恋愛 友達との電話シリーズ

レセプター受容器

友達「やっぱり、マッチングアプリやってるとさぁ、たまに怒っている女に出会うことがあるんだよ。怒っている女、そういう女と会ったことない? 子供みたいにさ、小さい子みたいに、まだ、感情がうまくコントロールできないのか、不機嫌とか、イライラとかそのまま出しちゃう感じの。だんだん俺もイライラしてきて、じゃあ帰ろうかって言っても、なんか、ウンって言わないんだよね、そういう子は、そこも子供っぽいんだけど……。なんか、押し黙って、あいかわらず歯クソが詰まったような、煮えきらない、プスプスと自家中毒を起こし続けてて、なかなか帰ろうとはしないから、ああ、そこで、たぶん、まだ、俺と一緒にいたいって思ってくれてるんだなって、俺の方でもそこでやっとわかってくるっていうか、そこで評価が逆転するんだけどね。ちょっとそれが嬉しくなっちゃったりするんだけど、逆に素直っていうかね、そういう経験ない? ないか、マッチングアプリじゃ、あんまりないかもね。そういうのに、1、2回当たったことがあるんだけど」

友達「俺、あれさぁ、引っ叩かれたくてやっているような気がするんだけど、違うかな? ああいうとき、ひっぱいたらどうなのかなって思っちゃうんだけどね? なんかウジウジモジモジしてて、本人もそれについては自覚的だとは思うんだけど。それを叱ってもらいたい、みたいな、叱ったら思うツボだと思うから、こっちもその手には乗らないよっていう気でいるんだけどね。やったことはないんだけど、ひっぱたいたら、余計に好きになられちゃうのかな? そんな気がするんだよね。さすがに手を出すのは引いちゃうかな? とか、いろいろ頭の中ではよぎるんだけどね。肉体の悪魔じゃないけど、肉体という檻に閉じ込められて苦しんでいるような、ちょっとツンとつついたら悲鳴をあげそうな、マンカスに包まれたミノムシみたいな印象を受けるんだけど、あれはどうしたらいいんだろうね?」

しまるこ「俺も、アプリでそういう女と出会ったことがあって、一度、車の中で、太ももをツンと突いたことがあるんだけど、そしたら『ンオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』ってすごい声だされてビビったことがある」

友達「どういうこと?」

しまるこ「いや、俺もお前と一緒で、つい気になって、ツンとつついてみたことがあるんだよ。そしたら、ンボオオオオオオオオオ!!!!! って、牛みたいなすごい声出して、びっくりしたことがある。やっぱり、たまってんだなぁって」

しまるこ「それが、俺だけにやってくれてるんならいいんだけど、そうじゃなくて、誰にでもやっている感じなんだよねぇ……。こうして、異性と二人きりで会うってことになると、もうそれだけで、そういうモードというか、スイッチが入っちゃう女はいるらしいのね。たぶん相手が男というだけで、甘え切ったような、バターみたいに溶けた、自分の子供みたいな部分をいかんなく出しちゃう。あれでも、ああいう女でも、日常では普通な顔して仕事に出勤していると思うとやりきれないね。普通に仕事しているときは真面目にこなしてて、いざアプリで男に会うっていう段になると、もう家を出る前から、ダウナー気質の、アバズレみたいな、もう半分ヤケになっているような、クスリをやっているような、抜き身の魂となって家を出ていく女っているもので、なんか家を出ていく前からそうやって出て行くもんだって思ってるらしいのね? それは会う前からそうなんだよ。だって、その日、初めて会って挨拶したときからそんな感じなんだもん。だからもうそれは最初からそうすると決めて家を出て来てる。でも、さすがに会社の面接とかだと、ハキハキすると思うんだよねぇ」

しまるこ「男に飢えてるんだろうね、その歯クソみたいな部分を解消するのは、同性の女だったり、趣味だったり、ギターだったりじゃ難しいんだろう。男だったら誰でもよさそうだった。あれでも一応、仕事は普通にやっていると思うと……。何の仕事だったか、その子は保育士だったかな? 太ももつつかれてンオオオオオオオ!!!!って言っちゃうような人間が、普通に保育士として、この一世間のとある職場で今日も普通の顔をして仕事をしてられると思うと、どんな地球の七不思議とやらも茶番に思えてくるよ」

