ふらふらネットサーフィンをしていたら、次の文章を見てしまった。
結婚を捨てて、一生独身で夢の為に投身する人間に対して向けられた言葉だ。
これはなかなか感じ入るところがあるので、考察してみたい。
「自分でクリエイティブに考えた”人に役立つこと”を提供する」が【やりたいこと】なのですね。どのようなことなのかは分かりませんが、そのような目標を持たれていることは素晴らしいと思います。
しかしそのような目標と、結婚して子供を育てることを同時に行うくらいのパワー(底力)を持っていないと、”人に役立つこと”は提供できないのではないかと私は思います。
もちろん結婚して子供がいなくても「クリエイティブに考えた”人に役立つこと”を提供している」方は世の中にはいると思いますが、私の見てきた限りではどちらかというと少数派のような気がします。つまり小手先のことはできても、もっと懐の深いような仕事や成すべきことほど、結婚や子育てや介護のような自分だけではコントロール出来ないような経験をしている人のほうが出来ているような気がします。
結婚もせず子育てもしない人を否定するわけではありませんが(いろいろな事情もありますから)、やはり自分の人生だけしか背負っていない人と、配偶者や子供の未来まで背負って生きている人とでは、見ている世界がだいぶ違うように感じます。
私には妻と子供二人がいますが、この家族のおかげで自分の仕事が出来ているとさえ思うことがあります。もし自分一人だけだったらとっくの昔に仕事を辞め、もっと自堕落な生活を送っていたかもしれません。
100%納得した仕事、100%納得した人生なんて無いと思います。だから人生面白いんですよね。私は大卒ながら零細企業勤務で働くしがないサラリーマンですが、納得しているかで言えば50%くらいじゃないでしょうか。かといってそれほど大きな不満もありません。まあ幸せだと感じています。これは家族がいるからだと思っています。
でもこの50%の納得度をこれからもっと上げていこうと思っていますよ。どこまで上がるか分かりませんけどね。
たしかに、家庭を持った方が仕事に身が入るかもしれない。
一人だと自由すぎて家でダラダラしてしまうことが多い。誰かに監視されていると、サボれない。カフェで仕事が捗るのと同じ理屈だ。
まぁ、この人が言いたいことは、護るべき者があると人間は頑張れるということや、仕事も恋愛も家庭といった多方面をまとめて頑張れるような底力を持ってないと、人としての生命パワーが足りてないから、成功も覚束ないということだろう。
成功するにはそれくらいの生命パワーが不可欠というわけだ。
ここからは俺の自論だが、
俺は、もしその「やりたいこと」で家族を養えるというなら結婚したっていいと思うが、そうでないなら結婚すべきじゃないと思う。自分も家族も不幸になるからだ。
「やりたいこと」だけで食べていけない以上、他の仕事をやらなくてはならなくなる。やりたくないことをやらなくてはならない。そういう仕事をしている男の顔というのは、酷い顔をしているものだ。
「何で俺がこんなこと」「くだらねぇ」「時間の無駄だ」いつもそんな顔をしている。
そんな顔をして家のリビングや廊下を歩きまわれても、家族も辛いだろうし、自分も余計に辛くなってしまう。
やりたくない仕事に加えて家族の面倒ごとまで被るとなると、時間も足りなくなってくる。
独身だったら、稼ぐ金も最小限でいいから、働く日数を削れる。
まずは時間をたっぷり用意して、そして節約生活をして(納豆ごはんだけで生きるとか)、自分の環境をしっかり整えてからでないと結婚生活は上手くいかないと思う。
「結婚はタイミングで、準備が整うのを待っていては間に合わない。いい出会いがあったら逃すな」と、ある人生の先輩に言われたことがあるけど、俺は間違いだと思う。
誰と結婚するかよりも、いつ結婚するかの方が重要だと思う。自分が盤石となって、確かな地位を築いてしまうことが重要で、そうすれば誰と結婚しても上手くいくと思っている。
逆に自分自信が不安定だと、誰と結婚しても上手くいかないと思う。
1日わけのわからない仕事を10時間ぐらいして、その後帰ってきて、家族に優しくできるだろうか。
大体、「やりたい事をやりたい」なんてほざいてる夢の世界の住人は、現実世界の仕事を上手くできず、上手くできないから、わけのわからない夢を目指そうとする(ブロガーなりYouTuberなりねw)
基本的に仕事ができない人間だから、仕事はミスばっかりで、常人の3倍くらいは神経が擦り切れる。そんな状態で誰かを幸せにできるだろうか。自分すら幸せにできていないのに。
そんなお父さんを見て、子供はお父さんみたいになりたいと思うだろうか。妻は、結婚しても輝きを失わない青年のような夫だわ! と惚れ直すだろうか。
人は輝いてなんぼである。
いつ、どこでも輝いていられると確信したら、そのときこそ結婚するべきだ。
オースティンの「高慢と偏見」の有名な冒頭だ。
独身の青年で莫大な財産があるといえば、これはもうぜひとも妻が必要だというのが、おしなべて世間の認める真実である。
そうした青年が、はじめて近隣のひととなったとき、ご当人の気持だとか考え方などにはおかまいなく、周辺の家のひとびとの心にしっかり焼きついているのはこの真実であり、その青年は、とうぜんわが娘たちのいずれかのものになると考える。
そう、金持ちの独身青年がいたら、当然のように自分と結婚するものだと女達は思うものだ。
基本的に、今の時代、自分の長所をよく理解して、それを活かした仕事をすれば、まちがいなく金持ちになれる時代だ。
自己分析が不十分で、行動し試行錯誤することなく、ただ周りと歩調を合わせて考えもなしに就職するから、何もないサラリーマンができあがってしまう。烏合の衆だ。
これだけ情報やチャンスがあふれているのに、儲けられないというのは、完全に怠惰が原因だ。
上手くいかなかったら原因を究明したり、あるいはもっと向いてそうなことに移ったり、行動してさえいれば成功にぶち当たるようになっている。
結局、何も行動しないから成功しないだけなのだ。
自分の人生をしっかり生きていれば、成功して当たり前だ。
だから、今現在儲けられていない男は全員クズだし、結婚する資格はない。
妻を専業主婦にしてやれるだけの財力がない人間は、疥癬と一緒であり、次々と人を不幸にするので、黙って独身生活に勤しむべきだ。
キツキツで結婚生活をしている者達より、独身だらけの国になった方が、よっぽどいい国になる。
自分の人生をしっかり歩くことができて、そこで生まれた余裕の部分。おまけでするものが結婚であろう。