ブログ・文章論

文章が書けないと悩んでる二人を目にして

投稿日:

文章がぜんぜん書けないと話し合ってる2人がいた。

太郎

「プール行きなよ。

我 プールで整理券握るゆえに我あり

水にちゃぷってれば 羊水に浸かってた 安息を 思い出して 鬱治るよ」

花子

「プールを泳いでいる人が、口からがばーっって水を吐き出しているのを見て、
あまり一緒に入りたくないなって思ってしまいました。
鼻水とかも……
あれだけ運動してたら、汗も流れ出るだろうし、水に顔付けたら唾液とか、
目くそ鼻くそ耳くそ、皮膚の破片とか、
体中に付着している様々な汚物とか、
体のいろんな部分から何かしらの組織が水に流れ出てるんじゃないかってと思うんですよね。
他人の体液が混ざった水の中に顔をつけて泳ぐ気になれないんですよ。
その辺は気持ちの問題なんでしょうか」

すばらしい文章じゃねーかと思ってしまった。別にわざわざ改良する必要もない。このままでいいくらいだ。プールに関してここまでの悪感情を持っているなんて、なかなかないことだ。充分これだけで短編だろうがブログ1記事ぐらい書けてしまいそうである。少なくとも俺は、この人がプールについて書いたものをもっと読んでみたいと思った。

Twitterに呟く感じでも構わない。文学的な表現をやめて、普段の自分の口から出るような言葉で一向に構わない。むしろその方がずっといい。もう、忙しい現代人に他人の空想に付き合っている暇などない。ただありのまま起こったことをありのままの気持ちで伝えてほしい、受け手はそう思っている。

Twitterで呟くには少し量が多くなっちゃったからブログにしよう、小説の掌編にしよう、それくらいでいい。あまり創作創作しているよりは、さらっとしている方がウケがよくて現代的だ。このブログだって、記事よりもコメント欄を読みにやってくる人がいる。

プールについて上記の文章だけを書いたら、あとは外堀を埋めるだけでいい。プールに行った日のこと、そのとき目にしたこと、帰り道どんな思いで帰ったか、なんでもいい。友人と電話で話すときのような気持ちで書いたらいい。過不足なく伝えられるように、少し親切にしてあげるだけだ。

今書いているこの記事だって、そんなふうにして書いている。プールの悪感情を書くのが上手い人がいると思って、それを面白いと思って、こうして書いた。

プールに毒づいてる文章の方がその人の作品よりずっと面白かったから、その分析について書きたくなっただけである(この人の作品は載せないけど)。

俺だって、この記事をべつに大していい記事だとは思ってない。ただ勝手にでた言葉をそのまま書いた。それだけの記事である。

絵も、目を描いたら顔を描きたくなる。顔を描いたら身体を描きたくなる。人間を描いたら風景を描きたくなる。だから書きたいところだけを書いてしまえば、勝手に全体が完成される。途中でやめる方が難しい。

だから、いちばん始めの書き出しは、そのときその瞬間に去来したものを書き出せばいいのである。そしたら後は何を書けばいいか、文章が教えてくれる。

いま自分の目の前に去来することを書かずに、何か大きな文学作品を打ち建てようとする試みは、目の前の友人家族を愛さずして世界平和を熱望することと同義である。

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