はじめの一歩はやはり漫画的だ。ボクシングをよく研究しているつもりでも作者は根が絵描きなんだろう。
頭でっかちな人間だとスポーツの真髄について分からない。筋肉を強化すれば強いパンチが出ると思っているし、スピードも先天的なものだと思っている。
タイミングや脱力や軌道とかもっと重要なことがたくさんある。
自分の頭の中を空っぽにすることだったり、自分の体重を伝えるにはゆっくり殴った方が良いとか。そういう描写がまるで無い。バガボンドにはたくさんあるのに。
スポーツや格闘を頭で考えているのでパワーやスピードの次元でしか捉えられていない。
どれだけ漫画家としてのキャリアを重ねて行っても、ボクシングの奥に突き進んでいけなかった人間は、自然界の法則に因んだ世界を描くことはできない。
それに比べてバカボンドの井上氏はすごい。はじめの一歩と完全に真逆の方向を進んでいる。
運動法則や精神の法則に関しては、本で言えばたくさんあるけど、まんがでこれを表現できた人はいなかったと思う。初めて成功した例はバガボンドくらいじゃないだろうか。
作者自身が、バスケをやったり剣道をやったり体を動かして、身体について行き着くところまで考えることに成功している。
持ち前の心の静けさからくる洞察力が長けているから、そこに気づけるんだろう。
井上氏は、「心の静けさ」が漫画を書く上で何よりも重要と言っているように、心のいちばん静かな部分で完治したものを漫画に落としているんだと思う。
頭ではなく体で考えているからこういうことができる。バカボンドの中では、何も考えないことだったり、脱力をすることだったり。剣をゆっくり静かに振ることだったり。そんな描写がいつまでも続く。繰り返される。
はじめの一歩は力とスピードだったり、目に見える物理的な部分ばかりの描写ばかりだ。
絵は見やすくて、破壊力満点で、パンチしている時のスピード感の描写は凄まじく、見応えがあって気持ちがいい。
年取った漫画には珍しくギャグセンスもある。一歩のお母さんの、母が子供に対する親の愛情、何気ない表情だったり、心情を描き出すのも優れている。
だが、ボクシング漫画なのに肝心なボクシングに対する考えが未熟なのだ。
作者自身はボクシングをある程度はやっているだろうが、運動に関する感知能力が欠如しているので運動の法則に対して一生気づけないタイプなんだろう。根っからのデスクワーク型なんだろう。
パワーやスピードのレベルでしか考えられない人は、
ガゼルパンチとか必殺技とか足腰を強化してステップインとか、いかにも身体のことをわかってない人間が考えそうなことだ。
パンチは体幹の動きによって自然についてくるということも多分わかってないんだろう。
脱力すれば体重が伝わりやすくなって、体重さえ上手く伝えられれば、とくにパンチ力の大小なんてどうでもいいということにも気づいてない。
今、情報化社会でたくさんの情報が溢れかえっているけど、それは真実の上に積み重なったゴミばかりだ。
一流の選手を見ていると、とても自然に拳を振っているのが分かるだろう。ゴロフキンなったりワイルダーだったり。リカルドロペスだったり。
一歩のモデルなのマイクタイソンですら身体の動きの後にパンチが遅れてついてきている。
パンチが速いんじゃなくて体幹の動きが早いのだ。
一歩の描写で一番良くないのは、力いっぱい拳を握って固めることだ。殴る時は拳を握らない方がいいということすらわかってないんだろう。拳を全く固めなくても、目標物に当たるときは自然に拳は固まる。
ワイルダーなんて大きくゆっくり自然に降っているだろう。あんなのは拳を握っていたら絶対できないパンチだ。
世界レベルのボクサーの試合を描きたくても、世界レベルのボクサーの頭の中がわからない以上はうまく書けないのだ。
武道の本や、世界レベルのボクサーの練習や、インタビューを重ねれば分かりそうなものだけど、どうしてわからないんだろう。井上氏はスラムダンクでは描けていなかったけどバガボンドでは描けている。「プロフェッショナル仕事の流儀」の映像では、武道や身体についての本が沢山映っていたので、きっと勉強したんだろう。
素人のジャブほど速いし、玄人のジャブほど遅い。手打ちではなくジャブ一つを取っても、体重を乗せているのだ。
おそらくボクシングだけじゃなくて、どのスポーツでも一流選手はゆっくりで自然だろう。
スポーツを題材にして描く人間がこの辺りにとんちんかんなのはいかがなもんだろうか。
だがしかし。それがわかってる漫画家は井上雄彦氏ただ一人だけなので。責めるのは酷なことかもしれない。
そういうお前は、スポーツも漫画もろくにできないクズじゃねーか! ですって??
はーーーーーーーーーーーーーい!! その通りでぇぇーーーーーーす(//∇//)(//∇//)