ブログ・文章論

瞬間瞬間に思ったことを記録するだけでいい。

幸せになるのは難しい。

お金があって、恋人がいて友達がいて、休日も予定が埋まっている毎日を送っていたとしても幸せにはなれないと思っている。

消費を繰り返していても絶対に幸せにはなれない。そういう風に人間の魂はできている。いくらうまいもんを食べて、遠くに旅行したって駄目だ。

思い切り自分の命が開くような、光を感じるような仕事がなければ幸せにはなれない。つまり仕事だ。生産的な行為だ。

じゃあ生産的な行為をしようと思って文章や絵を書いたりしてみる。それですぐ楽しめればいいが、これもまたなかなか楽しめない。

すぐに他人と比較してしまうからだ。他の人の方がもっと上手く作れる。自分には才能がない。数ヶ月続けてみてもあまり上達していない。こんなことずっと続けたって無意味だ。やっていて楽しければいいがやっていても楽しくもない。時間の無駄だ。これだったらテレビを見てた方がよっぽど楽しい。絵を書いたり文を書いたりして、それでお金がもらえるならまだしも、何も金にもならない。

こんな理由で生産的な行為を始めてみても、すぐやめてしまう。

何がダメかと言うと他人と比較してしまうからである。

そしてそれに加えて初めから大きな理想を描いてしまう。たった今、自分にあるべきもの。自分の胸に去来するもの。刹那的にただ瞬間瞬間に自分に迫るものだけを、新鮮なうちに記録するなら不安にはならない。

いつも人は何かを考えていて、急に何がふわっとすごく感動したり、啓示のようなものを受ける瞬間がある。そういう時、何かそれを残したい気分に駆られる。でもほとんどの人はそれを記録しない。

瞬間瞬間を大事にして、その時、記録に残していかないと、後になって振り返って制作しようとすると、面倒臭くてとても無理だ。

 

その刹那にしか、喜びも希望も価値も、ない。

つまり何が言いたいかというと、創作を楽しもうと思ったら、1から頑張って組み立てようとしないことだと思う。瞬間瞬間にその時思ったことを記録しておいて、それを後で編集する。それは気楽だし楽しい。

 

俺も本当にめんどくさがりで、最初から最後まで一生懸命組み立てた大作を作ろうとして何度も挫折してきた。無理して何かを組み立てたり考えたりすることは本当に辛い時間だった。

 

例えば俺は、今まで80人くらい出会い系の女と会ったので、出会い系の体験記録・考察サイトを作ろうとした。

 

その際、一番最初に出会った1人目から80人までの記録をしっかり順番通り書き始めて行こうとしたら、すぐに挫折した。

 

そして、俺は自分が根性がなくてダメな人間だとよく思った。

 

そうではなく、たった今、胸に去来したものだけを書けば、延々と書き続けてしまうことができるということがわかった。

 

47人目に会ったあの子との体験。たった今LINEしてる女の生態について。出会い系とか関係なく、運転中に腹たった話。突然閃いた事案。最近の話、子供の頃の話。あるいは今日1日の様子を漠然と書く。

 

つまり、今、書けそうなものを書くことだ。目の前のことだけ書いてればいい。似たような題材をつなぎ合わせたら、それこそ、一から順番通りに書いて大作にしようと思っていたものより、量ですら凌ぐことになる。

川の流れに逆らって、頂きに挑戦していくようなことをせず、ただ思った時に思ったものを書く。そして後でそれらを繋ぎ合わせる。

 

そういう風に切り替えてから楽になった。

そんなに作ることにこだわらず、テレビやネットを見て普通に楽しんでいたらいいのにと思うかもしれない。でもそれもつらいのだ。そういう時間も俺は好きだけど、やっぱり辛くなる。一日をそうやって過ごしてしまうと死にたくなってしまう。

これは俺だけだろうか、みんなもそうなんじゃないかと思う。

生活を充実するには何をしたらいいかわからない。実のところ俺もよくわかっていない。

消費ばかりしてこんなにつらくなるなら何か生産的なことしたいと思う。それで金が入ってくるならそれは素晴らしいし、金が入らなかったとしても自分の魂を輝かせせることができたら、いいことだ。

 

瞬間瞬間に思ったことを新鮮な状態で記録する。面白いネタを突然思いついたら、それを記録しておいて、それをYouTubeなりブログなりに投稿する。それすらもめんどくさいと思うかもしれない。実際めんどくさい。

だが、何か生産的な行為をしたいと思ったら、刹那的に頑張るぐらいしか続かないような気がする。

 

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