友達「この歳でこんな話するのは恥ずかしいんだけどさ」
しまるこ「うん」
友達「うちの職場で変な女がいんだよ」
友達「会議とかで俺が長く話してると嫌そうな顔したり、ため息ついたり」
友達「みんなで机抱えてお弁当食べてたとき、ちょうど前の席にその女がいて、わざとかどうかわかんないけど、その女が足を伸ばしたときに結構強く俺の足にあたったんだよね。普通だったらすぐ謝んなきゃいけないレベルなのに何も謝ってこなかったんだよね」
しまるこ「(笑)」
友達「俺にだけ聞こえる声で、『あんたと話してると疲れる』とボソッと言われたり……」
友達「そしてこれも気のせいかもしんないんだけど、そいつ職場に彼氏がいて、楽しそうに彼氏とやり取りしてるところを、俺に見せつけてくるんだよね。『私はプライベートも仕事もこんなに充実しています……! 33歳の独身のあなたと違って……!』って感じで、不自然にキラキラさせてくるんだよなぁ」
しまるこ「(笑)」
しまるこ「陰湿だなぁ……(笑)」
友達「年も12個離れてるからさ、キレるわけにもいかないじゃんね?」
友達「でもキレた方がいいのかなぁ?」
友達「とにかくネチっこいんだよ。みんなや他の人と話す時は声が1トーン高いんだけど、俺の時だけ低いんだよなぁ。地味なんだけど、毎日だから疲れるわ」
しまるこ「そういうのは結構あるね」
しまるこ「可愛いの?」
友達「普通かなぁ。俺にはクソブスにしか見えないけど、ピリッとしてて健康的な感じだよ。リハビリ室に電話が鳴ったら直ぐに駆けていく感じだね。絶対に先輩に電話をとらせないっていう覚悟がひしひし伝わってくるよ。だから上からはすごい好かれてる。リハビリはクソ下手くそだけど」
しまるこ「上にはおべっかするのに、経験8年のお前にはやってくれないんだ(笑)」
友達「うん(笑)」
友達「たぶんだけど、土方系の快活な男の前だと、こいつ絶対に素直で優しい子になると思うんだよ。怖いからその男の前だと大人しくなるんじゃなくて、本当に心からその人のためにいい後輩であろうとすると思うんだよ」
友達「なんか俺とだけは化学反応が起きちゃうみたいで……」
しまるこ「今のところは、お前はどういう対応をしてるの?」
友達「気づかないふりして普通に話してるよ。用がないときは絶対に話さないけど、話さなくちゃいけない時は、僕たちは険悪な関係なんかじゃありませんって態度で、自然な感じの、いい感じの空気で話そうとしてる」
しまるこ「大人だなぁ」
しまるこ「なんでいじめられちゃうんだろうね」
友達「誰にもわからないように、俺にだけわかるように嫌な空気出してくるんだよ。あからさまに嫌いとかムカつくとかは言ってこないけど、俺の意見にはなるべく反対しようとしてくるね」
友達「『殺すぞ! バーカ!!』って言われた方がまだいいわ」
友達「そんなのが続くとキレたくなってくるんだけどさぁ、さっきも言った通り、その女は周りから好かれてるから、俺がキレたら周りは『何で?』って感じになっちゃうんだよね」
友達「誰もいない所に呼び出して、その態度はなんなんだって、問い詰めるのもねぇ……?」
しまるこ「恵まれてるなぁ〜」
友達「は?」
友達「どういう意味?」
しまるこ「はは、お前に言ったわけじゃないよ。その女が恵まれてるなぁ……と」
友達「どういうこと?」
しまるこ「これが戦時中だったり、すごい難しい問題を抱えていたら、お前に悪態ついてる暇なんてないと思うんだよ。お前という人間は、彼女の小さな生活の大きな事件なんだ。病院内にたくさんの人間がいるのに、わざわざお前ほどの優しい人間をターゲットにするのは、それだけ平和なんだろうな〜って思ったんだよ」
友達「ふぅん」
友達「それは少しわかる気がする」
友達「俺もキレたくないし、年上だしさぁ、今度二人きりになったときに、『○○さん。なんかよくわかんないけど、もしかして○○さんの気を悪くさせるようなことした? ごめん、もしそうだったら謝るよ』みたいに出ようと思ってるんだけど」
しまるこ「それだけは絶対にやっちゃいけない」
しまるこ「忍耐と卑屈を混同した弱者の道徳を持ち出してはいけない」
しまるこ「右の頬をぶたれたら左の頬を差し出すような、あれほど卑屈な話しはないよ」
友達「じゃあ怒った方がいい?』
しまるこ「向こうだって、自分の態度でお前が傷ついてるのはわかってるんだ。それでもお前が仕事だから仕方なく話さなきゃと、頑張って取り繕うとしているところまで、すべてわかった上で、お前の動揺を楽しんでるんだよ」
