恋愛 ドトール観察記

誰も幸せになれないクリスマス

彼女は以前ドトールでバイトをしていた女の子なのだが、とつぜん辞めてしまった。

毎朝、会えるのを楽しみにしていたドトールの可愛い店員(推定18歳)がいなくなっちゃった

続きを見る

仕事中によくハトみたいに口を開けてポーっとしていたり、気が利かなったり、パートのおばさんから怒られてばかりいたから、嫌になってしまったんだろう。

辞めた後も、たまにドトールにふらふらやってきた。平日の昼間に普通にふらふらやってくるから、おそらく無職だろう。職探しはしているだろうが、家にいるとお母さんがブツブツうるさいから、外をほっつき回っているのだろう。

19歳。見る度に綺麗になっていく。毎日のように綺麗になっていく。まだ綺麗になるのか、高校時代よりずっと可愛いはずだ。世間はJKというが、JKよりも19歳の方がずっと可愛い。白石麻衣や西野七瀬を見てもわかることだ。

もし今が全盛期だとしたら、彼女は額縁に飾って置いておかれたいと思うだろうか。一生そのまま出れなくなってもいいと思うだろうか。今もたった一分一秒ごとに彼女は老いていく。彼女は何もできないでいる。彼女はいつもこの輝きを大事に胸に抱えている。抱き締め過ぎて潰してしまいそうなくらいに。そして今日、クリスマスの昼。あまりにもそれが巨大になって一人で抱えきれなくなって、ドトールにやってきた。

午後13時。彼女は信じられない格好でやってきた。バイトに出勤していた頃は、上から下まで全てを包むミノムシみたいなダウンを着ていたが、今日はド金髪で、たくさんのピアスをつけて、ウェディングケーキみたいな肩に大きなフリルをついた白いブラウスに、細かくヒョウ柄がプリントされたロングスカートを履いていた。

こんなスカートはいったい年に何度履けるのか。インパクトが強いから普段着に適さない。一度友達に見せたら、その友達に2回目は見せられないだろう。そうなると別の友達と遊ぶときにしか履けない。そのくせもちろん高いに決まっている。バイトもしてなくて金欠のくせに、欲しくて我慢できずに買ってしまったんだろう。ほとんど、部屋で一人でファッションショーするとき用だ。

下着はどうなってるんだろう。おそらく10代の方がきわどい下着を履けてしまうはずだ。10代の方が思い切りがいい。10代は信じられないくらい真っ赤な口紅をする。

ドトールで店員をやっていた頃から耳に穴が開いていたが、穴の数は多くなっていた。私はプータローだけど、日々楽しく生きていますと、みんなに訴えるために穴を開けているようだった。身体に穴を開けたがる女ほど寂しがり屋で欲求不満だというが、確かめるまでもなく彼女は欲求不満な顔をしていた。

しかし、ド金髪、ピアス盛り沢山、ヒョウ柄の長スカート、通常ケバくなりそうな要素がここまで揃っているのに、まったくケバくなかった。それどころか清涼感に溢れていた。
19歳という若さもあるが、メイクが薄いのと(口紅は真っ赤だったが)、顔そのものに品があるからだろう。

彼女は色づいていた。しかし、色づいていたのは、無職の少女だけではなかった。

このドトールには、小生の他にもノマドワーカーの男女がチラホラいる。そういう輩はみんな涼しい顔をしてMacBook Proを叩いているのですぐにわかる。

平日の13時にドトールにいるけど、僕は無職ではありません。僕は皆さんと違って新しい仕事をしている者ですとアピールするために、MacBook Proを叩いているのだ。

MacBook Proの薄いペチペチのキーボードを打つ彼らのすぐ横で、小生がスマホひとつで一気に音声入力で文章を作ると、彼らはびっくりして、MacBook Proの画面が「kkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkk」になってしまう。

それはおいといて、今日はみんなソワソワして浮ついた様子だった。仕事に集中できないようで、一文打つ度に画面から目を離してキョロキョロしている。何かを期待しているようだった。

彼らは、もしかしたらもしかするかもしれないと思っているようだった。

誰か声をかけてこないかな。自分からは声はかけられない。普段から手抜きの格好を見られているし、毎日会う顔だから、断られたら気まずくなってしまう。でも、向こうから声をかけてきてくれるなら、全然乗り気だホイ。

と、弱気なことをお互いが考えている。だからお互いにソワソワしているだけなのである。こいつらを見てると、さっさと付き合えよ、と頭をつかんでゴチン!とやりたくなる。こんな弱気ではインフルとして大成は果たせないだろう。MacBook Proの持ち腐れに終わるだろう。

