高校時代に、テツヤという男がいた。
なんでも、むさくるしい、イエティみたいに毛むくじゃらで、毛深く、体毛が濃く、小太りで、ややガタイがよく、清潔感はあまりなく。もっぱら手先が器用で、サバゲー道具などを自作し、毎週日曜日になると、高校生ながら大人たちと混じってサバゲーをし、シカやイノシシが跋扈する山に繰り出しては、大人たちと銃を向け合うという変わった高校生だった。
小生が通っていた高校は、入学したらかならずどこかの部活に籍を置かなければならない決まりだったが、小生は中学時代に卓球部だったこともあり、何やらバドミントン部なるものに親和性を覚え門を叩いたのではあるが、テツヤもバドミントン部なるものに所属していた。
かならずどこかの部活に入らなければならない決まりだったが、なぜか辞めても何もペナルティがなかったため、小生は2週間もしないうちに辞めたが、テツヤは3年間やり通していた。テツヤとの縁といえばそれくらいである。
彼が学校時代、どんなふうに過ごしていたかは知らない。講堂での全体集合時における立ち姿、学校遠足などにおけるみんなと足並み揃えた歩き姿、運動会の準備などの催し物における作業姿、遠巻きから見ていても、うだつの上がらないサラリーマンの卵のような風格をはやくも呈しているような、会社で上司に怒られて頭を下げているような風格をはやくも呈しているようだったと記憶している。
女子生徒と話している光景を見たこともなければ、女子生徒の名前を口にしているところも聞いたことがなかった。おそらく女性の名を口にしたら死ぬ病気に罹っていたのだろう。ある日、男子生徒たちで集まって、エッチな言葉しりとりなるものをやっていたら、ちょうどその日は世界史の授業でルネサンスをやっていたこともあり、「れ」が回ってきたら、「レオナルドダヴィンチンコ」、「み」が回ってきたら、「ミケランジェロ・ブオナラティ」と言ったり、ラファエロと言うだけでも笑いがとれた。テツヤの番になって、「お」が回ってきたとき、彼は「オランダ」と言った。
当時から車が好きで、イニシャルDの漫画を全巻持っているらしいことは小耳に挟んだ。授業中や休み時間に、非常に精細な車の絵を描いたりして、皆、そのあまりの精細さに舌を巻いた。もっとも彼は、そうした場合でも、恥ずかしがってすぐに絵を隠した。
ある日、クラスメイトの一人が、「てっちゃん、彼女作らないの?」と聞いたところ、「来世で頑張るわ」と言って、クラス全員の笑いを誘った。「来世ってなんだよ、 今世で頑張れよ」と笑ってすませてもらえる声もあれば、「そういうところだよ」と、言い放つ男子生徒の声もあって、そのときは、テツヤは、芯食ったような、深く考えこむような、珍しく、思いつめたような顔を見せた。
二年次になると、彼は理系学科に進み、クラスが違くなってしまったために、その後のことは知らない。
高校を卒業すると、推薦合格した文教大学の理工学部なるものに進み、湘南キャンパスで4年間を過ごした。
テツヤと再会したのは、24歳の頃である。
その日は海に遊びに行こうと仲間で集まったが、仲間の一人がテツヤと家が隣同士で、何かわからないがテツヤもついてきた。
テツヤはもうすっかり一人前に働いていて、何やら建築関連の資格を取り、現場監督として、多数の職人たちを従える立場になっていた。彼自身も土方仕事をするせいか、非常に筋骨たくましくなっており、アゴヒゲを生やし、男性ホルモンが濃そうで、肌はこんがり焼けた黒パンみたいなっていて、Tシャツから肩の筋肉が盛り上がってピチピチしており、胸筋や腕などもパツパツで、何かムンムンとした色気のようなものまで匂い立つようになっていた。
顔に自信のようなものまであらわれるようになっていた。理系の男というのは年月を経るごとにいい男になっていくというのが一般常識ではあるが、彼もその機能を備えていた。
内が先か、外が先か、わからないが、遊びもさらに活発になっており、毎週金曜日の深夜になると、峠のカーブを120キロなるスピードで曲がり、それを"スピード馬鹿"とか言われる連中と競い合っているとのことだった。走るたびに車がどこかしか壊れるので、給料のほとんどは修理費にあてがわれ、また改造費にぶちこまれ、修理も改造もどっちも追いつかない(笑)と笑って話していた。直近においても、120キロだか130キロでカーブを曲がろうとしたら、曲がりきれずにガードレールを突き破って崖から落ちる寸前で止まったとか、ほんのあと数センチだったとか、武勇伝を語るように話した。
俺も友達も聞きながら唖然としたが、このように、公道をやたらと飛ばしたり、変なあおり運転をする輩というのは、テツヤみたいなヤツが多い。いうほどにはヤンキーだったり、怖い見た目をしていない。異常なスピードを出したり、変な危険運転をする車を、(どんな奴が運転してるんだろう?)と思ってバックミラー越しに見てみると、だいたいテツヤとソックリな見た目をしている。