友達「あれも、ひとつの精神的な便秘のような気がするんだけど、何か、溜まってんだろうね? いっぱい、女はその肉体の性質上、男より便秘になりやすいから、精神的にも便秘が起きやすいんじゃないかなって? 男よりもずっと変な、生臭い、よくわかんないもの、発酵した、くすぶった、ウーン、ウーン、といったもの、抱えてるじゃんね? 一つの男の仕事として、それを解放させてやるのは、そのうんこをほじくり出してあげるってのはさぁ、その男の義務のような気がしないでもないし、女もそれを求めているようなところがある気がするんだけど。いや、それは本人、もちろん口に出しては言わないけどさぁ、今、挙げた女の例は極端だったかもしれないけど、少なからず、ほとんどの女が、こんなふうに内面にうんこみたいのをいっぱい抱えていて、女と会う、女と遊ぶってのは、このうんこを懸命にほじくり出してあげるようなことをいうんじゃないかと思うのね? じっさい、女と長電話したり、ファミレスで2、3時間話しているときも、女の精神的便秘に対する治療を行っている側面が強い気がする。きっとあらゆる夫婦生活も、この延長じゃないかと思う。よく見ていると、夫婦っていうのは、やたらと大声を出しあったり、掴み合ったり、皿を投げあったりしているけど、あれも半分、もしかしたら男はそれに気づいていて、いっしょに付き合ってあげてるんじゃないかなぁって? お膳立てしてあげてるんじゃないかなぁって。うんこをほじくり出してあげて、フラストレーションの捌け口として用意してあげていて、いっしょに怒ってあげているっていうね。この際、変に大人ぶって優しい言葉ばかり言ったり、慰めたり、変に落ち着きすましていても、余計に便秘が悪化するだけだから、いっしょにバカになって皿を投げ合ってやるのが、いちばんの優しさだと思ってんじゃないかなぁって。みんなそれを口に出して言わないからわかんないけどね。でも、みんな、共通するところでは、同じ気持ちを抱えてやってんじゃないかなぁって、知らないのは俺だけで、俺が知らないだけで、そういうことが世の男女のあいだにふつうに起きてるんじゃないかって。へんにここでさぁ、アドラー心理学とかなんかしらないけど、へんに大人ぶった、賢いような、大人のような、冷静で穏和な態度を持ち出すより、いっしょに汚い言葉を罵り合って、ギャンギャン騒いだ方が、女の方でも、いっしょになって泥の中に降りてきてくれた! いっしょに泥遊びだっつって、ワーッ! つって、泥団子を投げあった方がさぁ、なんかそっちの方が優しいんじゃないかって」

しまるこ「だから引っ叩いてあげたくなったってか」

友達「そう」

しまるこ「三島由紀夫もそんなことを言ってた気がするなぁ、どうだったろう」

しまるこ「三島由紀夫の『不道徳教育講座』という本では、女はビンタをすると変わるっていうのは書いてあった気がするけど。三島由紀夫は女にビンタをくらわせられるタイミングがあったら必ずビンタするようにしているって書いてあったけど、どうだろうね? 女はその夢遊病チックの性質のために気つけ薬みたいなものをほしがっているというか、悪いことをして、それで叱られたいっていうか、とどめを刺されたいというか、それをやってくれないと男が悪いということになってしまうとかなんとか。じっさい、女にビンタをすると、それから女の態度が変わってくるとか、だからいつもビンタするタイミングをうかがっているとか、そんなことを書いてあった気がするけど、本当に三島由紀夫がビンタしていたかどうかは怪しいけどね」

友達「まぁ、明らかに向こうでしてほしがっている感じがあるときはあるよね? まぁ、余計に好きになられても嫌だからやらないけど。こっちもやりたくないしね」

友達「あなたばっかり、頭良くて、優しくて、冷静で、いいわよね。悪いのは、いつも、ワタシ。ワタシはうんこ撒き散らしているばかりで、家中をうんこで汚しているだけ。これが理由で離婚とかになったら、勝つのは夫の方かもしれないんだけれど、それでいいのかなぁっていう気持ちもあると思うんだよね? やっぱり男も優しいから、ちゃんと喧嘩してあげたほうがいいのかなって。でもべつに喧嘩っていってもさぁ、したくもないし、無理にやることだとも思わないし、でも、もし、必要になったときは、汚い言葉をいっしょになって罵り合わないといけないのかな?って。まぁ向こうも、俺みたいな男にそれを求めてるのかしらないけれどもね? 初めからわかるじゃん、そういうのは、この人はそういうタイプじゃないって。でも、なんか、俺でも、やっぱ、やらなきゃいけないような気がしてくるっていうか、そういう女じゃない女もたくさんいることはしってるんだけど、いや、やっぱり、女だってね、普通に、平和的に、穏やかな生活をしたいとは思っているとは思うんだけど、たいていはそういうものだと思うし、それでいいと思うんだけど」

