまるこ「ほかのギャグ漫画家と違って、個のパワーだけで押し切ってる。単純なギャグだけでいえば、大喜利とかをやらしたら、いぬまるだしの作者とかの方が強いと思うんだよ。だけど画太郎はそういうのじゃない、生命力が違う。ほんとうに、画面から飛び出してきそうだもん」
しまるこ「やってることは前と変わらないんだけど、ギャグ漫画家って、年をとるごとにつまんなくなっていくところがあるじゃん? だけど、画太郎は、たぶん、もう60近い? と思うんだけど、それでも、ぜんぜん衰えないどころか、パワーが増してる」
友達「まぁ、ただ、画太郎はチラッとコンビニで立ち読みするのが一番いい気がするけど」
友達「どうでもいい雑誌の中で、画太郎だけ、ついつい読んじゃうけど、買おうとまでは思わないわ」
しまるこ「まあね」
友達「『世にも奇妙な漫☆画太郎』だけは買ってもいいかなと思ったけど。あれは構成がしっかりしてたからね。それ以外のは、たいてい行き当たりばったりで、さすがに金を出すところまではいかないわ。やっぱりギミックや工夫みたいなのがあった方が、顧客満足度というか、所有欲を満足させてくれると思う。画太郎でさえ」
しまるこ「そうね、今回のは、ギミックや工夫が効いてて素晴らしかったよ。どちらかというと、『世にも奇妙な漫☆画太郎』寄りだと思う。つっぱり桃太郎みたいに、ダラダラと連載するとダメになるね。一回いっかいの読切型の方が、力をはっきりするタイプだと思う」
友達「桃太郎より、金太郎の方が面白かったわ」
友達「金太郎は、あれ、本宮ひろ志がキレて、連載打ち切りになったんでしょ?」
しまるこ「本宮ひろ志じゃなくて、本宮ひろ志の奥さんの方がブチ切れたらしいね」
友達「だよね? 本宮ひろ志ってあんまりそういうのに気にしなそうなのに、おかしいなって思ってたんだけど」
しまるこ「久しぶりに読んだら、表情がすごいことになってる」
しまるこ「ぜんぜん、顔の描き込み具合が違くなってるの。みんな、漫画家にしろ小説家にしろ、ベテランになればなるほど、どんどん繊細になって、丁寧に描き込みが深くなっていくんだけど、画太郎の場合、それが表情にあらわれてる」
しまるこ「ぜんぜん、前と違ってるんだよ。しかも、全ページカラーになってる。画太郎はカラーになると、もっと、ぜんぜんよくなる」
しまるこ「もともと、アナログ肌の、色彩センスが優れているからだと思う」
友達「絵本描くぐらいだからね。たぶん、その影響もあるんだろうね」
しまるこ「たぶんね。ほんとうに、カラーになると、画太郎の漫画はぜんぜん違って見えるよ」
しまるこ「べつに、台詞回しだとか、構成だとか、ギャグセンスそのものが成長したわけでもないと思うんだよ。ただ、顔が違う(笑) 顔が面白いのよ(笑) それも色付きで、顔が面白いだけで、ぜんぜん伝わるニュアンスが変わってくるの。同じことをやっているだけなのに。前はバタバタに殺されて、並べてある死体が全部同じ顔だったけど、今作は、一つひとつ、丁寧に、それぞれ表情が違くて、それだけでぜんぜん違って見えてめちゃくちゃ面白い。久々に爆笑して、いつまでも笑いが止まらなかった。っていうか、感動したね。ほんとうにいいもの読ませてもらったと思って、最初はWebで全話立ち読みしたんだけど、つい手元に置いておきたくて買っちゃった(笑)」
友達「それは画太郎も喜ぶだろうね」
しまるこ「画太郎本人も遊んで描いてるね。あれは」
しまるこ「とにかく面白いから読んでみてよ。Webで三話まで無料で読めるから」
友達「まじかぁ。まぁ、俺もそういうのあるけどね。ちばてつやの『ひねもす物語』ってあるんだけど、あれも全話フルカラーで、絵があまりにも美しいから、手元に置いておきたくて俺も買っちゃったわ」
しまるこ「おそらく、漫画においていちばん重要なのは表情じゃないかと思う。一流の漫画家ほど、浦沢直樹だったり、冨樫だったり、井上雄彦だったり、微妙な、アルカイックスマイルというような、なんとも言えないような感情を表情にあらわすのが上手いじゃん?」
しまるこ「もし、そのとき、そのときの、キャラクターの心情を100%理解して、それを表情に描き出すことができれば、それだけで、ストーリーは偉大なものになる。ネームとかストーリーラインよりよっぽど重要だと思う。この微妙な表情の機微を、読者は自分じゃ気づいてないけど、深層ではいちばん楽しみにしているところだと思う。そのことが、浦和直樹や冨樫はわかってやってるんだろうね」
