恋愛 創作物

道子様に告らせたい! 5

「あとはお若い二人で……」「フフ」と、親父臭いセリフを残して臼井と柳田先生は去っていった。

俺はこの時、初めて道子とまともに会話することになる。

道子はわりと自分から話を切り出す女だった。それは沈黙に耐えられず、間に合わせのために浅層の自分を持ち出して対応するのではなく、慌てている様子もなく、むしろ深い、川底の底流を流れているような部分で、ちゃんと向き合ってくれるような話し方で、俺は嬉しかった。

「私、実習だけがずっと気がかりで」

「うん」

「しまるこさんがユニークな方で助かりました。なんだか、しまるこさんがいると場が和むっていうか」

「そうですか」

「休日は何されてるんですか?」

「煙草吸ってる」

と答えると、道子は笑った。

「一日中吸ってるんですか?」

「うん」と言うと、また笑った。よく笑う子だなと思った。

「岩田さんは何してるの?」

う〜ん……と、長い間考えて、「ファッションですね」と言った。「私はファッションが好きで。そうですね、クローゼットの中から、どれを組み合わせたら、発見があるだろうって、そんなことをよくやってますね」と照れながら答えた。

「一人ファッションショーだ」

「そうです」

「それは、一日中やってるの?」

「一日中ってわけじゃないですけど、結構やってますね。毎日やってるかも」

「毎日?」

「はい、たぶん」

「着て外に出て行かないの?」

「出て行くときもありますよ。この組み合わせいいかもと思ったら、17時とか過ぎてても、出ていっちゃうときあります。行くといっても、スーパーやコンビニですけど」

「そこでコンビニのガラス窓に映る自分を眺めたりして?」

「そうです、よくわかりますね」と言って道子は笑った。

「俺も一緒にやってもいい?」

「どこでですか? 私に家に来るんですか?」と言って笑った。

「俺も岩田さんの服着たいかも」

「うーん……、それはちょっと……」

しばらく会話が途切れた。その間も、道子はなぜか視線を避けるということはなかった。ずっと俺の顔を見ていた。まったくそらさないでこちらの顔を見られるというのは、落ち着かないもので。

「本当に、私、しまるこさんと一緒でよかったです」

「そうですか」

「しまるこさんは緊張とかしないんですか?」

「しない……かなぁ」

「しまるこさんは、どうしてそんなに面白いのに、他のみんなと話さないんですか?」

「話しても話さなくても、あんまり変わらないからかなぁ」

「どういうことですか?」

「孤独が板についてるからかなぁ。一人ですき家行って牛丼食べるのと、みんなで行って食べるのも、変わらないというか」

「孤独って板につくものなんですか?」

「はは」

「職人さんみたいですね」と言って道子は笑った。

「寂しくないんですか?」

「たまに寂しいね。前期はさ、社会人連中と連んでいたけど、あいつらバカだから全員定期テストで落ちやがって。みんな辞めていっちゃって。今じゃ、俺とガンダムだけだよ、残ってんのは。ガンダムとは話すわけじゃないし。話す人、みんな辞めちゃった」

社会人組が抜けて、俺は孤独化していた。現役生とはまったく話さなかった。俺が孤立しても、ガンダムは俺の世話をしなかった。自分で上ってこいというかのように、初めから俺と話した過去などなかったというかのように、俺を見捨てた。行き場のなくなった子猫のような俺は、傷心による傷心の末、一人でお弁当を食べて過ごし、もう誰にも心を開かないと誓っていた。

道子は俺の話す言葉を、一語一語、すべて拾ってくれて、すべて笑ってくれた。失敗したと思われる言葉でも笑ってくれるので、会話において失敗が発生しなかった。なるほどこれは話しやすいと思った。だからガンダムは道子を誘うのか? (アゲマンかもしれん) そう思った。外から見ているだけだとわからなかったが、じっさい話してみると、これほど話していて気分がよくなる人間はいない。

影のある顔をしているが、アゲマンかもしれないと思った。今の時代、多少は鬱が入っているくらいが正常だ。

彼女もまた、あがり症で緊張しいで、人前では心がうわずってしまうが、一人でいるときは、誰よりも心が静かで……。低い心音が鳴り響いていて。まだ俺たちは本当に少ししか会話をしていなかったのだが、今、一人の中で過ごしてきた時間をぶつけられる相手に初めて出会った、という感覚を、道子は抱いているような気がした。