友達「ただね、なんでこんなことを言い出したかっていうと、マッチングアプリで会っててもさぁ、先に進まなかったり、何度か、デートしたり、セックスしたりしても、それ以上先に行かなかったりするのは、喧嘩がないからのような気がするんだよね? これは、ちょっと、危険な考えだということはわかってるんだけど。正攻法で発展させていけない己の不能力を他に置き換えようとしているのかもわからないんだけど、マジで、俺、女と喧嘩したことがないんだよ、できないっていった方が正しいのかもしれないんだけど。まぁ、男ともそんなにないんだけどね? 女とはもっとない。お前もそうだと思うけど、チビとかがさぁ、タケルとか、しょっちゅう喧嘩ばっかしてんじゃん? 喧嘩しかしてないじゃんあいつら? 女と顔合わせるたびにいつも喧嘩してて、車の中で、俺あいつらが車乗っているときに、後ろの席に乗ってたことあるんだけど、あいつら、俺がいるのに構わずずっと喧嘩してたからね? 『お前のせいでこうなった! お前のせいでこうなった!』って、女がだよ? ずっと泣いてて、お前も見たことあると思うけど、俺が後ろにいるのにも関わらず、『お前のせいだ! お前のせいだ!』って、ずっと叫び続けてて。それもひとつの精神的なセックスというか、本当に嫌だったらそこで別れてると思うんだよ? でも、それでもそれを毎日やり続けてるってことは、やっぱり好きでやってると思うんだよ。で、少なからず、これもまた極端な例として取り上げさせてもらったけど、こういったものがね、少なからず、すべてのカップルや夫婦のあいだにあると思うのね? だって、そういうことばっかやってるカップルって会う頻度もすげえ多いじゃん。それに比べると、行儀の良い付き合いをしてるカップルってのはさぁ、会う頻度も少ないじゃん。2週間とか3週間くらいのペースで、風前の灯というか、小さな灯火が風にあおられて消えないように続けているだけっていうか、激しく罵り合っているカップルって、毎日会おうとするよね? この会う頻度からいって、どっちに恋愛の正義があるのか一目瞭然な気がするんだけど。それで、そのとき、男も本気になってじゃれあってんのか、それとも、ヨシヨシっていうふうに内心ではなだめているのか、これが曲者ではっきりしないところがあってわからないんだけど。まぁ、カンガルーやシャモの喧嘩のように、争いは同じレベルでしか起こらないっていうからね? 同じ温度じゃないと燃え盛らないところはあると思うし、女も、自分に対して本気で怒っている人間を前に間違えるほど馬鹿でもないと思うし、何かお互いの中にのっぴきならない、喧嘩の種、でもないけど、共通する敵対関係、同じ温度差での、会えばちょっと憎しみあうぐらいのものがあることが必要不可欠なような気がするっていうか、その、精神帯域における同じレベルだから争ってしまう、その同レベル帯での精神的波及が付き合うってことだとまではいうつもりもないんだけど」

しまるこ「ほとんどの女が傷口みたいなもんであることは確かだろうね。じっさい、性器も傷口みたいな見た目をしているし。あれは人間でもなければ女でもない、ただの傷だね。傷口が歩いているようなもんだ。喘ぎ声なんていうのもその最たる例で、『んおおおおおおーーーーーーー!!!!』って、すごい声を出すのは、あれは本当に痛がって、痛いから声をあげているんだね。あれはいつも思うけど、ほとんど性とは関係ないところで叫んでいる。本当に行き場を失って彷徨っている魂が、空気と接触して痛がってるんだね。この人生航路において、いったん静かになって、いったん部屋で、じっと落ち着くところまで落ちついて、落ちつかなければならないんだけど、それをやらないで、普通に生きて流されていると、もう全身が傷だらけになって、それでちょっとした忍耐力もなくなっちゃって、おおおおお!! んおおーーーーって、悶えちゃう」

しまるこ「で、なんの話だったか、そうそう、喧嘩、罵詈雑言か。まぁ、気持ちはわかるよ。荒療治というか、膿を出し切るという点においてはね、悪霊退散! というかのように、コラ! 出ていけ! 悪霊! つって、女のケツをガンガンひっぱたくというのもね。ボエエエエ……って言って、霊が出ていくかもしれないけど。ゴール設定をどこに置くかで、考えは変わってくると思う。人間として完璧になりたいという思いが、そういう悩みや葛藤を抱かせるんだと思うんだけれども。その道中における引っかかる罠として、そうやって喧嘩してぶつけ合うのが人間と人間との正しい付き合い方だって、少なくない人がその罠にかかっていっちゃう、これは単に感情からきているだけとは俺も思えない。もしそうだとして、やっぱりちゃんとしたゴールを決めておかないと、即席な問題を前にして、いろいろ袋小路に迷い込んでしまうし、そもそも進みようがないからね。ゴールが、例えばそうやって、チビたちのように、めちゃくちゃにモノを投げあったり動物みたいな声を上げたり、傷口をつつきあったり、ラブホテルのヴェランダで立ちバックしてみたり、それがゴールだというのなら、俺もいうことはないんだけど。最終的なありようとしてね、それが本当にゴールかどうか、俺の場合、おそらくゴールは太陽にあると思う。太陽は光を差すだけ差しておいてそこに影を持ち込まない。この点からいってやっぱり影は必要ないように思う。太陽はすべて生き物に対して生成化育の前進的なエネルギーしか出していない。にもかかわらず、すべての生きとし生ける生物は、ただそれによって生かされている。だからその態度をあやかればいいと俺は考えてはいるんだけども、その罵詈雑言は、ゴールに達する前の道中におけるトラップ、罠だと思うけどね」