テツヤが担当する現場監督というのは、職人と土方の折衝役というか、現場人とうまく折り合いをつけながら、工事が計画通り適切におこなわれるよう現場を取り仕切り、作業や工程などを管理、進行させていくという彼に最も向いてない仕事のように思われたが、気の強い職人だったり、また土方というようなほとんどヤンキー上がりのようなものたちの現場は大声で汚いヤジが飛び交う劣悪な環境で、殺すぞ、死ね、という言葉だけで会話が成り立っているとのことで、ほとんどライオンとヒョウが喧嘩しているあいだをシマウマが通り抜けるという、ワケのわからない仕事をやらされ、テツヤは参ってしまっていた。理系の男はこういうとき、円形脱毛症に罹りやすいというのも一般常識であるが、テツヤの頭にも10円ハゲができていた。
この頃でいえば、およそ日本の労働環境におけるいちばん悪い時代だったとされ、連日連夜働き通しだったとされる。この時期、テツヤは昼も夜も働いており、夜の担当のヤンキーが仕事をバックレると、テツヤがやらされるはめになり、昼のヤンキーがバックレると、それもテツヤがやらされた。毎晩、眠りにつく頃には、もう指が一本も動かなくなるほどで、血尿も出たとのことだったが、それでも疲れた身体を鞭打って、夜な夜な愛鷹山の峠を140kmでカーブしに出かけにいくとのことだった。
同世代の男と比べて比較的高い給料を得ていることには満足しているようだった。心なしか、前より話す声もでかくなっていた。それは職人たちの怒声に囲まれているためか、激しい命のやりとりを重ねてきたためか、肉体、金、仕事、遊び、誇り、欲しいものは一通り手にできたようだった。たった一つのものを除いて──。
その日は、熱海に遊びに行った。
海でキャーキャー騒ぎ、遊び疲れて、そのまま民宿で寝泊りした。小生は夜のベランダでタバコを吸っていたら、人里に降りてきたクマのようにのそっとあらわれたテツヤと二人きりになってしまった。一人はすでに酔いつぶれて寝ている、もう一人はトイレに行ったまま帰ってこない、小生も火をつけたばかりのタバコを消してトイレに逃げようと思った矢先だったが、ポツリとテツヤが、「亮チン、どうやったら彼女ができるかな」と呟いた。
夜のロマンチックな風にあおられたか、肉体労働を酷使し続けた身体がやっと出た呻き声だったか、クラゲに頭を刺されたか、大人になったのか、テツヤでもこんなことを言うんだなと思った。
「来世でがんばればいいんじゃないかな」
と、一瞬、言いそうになったが、じっさい、そのとき自分が何を言ったのか覚えていない。
当時はマッチングアプリというものもなく、どうやって出会いを探していたかよくわからなかった時代とされる。本当に、どうやって出会いを探していたのだろう? まだナンパの方が直近だったかもしれない。
※
ある日、友達から電話がかかってきた。
「なんか、テツヤがボコボコにされたらしいぜ。なんか、今、血だらけになっててやばいらしい」
「ま?」
「マジ。なんか出会い系みたいなのに手出して、そこで会いに行ったら、変な年下の男たちがいっぱいいて、袋叩きにされたんだって」
「ひでえな」
「とりあえずお前も来てくんない?」
時計を見ると、23時半を過ぎていたが、俺は車を飛ばした。
俺はハンドルを握りながらも、はたして俺が行ったところで、何か一つでも良いことがあるんだろうか、と激しい疑問に駆られていた。
テツヤの家に着くと、友達は全員集まっていた。テツヤの姿を一見すると、明らかに階段から落ちたものとは違っていた。Tシャツがビリビリに破れ、そこからピンクだか黒の裂けた皮膚が露出しており、コンクリートや地面を何度転がされてできたかわからない擦れた生傷、焼却炉に突っ込んだあとのような黒っぽい煤けた汚れが全身に散見された。
テツヤはベッドに座って頭を押さえていたが、その押さえている手から新しい血が流れ出ていた。
「病院行けよ。つーか、今すぐ行け」
「いいよ」
「いいよってなんだよ」
「ね、行かねーの、こいつ」
「なんで行かないの?」
「いいよ」
「いいよってなんだよ」
「頭から血が出てんじゃん。死ぬかもしんないぜ?」
「大丈夫」
「大丈夫ってなんだよ」
※
「俺たちはこれで帰るけど、明日会社休んで朝一でぜったいに病院に行けよ」と言ったが、テツヤは行かなかった。ちなみに朝起きたら枕が血の海になっていたらしい。会社に行くと、いつもの倍に膨れ上がったテツヤの頭を見た同僚たちが異変に気づき、テツヤが出会い系でボコボコにされたことがバレてしまったらしい。そこで、ふだん挨拶程度にしか交わさない事務の女の子が、「え、なんで病院に行かないんですか?」と笑いながら言って、それからテツヤの生態に興味を示すようになったらしいことを、友達から言伝に聞いた。