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Fukiさんへのファンレター 3通目

投稿日:2021-05-27 更新日:

休憩 ②

 

さて、一服しよう。

冷蔵庫からぶどうジュースを持ってくるといい。小生は水道水で大丈夫だ。

しかし、だ。

ここまで、ずーーーーっと、ずーーーーーーーーーーーーーーっと、上から目線で偉そうに語ってきたが、

互いの戦闘力。つまり小生たちの、note、Twitter、YouTubeのフォロワー数等を合算して比較すると、

  Fuki しまるこ
note 1446 0
Twitter 135 24
YouTube 38 52
1619 76

となる。

(笑)

なんと、データは、Fukiさんが小生の21倍の戦闘力をあることを示しているらしい……!

そういえば、Fukiさんは、小生の言葉でブログを続けられたって言ってたね。

小生もそうなんだ。

Fukiさんからもらったコメントで、いちばん嬉しかったのはこれなんだ。

この作品は去年作った中で、一番のお気に入りの自信作だった。しかし、なかなか振るわず、おかしいな、これはどっからどうみても面白いと思ったんだけどなぁ、なんて思ってたとき、Fukiさんだけが評価してくれた。

小生の最大級のパワーを込めた作品が、静岡より少し上に離れたところに住む26歳の女性に、ちゃんと伝わった。これほど嬉しいことはなかった!

お互いの、こんな短い一言で、誰かの大いなる助けとなるのだったら、長文だったらどうなるんだろう? 長文の方が喜ぶんじゃないか? あの一言であれだけ頑張れるのだったら、たくさん書いたらもっと元気になるかも? と思ったのだ。

実のところ、最初の第一稿は4日くらいで書き上げた。そのときは大体3万字だった。そこで終わりにしておけばよかったかもしれない。何も見ないで思っているものをそのまま書いた。ファンレターだからね。元気になって貰えばいいと思って、とことん褒め倒した。

しかし、そのあと読み返してみて、なんだこれは? ただ褒めてるだけじゃないだろうか? 偶像のように彼女を崇拝しているだけではないだろうか? と思い始めた。

そして何よりも、本当に彼女を見ているのか? と疑問に思った。

このブログは小川さんについての考察記事が一番面白かったと言われることが多い。小川さんの特殊性もあるだろうが、身近な人を題材として取り上げたから、筆が走ったのだろう。

だから身近な人のことを書いてばかりいればいいと思うかもしれないが、小生は身近な人のことを書くのは苦手だ。似顔絵屋の仕事のように、彼らが個性を誇張して実物より美しく描くように、小生もまた同じ仕事をする。だがこれは似顔絵屋の仕事ではない。別にFukiさんを解剖したいわけではないが、Fukiさんが元気になるには、Fukiさんの魂と向かい合う必要があると思った。

元気。元の気と書いて元気だ。人間は元気でいて当たり前だ。

長いこと彼のブログを読んできてようやく分かったことがある。彼の中にあるのは決して「狂気」ではない、むしろ彼はすごく「普通の人だ」ということ。なぜかって?普通じゃなかったら、こんな文章を書けるはずがないから。とても「普通」が分かるから、「普通」じゃないことを分かる。最初から狂っていたら世の中の何が狂っているかが分からない。だから私は彼をすごく真っ当な人だと思った。

下品に思えるのは、人がふだん蓋を被せているものと彼が真っ向から向き合っているからでしょ。みんな、色んなものを棚に上げて知らんぷりして生きている。世間の人は自分の狂いに全く目を向けないし気が付きもしないからむしろ狂っている。しまるこさんにはそれが見える。正義と悪、美と醜とか、この宇宙に真実はなく、二元的価値などない。だからしまるこブログには高尚さも下品さも同居できてしまう。

(笑)

小生もこういってもらえたことが嬉しかったからね。20年来の親友にも同じことを言ってもらったことがある。お前が普通なんだと思うってね。小生も、Fukiさんが普通だと思う。

普通の人を書くのは初めてだったよ。彼女は何者なのか? 何に困っているのか、どうしたいのか、ブログも漫画も動画もぜんぶ見ていたから(←笑)、わかっていたつもりだったが、これが、もう一度見てみたら、ぜんぜんわかっていなかったことがわかった。見れば見るほどわからなくなっていった。今だってわかっていないよ。案外、文献を読まない方がかえってスラスラ書けてしまえるものだね。