しまるこ「お前とだったらいつまでもそうやってギスギスした戦いを続けられそうだから、楽しんでるんだ」
友達「なんで俺がターゲットにされんの?」
しまるこ「多分トーンや空気に答えがあるね。他の奴と話してる時は自分の本性まで見抜かれずにすむけど、お前の低い冷徹なトーンにあてられると、まざまざと自分の黒い部分が浮かび上がってきてしまうんだ。お前にだけ、いつもの社交術が通用しないんだ。いつもそれ1本でやってきたから、その「いつもの」ができない以上は、あとは本性でやるしかない。お前が意識せずとも、その女の本性を浮き彫りにさせてしまってるんだ」
しまるこ「そしてお前はそうやって相手の本性を浮き彫りにさせているのにも関わらず、まるで何事も無かった、ここにいじめなんてありませんでした、というふうに流そうとするから、それが余計に女をイラつかせてるんだ」
友達「知るかよ(笑)」
友達「勝手に苦しんで勝手にイライラすんのは生理だけにしといてほしいわ」
しまるこ「相手だって自分の方が悪いってことは、よくわかってるんだ」
しまるこ「普通の人間だったら、そういうさりげなさの中で相手にだけバレる悪さを働くのは恥ずかしく思うんだけど、そいつは踏ん切れてしまってるね。お前の優しさの中に溶け込まれるから、何をしても大丈夫なんだって思われている。イライラするけど一応尊敬されているんだ」
しまるこ「結局全てはそのさりげなさの中にうやむやになってしまっている。とにかくぼかさない方がいいよ。お前が男の色を見せて、オラオラ系で『いい加減にしろよテメェコラ!!』って言ったら、多分、今までのセキが切れて、滝のように泣き崩れると思うんだ」
しまるこ「相手も案外そうしてもらいたいと思ってるよ。自分の本性を見つけてくれているのは、お前だけだから、そんなお前と向き合いたいとすら思ってるんだ。でもお前が逃げるから、胃がキュウキュウしてきて、いじわるしたくなるんだ」
友達「俺のことが好きってこと?」
しまるこ「ちげーよ! バーッカ! 殺すぞ!!!」
しまるこ「お前が相手の悪意をぼかすから、向こうもまだ平気なんだと思って、より悪意を振りまいてくる。お前がぼかせばぼかすほど、向こうは面白がってどんどん調子に乗り出す」
しまるこ「みんな、いじめられっ子ってそうだね。どれだけ自分だけが強い調子で言われたり、明らかに高圧的な態度を受けても、まるでこの場にイジメは起きてませんみたいな態度を一貫してとろうとする。ひたすらぼかそうとする。それが相手を調子づかせるし、イラつかせる」
しまるこ「いじめられっ子は一生懸命いじめの事実を消そうとする。それはいじめっ子に対しても、親や教師や周りの生徒に対しても、そして自分自身にも、これはいじめではないんだって言い聞かそうとする。いじめの現実を認めたくないんだ。いじめられっ子ほどプライドが高いんだ。だからみんなそのプライドをへし折りたくなるんだ」
しまるこ「世間はカレーを目に入れたとか、珍しいいじめにばかり気を取られてるけど、本当はお前のような小さいいじめの方がずっと問題視されなきゃダメなんだ。それだけ身近でどこにでもあることだからね」
友達「いじめっていじめられるほうにも原因があるっていうし、やっぱ俺にも原因があるのかな?」
しまるこ「原因はお前にじゃなくて空間の中にある。空気の色を変えなさい」
しまるこ「感情を表現するんじゃない。ただ事実を訴えなさい。事実をぼかしてはいけない」
しまるこ「心は動かしてはいけない。何一つ心を動かすことなく、身体をシャキっとまっすぐにして相手をしっかり見つめなさい」
しまるこ「みんな人間関係を言葉や行動で解決しようとするのが間違ってる。気で解決するのが一番いい。目から光線がでるような男じゃないとダメだ。すべての問題を一瞥で解決しなさい」
しまるこ「肥田先生の目を見てごらん? こういう目をするんだ」
友達「いや、これは、え〜〜……?』
しまるこ「相手の悪意をはっきり浮き彫りにさせなさい。たとえ12個下の女だろうが、攻撃されたなら攻撃された人間の顔をして留まりなさい。毅然とした態度で相手と向かわなければならない」
しまるこ「悲しんだり興奮したり泣いてはいけない。ただそういう事実があるという証拠を顔に残して、相手の目を離さないで、何も話さなくていいから、じっと見ることだ」
友達「そうやってそのままずっと顔を見ていると、どうなるの?」
しまるこ「相手は自分の重荷に耐えられなくなって目をそらすよ」