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ふとした時にストレッチしないと死にやすくなる

投稿日:2021-03-09 更新日:

「長生きできるかどうかは運動神経にかかっている」と理学療法士の友人がいった。確かにその通りだと思う。

うちの母親は朝のテレビ体操を日課としているが、それを真似しているようで、画面のお兄さんとぜんぜん違う動きをしている。

「手を挙げて〜」とやっていても、急にバッ! と挙げたりしている。

さいきん母はスクワットをやっていたら、足が痛くなって動けなくなってしまった。そのせいで、ずっと寝込んでいた。

スクワットをやろうとして、しゃがんで起き上がるのを繰り返したとしても、かえって身体を痛めてしまうことがある。筋力不足だからと思うかもしれないが、やり方が悪い。

以前、母がスクワットしているのを見たが、何かどこかおかしかった。しゃがんだり立ち上がるときの切り返し時のタイミングや、ぜんたいの運動速度に、自然に反するものがあった。

運動はぜんぶそうだが、ゆっくり内部の神経に集中して、筋肉が動員される感覚を確かめなければならない。

母は、歩くにしても洗濯物を干すにしても、何をするにしても動きが速くて常にドタバタしている。階段を上がるときも、ドンドン音を鳴らして上がる。

以前の職場だったデイサービスでも、まだ50代なのに軽い猫背になっている二人のスタッフがいた。2人とも共通しているところは一つ一つの動作が速かったということだ。速いというより、急に動いて急に止まるところがあった。身体の自然な速度を妨げているところがあった。

この辺りは感覚的な話になってしまうが、やはり健康的な人とそうじゃない人の違いは、自分の身体の感覚に注意を働かせることができるかということである。

健康的な人は、こうすれば身体にいいというものをなんとなくわかっている。特別な運動をしなくても、散歩したり日向ぼっこしたり、簡単な伸びやストレッチをして、いま身体にいいことが起きているということが、なんとなく自己流ではあるものの、感得できているのである。年寄りでも、この感覚が長けている人は、たとえ80歳を越えていてもピンピンしていたりする。

それは伸びの仕方でだいたいわかる。うちの母親は伸びをするとき、急にガッと両腕をあげて、んんー! とやりだす。まあ、言うほど速いわけではないけど、なんとなく『静』を置き去りにしている。

身体のどこかに違和感がある人は、運動が下手というよりストレッチが下手である。ゆっくり落ち着いて、ゆっくり伸ばして、ゆっくり筋肉が伸びて気持ちよくなっていく感覚がよくわからないようである。人間だったら誰でもわかって当然のような気がするけれども、どうしてもこの辺りが苦手なようである。

うちの猫は本当にストレッチがうまい。そんなに自分の身体と会話している感じはないけど、とても自然にグゥゥーとよく伸ばしきれている。身体の中の活性酸素が和らいでいっているのがわかる。

せっかちでバタバタしている人は、だいたい身体のどこかに不良を抱えている。若い女性も例外ではない。出会い系の若い女性で、この手の動き方をする人に何度か会ったことがあるが、ぜんいん決まって運動が苦手といっていたし、あちこち身体が痛むといっていた。

運動に苦手意識を持っている人はだいたいこのタイプである。運動やストレッチは本来気持ちのいいことなのだが、どうしてもこの辺りの感覚というか、注意力が足りないために喜びを見出せず、運動を遠ざけて軽い猫背になっていく。そういう人が体力が落ちたからといって、健康予防的な運動をしようとすると、怪我をする確率が高い。

デイサービスの利用者さんを見ていても、膝が悪い人はドタバタ歩く傾向がある。または庭いじりをするとき、長時間しゃがんだ姿勢を取り続けているから、それで悪くしてしまう。この辺りも元はといえば、身体の声をちゃんと聞かないところにある。

けっきょくどんな運動も、身体とよく会話をして、身体の中に流れるものを感じなければならない。

別にどんな運動でも構わない。自分の好きな運動をすればいい。身体が喜んでいるというものをはっきり自覚できればよくて、ヨガだったり、ジョギングだったり、散歩だったり、卓球だったり、なんでもいいが、どんな運動も全身を使うのだから、大きな差はないだろう。別にどんな運動でもいいが、ゆっくりと、気持ちよくやることである。

もっといえば、日常で姿勢を気をつけていれば、とくに特別に運動は必要ない。それは友人もまったく同じことをいっていた。いつもずっと姿勢を気にしていたら疲れてしまうだろうから、定期的に、5分でも10分おきにでも、グッと腰やみぞおちを伸ばしあげればそれだけでいい。そしてそれはとても気持ちのいいことだ。これは割と多くの人がやっている。だが、やらない人はまったくやらない。このちょっとしたメンテナンスをしない人が身体を悪くしていってしまう。

なんとなくふとした時に、ウーーンと身体全体を伸ばしてあげることだ。こればっかりはその人の癖や習慣に頼るところが大きい。

この『癖』に適うものはない。意識的に、嫌々ながら運動する習慣を作ろうとするより、ずっと多くの計り知れないメリットがある。

例えば、うちの姉は一日中パソコンに張りついているけれども、視力が両眼とも2.0である。なぜこんなに目がいいかというと、遠くを見るのが癖になっているからである。目が少し疲れたと感じたら、すぐに遠くを見るのだという。