やっぱり女の子だから、女の子特有のもの? 自然? 大地? 自我? 小生だって同じことで悩むはずだ、それと同じではないのか? どうも言い表せないでいた。今だって別に言い表せない。人を何者なのかだなんて、そんな対逸れたことを言葉で言い表そうなんて、その試み自体が無意味で馬鹿げている。今まで一度もそんなことができた試しもない。虚無に立ち向かう人間にどう目的を持たせたらいいかわからないというくらい、わからないことだ。年頃の女の子だからね、女の子はみんな寂しい。恋愛も、結婚も、あるだろう。彼女だって、いい漫画が描けて、いい恋愛ができたら、今日を永遠の終わりのように眠れるかもしれない。

もう自分の頭も言葉も使い物にならなくなってしまって、空間を頼りにするほかないのである。そうまでして書き上げなければならない理由は自分にもわからなかったが、空間が書けと命じるのである。

放り投げようと思った瞬間、ネットを開けば、こんな文章に出会う。

わたしがブログを始めたときは、たった一人でした。

当時はまだ会社員だったので、まわりにブログ仲間もおらず、スキマ時間でカフェにこもって地道に書き続けていました。

そうやって見よう見まねでブログを開設して、2週間、3週間、ほぼ読まれることなく続けてきて・・・

ようやく少しずつ、周りの人たちの目に触れるようになってからは

「面白いじゃん!更新楽しみにしてる」

「毎日書いててすごい!応援してる!」

と声をかけてくれる人が少しずつ増えてきて。

そこから、ずっと読んでくれている人や、わたしが主催したイベントに足を運んでくれる人や、こっそりずっと見てくれてた地元の友人や、家族、恋人、親友・・・

会社を辞めて独立する頃、気づけばわたしはたくさんの人に支えられて、見守られて、情報発信するようになりました。

出典https://www.mazimazi-party.com/entry/kakugo-influence/

やっぱり、空間が書けと命じるのである。

ある日はただひたすら紙とペンを使って彼女のことを書き、ある日は何も書かずに彼女の作品を漫画を見るブログを見る。

そして7時間ぶっ続けで書いたら、一旦寝る。そしてまた起きだすと、また彼女のことを書く。こんなに働いたのは初めてだった。

この空間は良い仕事をしてくれるはず。後は空間に任せた。この空間は小生の精神を解放させる力を持っているが、彼女の精神もまた解放させてくれるのだろうか。

画像もよくわからないが、空間が言ったんだ。空間が貼り付けろとね。だから勝手に顔写真まで貼り付けてしまった。嫌だったら消すよ。アイキャッチ画像、なんで矢沢永吉なの? と思っただろう。でも空間が言ったんだから仕方ない。でも、ワクワクしてくるだろう?^ ^

「小生が代わりにコーヒー作るから、代わりにこっちの記事書いてくれない?」と、ドトールの店員に頼みたくなったほどだ。しかし書いたら書いたらで、こっちによこせ! といってペンを取り上げただろう。しかし凄い。ドトールの店員の子たちは、小生が疲れて一度マンションに帰って、また再びやってきても、まだ働いてるんだから! 小生よりずっと働いている! 小生よりずっと若いのに!

このファンレターを書く上で、あっちもこっちも見直して、考えて、彼女とはズバリこうだと思ったら、あ、いやこっちか? となり、まったく直感もあてになり、180度考えが変わってしまう、そんなことばかりだった。ある項目を書き上げて、彼女の記事を読むと、ぜんぜん違ってたんだなぁと思う。そんなふうに行ったり来たりして、とうとうよくわからなくなり、頭がショートして、使い物にならなくなった。君はこうでこうでこうなのだからこうすればいいんだよ、とでも言ってあげたかったのか。自分でも自分のことがわかってないのに。どっかのお悩み相談する女の子と似ているね。

