霊的修行 恋愛

女は、「そんな可愛い彼女がいたら修業も集中できないわな」と言われたがっている

恵子「わー、ステキな道場」

圭悟「こののっぴきならない時代において、存在を取り残されないようにと主張し続けている。まるで風呂場の根強い汚れのようだね」

恵子「いつも圭悟くんはここで修行してるんだぁ」

圭悟「恵子ちゃん、ちょっと入ってみない?」

恵子「え!? ダ、ダメだよ! だって道場でしょ? 女子禁制の、いわばシスターにおける修道院みたいなもんじゃん!」

圭悟「大丈夫だよ、ちょっとくらい」

恵子「ええ……。でも……」

圭悟「いいって」

圭悟は、道場のみんなに自分の彼女を見せびらかしたいと思っていた。

圭悟「ちわーっす」

恵子「ご……ごめんください」

「おう、圭悟って、え?」

(おいおいマジかよ)

(道場に、彼女を連れてきた、だと……?)

(そんな、馬鹿な……)

(俺たちは、こんな馬鹿とこれまで一緒に修行してきたのか)

道場には10名以上の門下生が、これから始まる修行のために準備運動をしていたが、全員、呆れ返っていた。

(ふつう、道場に女連れてくるかよ)

(だからよえーんだよ。お前は)

(女も女だ、ここが女が足踏み入れていい場所じゃないってわかるだろうに)

(そんなこともわからない非常識な女を連れてきても、俺たちが羨ましがるわけねーだろうが。まぁ、でも結構可愛いじゃん、くそ)

恵子「ねぇ、圭悟くん、やっぱり私邪魔じゃない? わ、私! 帰るよ!」

圭悟「大丈夫だって」

恵子「で、でも」

大山「大丈夫ですよ、もしよかったら圭悟の練習、見ていってくださいよ」

道場でいちばん歴の長い大山が声をかけた。

山本「そうそう、見学はいつでも受け付けていますし」

書記の山本が言った。

山本「この物騒な時代、女性の方こそ格闘術を身につけておく必要がありますからね」

恵子「は、はぁ。お心遣い、感謝します」

恵子は安堵した。そして、紅一点として置かれたこの状況を享受することにした。

女というものは、男子寮や、男子刑務所に、一人紛れ込んでしまいたいという願望を密かに持っているものである。

ふだん女子更衣室のようなきな臭い空気の中に生きている彼女たちにとって息継ぎのチャンスであり、オタサーの姫の卵のような女性が、用もないのに科学研サークルの前をほっつき歩くのもこのためである。

山本「名前はなんていうの?」

恵子「け、恵子と言います」

山本「縁起がいい名前じゃん! 大事にしろよ、チクショウ!」

バンと、山本が圭悟の背中を叩いた。

山本「あ、おい」

山本が圭悟を呼び止める。

山本「老師には一応、挨拶しておけよ」

圭悟「そ、そっすね」

圭悟「行こう、恵子ちゃん。あれが、いつも世話になってる老師の右奈住(うなじゅう)先生だ。ヨボヨボのジイさんに見えるけど、めちゃんこつえーんだぜ? 俺たち弟子が全員で飛びかかっていっても、全員ちんぐり返しされちまう」

恵子「す、すごい、ドリフのコントみたい(笑)」

圭悟「老師」

老師「おー、圭悟、やってるか」

圭悟「はい、老師」

老師「む? 見かけんもんば連れとるのう」

恵子「……」

圭悟「はい、老師。この方は、私が普段から、お付き合いさせてもらっている女性でして」

老師「ほう? 修行しているお主がか?」

圭悟「はい」

老師「それは結構なことじゃのう。ホッホ」

老師は老獪に笑った。

老師「圭悟よ、わしは言ったよのう。修行の道は険しいぞ、と」

圭悟「はい」

恵子「……」

このテンションはまずい、と勘の悪い圭悟に代わって恵子が痛感した。やっぱり来るんじゃなかったと思った。

老師「一日一食、粗食は当たり前、基本は生玄米の大さじ2杯。毎朝4時に起きて冷水シャワー。歯磨きをするときは蛇口の水を使うと必要量よりも使ってしまうから汲み置きしておいた水を使うこと。この言いつけを言い渡しておけば言うまでもないと思っとったんじゃがのう、ホッホ」