友達「だけど、道を歩いていてゴミが落ちていたら、それを取り除いて歩くのが普通じゃない?」

しまるこ「それだとキリがないからね、それだったら、太陽熱でパーっと一網打尽に溶かしてやったほうがいい」

友達「俺もそう思うんだけど、ただ、その太陽の熱だとちょっと弱い気がしちゃうんだよねぇ……。実際上の体感としては、日サロのような、ケバケバしい、人工的な熱力が必要になってくるというか、結局、マッチングアプリで会うと、あいつら、結婚目的とか、誠実ないい人を探しているって言ってるけど、それはそのとおりだと思うんだけど、やっぱり、一度濃い味のものを食べてしまうと、薄い味だと満足できなくなってしまうのが人間みたいで? 真面目に結婚相手を探しているんだろうけど、同時に、ちょっと美食をつまむように、濃い味の男と会ったりしているっぽいんだよね? なんか、会ってて感じるのは、俺と出会いながら、俺と礼儀正しい関係を築いている同時進行で、濃い味の男と濃い出会いをしているんじゃないかって。たまに、距離感とかまったくナシで、厚い板が迫ってくるような、胸焼けするような、胃もたれするような、コテコテした、二郎系ラーメンのような、濃い味のした、いい歳して毎日のように何十通もLINEを送りつけてくるような、そういう男って一定数いるじゃん? 意外に、マッチングアプリの30代の行き遅れた女たちって、こういう男を味見してみたいという気持ちがあるみたいで、ちゃんと欲はあるんだよ、はやく結婚したがってるけど、濃い恋愛もしたいと思ってる。小器用に、結婚と、濃い出会いとを分けて、うまく立ち回ってる。やっぱり肉々しい、ぶつかり合いっていうか、肉が迫ってくるような、そういう空気に当てられているうちに、イヤイヤとか、ハイハイみたいなフリをしていても、内心はちょっと嬉しいというか、そういう奴に追われているうちに、しかたなしに股を開いているというか、そのシチュエーション自体も好きだと思うんだよね? 最終的に結婚するかどうかは置いといて。なんでそれがわかるかっていうと、なんか、2回目に会ってみると、ぜんぜん違う顔になってるときがあるんだよ。なんか、もう、俺だと物足りないっていうか、俺と2回目に会うあいだに、あぁ、濃い味の男と会ってきたんだなぁっていうのがなんとなくわかるっていうか、ぜんぜん違う顔になってて、あ、こいつ、会ってきたなぁ……って。俺も、同じステージに立つには、俺も味が濃いことをしないと、味蕾細胞に届かないわぁっていうか、かならずしもセックスの有無じゃなくてね? 一度、濃い味の男と、濃い会話とか、濃い経験とか、濃い時間を先に過ごされると、そのあと、薄味の男と会ったとき、余計に味が薄く感じるっていうか、味がしなくなっちゃうみたいで、俺と会っていても、味のしないスープを飲んでいるような、俺のことを舐めているような、舐めても味はしないんだけど、30代の行き遅れた女にも舐められてしまうっていうか、もうフリーザ倒してきたしなぁ、ラディッツかぁ、みたいな、ナメック星帰りの悟空の顔みたいな顔されんだよね」

しまるこ「2回目だし、慣れてきたんじゃない?」

友達「いや、そういうんじゃない気がする」

友達「こうしてさぁ、まぁ、マッチングアプリで会っていると、まぁ、俺ももう40だし、相手の女も、30ちょっと過ぎとか、35とかになってくるわけだけど、お前はそれくらいの歳の人と会おうとしないからわかんないかもしれないけど。『趣味はなんですか?』とか、『◯◯です』とか、ほんとに面接みたいで。ふたりで、ふたりともなにやってんだろうって、ふたりで同じこと思ってんのね? もうこのやりとり何回目だよって、本当にいやいやながらやってる。これがさ、もしべつのかたちで、もしべつの場所で出会っていたら、もしこれが仕事とかで出会っていて、毎日顔を合わせる関係の中で出会っていたら、ひょっとしたらすごく仲良くなれたんじゃないかなぁ?って思うときがあるんだよ。まぁ、だってさぁ、考えてみればわかることかもしれないけど、アプリでさぁ、写真とか、プロフィール見たり、文章を交わしてみたりさぁ、その上でいいなと思って会っているわけなんだから、いってみれば、何百何千という中から、選ばれた精鋭だったりするわけだよ、いろんなはじき返しした中から選び抜いて出会っているわけなんだから、それがそんなに悪い結果になるとも思えないんだよ、本当は。でも、何か、やっぱり、こうして会ってみると、うまくいかないのは、俺たちというよりも、このマッチングアプリというシステム、この出会い方のほうが間違っている気がする。人間が関係を築く上で間違っている方法だからのような気がする。自分たちがどれだけ努力して、もっと仲良くなりたい、もっと距離を進めたいって、お互いがそう思っていても、なかなか縮まらないし、縮め方もよくわからない、女の方でもそういう気持ちを持ってくれてるみたいで、もっと接近しよう、もっと会話を広げようってね、相手もいい年だし、大人だから、いろいろ心を砕いてきてくれたりもするんだけど、それでも、そうやって選び抜かれた精鋭同士がそんな気持ちでいるのに前進していかないじじつがある。俺、ずーっと、これがおかしいと思ってたのね? で、たぶん、その原因が喧嘩なんじゃないかって思って。どうも、その仲良くなるっていうのが、どうも大人すぎてるというか、知的すぎてるというか、もっと馬鹿になんなきゃダメなんじゃないかぁ?って気がしてね。ほら、保育園児とか見ていると、あいつら、男も女も動物みたいに戯れあって、くんずほぐれつ、もう、着ているものもめちゃくちゃになって、取っ組み散らかして、もうめちゃくちゃになってる、あれが本来の人間の在り方、仲良くなり方、根源的な、原始的な観点で見たとき、この保育園児たちのような関係が正しいんじゃないかって」

