霊的修行

姿勢についての研究①

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最近はなんともいえない幸福感が続いている。そこで思うのは、人間のニュートラルの状態は幸福ではないかということだ。

我々は幸福をあちこち探し回ってしまうものだけど、ニュートラルの状態が至福なのだと思うようになってきた。

これはスピリチュアル系の本ならどれでも書いてあるし、別に今さら声高に言うことではないように思うかもしれないが、それを頭ではなく、実際に生活から感じられるようになったのは最近である。

最近は、妙に心地のいい浮遊感が続いている。腹の底からポカポカしたものが込み上げてきて、それが一日中続いて気持ちがいい。

あまり物も欲しくならないし、食べ物もそんなに食べたいと思わない。一日一食、20時になると近所のおそば屋さんで、ざるそばを食べる。つゆをつけないでそのまま食べる。麺つゆに白砂糖が使われているだろうから、あまり口にしたくないのと、舌が刺激の強いものを求めるのを防ぐためである。そばも言われているほど健康かどうか疑問だ。茹でればビタミンも崩壊するしタンパク質も変性する。しかし肉やジャンクフードを食べているときと比べると、心持ちが全然違う。静かになる。

話を戻すが、この幸福感は、中心力練磨と姿勢修正をやり出してきてから起こるようになった。

幸福感の正体は姿勢にある。姿勢の正せば幸せになるといわれても、多くの人が納得しないだろうが、これは間違いない。試しにひとつやってみたらいいが、姿勢を整えるとどう頑張っても苦悩することはできない。苦悩する人は、姿勢が悪いから苦悩していると言い換えることもできる。

幸福はニュートラルの状態にあるといった。我々は心の中にたくさんのゴミを集めてしまうことにより幸福が見えなくなってしまう。いかに心の中のゴミを取り除くかということが幸福のカギである。

精神集中して心がひとつになればゴミがない状態となる。しかしこの精神集中が難しい。精神集中のピントが合えば合うほどゴミがなくなる。俺はピント合わせるために、めんどうな精神操作を色々やってきたけれども、姿勢を整えてしまった方がよっぽどピントが合うことがわかった。

最近は別に修行というわけではなく、気持ちよすぎてやらずにいられないからやっている。一日の中で一番楽しい。YouTubeを見てるより楽しい。夜風を浴びながら、不動で突っ立っていると、心の奥にまで風が入り込んでくる気がする。これ以上いったい何を求めるものがあるだろうという気持ちになる。これをやってると腹もあまり空かない。まさしく姿勢を食べているといった感じだ。毎日2時間ほど夜の公園でやっている。

実家に帰ったときは夜の公園に行けないので、23時過ぎたから2時間ぐらいずっと不動で突っ立って中心力練磨をやっていたら、親に「この子は結婚もしないで何やってるんだろう」という白い感情が、家の外壁から伝わってきた。

これは生涯やり続けるに違いない。というよりやり続けなければならない。金もかからず場所も問わず、それでいて見返りは甚大だ。このブログを通じて色んな情報発信をしてきたけれども、姿勢に関する記事が、皆さんに届けられるいちばん価値ある情報だと思う。まだ道半ばではあるが。

といっても、腰を痛めてしまったらよくない。この中心力練磨をやって腰を痛める人は多いらしい。古武術研究家の甲野さんは、肥田式中強健法の修行を進める中で、3番と4番の腰椎を痛めてしまったらしい。なんと、排尿神経に影響を及ぼし、おしっこが出なくなってしまったらしい。

しかしそれもよくわかる話だ。俺も腰を反ることを重視して、見よう見まねで修行していたら、一時期、腰が痛かった。反ればいいというわけではなかった。反りつつも下腹部を突き出すのだ。腰を反って尻を突き出したら、下腹部を前に突き出して横隔膜を伸ばす。このやり方なら腰がそれほど痛まないはずだ。

やり方を変えずにそのまま続けていたら、俺もおしっこが出なくなったと思う。この辺りは気をつけなければならない。神が痛みを伴うようなやり方を真理に置くはずがない。

今日も、昨日と一昨日と変わらない一日だったが、日に日に幸福感が増してきている。しかし、もし俺がフルタイムで働いていたら、どうなるかはわからない。好きな事をやらなければ幸せになれないわけではないと思うが、嫌いなことをやらないというのは大きい。あと、面接に受かるかどうかも姿勢の影響が大きい。

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