かつやか。かつやはいい。名前がいい。縁起のいい良い名前だ。名前だけがいい。あとはダメだ。
まぁしかし、なかなか油っぽくて、オファーが鳴ってカツが揚がってくるまで時間がかかるのが難点というか、一生懸命すり抜けしながらやっとこさ店に着いても、待ちぼうけ食わされて、
まぁさ、カツ揚げてる時間はしょうがないもんな。いくら急いで料理しても、揚げる時間ちゅーもんがある。でも、それのせいで、けっこう待ちぼうけ食わされて、3点注文が入っても、一つづつ揚げてんじゃねーの?って勘繰っちゃうくらい、遅いわけ。まぁ、いいけど。
そんなことより、ババアは、結婚はしているのか、子供はいるのか、旦那はいるのか、私服はいつもどんな服を着ているのか、それが重要で、隣のさ、バーミアンには、すごい可愛い子がいるんだけど、あの子、あんたより、若くて綺麗で、優しくて。おらぁ、別に、あんたよりその子の方が偉い、とか、人間的に価値があるとか、言わんけども。
なーんで、いっつもいるの?
仕事してないの?
あ、してるか。
俺が行くといっつもいるけど、何か注意するところがあれば、注意してやろうと、重箱の隅をつつくように、おらぁのことを見つめてくるけど、ミスなんて犯すわけねーだろ(笑) 裏口からキッチンに入って、カツもらって出ていくだけだ(笑) ミスなんて起こしようはずがない。手渡されたカツぁを地面に落としたらまぁ大事故だけれども、そうならないように、おらぁ気を張ってる。おらぁが手渡されたカツぁを地面に落としちゃあ、おまさん鬼の首をとったように喜ぶかもしれねーけど、そうならないよう、おらぁ気を張ってる。カツぁ落とすの期待するのは無駄だ。永遠に起きない。
あんさんは知らねーかもしれねーが、こっちには配達員共有アプリがある。
おらたちにゃあ、お前さんは知る由もないかもしれないけど、出前館のアプリにゃあ、店舗情報っていう項目があって、そこにおまぁさんのことがいっぱい書かれてる。「料理完成前のゴングが鳴る前に行くと嫌みを言ってくる女性従業員がいます」「必ず裏口から入ってください。店舗入り口から入ると、罵倒してくる女性従業員がいます」って、あんさんのことがぎょーさん書かれてる。まぁGoogleマップのクチコミ情報とは違って、配達員同士が内輪で共有しているだけの代物だけんね。
おらぁが、初めてかつやに行った時、店舗表口から入って、あんさんにぎょーさん罵倒されたこと今でも覚えてる。一年前だったか。一年間、毎晩、その夢を見る。
いきなり怒鳴られてびっくりしたけぇ(笑) フライヤーの中の豚がアチチチィ!!って言って迫ってきたかと思ったけぇ(笑) 裏口から入るようにと、ちっちゃな張り紙で書いてあるが、あんなん、ちっちゃ過ぎて誰も気づかんけぇ(笑)あんなわかりにくいのは、あんさん達が仕掛けた罠けぇ。おらぁ達はみんなわかってる。あれは、おらぁ達をこらしめるために用意されたもんや。だって12時10分とか、くそ忙しい時間に、洪水のように流れてくる注文と戦っている最中に関わらず、表から入ってきた配達員を怒る時間だけはたっぷりとるけぇ(笑)
裏口から入っていって、厨房に入りゃあ、あんさん達は一生懸命料理してる。そりゃあ認める。んだけども、おらあが、「DLGAA(注文番号)です。宜しくお願いします」って言うと、いつも、長い時間、間をおいて、返事もせんと渡してくる、あれはなんなん? あれはどういう意味の無言や? こっちに渡したくないってこと? 渡さなかったらそのカツどうするんや。捨てるんか? じゃあ、なんのために作ったんや(笑)いつも、カツ渡すの渋るけど、もし、ワイらが、「かつやのおばさんがカツを渡してくれないので配達できません」って本社に電話したら、さすがにあんさんの分が悪くなるから、すっげー仕方なさそうに渡してくるけど、毎回、毎回。
おらぁ思うのだけど、こういう時、おまぁさんたちは、おらぁたちのこと怖くないのかなってことだ。おらぁ達の中の一人に、アホがいて、あんさんがカツを渡してきーひんことにブチ切れて、あんさんの頭を掴んでフライヤーの中にぶち込むのが、一人くらいいてもおかしくないとか思わんけ?