友達「もっと幼稚になって、もっとくだらないことをやりあって、皿とか投げ合ってね、まぁ、皿は投げ合わなくていいんだけど、一度そういうところでもみくちゃになって、壁をぶっ壊したあとでないと、どうも仲良くなれないんじゃないかなぁって? 本当は仲良くなれる運命線上にあるのに、精鋭中の精鋭なのだからね、たぶん、外側にまとわりついている壁みたいなもののせいでうまくいかなくなっているようなね。やっぱりそれが毎回会うと感じることなんだよね? それがあんがいセックスをすれば壊れるかと思うとそうでもなく、それでセックスに持ち込もうとしちゃうところはあるんだけど、それで、まぁしないよりは、したあとの方がよくなることもあるけど、することによって悪くなってしまうこともあるしで、わりとあんまりここは関係ないような気がしているのね、むしろそれによって疎遠になってしまうこともあるしでね。子供とか、小学校の頃ってよく喧嘩してたけど、あの頃の方が仲良かった気がするんだよね? 肉体的にはもちろん、しょっちゅう掴み合ったり、ひっぱりあったり、喧嘩ばっかしてたし、あるいは口論になったり、平気で相手の傷つくこと、平気で死ねとか馬鹿とかもガンガン言ってたし、『お前嫌い』って言ってきた相手がいて、俺も、『俺もお前嫌い』って返したことあるんだけど、なんかしらないけど、次の日、俺、めっちゃそいつと仲良くなってたからね。嫌いな人間に対して嫌いって言うと、仲良くなっちゃうのかね? なんか俺、そのときのことが忘れられないんだよね。今もさ、職場で、どうしても相容れないヤツがいるんだけど、それもたぶん、そいつに、『お前のこと嫌いなんだよ。死ね、バーカ!』って言ったら、仲良くなっちゃう気がするんだよね? 試したことないからわかんないけど。嫌いなのに、嫌いじゃないフリをして、やりすごそうとするから、そのせいで関係が悪化してっているような。嘘ついてんじゃねーよバーカってことかもしれないんだけど。お互い正直になってしまえば胸の荷が下りるというかね、そんなこと言っていたら、病棟中でみんなで嫌い嫌い言い合って、とんでもないことになっちゃうんだけど。ただ、誰が何を取り締まっているのかはわからないけど、俺たちのあいだに、本当のものだけは顔を出していて、それが存在を訴えてきているところはあると思う。苦しい、苦しいよ、僕はここにいるよ……って、存在がね。まぁ、そいつ、女なんだけど、『私のこと嫌いなんでしょ!? だったら嫌いって言えばいいじゃない!』って、いつもそう言われてるような気がして。俺べつにそいつのこと好きでも嫌いでもないし、ただ、いつも死ねとしか思ってなくて、仲良くなったら逆に困るっていうか、仲良くなったとして、そのあとの責任も取りたくもないし、その考えを見透かされてイラつかれてるところもありそうなんだけど。私とグチャグチャに揉み合う気ないんだ? 揉み合うか、何もないか、その二つしかないみたいな。向こうはグチャグチャに揉み合う気でいるのに、それを俺がかわそうとしていることにイラつかれているっていうか、本当にいい迷惑なんだけどね、なんで俺がてめーの気持ちをスッキリするのに付き合わなきゃなんねーんだよって話で、俺もけっこうギリギリなんだけどね、俺も、本当に、いつ、次に瞬間に、そいつの首絞めてるかわかんない、夜遅くまでYouTube見てて寝れてないときだと、マジで首絞めてそうになるもん、本当に、こっちはそういう、ギリギリのところでいるから、それをわかった上でその態度してこいってその気でいるんだけど、こっちがその気でいることにぜんぜん気がついてないことに俺も腹立っているというか、今はそこにいちばんムカついているんだけどね。そういえば、松浦亜弥がね、後藤真希と初めて会ったとき、『私、あんたのこと嫌い』って言ったらしいのね? そしたら後藤真希も、『私もあんたのこと嫌い』って返したんだって。そしたら、そっからふたりめちゃくちゃ仲良くなったんだって、わりとこれは有名な話なんだけど、たぶん、二人とも、14歳か15歳くらいのときのことね? で、俺、あんがい、ここに答えがあるんじゃないかぁって思って。職場のそのクソ女に、面と向かって嫌いって言ったら、なんか仲良くなっちゃいそうだもん、仲良くなりたくないからぜったい言わないけどね。嫌いって言わなきゃダメなのかなぁって。狂ってるよなぁ……。仲良くなりたい相手にも、仲良くなりたくない相手にも、嫌いって言わなきゃ、先に進まなそうな、なんで仲良くなりたい相手に嫌いって言わなきゃならないんだろう? マッチングアプリやってて、足りないのはそこかなぁって思えてきちゃって。マッチングアプリの初対面の女に、『お前のこと嫌い』って言ったら、どうなると思う?」

しまるこ「今、俺も、即席で、ちょっとだけシミュレーションしてみたんだけど、やっぱり、お前が、その子に、「殺すぞ、嫌いだバーカ!」って言ったら、たぶん、好きになられちゃう気がする。まさか、こんな行動に出てくるとは思わなかったってびっくりされるとは思うけど、向こうも返す刀で罵詈雑言を浴びせてくるとは思うけど、内心ドキドキでね。まぁ、ちょっとは文句を言うかもしれないけど、やっとこっちを振り向いてくれた♪って気持ちが働くんじゃないかなぁ」