しまるこ「表情が、漫画の文脈であり、小説でいう心理描写のようなものだと思う。また、文体でもあると思う。コマ割がたしかに文体なのだけれども。人間はやっぱり。そのキャラクターの表情の機微によって、その温かみや人間らしい温もりを感じるので、それはリアルな会話でも、どちらかといえば、言葉よりも表情の方が意味を持つように。そっちの方を気にしちゃうじゃん? 本当のところは表情で会話していると言える。リアルでも。ふとしたときのその人の笑顔の方が、いちばん意味を持つじゃん? 同じように、俺たちは、漫画の中でも、キャラクターたちの顔色をうかがいながら読んでいると思う。本当のところ、何を読みたくて読んでるかというと、登場人物のリアクションの方のコマを見たくて読んでるんだと思う。いや、読んでるほうはそれに気づいてはいないんだけど」
友達「そうかもね」
しまるこ「あの、井上雄彦や浦沢直樹だったりの仕事を見ていると、ずっと何をやっているかというと、表情を描いては消したりしてる。これじゃない、ああじゃないって。ほとんどの時間をそこに割いていて、表情がピタッと決まると、次に進むことができるといったような、そこをいちばんの導線にしている気がする。表情をピタ、ピタっと決めていくことが漫画というような、ね。漫画とは表情を描くのが仕事だといわんばかりだったよ。もう、セリフが少なくて、表情だけで物語が進行している場合もある」
友達「井上雄彦の、あのプロフェッショナル〜仕事の流儀〜でしょ? あれやばかったね。ウオオオー! ウオオオー! って頭抱えて吠えてて、ネーム破り捨ててるの見て、なんだこれって思ったわ。あれ、カメラの前だからやってるのかしらないけど、あんなことやってたら禿げそうだね」
友達「本人も、大事なことは、”もらさないこと”って言ってたからね。そのときの、キャラクターの心情をピタッと正確に射止めることに尽力してた感じだったわ、確かに」
しまるこ「だから、昔の漫画でも、表情が乏しいものは読まれない。古い、新しいとかは関係なくね。四コマ漫画なども同じ理由からだと思うけど」
しまるこ「スラムダンクなんて、何かキャラクターがアクションを起こすたびに、その反応というか、リアクションのコマが続く。観客や登場人物の反応の表情のコマが、等倍か、それ以上のコマを使って描かれてる。一話のはなしの中で、その半分以上は、表情や反応の方にコマが使われてる。できごとよりも、反応の方が大事なんだろうね。パラーっとめくると、半分以上はリアクションのコマなんだから」
友達「かねぇ」
しまるこ「たぶん、今じゃあ、エロゲメーカーはゆずソフトだけが生き残ってるんだけど。他のエロゲメーカーは軒並み息をしていない状況なんだけど、なんでゆずソフトだけが生き残れているかというと、立ち絵の表情がコロコロ切り替わるからだと思う。ここのメーカーだけは、一度のセリフの中で、1、2回、表情が切り替わる。セリフの一節が終わるタイミングで、句読点(、。)のたびに、かならず表情が切り替わるの。これは絶対わかってて、ねらってやってると思う。でも、そうすると、キャラクターが生きているように見えるのね。話自体はそんなに他のメーカーより優れてるわけじゃないのに、まぁ、女の子をエロく書くのは上手いけどね。他のメーカーより売れてるのは、ここじゃないかなぁと思う」
友達「表情とか、心理的な部分は、AIにできることじゃないからね」
友達「まぁ、雑な、変なスタンプみたいなキャラクターの表情を描いている作家は、AIに仕事とられちゃいそうだね」
友達「そこらへんは、AIにできることじゃないからね、背景とか、そういうものは描けても」
しまるこ「うーん、まぁ、そう思いたいところなんだけど、たぶん、そうとも言えないよう気がしてる」
しまるこ「小説の方も、AIは、心理描写がけっこうしっかりしてて、下手な素人が書いたものは太刀打ちできなくなってる。今はぎこちないけど、心理描写や人間感情、いわゆる感情と言われるものも、膨大なデータを蓄積させて、その中から、適切に、わりとハッとするような一文を叩き出すということも、できるようになるんじゃないかと思う。ChatGPTとか見てると、すごく人間感情に寄り添ってるもん」
しまるこ「たぶん、こうきたらこう、というふうに、寄せては返す波のように、物体とつきそう影。できごとがあったらその影がついてまわるように、心理描写はセットでついてくる。ある文章とある感情とを、膨大なストックデータを集めて、解析していったら、たいてい似たパターンというか、堅実な一つの、心理描写の一文がそこに導き出されると思う。今は、まだ、そういうレベルに至ってないかもしれないけど、そうなるんじゃないかと思うんだよね」
友達「心理描写でさえ」
しまるこ「心理描写でさえ」
しまるこ「人間の心も、機械みたいなところがあるから」
友達「ホリエモンも言ってたよ。人間の脳もコンピュータにすぎない。AIも人間の脳も一緒というふうに」
しまるこ「うん」
しまるこ「だから、やっぱり霊性だと思う」
しまるこ「霊性だけはAIには表現できないから」