広場:質疑応答
自然観察の森を抜けると、広場のベンチに座り、語らい合った。
Fukiさんは手作りのおにぎり(近所の山を散策して採った山菜入り)、水筒に入れたほうじ茶を持参していた。上級ミニマリストの小生は、自販機で150円のペットボトルの水を買って飲んでいた。
Fuki「……」
(沈黙)
しまるこ「いつもニヤニヤしてるね」
Fuki「真面目な顔ですよ!」
しまるこ「そうか」
(沈黙)
Fuki「しまるこさんの記事に書いてあったように、人と話す時って、ちょうど振ったフラスコの中の成分が底に沈殿するように、あるべきところに静まった状態で話すっていうのは、あまりないように思います。私は、誰と話していても、間に合わせるように話してしまいます。話さないでいると、重たい空気を与えてしまうんじゃないかと思って、思いつきの、即席の言葉で沈黙を埋めようとしてしまいます。それで、いつも、後になって、あんなこと言わなきゃよかったなーって後悔することが多くて」
しまるこ「……」
Fuki「だから今日も、余計なこと言っちゃったんじゃないかなって」
しまるこ「いま、会ってる真っ最中ですよ。会ってる真っ直中に反省会が始まってしまうんですか?」
Fuki「しまるこさんに会うのは勇気がいりますよ。今日はとても勇気がいりました。こうやって会って話してるときも、ブログの出会い系の女の子の記事のように、あのときあの表情をしたとか、そのときのそれはこれを意味しているとか、ぜんぶ記憶していて、ぜんぶ言い当てて、いったい何をどう思われているのか気になっちゃいます。そういう人と会って話すのは、やっぱり怖いですよ」
しまるこ「……」
Fuki「やっぱり、女性は、一緒になる人は鈍感の方がいいと思ってるんでしょうかね? これも、しまるこさんの記事にありましたが」
しまるこ「多くの女性は、頭のいい人を怖がってしまうところがあるでしょうね。まぁしかし。そんな風に他人を不安にさせたり怖がらせてしまったりするのは、悪いところばかり探り当ててばかりいるからでしょう。本当に頭がいいというのは、そんなところよりずっと先のところで闘っている人のことを言うでしょうね」
Fuki「……」
しまるこ「サマセット・モームは自分の身近の人のことを書きすぎて、あまりにも正直に書きすぎて、晩年はほとんど友人を失ってしまったという逸話があります。それに比べてリンカーンなどは、同じように友人や家族の許せなかったこと、イライラしたことを書きなぐる癖があったようですが、決してそれを人には見せず、引き出しの中にしまっていておいたそうです。死後にそれらのメモ書きが発見されて驚かれたそうですが、そのためか、生前は大変周囲から好かれていたと言います。書くと確かにそれだけでスッキリするところはあるから、書かずにはいられなかったんでしょう。それがリンカーンの処世術だったんでしょうね」
Fuki「わかる気がします」
しまるこ「まぁ、何を書いてもいいわけじゃないんですな。その辺の道を外しているから、怖がられたり、敵を作ってしまうんですよ」
Fuki「……」
しまるこ「Fukiさんの記事だと、あの記事が好きですよ。『泣いちゃう』のタイトルのやつとか。宇宙と繋がりたいとか、あのノートに手書きで書かれていた記事」
Aさん(友人)と会って、何か通じ合える片鱗が見えたのは、うれしかった、というかショックだったなぁ。こういう可能性が世界には満ちていることに。めんどくさいというか。やりきれないというか。ひとりじゃない、いつだって、ひとりではないんだけど、なにか孤独だ、ものすごく。身動きが取れないほどに。私じゃない、他の何かと溶け合いたい衝動。何か大きなものに身を委ねたい……
しまるこ「かといって、あんまり感傷的なことも書き過ぎると、読者が心配したりしますからね。しまるこさん(Fukiさん)困ってるのかな? って励ましたくもなるし、なんか一言添えたくなるというか、それが人情というものかもしれません。書くとスッキリしますからね。書いた側は、もう書いた時点で終わっていて、もう次に行ってるんですが、読む人はそれが一次的な感情となって引き起こされるから、それで行き違いが起こったりもしますね。だから、書いたら書いたで、それは人に見せないでしまっておくのがいいみたいですね。つまらない感傷的なことも、手書きでA4用紙に書いたりすることもありますが、基本的にはしまっておいてます」