これを聞いた時は羨ましいと思って、小生もこの癖をつけようと心がけてみたものの、なかなか身につけることが難しい。

目が疲れると目薬をつけてしまう人がいるけれども、目薬は不純物を体内に入れている行為であり、また依存を高めるだけである。目薬を使う人は目薬なしでいられなくなる。タバコや酒と一緒である。一時的には目が潤うけれども、すぐに乾いてまた欲するようになる。そういう小生も目薬の依存から抜け出せない。

さいきん、友人のお母さんも膝の軟骨を壊死させてしまったらしく、手術予定だといっていた。このお母さんもドタバタよく動くらしい。うちの母もそうだが、友人のお母さんもヒステリックらしく、気性の荒らさというのは身体の動きに出るものである。

友人のお母さんは、仕事から帰るとトレーニングジムで自転車のマシンなどをやっていて、かなり健康に気を使っているのに、こんなことになってしまったという。

職業も看護師であり、人より健康の知識を持っているのにこんなことになってしまった。おそらく自転車のマシンをやり過ぎたのだろう。健康になろうとして、逆に悪くなってしまうことはよくある。互いに理学療法士でありながら、壊れていく母親を指をくわえて見ている始末だ。

以前、読者さんが、「太極拳こそいちばん理想な運動」といっていたが、その通りだと思う。

この記事の感想になるのですが、以前オリンピック選手を指導しているようなトレーナーのおじいちゃんとお話ししたときに、「今の筋トレ理論はステロイドが入ってきてめちゃくちゃになってる。昔の筋トレは純粋な運動機能向上に作られていて、昔のマッチョはバク転などのアクロバティックな動きが当たり前のようにできた。」とおっしゃられていたのが印象的でこの記事と重ね合わせて見てしまいました。やはり聡明な方にはそのようなペテンは簡単に見破れてしまうものなのですね。ちなみにその方いわく最強の筋トレは太極拳らしいです。

すべてにいえることだが、いったんすべてを捨てて、いちばん静かになって、いちばん核となるものだけを見据え、そこで運動することである。心がいちばん静かな状況になれば核が感知できる。人体の核は下腹部である。ここに緊張をいれて伸ばすことが重要である。

またイメージも重要である。ああ、今、この運動を通して身体が良くなってると思うと、それだけで本当に良くなっていく。

鴨頭嘉人さんは、ジムのトレーナーに、「筋肉が破壊されて、めちゃくちゃ再生されるのをイメージしながら筋トレしてください」と言われたらしい。これだけで効果は数倍になると言われたらしい。有名なプラセボ効果というやつである。実際に言われたとおりやっていたら、とても筋肉がついたという。

そういった意味では、身体の動きよりも頭の動きの方が重要になる。こればかりは感覚的な話になってしまうので、わかる人にはよくわかるが、わからない人にはわからないということになってしまう。ドラゴンボールのようなアニメ的な頭の使い方が重要になってくる。

こればかりは得意不得意というものがある。うちの母親は、家事、仕事、近所付き合い、掃除、料理、そういったものはびっくりするぐらい得意なのだが、パソコンと運動だけはどうしても苦手なのである。しかしこればかりは死活問題であり、誰もが履修しなければならない課題なのだ。

理学療法士でありながら、自分の母親を救うことができない。とりあえずヨガ教室に行くといいよといって、ヨガ教室には行ってくれているが、ヨガ教室に通って3年以上が経ち、静的なストレッチをたくさん学んでいるはずなのに、やっぱり下手だ。夕方になるとヨガ教室で教わったストレッチを毎日欠かさずやっているけれども、とても下手である。バタバタ動く癖は直らないし、普通に、少し勘のいい人がやるストレッチに遠く及ばない。やっぱりこればかりは人が教えられるものではないのかなぁと思ってしまう。小生が教えたことはないけど。ヨガの先生が下手なのかな?

やはり注意力がないのだろう。自分の身体をフィードバックする能力が悪いというか、そういう人は運動すれば運動するほど身体を悪くしてしまう。

小生も食べるときに、どうしてもゆっくり噛んで食べるということが苦手である。なかなかこれが修正できない。目が疲れても遠くを見ることなく画面を注視してしまう。

こういったものは、あるいは服装やアクセサリーやお笑いのセンスのように、元々の生まれつきの感性の問題だから、改善は難しいのかもしれない。

ゆっくり、ゆっくり、である。たったひとつ、静的に、気持ちいいと思えるような動作を覚えることである。

身体の声を聞くこと。片足立ちをするとき、グラグラと揺れながら、バランスを意識して正していくような感じだろうか。

運動が苦手な人は、内側の感覚が重要になるという言葉にいちばんアレルギーを起こしてしまう。だからやはりゆっくり静かにストレッチするのがいいとしかいえない。それでもうーんと難しい顔をする。ゆっくり伸ばしたときの気持ちよさを大事にするのがいいとしかいえない。

べつにヨガをやらなくても、ふとしたときにグーっと、身体が気持ちよくなるように伸びをすればいい。それが癖になることは、ヨガやスポーツを一時間やるよりも効果は大きいだろう。

ヨガの凄まじい達人になってくると、心を分解して目で見ることができるという。心は暗性、動性、善性の3つの心素に分けられているといわれ、その3つのチャクラを霊眼を通して色別に視ることができるらしい。体内の臓器をすべて透視できて、真我といわれるものが心臓についていることまで見えてしまうらしい。もちろん、解剖学の本には載っていない。

これもまた注意力に思う。人は苦手なことに対してはっきりしない。はっきりしないから苦手なんだろう。しかしそこに注意しないと死ぬことが多い。

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