友達「俺がね、たとえば、病棟の廊下で通りすがったりすると、チって舌打ちしてきたり、担当者会議のときに、テーブルの下のところで、なんか足がちょっと当たっちゃったんだけど、そのときに、そいつ、ガン!って思いきり蹴り返してきたのね? 子供かよって思ったんだけど。本当に、ちょっと当たっちゃっただけなんだけど、それを好奇としてみられて利用されたっていうか、すげぇ思いっきり蹴り返されたのね? 患者さんがいる前でだよ? まぁテーブルの下だからわからなくなってるんだけどさ、女ってけっこう物理攻撃してくるよね? 自分は女だから反撃されないってことがわかってるから、それを最大限に利用してくるよね? 俺、女ってけっこう暴力に対して積極的だと思うんだけど」

しまるこ「それは、その女だけだと思うけど。何か、お前いつもそういう女と縁があるね。リハビリの専門学校時代もそういう女といつも喧嘩してたし」

友達「それはね、俺、どの場所に行っても、どこの学校、どこの職場に行っても、かならず、こういう女に出くわして、この手の女のために悩むハメになる。それはいつもそう、どこに行ってもそう、かならずこういう展開になる。やっぱり、お前が前に言ってたように、人ってやっぱりその人物を乗り越えるまでは、かならずその人間に出会うことになっているのかな? 俺、10代の頃からこういう女と会ってるけど、手を替え品を替え、けっきょく、逃げた先でもこういう女に出会ってるもん。けっこうレアだと思うんだよ、すれ違うたびにチッて舌打ちをしてきたり、会議中にテーブルの下で足を思い切り蹴ってくるとか、そんな女。でも、まったく同じことをする女に、何回も出会うの。これ、乗り越えない限りは、たぶん、いつまでも出会うことになるのかなぁ? たぶん、この職場を辞めたとしても、また次の職場で出会うような気がする」

しまるこ「うーん」

友達「もし今世で乗り越えなかったら、来世でも出会うことになるかと思うと、ほんとに嫌なんだけど」

しまるこ「……」

友達「正直、ひと目見たときからわかったもん。あぁ、またかって。あぁ、俺こいつとまた一悶着あって、こいつのために苦労することになるんだろうなって思っていたら、案の定そうだったもん。思考は現実化するっていうから、俺がこの女との悪い展開ばかりを考えちゃっているから、それが実現されちゃっているのかわからないんだけどね。まぁ、でも、起こっていることはじじつだわ。前の病院にいたときも7年間、そいつのことで毎日苦しんだけど、今の病院にきて3年経つけど、この3年間もそいつに苦しめられてる。もう計10年そいつらに苦しめられてるわ。そいつっていった方がいいのかな。でも不思議なことにさぁ、お前はぜんぜんこの手の女に苦しめられないよね? なんで俺はっていつも思うんだけど、お前がこの手の女と接していてもまったく波風一つ立たないところを見ていると、なんでだろうっていつも思いながら見ていたんだけど、その、専門学校時代の話。専門学校時代、俺はその女にテーブルの下で足を蹴られたけど、お前、蹴られなかったもんなぁ」

しまるこ「なんでそこで俺と比べられるのかわかんないけど、それは俺とお前が似たような人種なのにってことでしょ?」

友達「そう」

しまるこ「どうだろうねぇ。専門学校時代……か。俺が見ていた限りでは、俺の考えでは、その学校時代のその女が、お前に対して抱いていた気持ちはわりと筒抜けだったような気がするけどね。確か、その女が18くらいで、お前が26か27だったから、歳はけっこう離れてたと思うけどね。 だけど、なぜか、お前のことをずっと『あんた』呼ばわりしてたのは、俺もずっと気にかかっていたというか、興味深い事象だと思って眺めていたけどね。他の男には言わなかったもんね? 同じタメの同級生にも、『あんた』なんて言ってなかった。もちろん俺にも。でも、お前には『あんた』って言ってたんだよなぁ? あれはなんなんだろうね? そんなにお前って、『あんた』って言いやすいほうでもないじゃん? むしろ、でかいし、近寄りがたいような、ハンターハンターのフランクリンみたいに、後ろでドンと座って構えられているような、ちょっとやもいえぬおかしがたい雰囲気をただよわせているほうだと思うんだけど、それでも、あの学校で、ただ一人、お前だけが、あの女に『あんた』って言われてた。 それに対して、同じくらい不思議だったのが、お前が、あれだけ、あんた、あんたって言われて、まるで、長年付き添った夫婦のように、もう夫の信用も完全に失って、飼っている犬や猫と同程度にぞんざいな扱いを受けているのに、お前の方でも、『うん』とか『ああ』とか、それこそ『はい』とまで言っちゃいそうな、うだつのあがらない亭主みたいな、犬みたいな、万年係長みたいな対応をずっと繰り返していることに、俺はびっくりしたもんだよ。へ、あの◯◯が? あの、ゲームキューブを50台くらい万引きして、屋根の上に登ってペヤングの容器にうんこして、バイト初日にサンダルで行ってピザーラの店長の襟元掴んで怒鳴り散らして辞めた、あのお前がそんなになっちゃうんだって。

