友達「小早川はダメだわぁ」
友達「あいつにリーダーやらせとくと仕事進まないわぁ」
友達「すぐ帰っちゃうんだよね」
しまるこ「あれは欲だね」
しまるこ「小早川は強欲だった。みんなで飲み会やったとき、料理運ばれてくるでしょ? 遠くの方から店員が料理を運んでくる……もうそこからずっと料理見てた。テーブルに乗せられたあともずっと見てた。仕切りの挨拶も、乾杯するときも、ずっと見てた。口に入れてモグモグしてる最中も、次に食べる料理を見てた。何も会話に参加せず、ずっと料理を食べてたよ。あそこまで純粋に食べるために飲み会くるヤツ初めて見たよ」
しまるこ「食べ物に対する態度は、その人の性格を表す」
友達「毎晩カップラーメン二杯食べるからね」
しまるこ「本当に、すごい目で料理を見てた。うちの猫もエサあげるときあんな顔するわ」
友達「本当にすぐ帰っちゃうんだよ。リーダーなのにすぐ帰っちゃう」
友達「ゲームをはやくやりたいから帰っちゃうみたいなんだよね」
しまるこ「やっぱり欲だなぁ」
友達「一度帰宅しようとしているところに、『小早川さんひょっとしてこれからFFセブンリメイクやるんじゃないですか~?』って言ってみたんだよ。ちょうどFFセブンリメイクが流行ってたから」
しまるこ「うん」
友達「そしたら、『違うよ、ガンオペだから(笑)』って、笑いながら返してきたんだよ」
しまるこ「うん」
友達「FFだろうがガンオペだろうが、ゲームやるために帰るのがおかしいって言ってんのに」
しまるこ「(笑)」
友達「ガンオペってガンダムオペレーションってゲームなんだけど、オンラインゲームらしいんだよね」
友達「オンラインゲームってことは終わりがないでしょ? だから、ずっとゲームやるために早退し続けるわけ」
しまるこ「知ってる」
友達「お前がうちの病院にいた頃、超すごいリーダーがいたんでしょ?」
友達「みんな、あの人が最高のリーダーだったって言うんだけど、凄い凄いって言うんだけど、何が凄いのか具体的に言語化できる人がいなくて、いまいちわかんないんだよね」
しまるこ「あー、春屋さんね」
しまるこ「あの人は凄かったねぇー」
しまるこ「見た目はホームレスか登山家みたいな感じで全身毛むくじゃらだったね。50歳くらいだけど髪はフサフサだった。若いのよりずっとしっかりした髪をしてたね。一本一本がすごい太いの。春屋さんを語る上で、あの雑草が生い茂るような髪は無視できないね」
しまるこ「やっぱりね、会話が違うんだよ」
しまるこ「相槌の天才だった。相槌しかしない人だったよ。会話中、相槌以外しないんだよ。そこに注意して観察していると、ほんっとーにこの人相槌以外しないなぁって面白かったよ。よく会話が成り立つもんだなぁとおかしくなったけど、それだけみんな話すのに夢中になっちゃうから成立するんだね。自然な相槌だったから、誰も不思議に思っていなかった」
しまるこ「バリエーションが豊富なんだよ。うんと言ったりうんうんと言ったり、あーうんと言ったり、そうだねとか、うーんと深く唸ってみせたり、とにかく相手の話を遮って自分の話をし出すなんてことは一度もなかったね」
しまるこ「キャバ嬢やホスト、インタビュアーがやるテクニックだし、傾聴が大事とか、聞き役に徹しなさいとか、どのコミュニケーション本にも書かれているけど、本当にここまで実践している人を初めてみたよ」
友達「本当に実践してる人はいないよね」
しまるこ「いったん会話が始まったら、ずっと相槌打ってるんだけど、最初に話しかけるのは必ず春屋さんなの。最初は必ず春屋さんから話しかける。自分から話しかけておいて、相手が話しはじめたら、それからはずっと聞き役に徹してた。相手は気持ちよさそうにずっと話してしまうんだよ」
友達「ふーん」
しまるこ「あれは間違いなく意識的だね」
しまるこ「意識的じゃない優しさなんてあるのか知らないけど」
しまるこ「いつも落ち葉を巻き付けてるような、ギリースーツみたいな見た目してて、山男っていうのかな? 自然に溶け込んでるんだよなぁ。見た目も行動もいやに自然に溶け込んでるから、みんな春屋さんは生まれつきそういうタイプだと思ってたみたいだけど」
しまるこ「あれは意識的。あの会話は意識的でしかありえない。一言二言話して相手が話し始めたら後はずっと相槌を打つなんてストレスが溜まる話し方を無意識にやるわけがない。それがあまりにも自然だから、春屋さんはそういう人なんだってみんな思ってたみたいだけど」
しまるこ「それがさ、晩年のゲーテのコミュニケーション方法とまったく同じなんだよ。ゲーテも自分から声をかけてきっかけだけを作ると、後は相手が夢中で話し続けるのを聞いていただけだったと、弟子がその様子を語っている」
しまるこ「人間が到達できる最高の知性と言われたゲーテが、そのコミュニケーション法を採用したんだから、それが正解なのかも」
友達「傾聴だね」
しまるこ「傾聴。すべてのスタッフにこの態度を貫いていたし、患者さんにもそうだった。だからどこでも人気がある人だったよ」
しまるこ「俺が実習生として入って間もないころ、スタッフの誰とも口を聞かなくて、天井を貫きそうなくらい浮いてたんだけど」
友達「うん」
しまるこ「スタッフルームでみんなが談笑してたんだよ。確か、さいきんの世の中は離婚が多すぎるとか少子化とか年金システムとか、結婚がどうのって話をしてたんだよ」
しまるこ「俺は隅でこっそりお弁当食べてたんだけど」
友達「うん」
しまるこ「で、春屋さんが、生物学的に考えるなら、やっぱり結婚した方がいいかもしれない。子供の数が増えないと世の中は回らないからねって、みんなの答えをまとめてたんだけど」
しまるこ「そしたら春屋さん、急に『しまるこ君はどう思う~~?』ってニコニコしながら、俺の方見て言ったんだよ」
友達「ほう。いいパスだな」
しまるこ「そう、いいパスなの。で、俺、『生物学にいうなら一夫多妻制がいいと思います』って言ったのね」
友達「(笑)」
友達「いいじゃん」
しまるこ「いいでしょ?」
しまるこ「いい答えだと思ったんだけど、全員ドン引きしたの(笑)」
しまるこ「普通、それ実習生がいうことかぁ……? みたいな感じで、上手い答えかもしれないけど実習生が言うなよみたいな、最悪な空気になっちゃったんだよ」
しまるこ「天井どころかオゾン層突き抜けそうになっちゃった」
友達「春屋さん責任感じただろうなぁ」
しまるこ「春屋さん固まってたよ」