この絵は珍しく黄色を使ってるね。動画でよくこんな顔しているような、この絵はFukiさんに似てると思う。

人間関係はほどほどがいい。そんなことを言っていたって、何をこんなに一生懸命書くのかさっぱりわからない。といっても書かないのはもっと苦しい。

女の子は、自分のことをわかったように語られることが何より嫌いだ。ただ、がんばれ、応援してる、だけでいいはずなのに、いったいなぜこんなに書いているのか。

これはもう書き上げるのは無理かもしれないな、と思っていたところ、なぜか言葉だけは見つかるのである。頭はまったく働かないけど、空間から言葉がやってくる。このファンレターはそうやって書いた。

以前より面白くなれた気がする。空間の声を前より聞けるようになってきた気がする。

この空間から浮かんでくる言葉は、きっと必要だから生まれてくるんだろう。これもまた生命である。殺してしまうのも無慈悲なことだ。

これだけの量を書いておいて、身近な人を書くのが苦手とか言ってんじゃねーよと思うかもしれないが(笑)数えてみたら6万字だ(笑)半沢直樹じゃないけど10倍返ししてしまった。まぁ、半分以上は引用なんだけど(笑)

空間が答えてくれるはず。

寝返りができず、もはや指一本動かない。しかし身体だけは異様に熱い。

自分もない。彼女もない。何もない。点もないが、しかしこれだと言う言葉が勝手に出てくる。

しまるこさんは一度、私に表現のなんたるかを教えてくれたことがある。「理念とか思想とか、そういうのはいらなくて、ただ思ったことをそのまま書けばいい」。彼がそう教えてくれたから、私はブログを続けられた。しまるこブログに出会ってなかったら私はとっくにブログを書いていないと断言できる。「もう言葉言葉うるせーー!!」とヤケになってブログごと消しているはずだ。

そうか。じゃあもう少しがんばってみるか。

しかしFukiさんの作品を読み返してみて思ったことだが、本当によく書いてきたね。この2年? かな。よくがんばったね。質といい量といい、凄いことだ。ほとんど全部よかった。

24歳でこれだけのことができる人はいないよ。小生が24歳の頃は、汚い作業服を着て、判を押すように、流れる印刷機の上に紙を載せ続けていた。その作業服は2年間に一度も洗わなかったから、着るだけで閻魔大王に握りしめられている気分になった。

生きることは「絶望」だと思っていた。24歳のある瞬間に「小生は地獄に落ちるんだ」という確信が芽生えて以降、印刷会社を辞めるまでその考えは消えることはなく、「生きていたってなにも楽しくない、だって小生は地獄に落ちるから。」とずっと思っていた。

小生が発信活動を続けたのは32の頃からだよ。それまではろくに書いたり読んだりすることもなかった。閻魔大王に握りしめられて、ペラペラになって、どっちが印刷物だったかわからなかったからね。書くか書かないでいったら書かれる側。人間か紙かで言ったら紙だった。32から始めた小生でもなんとかなってる(?)んだから、Fukiさんもあと6年は、日向ぼっこしててもいいかもね。でも、そうはしていられないから描き続けているんだろう?

そのままでいいよ。そのままでいいんだけど、そういえば、モンテーニュがエセーで「ゆっくり急げ」と言っていたが、これはどうだろう? 小生とFukiさんにピッタリな言葉ではないだろうか。

 

 

8 小生のFukiさんの好きなものノート

 

なーんだ、自分の「心地いい」ほう。そっちを信じればいいだけのことなんだ。

自分の好きなこと、生きたい姿、忘れかけた時には「好きなものノート」を作ってみてはいかがでしょうか。

それは、いつでも帰ってこれる場所。

それこそ、自分の軸というか、自信というか、自分の“核”となるものというか…。「世界に対する信頼」。

好きなものノートはそれそのものだと思う。

だいすきなせかい。

彼女の小さいところのセンスを書き出してみたいと思う。小さいと言っても、小宇宙という意味ではあるが。

PJは、「犬を洗う」の意味にいまいちピンと来てなかった。

…あの様子じゃ洗ったことなんてないよ。Washとdogが同じ文章に並ぶことなんて、未だかつてないことだったんだ、きっと笑

( ;´Д`)

「Washとdogが同じ文章に並ぶことなんて」はいいね。顔文字もいい。

なんのために柵を直したんだ、これじゃまた羊がここから逃げてしまうのでは?え、大丈夫なのかな。。もう!なんか何もかもよく分かんなーい!よ!

