朝、気だるそうにしている女は、放っておかねばならない。
変愛は時間制であり、彼女もレンタル彼女も変わらない。女が気だるそうにしている時は、一切介入してはならない。そういう時は、女を四つん這いにして犯してはいけないし、おしっこをかけ合う仲だとしても、かけてはいけない。こちらが恋愛をリードする立場であってもだ。ヤンキーやヤクザは、オラオラ系を売りにしていても、こういうところは間違えない。いつだって間違えてしまうのは、 AVを見過ぎた恋愛研究家である。
俺は一度でも女のこういうダラダラしたところを見ると、一気に冷めてしまう。その後、いくら女子力を発揮させられても、ぶりっこされても、興奮しなくなってしまう。
だりぃ。みたいな顔をして、生理みたいな顔をして、ケツ汗がびっしょり染み込んで、血がボンドみたいにナプキンにへばりついて、その上にジーパンでも履かれたら、吐きそうになってしまう。僕ティンは、夏に女がジーパンを履いているだけで、吐きそうになってしまう。こうして、気だるそうにジーパンを履いてる女を目にして、こっちがまったく興奮しないでいると、女は不機嫌になる。
男の仕事として、嘘でも女に犬のように興奮していなければならない、というものがある。ただの友人のように接すると、女は傷ついてしまう。
女は、こっちが興奮している限りはぶりっこを続けるが、こっちが冷めた態度に出ると、メイク室に行って化粧を落として寝てしまう。一度こちらで見抜いてしまったことが伝わると、女はその男には二度と女子力を示さなくなる。開き直って寝てしまう。ひとつの仕事から解放されたという顔をして、安心とこの世でいちばん寂しい顔を同時に浮かばせて寝てしまう。
夏に汗で生理でジーパンなんて、俺はすぐに逃げ出したくなるけど、ぜんぜん気にならないという男がいる。いくら説き伏せてもピンとこない男がいる。女がドテラを着てコタツに入ってみかんを食べていても、平気で一緒にテレビを見たりすることができるのだ。
この鈍感さは、女にとって最もありがたいものだ。自分でも気づきたくない部分に永遠に気づかないでいてくれる。大事なのは、気づかないのではなく、「気づけない」ことだ。気をつかって気づかないふりをするのではなく、どうがんばっても気づけないということ。気づけない人種。センサーがぶっ壊れていなければならない。女も、こういう男に対してたまに鈍感でイラッとすることもあるけど、そこも含めて、自分のいいところだけを見てくれることに安心するのだ。こういう男ほど結婚していくのが何よりの証拠だ。
GACKTやYOSHIKIみたいなのが決まって結婚しないのは、しないんじゃなくてできないのだろう。彼らの研ぎ澄まされた美意識は己だけにとどまらず、彼女たちの喉元まで届き得る。
僕ティンの会社の先輩で、結婚して5年経つのに毎晩必ずセックスをおねだりする男がいる。断られ続けても、毎晩必ずおねだりする。奥さんは鬱陶しいとは思っているだろうが、そんなに悪い気持ちでもないだろうと僕ティンは思っている。誘われないよりずっといいのだ。
奥さんの顔を見たことがあるけど、ブサイクだ。髪が薄く長くて幽霊みたいで、呪ってきそうな顔をしている。枯れ木のような身体で、Aカップで、抱いても何も気持ちよさそうじゃない。人間や社会に怒りを覚えていて、いつもすべてに不満気だ。人間が嫌いだからという理由で結婚式を挙げなかったほどだ。自分が生きていることにすらイライラしている。身体が痛い、気分がすぐれないといって、結婚してから一度も働かないし、家事もまったくやらない。いつもドラクエウォークをやっていて、仕事から帰ってきた夫にレベル上げをさせている。極めつけは、夫に小遣いを5000円しか渡さない。
※
僕ティンと航太さんはドトールで話した。
