恋愛 創作物

道子様に告らせたい! 1

不幸な女っているな。闇がある女。暗い女。過去に何かあった女。そういうのはひと目見ればわかる。エロい女もそうかもしれない。エロい女も、絶対に隠し切れない。

岩田 道子(いわた みちこ)もそういう女だった。ルックスは可愛い。田舎じみた、低い団子鼻、顔全体が5角形か6角形か、全体的にゴツゴツして、岩っぽい。化粧は濃い目だが、岩肌を隠すためかもしれない。だから名前が岩田? と、言ったら本人がいちばん傷つくだろう感想をまず覚えた。彼女を語る上で、こんな悪口から書き始めなければならないと思うと嫌になる。こっちだって早く通り過ぎたいが、ここから始めなければならない。

ホルモンバランスが悪いのか? 金属バットで殴られたかのように、顔全体がぼこぼこしている。頭とボディを間違えてくっつけられたかのように、線の細い身体に比べて、頭がでかい。頭がでかいってことは頭がいいということだ。彼女はとても頭がよかった。

理学療法の専門学校なんてものは、私服登校だから、ファッションセンスがもろに出る。アジアンテイスト、ネパールの、ちびまる子の表紙みたいな、幻想的なファッション、まるでどっかのランプから出てきた妖精みたい服を着ていた。大人しい顔をしているくせに、ファッションの度胸だけはあるなと思っていた。この手のファッションしている奴は、下着はどうなってるんだろう? といつも想像させられた。髪は栗色で長く、緩いウェーブがかかっていて、髪自体は細く、コシが弱そうで、ペルシャ猫のような毛質。ウェディングドレス見たいな、ロングスカート。スカートでゴミを絡みとって歩いてるのかと思った。ホットパンツや、短いスカート、あるいはズボンを履いているところは見たことはなかった。

女子では唯一の社会人。25歳。「道子さん、道子さん」って、よく好かれていたな。女の子ってのは、年上のお姉さんに髪を結んでもらうのが好きみたいで、実技の時間になると、みんな道子に髪を結んでもらいたがって群がっていた。同い年の子に結んでもらうのとは違うらしい。縄文時代の木の実を詰めたり毛皮を編んでいる光景と重なって見えた。

今でも思い出す。あの匂い、女の花園、男子禁制の、あの、84(エイトフォー)だかしらんが、84をシューシュー教室に振りまかれるような、自分は女だと言わんばかりの、まるで自分の身体から発生していますとでも言うかのように、俺たちに匂わしていたな。女同士だけでもいつまでもキャピキャピやっていたが、男の前だと余計にやり出す。4〜5人でおぶさったり、みんなで手を繋いでトイレに行ったり、やっぱり道子に髪を結んでもらうのも、一種のポーズかなとも思ってしまう。

みんな、道子のことを綺麗、綺麗と言っていたけど、さすがにいくら化粧しても、輪郭だけはごまかせないもので、俺はいつも輪郭だけを見ていた。プードルの愛好家はその骨格の端正さに50万を支払うらしい。骨格。道子だって、それをいちばん気にしていたのは道子なんじゃないか? だから、道子の想念が俺の中に入ってきていたんじゃないだろうか。

道子は、苦労人だろう。私は皆さんより苦労をしています、皆さんが体験したことのない体験をしたことがあります、一周回っていますと、間違ってもそんな印象を与えたくなくて、そんな印象を与えないように頑張っていたところがあったけど、そうすれば、そうするほど、やっぱり何周も回っている人間に見えてしまう。俺は昔から、そういう女を見ていると、イライラしてしまった。俺に打ち明けてこないからだろうか? それとも、お高く止まりやがってと思っていたのか。わからない。ただ、第一印象はイライラしていた。スピノザが言うには、少なくとも強い友情や恋愛というものは、ある不信と低抗とから始まるのが自然らしい。確かに、高校や大学の初日に話しかけてきてくれて仲良くなった奴とは、夏休みに入る頃には尽きていたし、テレビにしたって、後にファンになる程、最初はそのタレントに腹を立てるものだ。

誰でもそうかもしれないが、俺は、その人に言ったら、その人がいちばん傷つくだろう言葉を、つい咄嗟に探してしまう。探してしまうというより、思いついてしまう。いつも一瞬で浮かび、それがいちばん最初にやってくる。人と話すときは、これを横に置いて話さなきゃいけないから、いつも面倒臭い。高校時代にも、ボブサップに顔と体型がよく似た女がいて、そいつは女子ソフトボール部の主将を務めていた。男より短髪で、ほとんど坊主頭と言ってよく、花の女子高校生活を捨てて、一途に部活に打ち込んでいた。キャッチャーでキャプテン。正直、キャッチャーマスクを被ってる時も外している時も、見分けがつかなかった。しかし、うちのソフトボール部は強豪ではなかった。それどころか、いつも地区大会の一回戦や2回戦で敗退していた。それで泣いてるけど、よく泣けるもんだ。坊主になって挑んで一回戦で負けたんじゃあ、俺だったら涙は出ない。あんなに色黒になって、授業中、どっちが黒板かわからなくて、まちがえて板書しそうになった。こういう諸々の感情はすべてバレてしまうようで、愛香(ソフトボール部のキャプテン)は、いつもホーストに向かうボブサップのように、俺のことを睨んでいた。愛香と廊下ですれ違うたびに、いつも親の仇のように俺は睨まれた。俺の人生はずっとこうだった。いつも女とバトルばかりしていた。