「分かんなーい!よ!」は丁寧だ。小生だったら「わかんないよ!」とやってしまうだろう。

「きゃわん」もいい。小生だったら「チェストーーー!」にしてしまうと思う。

インスタグラムやFacebookって、私も含めほとんどの人が、日常に起こる出来事の、上位10%くらいのキラキラした瞬間だけ取り出して投稿してるんじゃないかと思う。

「こまごめピペット」って言葉が出てくるのが凄いね。

ピクルス切ってぇ(ピクルス食べる人なんてほんとに日本にいるのかよ。)お米ひたしてェ、キャンドル炊いてェ、ってそれがほんとに「平凡」で合ってんのか?世の中の人はこれを許すのか?そしてお風呂上がりのスマホゲームよ。スマホゲームぅっ?!?!!!!

いやいやいや、なんでこんな生活できている人がスマホゲームなんてやってるんだよっ!いや、逆。なんでスマホゲームなんてやってる人が、こんな生活できてるんだよ!!こんな!!こんなにきれいなリビングで!!!カビひとつない浴室っ!!水垢ひとつない鏡っ!!

 

「あり・えな・い」

「あり・えな・い」はいい。「あ・り・え・な・い」では全然違くなってしまう。

改行や空白の使い方も上手い。漫画にみられる空間的文章のセンスがいいからだと思う。

【お金ってヘンなの!】

よく考えると、お金をたくさん稼いで消費することで得られる幸せって、大きなスケールで見たとき、社会にとってマイナスになってない?

だって、

我慢してお金を稼いで(−)

お金を使って幸せを得る(+)

その時、環境や資源が損なわれる(−)

これが、経済活動の構造?豊かさとは果たして本当に、お金がたくさん動くこと?たぶん、何かがすごく間違っている。私は、こんなのが、豊かさの正しい形とは思えなかった。

タイトルが特にいいと思った。

行動って、なんだ?

行動って言うからには、「動き」が伴っているんだろうな。立って何かをすること?まあ、とりあえずは立つだろうな笑

歩くこと。どこかに行くこと。あっ、走るとか?新海誠さんの映画では主人公は必ずクライマックスに走ってどこかに行くけど、ああいうこと?

検索。

【行動】

あることを目的として、実際に何かをすること。行い。

コトバンクより

この「検索。」がいいね。空間デザインというか、ネット文章というものが身体でできている。

いや、お金は大事だって知ってるし、今でもそのことに異論はないんだけれど、ちょっと私の話を聞いてほしい。

いろいろ考えた。

今までいろいろ考えて、近ごろ、ぜ〜〜〜んぶの思考がおんなじところ終着した。究極の結論。

わたしたちはお金を使わずに幸せにならなければいけない時代が来たのかもしれない。

生きていくにはお金を使わなければいけなくて、私たちが生きる上で避けては通れないのは、「お金を稼ぐ」ということ。「幸せ=お金」とは思ってないけれど、お金は幸せの必要最低条件だ。

「ちょっと私の話を聞いてほしい」がいい。

ちなみに、鴨頭さんとまったく同じことを言っている。一字一句違わず、まったく同じ言葉だ。Fukiさんも炎の講演家になれそうだね。

先日、なにかの間違いでこんな動画を見てしまった。

鬱になった。

…なに?これは?これが「平凡な」日本人のライフ?ふ・ざ・け・て・る^ ^

高校時代に一年間ホームステイしてたタイはやっぱり最高でした。なんというかあれは、「ああ生きてる温度!」で、私は夏にすくすくと育つミニトマトの気持ちがよく分かる。育ちたくもなる。いのちの炸裂!!ビ・バ夏!!!

