フルータリアンの中野さんは有名ですよね。私もずいぶん前から知っています。確かに果物だけを食べる生活は良いと言われていますね。すべての食べ物の中で果物がいちばん身体にいい、歯の形状からして、人間は果食生物だとも聞きますし、とくにインドではこの考えが強いらしいですね。煮たり焼いたりせずにそのまま食べられ必然的に生食になる、果物自体がそれ自体で食べ物としての程をなしていて、いかにも匂いや艶からして、人間に食べてもらいたがっているようにウインクしているようにも見えます。自然のものを自然な形で美味しく食べられる食べ物は果物以外にはないでしょう。
人間の身体比率のいちばん多くを占める水分は豊富であり、この水分は果物それ自体の力で濾過されていることから、われわれが日常で飲んでいる水よりも上質で栄養に富んでおり、そのためか通常の水摂取より喉の渇きも少なくなるとヨガナンダ先生は言っていました、これはナチュラルハイジーンなどの図書にも書かれてあることですね。インドでは果物だけで生活する人はまま見られるようですし、いまだ山林の中で修行している部落なども、そうした生活をしているところもあるそうですね、中村天風先生はインドでの修行時代、一日一食の、あわやひえと野菜をゆがいたものを食べていたそうですが、山に実っている果物ならいくらでも食べてもいいとグルから言われていたそうです。ほとんど水を飲むような感覚だったのではないでしょうか。
ガンジーなども15年間、果物しか食べない生活をやっていて、その頃がいちばん体調が良かったと述懐しているし、現在のフルータリアン生活をしている外国人YouTuberを見ても、みんな健康的で顔つきがハツラツしていることが多いですね。なぜか身体つきがガッシリしていて、骨がとくに強そうな印象を覚えます(中野先生は痩せているけど)。セロトニンやエンドルフィンが出るのか、果物みたいに瑞々しい高揚感で生きている感じが写真や動画から伝わってくるようですね。
総じて良さそうなフルータリアンの印象ですが、最終的にはみんなリタイアしていってしまいますね。みんな果物だけの生活をしていた頃がいちばん調子が良かったと口を揃えて言っていたりしますが、まぁ、あまり続かないようですね。それはやはり無理があるからでしょう。私自身も果物だけの生活をしていたことがありましたが、心も身体も軽かったですね。気分も鬱屈していたものがなくなってしまうようでした。身体は浮いたように軽いのですが、やっぱり、どうしても、重たいものをちゃんと消化したい……と思うんでしょうかね、私も二ヶ月以上は続きませんでした。
さて、ここからはいくらかデメリットを挙げていきます。
スティーブ・ジョブズもほぼフルータリアンな生活をしていたそうですが、フルータリアンは彼のように膵臓ガンでなくなる場合がたまに見られるようですね。フルータリアンの生活をしている人の死因で膵臓ガンであることがたまに見られます(そもそもフルータリアンの生活をしている人の絶対数が少ないから統計的に考えるのは難しいですが)。やはり果食に比重をおいた生活は膵臓になんらかのダメージを負わせてしまうのではないでしょうか。
これがもし天然の果物であれば話は変わってくるのかもしれないですが、われわれが現在手に入る果物といえば、山の中の天然の果実をもぎとって暮らしている民族とはだいぶ異なります。品種改良され、糖分が異常に多かったりしますから、純粋な果物の恩恵が得られにくいのではないでしょうか。
果物といえば糖分が気になるかと思われますが、あんがい果物は口当たりが甘く感じるだけで、元々はそれほど糖分が多いわけでなく、われわれが普段食べている白米の方がよっぽど多いとされています。とうぜんお菓子やチョコレートの方がずっと多いです。だから、いわゆる糖尿病なども、果物よりは白米の方がずっと害は大きいと思われますが、しかし、そんなふうにもともとは糖分が多いとされない果物ですら、今となっては品種改良されているため、天然の果物と比べるとまた勝手が変わってきていると思われます。品種改良されていなかったと思われる、明治時代、その頃においても、肥田春充先生や二木謙三博士などは、果物から取れるビタミンCなどは少量の野菜から取れるのでわざわざ食べなくてもいいと話しており、果物の食べ過ぎに対しては苦言を呈しています。彼らに至っては、玄米は完全栄養食で、人間の必要な栄養素は玄米で足りると言っています。バガヴァッド・ギーターにも同じことが書かれています。これが私が果物でなく穀物を食べる理由であり、バガヴァッド・ギーターに、「すべての生き物は穀物を食べることによって生きている」と書かれているからです。神がそう言うのであればそうなのだろうということで。