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相手に合わせず、思ったことを何でも口にする精神的態度に挑戦したら、早速喧嘩になった

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理想的な精神状態を探している。いちいち迷ったり考えたり、心に振り回されるのは本当に面倒くさい。

たった一つだけ、いつも心のここを頼りにしていけばいいという安心感が欲しい。非常に面倒臭がり屋なのだ。心の置きどころを求めて、そこに安住座臥したい。

一番効果があったのは、岡本太郎だ。瞬間瞬間的に爆発するというものだ。過去も未来にもとらわれず、ただ目の前の一瞬にだけ集中して生きるという精神状態だ。今は基本的にこれを採用している。

こんな風に言うと、いつもハイテンションで燃え狂っているように思われるかもしれないけど、別にそういうわけではない、ただ消極的な気持ちを排除するだけで、自分にまとわりついてくる気分が下がる因子を取り払っているに過ぎない。ただまっすぐ上を向いているような感じだ。そんなにハイテンションというわけではなく、むしろ落ち着いている状態だ。

 

自分でもこれが正しい精神状態だという実感があり、心の奥底でこれでいいんだという声が聞こえてくるような気がするので、とりあえずこの方面で修行している。ただここに精神を置いておくと、他人とぶつかることがある。せいぜい20分ぐらい会話するくらいなら問題ないが、3時間も4時間も話していると喧嘩になってしまうことがある。

長時間友達と話してると、気分が暗い方向になってくる。最初の電話の1時間ぐらいまでは前向きな発言をしていても、夜遅くだったり、眠くなってきたりすると、暗い方向になってくる。

「うーん」とか、「難しいね」とか、「○○はすごいなぁ……」とか、「○○を考慮すると上手く行かないだろう」とか、消極的な発言だったり、客観的らしい情報をいっぱい引っ張り出してきて、いかにも理知的そうな発言をする。言葉の世界だけで物語が完結する。テンションが下がる方向へ会話運びをするので、イライラする。

 

【仕事ができない友達がいるけど、なかなか友達だから注意ができない】という主旨で会話をしていても、「本当に友達を想っているなら注意しちゃいなよ」と、俺は雑なアドバイスをしてしまう。

そういうときは、「うん、うん」「そうだね」と言っておけば、勝手に相手が得心するのだが、相手の考えや感情を無視した発言をわざわざしてしまう。

「自分の弱い気持ちと取り合うのは面倒臭いだろうし、癖になるから、注意したほうがいい。自分のためにも、友達のためにも言ったほうがいい。段々卑怯な人間になってしまうよ」とバッサリ言ってしまった。昔は、サラリーマンの複雑な組織感情に付き合いながら話を進めていたけど、ぶっきらぼうになってしまった。

 

「フリーランスかぁ。俺も十分に稼げる見込みがあって、自分の武器が育つまではまだちょっと行動できないな、まずは準備かなぁ」とか言われると、「そうだね」とか「ふーん」とか言って聞いていればいいのだけど、そんな相槌一つが苦しいのだ。相槌一つで、弱い気持ちに同調しただけで、自分の周りに薄汚れたくだらないオーラが纏わりつくのを感じるのだ。そして面倒くさいのだ。そういう感情が近くにあるだけで面倒くさいのだ。

そんなことがいつまでも続くと、ついつい「今すぐさっさと飛び出してみればいいじゃん。飛び出さなきゃ分かんないよ。失敗したらまた再就職すりゃいいじゃん」と、インフルエンサーに啓発されたような言葉で返してしまう。友達同士の会話なんて、ちょっとした慰安で、日々の疲れや汚れが洗浄されればそれでよくて、運命を変えるための時間ではない。変わることのない人間に向かって、啓発的な言葉を選ぶ必要はないのだ。

相手に合わせた言葉を選ばず、自分の中の熱を帯びた言葉をぶつけると、今までの経験上よくない結果になる。喧嘩になる。

適当にうんうんと相槌を打っていれば、向こうは気持ちよくなって満足するんだから、それでいいはずだったんだけど、なぜ最近はこんな強い発言をしてしまうのか。どうせ偉そうにぶつぶつ言ったって友達は変わらない。数ヶ月後も1年後も、変わらない友達がいるだけだ。そんなことは分かりきっているのに、熱い発言をしてしまった。

 

こういうとき、未だに迷いがある。腐った精神に付き合っても、俺の精神も臭ってくるだけだから、そんなくだらないやり取りに付き合わず、俺は俺で積極的な発言を繰り出せばいいのか。

それとも、相手は何も変わらないし、争いの火種になるだけだから、大人しくしていればいいのか。

その辺りをずっと考えてしまった。

 

相手を変えられないし、相手の気分を良くするだけで電話の時間は過ぎて、また自分ひとりの人間に戻って、自分ひとりだけ、ただ前だけを見つめて、自分の人生が良くなることを考え続ければいい。電話は娯楽の時間。慰安の時間。消極的な時間。それでいい。他人に自分の本音を打ち開ける必要はない。ほとんどの人がそうやって生きている。それが正解なのか。どうなのか。

 

それとも、10か0のように、芸術家の精神のように、まっすぐな積極的な気持ちだけで固めて、相手の消極的な気持ちに取り合わず、そのままの熱い気持ちのまま発言してしまうのか。そんなことは馬鹿げているか?

言葉とは、怖いもので、自分の消極的な発言だけでは済まず、相手の消極的な発言に相槌を打っているだけでも、その言霊の通りに、弱いくだらないスライムのような空気がまとわりついてしまう。自分が話す言葉には、気をつけていかなければならない。あまり相手の消極的な気持ちにも同調してはいけない。これは尊敬する中村天風先生の教えだから守っていきたい。

結局なんだかんだ言って、基本的には積極的な精神で話していくが、でもやっぱりそのままの発言をぶつけていたら喧嘩になってしまうので、それなりに妥協して、それなりにふーんとか、相手が消極的な言葉に相槌を打ちながらも、それなりに積極的な発言を絡ませていけばいいのか?

それなりってなんだよ、めんどくせぇ、どうして、俺がこんなことしなきゃならねーんだよ。

どうせ人生なんて前向きな精神的態度でなんとかしていくしかねーんだから弱音はかずにガンガンやりまくってりゃいいじゃねえか。弱音は自分も相手も苦しめるんだからさっさと卒業しろよ。

と思わずにはいられない。残念なことだが、本当に世の中の多くの人間は、ネガティブな発言ばかりだ。これは、どうにかしたいけど、どうにかできるものではない。友達もそんな人しかいない。ネガティヴだけで構成されているわけではないけど、4割方はネガティヴだ。1割もいらないのだネガティヴは。自分こそが最強だと本気で思っている人間はまずいない。

それでも人と話したくなるから、どうしていいかわからないときがある。他人には完璧を求めず、妥協しながら会話を楽しむということか。それなりってやつか。それなりそれなり。

 

 

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