精神とリズムが一致するところに、読点があらわれる。彼女の読点はいい。

 

 

このズッコケの足がいい。

一番好きなのはどれか? と問われるなら

はりきりっ♫である。

いいタイトルだ。

ひらがなを使うところを間違えない。小生だったら漢字を使ってしまっていたと思う。彼女は、ここぞというところでひらがなを使うタイミングがうまい。

個人的な意見で、これはポジショントークに聞こえてしまうかもしれないけど(低いところからのポジションです笑)、時給1,000円ってすごいことだと思う。

()の使い方。その後の大文字。

 

戸を開けるたびにいつも目が合う彼。

彼と言うセンスがいい。

ふだん、すれ違う人の数より、すれ違う車の数の方が多いのはまじで狂ってると思う。

ところで余談。今日、来週開かれる演劇のチケットを買いに行ったところ、受付の人にこう案内された。

「18歳以下の方はA席3,000円となります、学生証のご提示をお願いします。」

「えっ」

「……あ、高校生の方で、よろしいですよね?」

「あ、いえ…」

いえ、だよ!!ぜんぜん!!!

あーあ、これもこれで、なんだかなぁ〜。昨日鏡で見た私は、ちゃんと26歳だったはずなのにナァ。強さ以前に色気がないらしい。チロリロリン

いえ、だよ!!ぜんぜん!!! がいいね。チンチロリンじゃなくてチロリロリンのところもいい。

「ねぇミズキちゃん、4次元がどんな世界か想像つく?無理だよね。ほんと無理。でも4次元を理解する上で面白い話があってさ、次元を上昇させれば、檻の中のウサギは外に出れるという話。

たとえば、1次元(線の世界)で檻に閉じ込められている人がいたら、その人は一瞬だけ2次元(面の世界)に飛べば檻から出れる。2次元(面の世界)で檻に閉じ込められている人は、3次元(立体の世界)に飛べば檻から出れる。ね?

この絵文字を使うセンスは素晴らしいね。これがいちばん好きかもしれない。

結論。

ビーガンは、極端な思想や宗教、押し付けなんかじゃない!それは

「こうあってほしい世界の選択」だ。

あー、なにかを変えなきゃ死ぬ予感

緩急がある記事は特に面白い。神は細部に宿るというが、彼女の浮き沈みの激しい葛藤が、Mr.Childrenの桜井さんの楽曲のように、よくわからないところで音が飛んだり跳ねたりして、小生のお気に入りの記事である。だから、すべてにいえることだが、彼女の文章を部分部分抜き出しても、なかなか良さが伝わらないかもしれない。

人間がいて生活がある。しかし私はそれを見えていない。第一、私は普通に暮らしていて一日に触れ合う人間の数というのは多くて20くらい?道ですれ違う人の数にしたって、100いかないくらい。でも、見渡してみればこれだけの数の人間がいるんだぜ!!!すごいよな!!!(だれキャラ?)

こういう感じを漫画に出していったら面白そうだね。

少し長いが、楽しい会話だ。

イオンモールの屋上からそんな景色を眺めながら、昨日は妹フミちゃんとLINE通話していた。

私「しっかしなんだこの車の多さは。この車の数だけちゃんと人間がいると思うとすごい不思議な感じ。」

フミ「わかる。どんだけ人いるんだよって思うよね。」

私「これ建物とか車ん中に人がいるから見えてないだけでさ、いま仮に、建物がぜーーーんぶなぎ倒されて、車ぜーーーんぶ没収されて、この松本平が更地になったとするじゃん?そしたら人間が全員荒野にぼーっと立ってる状況になるんだけど、そうなって初めて異常さが分かるだろうね。『いやいや、人多すぎっ!!』って。」

フミ「うん。『あ、これ人多すぎですね。人減らしましょうか。多すぎ多すぎ』ってなりそう。」

私「そう。たぶん多すぎるんだよ。見えてないだけで。なんでこんなに見えてないんだ。」

私「逆にさぁ、ここが荒野になったら街コンとか出会い系とかいらなくなりそうだよね。全員可視化されてるから。『あ、タイプの子みっけ』って言って、すぐ交流はじまるじゃん」

フミ「ああー、なるほど。出会いの場がそこら中にあるんだね」

私「うん。…分かった!出会いがない、出会いがない、って今の社会問題は、たぶんみんな引きこもってるから起きるんだね。いつも車の中にいて建物の中にいるから、そりゃ出会わないし見えないんだよ。そこがいけない。」