「みんな辞めていっちゃいましたね」

「社会人のくせに現役より頭悪いってどういうことだよ。仕事でも物覚え悪いからやめてきたんだろうくせに、学生に戻っても、また同じこと繰り返してんだな。どうすんだよ、どこ行ってもダメじゃねーかよ! 次どこ行くんだよ? 次行くとこなんてねーじゃねーか! 背水の陣じゃなかったのかよ! 社会人ならさ、学校の授業に自分がついていけるかどうか、見通しを立ててから入学してくるもんじゃないの? なんで35歳とか41歳になって、その見通しを間違えちゃうの? その見通しを間違えちゃうから仕事もダメだったんでしょ? どうすんだよ……。100万もパーにしてさ。俺はさ、上腕二頭筋の起始停止が覚えられないとかいうよりもさ、そっちの見通しをその歳で間違えちゃうことにびっくりなんだわ」

道子は笑っていた。案外こういう子は、人の真に触れるような悪口に対し笑うものだ。自分が言われたら立ち直れなくなるくせに。だから俺はどんどん調子にのっていった。

「ぜんぶ、あいつらがバカなせいだよ。一人残らず辞めていきやがって。バカすぎるだろ……。なんでそんなにバカなんだよ……」

「それが理由なんですね」

「うん、あいつらがバカなせいで俺は一人ぼっちなんだよ」

「私と話してください」

「……」

「私がしまるこさんとお話しします」

俺は思わず涙が出そうになった。

天使だ。道子は天使だった。今までのすべてに謝りたくなった。道子はいい子だった。これはPTだ。とっくにPTだ。もう国家資格くれてやってもいいんじゃないかと思った。俺の分をあげてやりたいくらいだった。医者すらもこえている。

ごめんね、「岩」だの「田」だのこき下ろして、勝手に無言バトルを開催させて。もう、まともに道子の目を見れない。本当にごめんなさい、と思った。

「私、どんどんクラスのみんなにしまるこさんのことを話して、私が足がかりになりますね。それまでは私と話してください」

「……」

まったく友達がいない男ってのは弱いぜ。俺にとってはもう道子しかいないことになる。おいおい、女が唯一の友達? それでいいのか? これから、学校のウワサ話も持ち物の話も宿題の話も、ぜんぶ道子とだけするのか? なんだそりゃあ? お母さんじゃねーか。あれだけ話さないと決めていた人間が、唯一の友人として成り立っている……? こんなことがあるのか? しかし、道子はたくさんの友達がいる。そいつらを振り切って俺を優先してくれるのか? そこで俺は思った。そうは言っても、こいつ、ガンダムとスティックピクチャーやってるじゃねーか。何言ってんだこいつは? まさか、俺がそこに入れと?

この、調子がいい売春婦が……! 生まれきっての、生来のヤリマンだな、コイツは! 撒けるだけ鱗粉を撒かなきゃ気が済まんのか? 本当は保育士じゃなくて風俗嬢だったんじゃねーか? 俺は、なんだ? てめーらの中に入っていって、3人でスティックピクチャーやらなきゃならんのか? 学校の笑いもんだよ! 学校名物だよ! 「なに……、あの光景?」「三角関係?」「タッチ?」「上杉和也と浅倉南と上杉達也?」って言われちまうよ! ガンダムが甲子園球場に向かう道で車に轢かれない限り、俺はずっとベンチじゃねーか! それだったらずっと一人でいいに決まってんだろ……。それだったら退学するわ。「なんかいる」「あれは何?」「道子さんが実習で連れて帰ってきたんだよ」「そのまま実習先に置いとけよ」「実習先も困るだろ」「気の毒なのはガンダムさんね」「まるで二人の子供みたい」「嫌々引き取らざるを得なかった親戚のね」

こんなことを考えている間も、道子はただじーっと俺の目を見ていた。あざとい。あざとすぎる。奥手の女というものは、人の目を見れないと相場が決まっているものだが、これはなんだ? 俺にだからやっているのか? いや、あんがい奥手の女の方が、少女漫画やアニメを見過ぎたせいで、こういうことをやりだしてしまうところもある。頭の中がアニメ寄りなのだ。リアルよりも二次元の定規を持ち出して、世界を測り歩く。誰にでもこんなことをしたら365日性被害に遭うことは分かりきっているから、うまく使い分けるという狡猾さも備えているが。

しかし、吸い込まれそうな瞳だ。奥二重で、決して堀が深いわけではなく、鼻も低く、どちらかといえば道子は和風な顔つきではあったが、目だけは大きかった。ゴミが入って仕方ないだろうってくらい大きな目をしていた。誰だって、そんな目で見られたら好きになっちゃうよ。無防備というか、子供っぽさが残るというか、果たしてガンダムにもこういう目を送っていただろうか? 思い出せない。俺の記憶の限りだと、そんなことはなかった気がするが。ガンダムといる時は、もっと、ずっと、うつむいていた気がする。とあるホストは、その女が自分のことを好きかどうか知るには、女の目を見て、瞳孔が開いているかどうか確認すればいいと言っていたが。

確かに、開いていた。学校じゃあ、学校に来るまでの間に痴漢に遭いました、というような顔で廊下を歩いていたから。毎日痴漢に遭って学校に来ているような顔をしていたが、えらい違いだと思った。これは、俺だからか? 俺が道子を解放させているのか? 俺だから、道子をこんな目にさせられている? 

