理学療法士の専門学校の社会人連中というものは、いつも学校の授業が終わると、校舎から少し離れた駐車場の隅に集まって、みんなでタバコを吸いながら小一時間話し、それに飽きてきたら、それぞれ自分の車に乗って帰るということを繰り返していた。365日、365回それをやっていた。

ある日、みんな(7〜8人)で集まって話している中、俺がその社会人連中に向かって小石を投げた。最初は、小さいサイズのものを拾ってポーンと山なりに投げたが、彼らももうある程度年齢がいってるからか、誰一人としておどけてみせることなく、ふつうにタバコを吸いながらこちらを見ていたので、今度は大き目のちょうど手のひらに収まるサイズくらいのものを持って、野球のピッチャーよろしく自身のできる全力でもって投げつけた。すると、バカかこいつ! バカだ! こいつバカ!と言って、ゴキブリの群れにゴキブリスプレーをかけるごとく散り散りになっていった。

「なんでそんなことするの?」
と聞かれて、
「小型の恐竜がいたような気がして」
と俺は言った。
「小型の恐竜がこんなところにいたら、大問題じゃないすか」
「小型の恐竜いたら捕まえろよ、石投げたら逃げてくじゃねーか」
「何、天然言ってんすか、しまるこさん」
「聞きました? OT(作業療法学科)の山名カヨっているじゃないですか。あの子、実習中止になったらしいっすよ」
「え、マジっすか!?」
「なんで!?」
「なんか、カラオケ行ってるところが見つかったらしいっすよ」
「はっ、マジで? そんだけで?」
「いや、マジっす、マジっす」
「カラオケ行っただけで見つかると実習中止になんの?」
「だって実習中じゃないでしょ? 実習中の休み時間とかに抜け出していったわけじゃないっしょ?」
「ちゃいます、ちゃいます。普通に実習中(実習期間中)の休みの日の日曜日に、ただ単に友達とカラオケ行って、それを、その実習先のバイザーと、たまたま居合わせちゃったみたいっすねぇ〜。んで、ルームからチラと、カヨちゃんとその友達が歌っているところを見ちゃったんじゃないすか? 部屋の外からか、廊下でばったり会ったかはわかんないすけど」
「マジっすかそれ。それで実習中止になっちゃうんですか?」
「それを本人じゃなくて、学校に連絡してきたってこと?」
「でも、さすがカヨちゃんだね。普通、実習中にカラオケ行こうって気分にもならないと思うけど」
「いや、女性は歌が好きだし。それで実習のストレス発散してたところだと思うんすけどね」
「女性器?」
「え?」
「女性器って言いました? 今」
それまで全く会話に参加していなかった岸村さんという人が、そこにだけ反応して言ってきた。
「女性器じゃなくて女性です」
「"き"は言ってないです、"き"は」
「仮に言ってたら何なんですか」
「言ったとてですよ」
「言ったとて、それがなんなんですか」
と言って、みんな爆笑した。
※
(岸村さんがいなくなった後)
「仮に言ったとて、ですよ。言ってたらなんだっていう」
「何なんでしょうね」
「この前もロッカー室で着替えてた時、岸村さんが、櫻井さんって本当ファッションセンスいいですよねって言ってくれて。いや普通に俺、ユニクロで買ってるだけですけどって言ったら、え、なんでユニクロなのにそんなにかっこいいんですか?って岸村さんが言うから、ユニクロのTシャツは男用と女用でシルエットが微妙に違うくて、それで俺は女性用のXLを買ってきて、それを着ているんですよって言ったら、『女性器?』って」
「めっちゃ家にエロビデオある人の反応じゃないですか」
「『女性』って言うと、『女性器?』って聞き返すんですよ」
「だから言ってたら何なんだよ」
「言ったとて、ですね」
「女性器のXLがユニクロに売っているわけがない」
「『女性』ってけっこうみんな言いますよ、その都度、それやってたら」
「それどうやって生きてんすか」
「フォーマルの場でも出ちゃうってことですよね?」
「普通に授業の時でもありましたよ。神経内科学の時に。ほら、神経内科学っの授業って、教科書一人ひとり読まされるじゃないですか。毎回。で、岸村さんが当てられた時に、
『DNAはヒストンと呼ばれるタンパク質に絡みつく形でまとまっている。この絡んだ状態の1まとまりをヌクレオソームと呼ぶ』
のところを、DNAはピストンと呼ばれるタンパク質に、あ、ヒストン、あ、ピス、あ、ピス、ヒストン、ピストンって、ずーーっとやってましたね(笑)そのあと、ヒストンって単語が出てくるたびに、毎回、必ず、全部、ピストンと間違えるんすよ。言い間違える度にクラスみんな笑ってましたけどね。あれ、ミサ(神経内科学の女教師)だったから笑って済んでたけど、ミサも笑ってましたけどね。岩下(怖い教師)とかだったら、どうなってたか。岸村さんも空気読んでやってるのか、そこはちょっとわかんないんすけど」
「今んとこそういう事故はないんだ?」
「今んとこは」
「一回間違えればわかるだろ(笑)」
「ただ、この前の就職説明会の準備の時に、講堂でパイプ椅子みんなで並べてたじゃないですか?」
「ああ、あったね」
「あのとき、みんなもう段取りが悪くって。森田(怖い運動学の教師)がめちゃくちゃ怒ったじゃないですか。だらだらしてんな! さっさとやれ!っつって。けっこう怒声に近い怒鳴り声で。で、みんな、その後は緊迫感の中、きびきび動き出して。それで、椅子並べてる時に、ヨッちゃんがすごい汗かいてて。ほんと、ヨッちゃん尋常じゃないくらい汗かくじゃないですか、ああいうときって。んで、君島くんがそのヨッちゃんを見て、「めっちゃ汗かいてる」って言ったら、その横でパイプ椅子を動かしていた岸村さんが、「マスかいてる?」って言ったんですよ。あの時は、あの空気だったから誰も笑えなかったけど」
「あれ、多分、感覚だけで生きてる。深く脳にインプットされたエロい言葉とか音が、外部に触発されて出てきちゃってるっていう」
「空耳アワーの」
「どんだけ頭の中にエロい言葉が深くインプットされてんすか(笑)」
「ヒストンに絡みついてるんじゃないすか?」
「ピストンが」
「ピュアってずるいですよ。純粋に、『え?』っていう感じで聞き返してくるから」
「だから、言ってたら何なんだよ(笑)」
「他に話せばいいんですけどね。他にあまり話さないから。それだけの人みたいになっちゃってるっていうか、そこだけ反応する人っていうか。何なんだこの人っていう、うちのクラスでも」
「現役とはそれでうまくやれてんの?」
「現役からは人気ですよ。勉強できて頼れますし、優しいですからね。冴えない現役とよく一緒にいるんですけど。そういう奴らと話してる時に言っても、普通に流されるかどうかしらないけど。でも、地味の子達でも笑ってますからね。でも、にぎやかな現役たちや、俺たちなんかと一緒にいる時に、あと、クラス全員の時に言った時は、めっちゃみんな爆笑しますね。女性なんかもすごい笑ってますよ」
「女性器?」
「女性器は笑わないですよ」