Fuki「今度記事にしてください」
しまるこ「(笑)」
しまるこ「しかし、そういう記事の方が、正直に書かれているせいか、人の胸を打ったりするもんですね。たくさんいいねついたりするし。私もFukiさんのブログを読んでいると、そういう記事の方が心に残ったりしてるかもしれないですね。あのFukiさんの、心のままの、あの」
Fuki「あ……」
しまるこ「ん?」
Fuki「いえ、面と向かって自分の記事の感想を言われるのは恥ずかしいんだなって」
しまるこ「人間ができてますな。俺なんかは、記事のことを褒められると、もっと! もっと! ってなるけど、じゃあこの辺でやめておきますか」
Fuki「お願いします(笑)」
Fuki「何を聞こうと思ったんだっけ? あー、これは帰ったら、ぜったい後で聞いておけばよかったって後悔するやつだ」
しまるこ「……」
Fuki「一週間前は、しまるこさんに聞くリストをメモにまとめようと準備していたんですが、キャッチボールの研究のためにYouTubeの動画を見出したり、友達と練習していたら、それどころじゃなくなってしまって」
しまるこ「……」
Fuki「はぁ、はたして、まともにキャッチボールの相手が務まるのか」
しまるこ「さっきからそれの心配ばかりしてますな」
Fuki「しまるこさんのご迷惑になってしまうかもというのはあるんですが、それ以上に、一個の生物して、ボールもまともに投げれないことが情けなくて! この一週間、ずっと絶望してました……。アイドルの女の子が投げている動画を見て、なんて下手くそなんだろう? わざとやってんのか? と思って見ていましたが、自分が投げてみると、同じだったんです! それが情けなくて情けなくてッ! 今はキャッチボールが上手い女性を本気で尊敬してるんです! 今は本気でそれがいちばん凄い能力だと思いますね!」
しまるこ「いやー、わっかんない人だなぁ。普通の女の子と気にするところがぜんっぜん違いますな! こっちはそれにびっくりですよ!」
Fuki「……」
しまるこ「反省の正体がそれですか。私はなんとも思ってませんが、こういうときは、まったく見当違いのところで反省してしまうというのが、人間の常ですな」
Fuki「さっきもミミズを掴んだりして、引かれているんじゃないかと」
しまるこ「引いてはいませんが、放り投げた時に、あ、放り投げるんだ、とは思いましたね。てっきり静かに土の上にのせるかと思いました。キャッチボールのこと考えてたから投げちゃったんですかね?(笑)」
Fuki「(笑)」
Fuki「あれは……(笑)私もやっぱり本当は虫を触るのが得意じゃないんですよ。ヘビとかになるとやっぱり触れないし」
Fuki「もともと男性の方が投擲能力に優れているところがあるんじゃないかと思いまして。むかし、マンモスに向かって投げていた遺伝子が残っているんじゃないでしょうか? 女は山に行って野草を摘むのが潜在的に優れているような気がするし」
しまるこ「それは確かにありそうだけど。野草摘みはどう逆立ちしてもFukiさんには敵わなそうです。だけど、リリースポイントをはっきりさせるだけですよ。たった一点だけです。たった一点をはっきりさせるだけで、誰でも投げれますよ」
Fuki「しまるこさんは山と海、どっちが好きですか?」
しまるこ「(笑)とつぜんですな(笑)」
しまるこ「あのー、山にも何もない山があるじゃないですか。完全な真っ平というか。鬱蒼としていて、人が歩けないような、木々が密接している山は嫌いですね。平地だったら好きです。中腹やてっぺんにある、芝生が広大に続いているような場所は好きですね。ああいう平地ってのは人の手によって開拓されたんですかね? 人が開拓しなかったら、山というのは、密接した木々しかないということですか? それがよくわからないんですよ。人が開拓した後でないと愛せないというなら、本当の山好きとは言えなくなる。だったら海のほうが好きですね。平地だったら山のほうが好きです」