フミ「うん、出会いがないと言ってる若者、ぜんいん広場に出ろ!!って話だね」

私「そう、広場。広場はすごい。それか更地になれば話は早い。そうなったらいっそみんな服脱いで蓑とか毛皮かぶってればいい。」

フミ「なんでそんなふうに飛躍するの (笑)マンモスの時代かよ」

荒野に立って服を脱げ

↑タイトルもいい。

おそらくだが、彼女がここで「出会い系」と言っているのは、小生の影響ではないかと見ている。普通の女の子は「アプリ」とか「マッチングアプリ」とか「ペアーズ」とかいう。女の子は普通「出会い系」とは言わない。下品で、社会の暗部、18時のフジテレビのニュースキャスターの声が聞こえてきそうな用語を一新するために「マッチングアプリ」と言っているのに、彼女は巻き戻ってしまっている。

持続可能な暮らしをしていくのにはco2の排出削減はじめ、資源を消費しないことが第一前提なのに、消費することでしか経済活動ができないのが今の社会。(…わお、もんのすっごい、強烈に、矛盾している。)

環境問題が叫ばれるようになったことにより、今の社会の大きな矛盾と不都合が浮き彫りになっている気がするけれど、

きっと誰もが抱える、「何かがおかしい」ってこの感覚のほとんどが、辿ってみれば行きすぎた資本主義社会に原因があるのだろうなあ。。

こういうことも、巷でよく言われている言葉かもしれないけど、Fukiさんが自分の生活を通して、肌と空気で感じて出てきた言葉だからいいんだ。やっぱりここに、それ以上それ以下というものはないよ。

じゃがいも植えなきゃなぁ、と考えていたのは先月の20日から。それから毎日のように「今日はあれしなきゃ」「また明日」と先延ばし先延ばし先延ばし…。

いよいよ4月も中旬になるし、やばいやばい、今日こそ!!!!と、相当たる覚悟を備えて挑んだのだが!!!!

こういうエッセンスを漫画に持ち込んだら、親しみやすそうだね。気分で言えば、ブログが一番出ていると思う。 幅というかね。やっぱり創ろうとしているより、自分を出している方が面白い気がする。しかし、自然が大好きなのはわかるが、キャンプに行ったとかいう話はない。虫や蛇は一般の女の子より平気そうだが。

笑いというものがもっとちゃんと分かったらなぁと思う。笑うと人は必ず幸せな気持ちになっちゃうから、笑いとは高尚な芸術だと思う。ほんとだったら私も、シュールで皮肉で、ゆるくて、それでいて世界の真実を含んでいて、爆笑はしないけど人生で何回も思い出しちゃうような、そういう漫画が描きたい笑

それでいうなら、いちばん近いと思ったのは、マッチングアプリの一回目の体験談の記事。あれは人間ドラマもあったし笑いもあったよ。

そもそも日本には、

ヨーロッパ > 日本

という図式が潜在的に存在していると思いませんか?

日本に潜在的に存在…?

「いや、ヨーロッパ>日本だなんて、自分は思ってない!」と思う人もいるかもしれません。

しかし私たち日本人の間には、潜在的に、無意識的に、外国の文化、特に西洋の文化を良しとする精神性のようなものがあるのを、私は日頃感じています。

例えば、日本の街中に立ち並ぶ建物の看板を見てみてください。

アルファベットの表記のあまりの多さに驚くと思います。

英単語やフランス語の単語、それだけでお店の名前として成立しますし、日本名だとしてもローマ字表記するだけで「格好がつく。

それに日本語でない言語の響きは「なんだかモダン…」になってしまうのです。

美容室じゃなくて、salon(サロン)。

牛乳入りよりも、ミルク入り。

峰寮じゃなくて、カーサ・ミネ、

西友よりもSEIYUなのです。

「これはこれって、当たり前だよね。」

「こうじゃなきゃいけないよね。」

というノイズをなるべく多く取り除いてみたい。

おかしな「当たり前」で息の詰まるような瞬間を、自分の人生からできるだけ排除したい。

自分の人生から排除したいといっておいて、自分のHNが「Fuki」なのである。これはきっと深い理由があるのだろうが。

 

 

9 FukiさんがFukiさんへ送ったらいいファンレター

 

 