「まるで俺がモテなくて可哀相だから、一緒にいてあげているような口ぶりなんだよなぁ」
「航太さん、舐められまくってますよ」
「離婚したら、あなたは二度と結婚できないけど、私はできるって言うんだよ。いつも喧嘩すると、この決まり文句に行きつく。最終的に、世間から見て、どっちの方が生き物として優れているかというところに行きつくみたい。その生物としての評価尺度というのが、どっちの方が異性にモテるとか、まわりに必要とされてるかになってるんだよ」
「確かに、不思議なことに、どんな喧嘩も、どっちの方が友達が多いかに行きつくようになっている気がしますね」
「『私の意見に賛同してくれる人の方が多いはず……!』『いや、俺の意見の方が支持を得られるよ!』って、多数決になってるんだよなぁ。二人のことなんだから、二人で決めたらいいのに。夫婦喧嘩は民主主義になってる。私はこう思う、僕はこう思う、というのが通用しない。最後の拠り所になってくるのは、どちらが多数の支持を得られるかって」
「夫婦というのは、いつも、どちらの方が友達が多いかと競い合ってるんですね」
「そうなんだよ」
航太さんは言った。「どれだけ支持を得られる意見だとしても、その人に人気がなかったら、何を言っても机上の空論に聞こえちゃうでしょ? だから、僕の方が(私の方が)友達が多いってことになるんじゃないかな? 夫婦喧嘩をしていると、いつもそう思うよ」
「どちらの方が友達が多いかを競い合った後に、セックスするんですよね? やれるんですか? そんな小学生みたいな言い争いをした後で」
「俺はやれるよ」と航太さんは言った。
僕ティンは笑った。
「お前は私より友達が少ない!と言った女が、股を開いて……か」僕ティンは言った。「そんなことがあって、その後の、正常位の股を開くポーズは、やーいって馬鹿にしているように見えますが。下の口も、ろくでもないことを言い出しそうな気がしますが。「……」「屁とか」
「どういうこと?」
「友達が少ないと言いあった後に股を開くのはシャクだから、頭の中で、やーいって馬鹿にしてるように変換してるんです。それだけ正常位のポーズは、変換性があるということです」
「しるかよ」と言って航太さんは笑った。
「そうでもしなきゃ女はやっていけないんですよ」僕ティンは言った。「でも、そこが結婚できる男とできない男の差なんじゃないかと思うんです。奥さんは航太さんの鈍感さに助けられている。女も婚活に疲れてくると、愛や恋はどうでもよくなってきて、手玉に取れそうな男を捕まえにいく。男に男性的な魅力を求めてないんですよ、むしろない方がいい。その方が都合がいい。そんなことより、相手をコントロールできるかが重要なんですよ。そうやって、学生時代、目もくれなかった男と結婚できちゃうんですよ、女ってやつは」
「お前、それ、俺のことめっちゃディスってんのわかってる?」
「魅力がない男の方が早く結婚して、魅力がある男は最後まで結婚しないんすよ」
「お〜い、僕ティン」
「ははは、すいません。こんなこといっても怒らないところが航太さんのいいところなんですけどね。本当に血がめぐってんのかわかんないぐらいです。穏和を究極にしていったら鈍感に行きつくんでしょうか。でも、だからといって、夫を舐めるのは間違ってる。最低ですよ、航太さんの奥さん」
「死ね!!!!!!!」
僕ティンは航太さんを馬乗りになってボコボコにした。
ドトールには、ウエイトトレーニングが趣味らしい40代の中年男の二人組がやってくることがある。彼らは老人と看護学生しかいない店内で威張り倒し、店員が弱そうな男のときは、「兄ちゃん、アイスコーヒーもらえる!?」とカウンターに肘をついて無駄にでかい声を出す。べつにコーヒーじゃなくて喧嘩でもいいんだぜ? と言うかのように。しかし強そうな店員の前では大人しくコーヒーを注文する。これは喧嘩用ではなく健康目的のための筋肉ですと言うかのように。
