「あらーやだ可愛い女子大生みたいじゃないのー!」
「……」
「ほんとーに可愛い! 可愛いわねぇ! おばさん可愛くて心配になっちゃう!」
「……」
ドトールの女性店員は、マスク越しでもわかるほど、隠しきれない喜びがにじみ出ていた。
時は数分前。
ドトールの女性店員はあと少しで退勤ということもあり、時計を何度も見たり、家に帰ったらどんなふうに時間を過ごそうか、どのゲームアプリを開こうか、その前に昼ごはんを食べようか、シャワーを浴びようか、空想していることがありありと感じとれた。
確かに若いが(19歳くらいだろうか?)、8時間の労働をして、店内を歩いたり突っ立ったりしていると、疲労による肉体の倦怠感が下方に流れていき、やがて股間一点に集約され一種の臭気を放つようになる。マンモリ。疲労による活性酸素が下着の中にこもって悪さするようになる。
若いが、今は臭い。今はダメだ。就労後はダメだ。小生は労働の後の女とセックスするのは無理である。労働の後の女性の性器は、活性酸素が悪さをする。ストレスや邪気、客のクレームの残響、ビニールを燃やした黒煙のようなものがこもってしまう。19歳だとしても、こもってしまうものはこもってしまうのである。
やっと退勤時刻となった! もうお昼の12時だ、長かった。この子はなんと、深夜から昼までぶっ続けて働くことが多いのだ。8時間働いた。外はちょうど明るい。すごい、何も気にせずに腕をいっぱいに広げてこの太陽を十全に浴びてもいいんだ! わぁ〜! 初めて太陽に出会うみたい! やったぁ今日も一日終わった〜! いや、違う、今から一日が始まるんだ! という声が聞こえてきそうだった。考えたくもないことだが、ドトールでは、交代シフトが来ないことがある……。
女の子は私服に着替えて、店を後にしようとしていた。
すると、それを見かけた客のおばさんが、
「あらーやだ可愛い女子大生みたいじゃないのー!」
「……」
「ほんとーに可愛い! 可愛いわねぇ! おばさん可愛くて心配になっちゃう!」と、声をかけた。
─────活性酸素が
──────────消えた───────────────
パンツの中にくぐもっていた暗雲、バチバチと唸りを上げる、雷光を含んだ暗雲のようなものが、消え去っていた。
女の子の疲れは一掃された。フルーティな爽やかさが一瞬で伝わってきた。女性ホルモンの高鳴り。小ぶりなおっぱいが服を突き破って飛び出しそうとしている。別人だ。細胞が生まれ変わっている。本当に彼女なのか? 本当にここはドトールか? 彼女は本当にさっきまでここで働いていた彼女なのか?
ふつう、勤務が終わって更衣室で着替えるとき、ズボンやスカートを一新させるとしても(と言っても元々バイトに来る時に着てきた服だけど)、パンツまで着替えるということはない。暗雲と布切れ一枚の密度で触れているのはパンツなのだから、パンツを新しくしなければ、活性酸素は消えることはないと思われるかもしれないが(しかし活性酸素はパンツが原因で起こっているわけではないのであるから、やはり暗雲の出所、それ自体を一掃させなければ、根本の解決にならないのである)、
小生も、一言いえたら、付き合えるだろうか? こういう一言は、35歳だと微妙だ。35歳は子供にアメをあげてまわるには早い年齢だ。まだどこか男女の気配が残されている気がするから、おばさんのような乾いた空気が出せない。しかし、あのおばさんの空気を出しすぎると、今度は抱けなくなるから、難しいところだ。
しかしあのメス感。発情した鹿のように飛び出していった。車に轢かれなければいいが。バイト終わりの達成感と女としての欲求が同時に満たされ、凄まじい勢いで飛び出していった。あ、轢かれた。
小生も、言いたいところだがな。言えたら抱けるだろうか? この女の子とは一年ぐらい顔を合わせてしまっている。いまさら、これまで無言だった奴が……、
「あらーやだ可愛い女子大生みたいじゃないのー!」
「ほんとーに可愛い! 可愛いわねぇ! お兄さん可愛くて心配になっちゃう!」
なーんて言ったら、活性酸素がまたパンツの中に戻って、悪さしちゃうかもしれないな!