Fuki「うん? 開拓したってことじゃないですか? 人が開拓しないと、けもの道ですし、一歩も歩けないと思います」
しまるこ「この、ちょうど今ここの景色の感じ! ここはほら! 見ての通り、芝生しかないじゃないですか」
しまるこ「この感じはすごく好きです。この感じは自然発生的に起こるんですか? ここも本当はぜんぶ木が生えてたんですよね? あの遠くに見える山は、ぜんぶ密接した木々しかないということでしょ? ああいう山は死ぬほど嫌いです」
Fuki「うん? うーん」
しまるこ「だって、ここから遠くに見える山、ほら、あそこに映ってるあの霧がかってる山。あれは木しかないってことですよね? ここみたいな高原はないってことですよね?」
Fuki「どうなんでしょうかね? 車が走れるように道路もあるだろうし、人が歩ける道は作られてると思いますし、そんなこともなさそうですけどね」
Fuki「あの、干支言えますか?」
しまるこ「え? 言えないと思うけど」
しまるこ「えーっと、猫はいなかったよな? 俺が牛年だから、牛がいるのは確定として、虎もいたよなぁ? 犬と猿と、キジは……桃太郎か。桃太郎はいたっけ? あとは、えーっと」
Fuki「父も同じくらいでした。4つでしたね」
しまるこ「桃太郎もいた気がするんだけどなぁ」
Fuki「桃太郎は干支にいません(笑)」
Fuki「私と妹は全部言えるのに、お父さん、言えなくてびっくりしたんですよ!」
しまるこ「Fukiさん達の倍生きているのに言えないというのは、お父さん、ちょっとあれかもしれないね」
Fuki「男の人は言えないのかなと思って、それで、妹が彼氏に干支言えるか確かめたんですけど、一応全部言えたみたいで安心してました。やっぱり得意不得意というのがあるんでしょうか? 父もしまるこさんも、不必要な知識は頭に入れないようにしているのかもしれませんね」
しまるこ「ハースストーンのことだけ頭に入れておけば十分だからね(家に帰ったらもっと質問しとけばよかったって反省するかもしれないのに、干支のことを聞くんだなぁ)」
広場:キャッチボール
しまるこ「うおおおおおおおおおおお!!!」
しまるこ「せいーーーーーーーーーー!!!!」
しまるこ「せいーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
しまるこ「せいーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
小生は、まあまあの速度のボールをFukiさんに投げ続けた。
弓なりのボールは美しくないという理由で、直線にこだわって投げ続けた。
ずっと直線上のボールばかり練習してきたため、遅かろうが速かろうが関係なく、ただ直線のボールを投げることにこだわっていた。しかし、直線のボールを投げるには、ある程度の速さが必要になる。
決して女の子に投げるボールではなかった。ましてや、彼女はキャッチボール初経験の子である。
おまけに(これがいちばん大事なのだが)、彼女は今いちばん手を怪我をしてはならない時期である。プロの漫画家となり、これから、さぁ世界の目をひんむくような大仕事をその手で成さんという、人生でいちばん重要な時期であり、小生はそれをわかっていながらも、自分の趣味性を抑えきれなくて、ひたすら直線のボールを投げ続けた。
しかし弓なりのボールというのは、取る方もあんまり楽しくないものであり、まっすぐ直線に投げ込まれたボールの方が、取る側も一種の気持ちよさがあったりするものである。
※
しまるこ「どう? Fukiさんの手元でボール落ちてない? ちゃんと貫通するようにボールきてる?」
Fuki「きてる……と思います」
しまるこ「弓なりと直線だったらどっちが取りやすい? やっぱり弓なりの方がいい?」
Fuki「うーん、どうでしょう? 弓なりか直線か、その違いがよくわからないというか」
え?
