ジミー大西はやはり天才だと思う。あれ程長くお笑い界から離れていたにも関わらず、平然と活躍している。
年末の笑ってはいけないもそうだし、松本人志のドキュメンタルなど、お笑い要素の濃い番組に引っ張りだされると、大きな活躍をする。
ココリコや山崎ホウセイみたいにダウンタウンにずっとくっついていながらも、全く面白いことが言えないところを鑑みるに、やはりお笑いというのは才能一強の職業なんだと思わざるを得ない。
ジミーの顔を見ていれば分かる通り、面白いことを言う前に、沈黙がある。瞑想がある。明らかに、透明な形而上学的な世界と交信している。その霊的な世界と格闘して持ち帰ってくるものに我々は歓喜する。格闘している様子そのものがすでに面白い。
格闘しているパワーがこちらにも伝わってくる。特に笑ってはいけないのビデオレターはそれが顕著だろう。懸命に、目に見えない何かに迫って戦っている。それでも、その中に確かに法則のようなものがある。まったくのデタラメだったら笑いは起こらない。ちゃんと法則に則って格闘した結果、成果物を持ち帰ってきてくれるので、安心感があるのだ。
ジミーちゃんもかなりの高齢で、年齢を考えたら、若い感性についていくのは大変なはずのに、そこらの若い芸人より、フレッシュで生まれたての生命力の宿った芸を見せてくれる。
天才は、年をとっても、お笑い界から離れていても、このように活躍できるのだろう。この透明な強い力と深く結びついている限り不滅なのだろう。
ドキュメンタルだったり松本人志の番組の外を出ても、何をしても面白いと思う。普通のトーク番組だろうが何だろうが、人間的な魅力が桁外れなので、どこでも面白いだろう。
優れているコントや漫才を作っても脚光を浴びるのが難しい時代だ。有吉が天下とっているように、決定的な人間力が必要なのだろう。
ドキュメンタルシリーズは最多レベルで出演している。松ちゃんやスタッフや視聴者がジミー大西を求めているからだ。すぐ脱落してしまうけど、みんな求めている。判定を甘くされているにも関わらず、すぐに脱落してしまう。それでも引っ張りだこだ。俺のただの個人的な感想ではないことを証明している。