「ボコボコにやっちゃってください!」
僕ティンはウエイトトレーニングが趣味らしい中年二人に、航太さんをボコボコにするように頼んだ。
航太さんは中年二人にボコボコにされた。航太さんは血だるまとなり、ちんぐりがえった正常位のポーズとなった。
「こんだけボコボコになれば、奥さんも同情心を起こして、航太さんに優しくなるだろう」と中年親父Aが言った。
「ワイも、ウエイトトレーニングやってっと、その筋肉なんのために必要なん?と、嫁に馬鹿にされっちゃあ。ワイが働いた金で何しよーとワイの勝手やがな。ダンベルが落ちてきて腕骨折しても見舞いに来なっちゃ。やけど全身複雑骨折したときは20年ぶりにフェラしてくれっちゃ。死の一歩手前まで行かんと、男と女というもんは分かり合えんじゃ」と中年親父Bが言った。
「だっちゃ。ボクシングの世界チャンピオンの竹原慎二は、嫁と同じマンションに住んでいても、一階は嫁、二階は自分用と、完全に家庭内別居しとっちゃ。なーにが、ボクシングだ、世界チャンピオンだ。肉体と精神を世界一にしたところで、隣近所がやってるのと変わらない取っ組み合いしとるけぇ。やけど、竹原はんが膀胱癌になってから、嫁はんがすごく世話してくれて、そこからすごく仲が良くなっちゃあ言うのう」と僕ティンは言った。
※
僕ティンは航太さんの家に向かった。
嫁が家から出てきた。
「こーくん!?」
「こーくんって言うな」
「どうして、こーくんがそんな姿に?」
僕ティンは、未だ正常位のポーズをとっているこの友達が少ないチンカスを嫁の足元に投げ捨てた。
「なんでテメーがいんだよ」と嫁が言った。
「たまたま散歩をしていたら、キサン(貴様)の家に通りかかってな」
航太さんの家は、4000万円の家を30年ローンで買ったものだ。土地はもともと嫁のジジイとババアが持っていたから、そのぶん建物に金をかけたのだと言う。一階には使われていない和室があるらしい。航太さんは和風の部屋も一応作っておいたと言っていた。一応にしては高いと思った。
「和室というより、過失だな!」と僕ティンは嫁に言った。
こんな家を作ったところで、航太さんは朝から晩まで働いて、家でゆっくりする間もない。働かない嫁が独り占めしているだけだ。航太さんは、定年退職した後、やっと満足にソファに座れることになる。しかし、その頃にはソファも家もボロボロだ。
「あのとき以来だな」
「……」
2年前、僕ティンとキサンは、ファミレスで邂逅した。
望んで相対した仲ではない。航太さんが僕ティンとキサンを引き合わせた。結婚相手には自分の友人を紹介するのが当然という間違った知識を航太さんが持っていたがためだった。マクドナルドのハッピーセットならぬアンハッピーセットだ。僕ティンは航太さんにもれなくついてきたストラップに過ぎない。
このとき、キサンはまったく話さなかった。口を開いたと思ったら、航太さんの耳に向かってヒソヒソ話をするだけだった。この邂逅の中で、始終、キサンはヒソヒソ話しかしなかった。ウーロン茶を頼むだけでも、航太さんにヒソヒソ話して注文していた。
僕ティンは、ミニマリスト生活だとか、どんなふうに暮らしているとか、月に6万で生活しているとか、そんなことを話した。基本的に、この場は、僕ティンを紹介する場だったから、僕ティンの話をするのが当然だったが、嫁は僕ティンの話をしなかった。リンスが切れてるから帰りにウエルシアに寄ってってとか、まったく関係ない話を航太さんに耳打ちするだけだった。もちろん、それはわざとやっていた。