まぁ、ある意味、おらぁ達のことを信じてくれてるだな。信じてるからそんな態度とれるきに。
んだば、この前、お客はんが、領収書ほしい言うて、アプリの備考欄のところに、「領収書ください」ってば書いてあったけど。
おらが「すいません、領収書いただけますか?」って言ったら、あんさん無言だった。んで、「うちそういうのやってないから」と言った。
「いや、しかし、領収書をもらわないと……」
「うちはやってないよ」
「ええと」
「うちはやってないよ」
おまあさん、自分が社長みたいにもの言ってたけど、本当け? かつやは領収書の発行しとらんけか? んだば、「カツを食って英気をつけよう!」「カツを食ってライバル会社に勝とう!」ってやってきたチームプロジェクトの皆さんが、「支払いは〇〇会社あてでお願いします!」って言ってきたとき、あんさんたちはどないするけ? 「エイ、エイ、オー!」言うて、カツを食って勝ちにきたチームプロジェクトの皆さんが、領収書発行できないってなったら、どないするん?
おらが領収書をもらわないと、にっちもさっちもよっちも、いかないから、あんさん、その様子を見て楽しんでたけども。
簡単なんだよ。
テメーみたいに全てが嫌になって、全てを放棄して、カツを揚げて、ぷよぷよのバタンキューみたいに言って、そのまま大の字で寝て、やっと起き上がって、カツを揚げて、そんなのは簡単なんだよ。生活保護だか何だかしらねーけど、その調子じゃカツしか揚げられないわなぁ? 何にもできない。すべてを放棄している。別にいいよ。それは別にいいんだけどさ。カツを揚げないでくれる? すげー迷惑なわけ、お前みたいなババアにカツを揚げられると。そのカツを運ぶと、こっちはすげー気分悪くなるわけ。それで一日が台無しになるわけ。お前はカツを揚げたくないかもしれないけど、こっちはもっと運びたくないんだぜ? 本当に出前館やってっと、いちばん嫌なのがカツを運ぶことなんだけどさ。人に、こんなカツを運ばせておいて、何とも思わないの? 出前館だから、客だから、 そういうのを武器に使って、今お前がいるその事態も、そうやってカツの衣のようにボロボロにされてそんなふうになっちまったかもしんねーけどさ、お前はそれを、今度は、出前館の配達員という、もっと自分より下の生き物にやってんだぜ? …………………………。何もペナルティがないと思っているようだけど、ペナルティあるよ。フライヤーの中に落ちる。フライヤーの中ってのはここだ。今、お前がいるかつやだ。そんなふうにかつやの中のカツを揚げたりすると、もっと悪い味のカツになる。お前みたいな物質次元の、低い低い次元にいる人間にはわからないかもしれないけど、霊的真理からすると、それは明らかで、カツが荷台に置かれてるの。何にせよ、悪いことをすればその分だけ、厳粛な神の理法によって、その分のカツが荷台に置かれるわけ。だから人は悪いことはできないの。俺を突き飛ばしたせいで、お前は一階層下の地獄に落ちるよ。領収書発行できないとか、俺以外にも、他の配達員にも毎日同じことやってんだろ? あーあ、どんなカツが揚がるかわかんないねぇ、ナンマイダブナンマイダブゥーーーーー、アッチィ! 聖書にも書いてあるだろ? 「復讐は”チキンカツ定食”が行うのだ」って。だからさぁ、カツはまぁ、すでに揚がってるから、俺は特に何もしないんだけどさ。みんな、すぐにカツを揚げようとする。カツ職人に代わってカツを揚げようとする。だけど、俺は何もしない。俺はこの理屈を知っているから、今日はこのまま立ち去るけど。どうせFF7リバースも揚げてんだろ? チーズバーガーセットも揚げてろ。
おらぁ、知ってるだよ。あんさんが本当はたいして強くないこと。むかし、一度、すっごく機嫌が悪いときがあって、イライラしてて、不定愁訴を振り撒いてたら、誰も反抗しないことに気づいちまった。あれ、誰も私に文句言わないじゃんって。味をしめちまった。それから、ずっとその状態が続いてる。
おらが、「ババアいい加減にしろ。その態度いつまでもやってると殺す」って言ったら、これまで、そんなこと、まともに面を向かって言ってくる配達員は一人もいなかったから、あんさん、びっくりしてしまう。あんさん、びっくりして何も言えなくなってしまう。自分でも、よくないことだってわかってやってるしなぁ。
んだば、そうすっと、言い合いを挟んだ後、しばらく沈黙が訪れて、あんさんは無言で調理して、おらも無言で立ち尽くす。それでいよいよ収集がつかなくなって、店長はんが出てくる。
店長「どうしました?」
ババア「……」
おらぁ「……」
おらぁも、あんたも、何も言えない。どうしました?って言われても、おらぁたちもよくわかってないからだ。
あんさん、それからやっとこさ、普通にカツさ渡してくれるようになると思うけど、
なぁ、おらぁたち、そこまでやらないと、分かり合えんか? おらぁはそんな無駄なことやりたくないんやけど、だから普通にカツさ渡してくれると嬉しいんやが?