世界で起きている問題と向き合うことは、自分を否定したり、誰かの苦しさを背負うことなんかじゃない。

「自分の幸せ」を取り戻すことなんだ。

あなたが見て感じたものだけが、生きていることの、あなただけが持ち得る確かな思い出。

それは誰にシェアしなくたって、誰にうらやましがられなくたって、あなただけが見ているその景色が一番の真実で、一番リアルで、一番素敵なもので、誰にも奪われないものだと思う。

一人でいたいわけじゃない、でも、外部は不変であることはないから、自分が自分だけで「完結」する方法を知りたい。

街なみがきれいで、

太陽が柔らかく注いでいて、

少し夏の匂いがして、

トンネルをくぐり抜けたら、

私自身の影が、長く前に伸びていて、

不意に思った。

私も幸せになれる。と。

私は、

就活に関する悩みは全て幻想だと思います。

悩んで、日常生活や心のバランスが危うくなってしまうくらいなら、本末転倒。

それならいっそ、あなたを悩ますその価値観を捨てちゃったらいいと思うんです。

周りの風は強いかもしれないけど。

大丈夫だよ。まあ、そういう私もあなたから見たらその「やばい」状況なのかもしれないけど(笑)、

それは一旦置いといて、よく見て、

あなたも私も、ライフはまだ何も損なわれてないよ。

世界は危ういところじゃない。私はきっと大丈夫。これからもずっと大丈夫。

その時、ある一人の教授がこんな言葉を送ってくれました。

「みんなさあ、好きなことしな。

仕事とか、そういうものに追われるだけじゃなくて、好きなことをしなよ」

…涙が出る思いだった。

最後の最後で救われた。

パワーがチャージされた気持ちでした。

社会に渦巻く不安感、それらは決して、何物も、私たちの命を否定するものであってはいけないんだ。

私たちは、何があっても自分の命を大切にしていい。自分の命を、生きてることを、一番に肯定していい。

ならば、どんな時代にあろうと、やっぱり生きてることは嬉しいことなんだ。

素晴らしいことなんだ。

ポジティブなことなんだ!

私たちは、どんな時代にでも、喜びとともに生きてていい!!

初めて味わった孤独感。

ほんとに静かなんです。

自分以外の人との対話が極端に少ない日々

好きな本を読んで、好きな言葉を集め、自分の好きなことだけを考えて、本当になりたい姿だけをひたすら想像する時間。

私が好きなもの、考えていることなどでノートがいっぱいになる頃、

私はこの世界に大好きなものがたくさんあることに気づきました。

戻る道はないし、進む道も見えないけれど、私は今、この世界にいれて嬉しい。

この人生で、大切にしたいものがたくさんある。

歩いていける。大好きなものだけをたくさん持って、私はこれからも、どこまでも歩いていける。

世界は優しい・・・

でも、そんな状況に身を置いてみたけど、実質、いまこんなにゆったりした時間を過ごせていて、強い安心感に満たされている。

そして、私にはこんなに好きなことがいっぱいある。紛れもなく生きている。

なにも実質やばくはない。

生きて行くことは、そんなに危ういことじゃない。

みんなと足並み揃えて人生を歩まなくたって、私は私をまっすぐに生きていけばいい。

今すぐに目指すもの、なりたいものは見つからないけれど、お金がないなら、アルバイトすればいいだけのことで、何がただちに私を傷つけるというの?どうしたら直ちに命が危うくなれるの?