まったくドトールがピンク色に色づいている。これは参ったと、新聞を読んでいる親父がいそいそと出ていった。

隣の女のMacBook Proの画面を覗いてみたら、『GoodNotes 5の使い方24選!』と書かれていた。

クリスマスなだけに24選にしたのだろうか? なるほどね。アプリの記事を書いているわけだ。やたらと装飾ばかりにこだわって、かれこれ2時間くらい、ずっと文字をでかくしたり色をつけたり塗り絵みたいなことをしている。

(やっぱりインフルだったか)

女の顔はそんなに悪くなかったが、やはりインフル臭い顔をしていた。クリスマスにこんな金の匂いのする記事を書いている通りお察しだが、コツコツ記事を書き溜めて不労収入をゲットするぞ〜♪ という顔が隠しきれてなかった。

コーヒーを飲んで膝掛けに包まれながらMacBook Proを打つ姿が、コーヒーを作って運ぶ店員と対照的に見えた。

対照的でいえば、そのまた隣でYouTubeでメイク動画を見て、ひたすらチャンネルの広告費に貢献することしかできない19歳の無職の少女とも対照的だった。

(あの人たちは何をやってるんだろう?)とパソコンに触れたことのない19歳の少女は、不思議そうな顔でインフル達を眺めていた。

こ、こんな汚らわしい人間は見てはいけません! と小生は少女の目を隠してやりたかったが、今日はクリスマスだから特別に許すことにした。

読者の方々からすると、ブロガー同士ならブロガー同士で付き合えばいいじゃんと思うかもしれないが、アフィカスと無骨タイプは、犬猿の仲なのである。

見かけからして小生はインフルから遠く、いかにも無骨な硬派な記事を書きそうではある。スマホ一本で音声入力を書いて去っていくというスタイルがすでに尖っている。

インフルたちは、小生のようにアフィリエイトに走らず、自分を打ち出していくというタイプの記事を書いている人間を見ると、自分のことをバカにされていると思うらしい。

小生の方はなんとも思ってないのだが、向こうが勝手に敵視してくる。どうせ私は金に走った汚い女ですよ。はいはい、金のために書きたくもないことを毎日書いている浅ましい女ですよという顔をしてくる。

小生が、「うちのブログはPV数30000くらいで、広告費はゼロですよ(笑)」といっても、ぜんぶ悪意にとられてしまう。

だから、小生が興味があるのは、無職の金髪少女なのだ。彼女はアフィリエイトもできない。自分を打ち出す記事も書けない。パソコンも使えない。バイトもできない。ただクリスマスの街をさまよい歩くだけである。立派な迷子だ。

(今日だけは、今日だけは、どうにかなってしまってもいい)

小生は彼女の気持ちを知っていながら、なにもできないでいた。

悔しい。小生も着飾ってくればよかった。チャンピオンのボアパーカーではダメだ。足はアンダーアーマーのサンダルを素足で履いている。これじゃあ一緒に外は歩けない。35歳だから。今日はボアパーカーを着ているから。毎日ドトールにくる怪しい奴だから。あと10年若かったら。19歳と35歳だから。話しかけないことが小生のできる最大の優しさだから。そんな言い訳だけはいくらでもでてくる。

何が爆発だ。何が岡本太郎だ。家出少女ひとりに声をかけられない。

彼女はきっと家に帰ったら悲しい顔をして服を脱ぐだろう。ヒョウ柄のスカートを下ろして、代わりに部屋着用のジャージを履く。そこで彼女のクリスマスは終わる。

まだメイクを落としていないにも関わらず、ドトールにいたときとはまるで別人のような顔になるだろう。

お母さんと一緒にテレビを見ながらケーキを食べる。

『感染者過去最大888人になりました』

フォークを皿に置く音が虚しく響く。

脱衣所で彼女はパンツを脱ぐと、それを手に取って眺める。(綺麗な色……)ほとんど紐に近いそれは、パンツの本来の役目を果たすか甚だ疑問だった。

これを家族と一緒の洗濯カゴの中に入れるわけにはいかない。彼女は風通しのいい下半身の姿で洗面台の前に立ち、ひとり静かに洗った。雪のような白い輝きが洗面台に落ちた。

不謹慎ではあるが、アウシュヴィッツに収監された人々は、クリスマスの日に最も多く亡くなったという。その日だけご飯をもらえなかったとか、特別に労働が厳しかったということはない。クリスマスに解放されるかもしれないという、よくわからない、わずかな希望を裏切られたからだと、専門家は分析している。

© 2024 しまるこブログ Powered by AFFINGER5