老師「圭悟よ。ワシがなんで、恋愛は御法度じゃと、これまで言わんかったかわかるか?」

圭悟「AKBみたいに、ファンの目を気にしてですか?」

(ば、ばか……!)と恵子は思った。

老師「言うまでもないと思ったからじゃ」

圭悟「はぁ」

恵子「…………」

アレクサンダー吉木「食えねぇジイさんだよな。ふつう本人たちのいる前で言うかねぇ?」

山本「いや、本人の前だからこそ、じゃね?」

龍本一元「せめて彼女帰ってからにしてあげろよなぁ^^;」

圭悟「すいません、老師……」

圭悟はやっとここにきて、自分のテンションが間違えていたことに気づいた。圭悟は自分の祖父に彼女を紹介するようなテンションでいたのだ。

老師「そうかそうか、圭悟が弱っちぃ理由がよーくわかった。こんなめんこい彼女っ子がおったら、修行も集中できんじゃて。ホッホ」

恵子「そ、そんな……、私は……」

このとき恵子は、自分の胸の中に異分子の種のようなものを投げ込まれたのを感じた。しかし、それが何なのかまではわからなかった。

老師「そうかそうか、圭悟はもう修行を諦めたのか」

圭悟「老師! 決して私は、そ、そのようなことは……!」

恵子「ろ、老師様!」

とても居た堪れなくなった恵子は、すかさず横から口を出した。

恵子「あ、あの、老師様! 圭悟さんは、いつも熱心に修行されています!」

老師「ほぉ? 聞こうか」

恵子「圭悟さんはこの前も、棒術の訓練に明け暮れていて、二時間も、その、公園で素振りをされていて……」

老師「二時間? 二時間で稽古? カンフー映画を二時間見てただけとちゃうんか?」

恵子「決して、そのようなことは……」

圭悟「…………」

老師「二時間で稽古かい、圭悟。ワシは今日、ここにくる前に六時間、振ってきたもんじゃが、圭悟はワシの三倍の成長率をもっとったんか。ホー」

アレクサンダー吉木「なぁ、さっき、老師、俺たちと一緒に桃鉄やってたよなぁ?」

山本「ああ、六時間きっかりな」

大山「俺たちが気を使って妨害カードや貧乏神を擦り付けないことをいいことに、えらくご機嫌だったよな」

アレクサンダー吉木「五所川原の揚げ鯛焼き屋を独占して収益総額がえれーことになってたな」

老師「圭悟、お主は破門じゃ」

圭悟「なっ」

恵子「嘘……」

アレクサンダー吉木「おいおい、破門って、いくらなんでもそれはやりすぎじゃ……」

山本「おい、誰か止めにいってやれよ」

龍本一元「お前がいけよ」

アレクサンダー吉木「バカいうな、あのジジイ、やたらと沽券にだけはこだわって、この前も門下生に破門を言い渡して、後で100%自分のミスってわかったのに、それでも取り消さなかったジジイだぞ」

山本「そ、それじゃあ、今回は圭悟側に過失がある以上……」

アレクサンダー吉木「ああ、難しいだろうな……」

山本「バカ野郎……。圭悟の奴、こんなつまんないことで……」

恵子「お願いします! どうか! 圭悟さんを破門にしないであげてください!」

恵子は床に膝まづいて、咽び泣いた。

老師「こんな可愛い彼女っ子がおったら、そりゃ修行に集中できんて」

クーーーーーーーッ! 

そのとき、恵子は全身に痛みを覚えた。

女性にとって、目覚めは、いつ、どこでやってくるかはわからない。

恵子は、どんどん綺麗になっていく自分に気づいていた。

これまで種として沈静化していた自身の生長が、老師の水やりにやって、今開花しようとしていた。

圭悟の、ではない。恵子にとっての道場だったのだ。むさ苦しい、道着の擦れる音、ささくれだった木目、天照大神の掛け軸、およそ筋骨隆々の男子のためにあつらえられた場所ではあったが、今、恵子にとって、最大の修行として働きかけていた。

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