しまるこ「Mr.Childrenの桜井和寿さんも、30を過ぎたあたりからは、自分のプライドと格闘することがなくなったって」
しまるこ「俺も25の頃までは信じられないほど毎晩うなされていたけど、今はまったくあの夜が訪れない」
しまるこ「あの夜は何だったんだろう? 例えようのない本当に苦しい夜だった。布団に入ると恐ろしいほど苦しくなった。神経がすべて焼き尽くされそうになったというか」
しまるこ「理由はとくにないんだ。何かに困ってるとか、人間関係に悩んでるとか、そういうわけじゃないんだけど、ただただ身体中に電撃が走って」
しまるこ「今は本当にすっかりなくなっちゃって寂しいくらい。もう一度あの体験がしたいと思っても、もう二度と訪れない気がする」
しまるこ「あの頃は苦しめば苦しむほど細胞が生まれ変わり、精神が筋肥大のように大きくなると思っていた。だから自分から苦しみに向かっていった」
しまるこ「しかし、人間の本性が神だということに気づいてしまって、つまり人間の本然は善ということに気づいてしまったから、もう苦しむことは意味がないと思ったのが一因だとは思う」
しまるこ「それと年をとったことか。苦しむにも若さがいるから」
しまるこ「もう苦悩したくても、まったくできないね」
しまるこ「あの頃は、2時間も電話中に無言になってしまって申し訳なかった」
友達「別にいいけど」
しまるこ「小説家は自殺が多く、画家は長生きが多く、音楽家は薬をやるのが多い」
しまるこ「職場の先輩と自殺について話し合ったことがあったんだけど」
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先輩「自殺する人ってなんで自殺しちゃうんだろうね?」
先輩「俺はまったく気持ちがわからないなぁ〜」
しまるこ「面倒くさいからじゃないですか?」
しまるこ「常に自分の頭の中に活字が溢れていて、止め方がわからない。頭の中の声がうるさくてうるさくてかなわない。死ぬか寝るかしない限りは、その声から解放されることはない」
しまるこ「でも寝てもまた朝がくる」
しまるこ「ずっと眠りにつきたいんですよ」
先輩「なにそれ?」
しまるこ「生きている限りは、この声とずっと向き合い続けなければならないんです」
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しまるこ「ずっとなにそれっていう顔をされた」
しまるこ「俺はてっきり誰もが抱えてるものだと思っていたけど」
友達「俺はわかるけどなぁ」
友達「自分の脳内の言葉に押しつぶされそうになるっていうかね」
友達「テレビを見てもネットを見ても、収まる気配がない」
友達「逆にテレビやネットを見てると、余計につらくなる。黙って真剣にその声と向かい続けたくなるんだよね。一日中、一日中……」
友達「真面目病というか、解きたい病というか」
友達「でも一体何と戦ってるのかもよくわかんないんだよね」
友達「問いがあるわけでもない。言葉があるわけでもない。ただ……」
しまるこ「ただ……ぼんやりとした不安」
しまるこ「遺書の中で芥川龍之介がいってた」
友達「死にたいんじゃなくて起きたくないんだよな」
しまるこ「朝に追いつかれないようにするにはひとつしか方法はない」
※
しまるこ「夏目漱石の肖像画を見ると、明らかに死にたくて死にたくてしょうがなかった時期があった顔をしているね。高名の小説家は必ずそんな顔をしているけど」
しまるこ「でも漱石だけは他の小説家と違って、乗り越えて最後の光に到達した顔をしている。だから一番評価を受けているんだろう」
しまるこ「死んだ作家も偉大だけど、最後まで生きた作家の方が評価されている。ゲーテとか」
しまるこ「死んでいった作家は、なぜあれほどの作品を書けるのに、死んでしまうんだろう?」
しまるこ「たくさん本を読み漁っているから、自然界の本質とか、ヨガの科学とか、東洋精神の奥地とか、神の意識とか、真我とか、人の本性が至福だとか、そんなことが書かれた本はいくらでも目を通す機会はあったはずだと思うんだけど、それでも死を選んだのはなぜだろう?」
しまるこ「聖書、般若心経、不動智神妙録、スウェーデンボルグ、スピノザ、スピリチュアルの最高峰の本は、必ず目を通したと思うんだけど、それでも死ぬのかね」
しまるこ「知識では知っていたのか。けど精神が追いつかなかったのか」
しまるこ「金や名声を手にしても、そうやって死んでいってしまう人がいる。三島由紀夫、川端康成、ヘミングウェイ」
しまるこ「三島由紀夫は五輪の書を読んで、宮本武蔵の大吾した境地を褒め称えていたのに」
しまるこ「まぁ、いうほど俺はこの人たちの本を読んでないからよく知らないけどね」
友達「むしろ、名高い小説家で自殺しなかった人の方が珍しいくらいだね」
しまるこ「でもね、死ぬ理由だけはわかるんだ」
しまるこ「どこまでいっても、自分、自意識というものがまとわりついてくる。死以外に振りほどくすべはない」
しまるこ「自分が発する声とか心とか想念とか、うるさくてうるさくてしょうがない」
しまるこ「他人や環境からは逃れられるかもしれないけど、自分からは逃れられない」
しまるこ「自意識。自意識の存在感がうるさいんだ」
友達「自意識に押しつぶされて圧死してしまうのか」
しまるこ「小説家の類の人間は、この特性が極めて強くできている。少なくとも、この特性の欠片のない人間は、作家として食べていくことは不可能だし、ろくなものを書かない」
しまるこ「作家なんてものは、100も200も感情をしらみ潰しにしていくのが仕事で」
友達「自分より物を知らない人間の本なんて読みたくないからね」
しまるこ「すべての意識を踏破したはずなのに消えてくれないんだ」
しまるこ「もう用はないのにこの意識的なものだけは消えてくれない」
しまるこ「苦悩ってそういうことじゃないかね」
しまるこ「もう考えたり感じたりすることに疲れた」
しまるこ「でも考えたり感じたりすることをやめられない」
しまるこ「もう自分と一緒にいるのは飽きた」
しまるこ「誰か、俺の心を取ってくれないかなぁ…………!」