道子は、一人だけ社会人で、現役生たちと一歩も二歩も引いて歩き、慣性によって運行していくお姉さんキャラを続け、俺だ、俺だけじゃないのか? 解放させてやれるのは? この視線を独り占めできるのは? ほーれ見ろ、ガンダム! やっぱつまんねーやつはダメなんだ! いくらHYDEみたいな声を出したって、女はそんなとこには惚れねーよ! 長いことスティックピクチャーやってたけど無駄骨だったな! 骨人間描いてたけど、無駄骨描いてたんだ! 俺みてーに笑わせてやらんことにはな! こういう女は、笑いに飢えてるんだ。爆笑に飢えている。いつも膣の中に閉じ込められていて、くっさいくっさい、擦り切れた垢に板挟みにあっていて、そういったものをすべて笑い飛ばしてくれる……、面白い上に、さらに自分でもわかっていない自分の気持ちすらも汲み取ってくれて、少なくとも、道子と同等か、同等以上の精神の持ち主じゃないとダメなんだ。HYDEの声がどうのってやってる奴じゃあ、ダメなんだよ。やっぱり生物的に魅力かあるかどうかなんだ。友達だってそうだろう? 魅力だ。いつまでも飽きずに興味を引き起こさせられるかが肝心でね。これからの長い結婚生活、飽きないことだけが大事だ。お前には飽きたってよガンダム。さて、これから道子をたーんと食い散らかして、骨の髄までしゃぶり尽くして、お前に返してやるよ、ガンダム。もう何も味がしなくなっているがな! お前らが描いている骨人間は、俺がしゃぶり尽くした後の道子の骸骨だったのだ……!

「岩田さんはガンダムと付き合ってるの?」

「付き合ってません」

このとき道子はキッパリと言った。あまりにもキッパリ言うので、俺に対する告白なのかと思った。しかし、ガンダムが気の毒になった。あれだけ毎日、スティックピクチャーをやっていても、女はこういう残酷なことを平気でする。付き合っていないものは付き合っていないに違いないが、女の冷酷さに恐ろしくなった。こんな、おてんてんさんみたいな女でも、女はこの冷酷さを持つ。

しかし、今は俺にとっては冷酷ではない。これは、気兼ねなく、どうぞ私を召し上がってください、と言っているのか? 

「しまるこさんは、今、お付き合いしている方はいらっしゃるんですか?」と道子は俺に尋ねた。

このとき、ちょっとおかしかった。25歳らしく、大人っぽい恋人の有無を確かめる口調だと思ったが、どこか道子の小さい頃の映像が垣間見えた気がした。フランス映画のパーティーのシーンで、男女がワイングラスを掲げ、「shal we dance?」とやっているように、それをT Vで見ていた道子が、やっと25歳になって真似事をしているような、25歳になって。「今、お付き合いしている方はいらっしゃるんですか?」なんて、当然すぎるほど当然な言葉だが、道子が言うと、少女みたいだったのだ。

「いないよ」

「へぇ」と道子は言った。

「好きな人はいないんですか?」

「いないよ」

好きな人? 俺はまたおかしくなってしまった。付き合っている人がいるか聞くまではいい。しかしその後、好きな人がいるかどうかまで聞いてくるだろうか? 普通はない。なぜなら、26歳で好きな人がいるなんてことは許されないのだ。26歳で好きな人がいたら、それはもう行動して黒か白か決着をつけておかねばならない。ただ片思いを続けているなんて世間が許さない。道子はまだ、許してくれる方の世間に住んでいるように見えた。

さっきもそうだ。道子のファッションのくだりを聞いているとき、俺はどうもそれが、小さな女の子がお人形遊びをしているような、リカちゃん人形に色んな洋服を着させているような、未だにまだ、自分をドールと見立てているような、少女の世界を感じた。

「へぇ」と道子は言った。

さっきから、この「へぇ」はなんだ? 

「しまるこさんと付き合ったら楽しそう」

このとき、俺の中の何かが弾けた。

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