弓なりも直線もわからないのか。
いったいどうやったら弓なりと直線の違いがわからない人間に育つのか。
Fuki「あ、今のは手元でボールが下がった気がしました」
しまるこ「それじゃあ楽天モバイルですな」
Fuki「あ、今のは真っ直ぐですね。ちゃんと真っ直ぐきてます!」
しまるこ「楽天ひかりでしたか?」
Fuki「楽天ひかりだったと思います!」
しまるこ「あのさーFukiさん」
Fuki「はい」
しまるこ「いやー、あのね(笑)ちょうど自身の趣味性を追うために、36歳の変な中年が、自分の中途半端に始めた変な趣味性にこだわって、キャッチボール初体験の女の子に直線のボールを投げ込み続けるという、気色悪い映像を動画に残したいと思うんだけど……。ごめんね、こんなキチガイなことを言い出して」
Fuki「私もそれ面白いと思いますよ」
しまるこ「そう? じゃあ協力してほしいんだけど」
Fuki「しまるこブログに貢献できるなら光栄ですよ」
※
しまるこ「カメラを立たせるために、Fukiさんの水筒を借りたいんだけど」
Fuki「はい」
しまるこ「しかし、クッソ! これだとまっすぐ立たないんだよなぁ! カメラが水筒に寄りかかって角度がついて上方を向いてしまう! クソ! あー! カメラスタンドを持ってくればよかった! なんでスタンド持ってきてないんだ! だから底辺YouTuberなんだ! クソ!」
Fuki「手前に大きめの石を置いて、石と水筒の間にスマホを挟めばまっすぐになるんじゃないですか?」
しまるこ「へぇー。2秒でそれが思いつくんだ。やっぱり理系だねぇ〜〜! 人のことを洞察魔のように言ってるけど、俺は一生の間、考える時間を与えられても思いつかなかったわ。この地上に俺しかいなかったら、永遠に浮かび上がらなかった案だわ。本当にすごい。今日いちばんすごいと思ったわ」
Fuki「理系、関係ありますかね?(笑)」
しまるこ「やっぱりもう少ししスピード弱めようか?」
Fuki「いや、もう少しで取れると思いますから、そのまま続けてください!」
しまるこ「まるで部活だね」
Fuki「部活ですよ、本当に」
しまるこ「……」
Fuki「あー、また取れなかった!」
しまるこ「疲れてない?」
Fuki「疲れてはいないんですよ、ちょっとグローブの方の手が痛くなってきてしまって」
しまるこ「じゃあ、最後にFukiさんがボール取ることができたら、それで終わりにしようか」
Fuki「はい!」
そうして最後、Fukiさんは小生の今日最高の球をキャッチした。
下部温泉駅
Fuki「今日はありがとうございました! とても楽しかったです!」
Fuki「しまるこさんにお会いできてよかったです!」
しまるこ「こちらこそ」
こちらこそ、か。その後に続く言葉が出てこなかった。なーにが、女性研究YouTuberだか。
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あれ? 高速道路の入り口じゃん。なんでこんなとこきてんだ?
ETCってなんだ? ETCカードって聞いたことあるな。カード? ハースストーン?
くそ、暗くてよくわからんから、流れにのってたら来ちまった。乗りたくねーけど、引き返せないからしかたない。まぁいい。すぐ降りるか。
なんだこれは……!? 信じられん速さだ!
高速を使ったのは教習所以来だが、まさかこれほどとは! 信号がないだけでこんなに快適になるのか!
うおお! 信じられん速さだ! アグロも楽天ひかりもとても敵わんぞ……! 小生の直線のボールだってこうはいかん!
なんだこれ!? どこで降りればいいんだ!? 初めてだからわけがわからん!
もうかれこれ50分ぐらい乗ってる! もう家に着いちまうぞ!? いったいどれだけの金がかかるんだ!?
は、速すぎて看板が見えん! 俺は一体どこを走ってるんだ????
しかし……! すごい速さだ!! 信じられん!! これは病みつきになりそうだ!
う!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!
「しまるこブログ」のしまるこさんに会ってきたよ〜!