『あんた』だけじゃなくて、一回、『お前』って言われてたことあったよね? 『ハァ、あんたと話してると疲れる』とか、『お前人に用事押し付けといて先帰ってんじゃねーよ!』とか、すごい剣幕であらわれてお前を怒鳴り散らして帰ってったことあったよね? 確か、お前が、体育館にいっぱいに椅子を並べているときに、努力値がどうとか、254だとか255だとか、青木と話していたときに、女がやってきて、『ポケモンの話してんじゃねーよ!』って、ふつうに椅子を並べていただけなのに、ちゃんと手を動かしていたのに、ポケモンの話をしていたという理由でめっちゃ怒られてたことあったよね? 青木もめっちゃびっくりしてたよね。やっぱり向こうも、何もないところでは怒れないから、怒れるチャンスをいつも伺っている感じがあって、そこを利用されたところはあったと思うけどね。だけど、8個も年下の女の子にそんなことされて、それでもずっと下手に出てて、ぺこぺこし続けてて、あれは、お前があの態度を辞めない限りはずっと続いていきそうな気がしたね。まるでお前のそういう部分を直すために現れた精霊のように思えたところはあったけど。こんなことをされて腹が立たない人間なんているわけがないのに、それでも、お前が、石の上に三年というような、五年も六年も石の上に座って動かないもんだから、それが余計に向こうをブチギレさせている感はあったね。向こうだって、悪いのは自分だってわかっているし、それはもう誰が見てもそれは明らかで、本人もそう思ってる、だけど、どうして何もしてこないのって、(その態度やめてよ……)と言っているふうな、そんな彼女の心の声が垣間見えたような気がしたけど」

友達「なんでそれを俺がなんとかしなきゃなんねーんだよ(笑)」

友達「自分の気持ちくらい自分でなんとかしろよ(笑)」

しまるこ「そこは、まぁ、みんなそういうものは持っているからね。俺らにだってあるし。じじつ、小さい頃、まだ自分自身を制御できない年月の頃、そういうことを平気でやっていた過去がある。まぁこういう人間がいるってことは、嘘で塗り固めている大人の女の、それを剥ぎ取ったバージョンを見せてくれているってことでもあるしで、俺らとしては感謝してもいいくらいで、その嘘のせいでわからなくなってしまっているこの世の中において救いでもある。ベールを剥ぐと、こういうことになっているんだって」

友達「余計わからなくなるだろ、こんなわけわかんねー女がいたら(笑)」

しまるこ「でも、彼女にとってはそうだったんじゃない? お前じゃなきゃダメだったんじゃない? 少なくとも、俺じゃダメだったわけだしね。俺の前じゃ、だってぜんぜん態度変わるもんね、だって、俺がそれはよくないよとか言ったら、「はいすいませんです!」って、パッと襟を正して、きちんと俺の方に向き直って、「すいませんです!」って言うから、俺の方としてはそれ以上は何も言えないよ(笑)いや、なんか、俺に対してはすごく品行方正だったんだよ、あの子、ってか、お前以外の男に対しては全員そうだった気がするけど(笑)むしろ、ちょっと、おどおどして、ビクビクしながら、どこのお淑やかな修道院のお嬢様だろうってくらい、謙虚でおとなしくて、まぁ、もし、あの子が俺に対して『あんた』とか『お前』とか言ってきたら、その瞬間、もう0.1秒もたたないうちに馬乗りになってボコボコにしたけどね。その瞬間、すかさずに息の根を止める。『た』を言い終えるまでに殺す。なんなら『あ』って言った瞬間に殺してた」

友達「ほんとかなぁ」

しまるこ「お前の顔を見るとムカムカしてきちゃって、いつもどうしていいかわからなそうだったね。どうして、そこまで、きれいな態度を守り通そうとするの? 私ばっかり汚れて……って、傷物にされたっていうか、傷だったね、お前というバイキンに触れて傷がガンガン悪化しているようだった」

しまるこ「だから、やっぱりある意味では、セックスだったのかもしれないね。傷と傷が触れあって、病巣は同じ種類の中からしか免疫を取り出せないとかいうけど、互いに傷つきあって、化膿して、広がるところまで広がっていって、病原菌もまた一つの生命を持っていてそれが開き切るのを見ているようだった」

友達「そこは、やっぱり、プライドか何かが邪魔するんだろうね? 相手と同じところに降りていったら負けなんだって、正義はこっちにあるしさぁ、しゃべったって勝つし、しゃべらなくて勝つしで、まぁ、1ミリも会話したくないし、1ミリも近づきたくないから、いちばん接触が少ないパターンでやり過ごそうとしたんだけど、ちょっと18歳からすると、12ラウンドうまくフットワークで躱わされた気がしたかもね。ただ、これをやると、どんどん炎上していくね。どんどんエスカレートしていって、『あんた』から『お前』になってったし、『〜してよ』から『〜しろ!』になったり、最後の方はマジでひどかったよ」

しまるこ「最後の方は、もう卒業間近になって、卒業と同時にお前に逃げ切られるのだけは勘弁って感じで、ありとあらゆる手を使って、それだけは阻止しようって、もう、もの狂いみたいな顔してたからね。医療従事者だぜ?」 

しまるこ「あれって、もう、お前のこと『好き』って言ってるのと、かわんねー気がするけどなぁ?」

しまるこ「なぜかわからないけど、俺や他の学生の男たちじゃダメで、お前じゃなきゃダメだったと思うんだよ、だから俺が思うのは、お前はマッチングアプリの女とはそんなふうに繋がろうと思っても繋がれるものでもないかもしれないけど、その女とは繋がれたかもしれないってこと。好きの反対は無関心っていうけど、あれは無関心じゃないなんてもんじゃなかった。いつもお前だけのことを考えて、お前に迷惑をかけるためだけに学校に来てた。何か悪いオチなようなものにすべてお前に結びつけようとしていた。これが好きじゃなかったらなんなんだろう?」