私には今確実に時間がある。

好きなものがある。生きていることが嬉しい。命があるから、

私は私のやることをこれからも「選べる」。

私たちはたぶん、生きている限り、生かされている限り、もっと生きることを謳歌していいし、人間の持ち得る最大限の「愛」に満たされて生きてもいいのだろう。

人生とは何かを成したり、しなければいけないことをこなすための時間ではなく、

ただここに生きているという事実があるだけで、

空間を誰かと分かち合い、

暖炉で温まった部屋があって、

喜びがあって音楽があって、

笑いがあって太陽があって、

動物にも森にも命があって、

人々には誰にでも必ず優しさがあって、

しかしそんな私たちも大地の一部でしかないということ。

夢を叶えるのには努力や才能なんかが大切だと思っていたけど、2人を見ているとその前に、「夢を見ること」と「できると信じること」こそが大切なのかもなあと思えてくる。

命を苦しんで生きる必要などどこにもなくて、私たちの人生は今すぐ、笑いや幸せな気持ち、リラックスした気持ちで満たされてもいいということ。

私たちは、きっともっと、もっともっと幸せになってもいい存在なんだ。

もっともっと、愛に則って生きてもいい存在なんだ。

道はまっすぐ定規で引かなくてもいい。

いま何者かになろうとしなくていい。

ただ、「自分は何を見ているか」「なにが好きなのか」

これこそがきっと道しるべになるんだ。

人は皆、それぞれの眼鏡を持っていて、

みんな何かに鈍感で、

同時にどこかに研ぎ澄まされた焦点を持っているのだと思います。

あなたにとって、鈍感に見える人、だらしなく見える人、理解できない人。

その人には、あなたの見えないものがよーく見えている。

そしてあなたには、誰にも見ることのできない世界が見えている。

きっとそういうこと。

それぞれ違うのに同じ世界を生きている不思議。

それぞれの違いを、理解できなくても、せめて想像して、

歩み寄らずとも侵害し合わず、

みんな仲良く暮らしていければいい。

そう思う。

Love&Peaceじゃだめかしら。

みんなでこの地球で雨やどりをしよう。

 

10 Fukiさんはできるよ

 

元気づけるだなんて言ったけど、とんでもない。小生が元気づけられた。自分の文章を書いているときより、Fukiさんの文章を引用している時の方が楽しかったよ。ありがとう。Fukiさんに出会えて感謝している。

人はどうしても外を探し求めてしまうけど、やっぱり自分の内側に答えがあると思ったよ。

結局、悪い癖で、いつものごとく人間観察記みたいになってしまった。わかることだけ書いた。わからないことはわからない。つまり、ほとんどのことがわからないということだ。だから気にしなくていい。明日また太陽の光を浴びて、太陽の日の出と共に、はじめて地球に誕生したような気持ちで生きればいい。

今日も忙しそうだね。 Fukiさんは、まだまだ戦い続けるでしょう。太陽と戯れたり、雨に降られたりしながら。Fukiさんは、雨もいいと言うだろうけど、濡れたままじゃ風邪をひく。

小生は、Fukiさんがこれから駄作を作ったり、傑作を作ったり、成功したり、失敗したりということに関心がない。いつか見せてくれればいい。いつか最後に、FukiさんのいちばんFukiさんらしい姿を見せてくれればいい。

…なんのために?だれのために?

それはね、凄いものを見せてやるためだよ。結局のところ、俺がいちばん天才なんだ。作品が俺に追いついてこれてないところがあるが、それも時間の問題だ。しかし、いつか、などとは言ってはいられない。一歩一歩が終局だ。この天才性すら超えた、決意の凄みというものを見せてやる。ククク……! これからFukiさんにたくさん凄いものを見せてあげるから楽しみにしていなよ。徹底的に楽しませてあげるよ。ワクワクしてくるだろう? 悩み? 葛藤? 心配ない! 俺がめちゃくちゃ笑わせて、信じられないくらい凄い物を見せて、すべてふっとばしてやるから大丈夫だ! しまるこブログはみんなに凄いものを見せてやるためにやってるんだ。なんだこれは……! こんなの見たこともない……す、凄すぎる……! というめちゃくちゃ凄いやつだ。世の中にはそんなブログが必要だろう? この世で俺しかそんなことはできないからね。それが俺の人間関係だ。そのためには悟りが必要で、生玄米が必要なんだ。FukiさんはFukiさんのペースで進めばいい。Fukiさんも作品が必ずFukiさんに追いつく。こんなに凄い俺がついているから大丈夫だ。

Fukiさんは、できると思ったり、できないかもと思ったりと忙しく、いまいち自分のことを信じきれない時があるかもしれないけど、Fukiさんはできるよ。これは、20年来の親友にも言ったことはない。Fukiさんにだけは言う。Fukiさんは、最高の才能とそれを実現させられる意志を持つ女性だ。雨に打たれて、雨粒なのか涙なのかわからなくなる日もあるかもしれないが、そんなときは、しまるこブログで雨やどりしてくれればいい。

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