しかし、一言だけ、嫁ティンは僕ティンの話題を口にした。「ガス契約してないって、女の子きたときどうするの?」それだけだった。小一時間、誰も望みをしない会合をし、嫁が僕ティンについて語った言葉はそれだけだった。もちろんそれも航太さんに耳打ちして話した。航太さんが耳打ちされるたびに僕ティンに伝えてくれた。
(通訳かよ)
嫁は、紹介されたのは僕ティンではなくてテーブルだったかのように、ずっと下を向いてテーブルを見ていた。僕ティンの顔を見なかった。僕ティンが若い独身だったから、あと5年もすれば、僕ティンは焦って取り返しがつかなくなる。それまでの辛抱だ。あと5年したらテーブルから顔を上げようとしていた。
(ゴメン……)と、航太さんが僕ティンにアイコンタクトを送ってきた。
いま自分の機嫌が悪いのは、僕ティンと航太さんのせいということにされた。この空気を作っている張本人のくせに、この空気を僕ティンと航太さんが建て直そうとしていることにもイライラしていた。ずっと太陽の塔みたいな顔をしていた。これが正直というものか。岡本太郎と根底のところで通じているのか。キサンの方がリスクの高い行為をしている気がしてきた。背負わなくていいリスクを背負っているのはキサンなのか。僕ティンは敵。僕ティンという友達を持つ航太さんも敵。ここには誰にも味方がいない。ウーロン茶とテーブルだけは味方という顔をしていた。
『ガス契約してないって、女の子きたときどうするの?』
キサンは、なぜ、ここに反応した?
小一時間、会合して、キサンが僕ティンに対して言ったのはこれだけだった。何があっても僕ティンの話題には触れないと決意を固めていたくせに(紹介という体で会って、それがおかしいのだが……)、キサンは、どうしてもこれだけは言わずにはいられなかった。背負っていたリスクを背負い投げしてまで、それに至った理由とは?
どちらの方が、友達が多いということなのか。
数日経ち、航太さんから電話がかかってきた。「悪いんだけど、結婚式に出ないでもらえる?」と言われた。「嫁がさ、お前がくるなら絶対に式挙げないって言ってる」
※
「ククク、女というものは不思議なものだ。たったそれだけの一度きりの出会いだというのに、キサンは僕ティンが結婚式に出るなら式を挙げないと航太さんに言った。航太さんは、僕ティンに気を使って、『本当にごめん……、結婚式には来ないでもらっていいかなぁ……?』と、すごく殊勝な物言いをして、僕ティンに謝ったのだ」
「……」
「ゴメン🙏 今まで罵倒しなくて悪かった……🙇♀️」
「僕ティン」
「……」
「ふざけてる!!!!!!!!!」
「え?」
「ふざけるな!」
「ごめんなさい、今まで無視してごめん…….。 本当に、てめーのことがむかついてたんだわ。マンコが臭くて、臭くて、むかついてた。てめーまじでむかつくんだわ」
僕ティンは泣きながら謝った。
「言ってくれて嬉しかったよ」
「僕ティンも言うことができて嬉しかった」
「……」
まったく女というのはやっかいだ。女を手に入れるには、男はここまでやらなければならない。スタンダールの小説の中にこんな言葉がある。『恋とは甘い花のようなものである。 それをつむには恐ろしい断崖の端まで行く勇気が無ければならない』と。
「なんだか、苦しい……」とキサンは言った。
「僕ティン。仲良くなったのに、仲直りできたのに、私、どうしたらいいかわからない」
「大人というのは、この後どうしたらいいかわからないものなんだ」
「ねぇ、僕ティン、私、嬉しいのに、この苦しさは、何? どうしたらいい? 子供みたいに手がかかってゴメンなさい。わがままなのはわかってる。自分の気持ちを100%満足させようっていうのは贅沢な試みかしら?」
「キサン」
「ずるい! 僕ティンだけ苦しくないみたい!」
「僕ティンだって苦しいさ!」
「僕ティン」
「くせーんだよ。てめーのマンコは。マンコがくせーから死ね」
「ありがとう僕ティン」