友達「不器用にもほどがあるだろ(笑)」

しまるこ「でも、その女が異常だとすれば、お前だってじゅうぶん異常なんだぜ? みんなの前で、8個も年下の女に、『あんた』とか『お前』とか言われて、舌打ちをされて、足を蹴られて、ニヤニヤヘラヘラしている、それも3年間」

しまるこ「本当に、地蔵みてーだったわ」

友達「俺も自分で不思議なんだよね、ふつう、そういうことをされるとすぐキレちゃうタチなんだけど、その女にはどうしてもそれができなくなってくる」

しまるこ「人間の性格に絶対的というものはありえない、人間の性格もまた相対的なものでできている、これは、この世界のすべてが相対性である以上は、絶対というものはありえない、人間の個性というものですらすべて相対的に現れている、ということは絶対的に言えることだと思う。 俺だって、足を蹴られたらさぁ、たぶん蹴り返すと思うんだよね? いや、8個も年下の女にお前って言われた瞬間、俺だったらすかさず、かならずその瞬間に息の根を止める、瞬間、すかさず、。首を絞めて、息の根をとめる。お前だって他の女にだったらそうしたはずなんだよ。でも、やっぱりそれは特異性の問題で、俺にも、やっぱり苦手な人間っていうのはいて、『お前』って言われようが、『あんた』って言われようが、足を蹴られが、ちんこを蹴られようが、すいません、ごめんなさいっていって、おとなしく蹴られ続けることもあるかもしれない、その女に対してだけは、今のお前みたいな態度をとってしまうこともぜんぜんあるよ? これはやっぱり相対性によって決まってくるもんだと思うんだよ。

今、こうして話していること、書いていることですら、受けて側がいるから、こうして発信ができているんだと思う。発信というものは、その受け手の受信側の、つまり受け包のような、鋳型というか、そういった容器があって、はじめてなされる行為だとエマーソンが言っていたことではあるんだけれどもね。つまり、なんとなく、無造作に、こうして発してるものですら、一種の引力によって、かならず発信と受信はセットになっている。受けて側のその待ち構えている、その決まっている筒の形状の通り道にしたがってしか発信できないようになっているらしいんだよね。 だから、今だって、俺がこうして話しているのは、書いているのは、その引力が意図している通りに、ちょうど、受信する人がいて、その受信側がもともと持っている鋳型にガッチリ当てはまるようにしか発信できないようになっているらしい。だから、話しているというより、話されている。それに気づいている、気づかないであれ、そういうものらしい。

人間もまた同じ、お前がいれば彼女が存在する、彼女が存在するところにはお前が存在する、地球がそもそもお前らふたりを一個の存在として置いている、だから、お前の行動も、彼女の行動も、ふたりでひとつのようなもの。すべて言葉も、人間も、受け入れられている用意がなければ発信もされない。だから、すべて出会う人はその出会われる人がいるために存在しているというか、レセプター受容器っていうのかな? その存在や言葉を受け取る人がいて、初めて、その言葉を発信できたり存在できる。これは初めからセットになっているらしい。そうやって、とある人間と出会って、とある言葉を言ってしまうのは、その通りの行動しか取れないのは、無意識のうちに、そのたった一つの言動しか取れないように制限されているというか、一つの送受信としてあらかじめ組み込まれているらしい。 あらかじめ、それを口にしたり、それを言うに至った思いにかられるというのは、それしか起こしていくことはできないらしいんだよ、エマーソンが言うには。となると、じゃあ誰が行為しているのかっていう話になってくるんだけど、もし人間が行為しているのであれば、われわれは好きに自由な言葉を話したり、好きに自由な感情を持ったりするんだけれども、じじつは、ちょっとそうは問屋が卸さないところがある。今、お前が彼女とのあったできごとのように、その人との会話の中で思いつく言葉っていうのも、やっぱりその人とのあいだでしか思いつかないようになっているらしい、レセプター受容器だか、なんだかしらないけれども、かならずその人の前でその言葉や行動を出さずにいられなくなって、その想いを抱かずにいられなくなって、送受信両側でそれを受け取りあうでしかない、それはふたりにとって、魂の成長のために設けられた機会なのかもしれない、夫婦なんてものはその最たる例で、だいたい、夫婦なんてどこの家庭を顧みてもそんなもんだろう。お前らは奇跡的に結婚なんていう大それたことはしないですんだけれども、それでもミニ結婚だよ、小さな夫婦喧嘩みたいなものを3年間繰り返して、引き起こされるべくして、引き起こされたものをやった。だって、俺と彼女のあいだにはそんなものは1ミリも発生しなかったからね、でも、それは、出会う前からそうなることは決まっていた。すべて出会う人と出会う中で出会う言葉を口にしているだけ、そのたった1つですら選ぶということはできない。だから、会話なんていってるけれども、俺は、もうすでに産み落とされてる言葉を、一つひとつバカみたいにスタンプラリーみたいに半を押しているような、そんな気でいるけどね。なんら知的生産性もないことをやっている、人々はそれを会話なんて言ってるんだよ」

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