面白いなぁ、女ってのは。本当に、見てるだけで面白い。女の方が、男よりマジメだ。生きていくスジが男よりずっとしっかりしている。本当に、どの女も、マジメだ。女はよく泣くが、あれは人生に対してマジメだから泣いているのだ。ただ感傷的に泣いているわけではない。

理学療法の学校のファッションセンスというものは、壊滅的にダサかった。現役生の男は、PICOやBAD BOYSを着ていた。医療職を目指す人間が、BADBOYSである。先生たちもよく注意しないもんだと思った。迷彩服を着てきた生徒には、さすがに怒っていた。「それは合理的に人を殺すために考え抜かれた服だから着てこないで」と、まるでそんな体験をしたことがあったかのように、目に涙を浮かばせて怒った女の先生もいた。

18歳や19歳ばかりが集まる学校ってのは、せいぜい想像だけが一人歩きしていて、ワンピースのゾロみたいな顔をしているし、黒縁メガネをかけて知的キャラになろうとして、そのために成績も上げなければ……と、試行錯誤してみたり、他人からどう見られるか、そしてその角度から見ての完全を目指して、学校生活を送っている。「僕は警察官になる」「じゃあ私は税理士」「じゃあ僕は一級建築士」って、大原のCMの音楽が聞こえてくる毎日だった。では何一つ仮面をつけようとしないで生活をするとどうなるか? 俺から見る彼ら以上に、俺は彼らから不自然に見られるだけだ。26歳になっても、まったくの無垢で、赤ん坊の姿のまま、この世界を歩くってのは、とても危険が伴うもので。赤ん坊が歩いてればそれは危険だ。俺より赤ん坊に近いはずの年齢の彼らから見ても、俺は危険だった。「岩」とか「田」とか、他人の苗字をあげこするような真似も、赤ん坊の瞳がやったことなんだぜ? 赤ちゃんがやったことなんだから、大目に見てほしいんだわ。だけど、この目線を持っているがゆえに、俺は道子と、お前らが越えられない一線を越えることができたのも事実。人がいちばん傷つく言葉を見つけられる人間は、いちばん喜ばす言葉も見つけられることができるってことだ。

『岩』と『田』か。女からしたら最悪の苗字だな。一生、田舎感から抜け切ることができない。『岩』と『田』って、考えられる最低の苗字じゃねーか! それでも、がんばって、ああやって生きて、アジアンビューティーみたいなファッションをして、自分の運命に抗っている。そんなことをされると俺の方が苦しくなってくる。勝手に苗字を馬鹿にされて、勝手に苦しまれたら、あの大人しい道子だって、ボブサップのように怒り出すだろう。なんで俺は、自分の苗字じゃないのにこんなに苦しんでいるんだ? 俺の苦しみ? 道子の苦しみ? わからないけど、勝手に入ってくる。余計なお世話ってか? 余計なお世話だろう。俺だってこんな馬鹿な真似はしたくない。だけど、俺は学校で道子を見かけるたびに、ずっと、これを繰り返していた。

社会人連中は、みんな道子のことが好きだった。何ともわかりやすいルックス。ファッションはペルシャ猫みたいだけど、フジテレビのアナウンサーみたいな空気の方が上書きされる。童貞ホイホイ。真面目で、上品で、この子なら大丈夫、浮気もしない、性にダラシなくない、安心してお母さんに紹介できる。妻として迎えるのにこれ以上ない条件だろう、と、確かに道子は男にそういう印象をもたらす女だった。社会人だけじゃなくて現役生だってそうだ。どいつもこいつも、「道子さん、道子さん」って。俺はどうしても我慢ならなくて、エセ宗教の布教を食い止めるように、心の中で戦っていたな。輪郭だよ輪郭、輪郭を見てみろよ。すっぴんは多分ひどい顔をしているぜ? 道子だって一体いつ本当の自分がバレるかヒヤヒヤしている。四方八方からタコ殴りにされたように、顔がぼこぼこしていて、それをいくらファンデーションで上塗りしたってダメだ。それを抜きにして、よく、キレイですねぇって言えるもんだなぁ? 道子の思うツボじゃねーか! 手の平で踊らされやがって。『岩』だぜ? 『田』だぜ? 考えられる最低の苗字じゃねーか! はやく何とかしないと、「来栖川」とか「城ヶ崎」とか、そういう苗字と結婚しないと……! ああ、苦しい。この苦しさで自分の頭がどうにかなりそうだ。こういう思考をするとき、目一杯、目一杯、これ以上ないくらい、自分の心が荒んでいくのがわかる。心がいっぱいになる。張り裂けそうなくらいに! 心を限界まで、容量全域を使って、その場でぶっ倒れたくなる。バッタリ倒れて、点となって、もう何も残らない。一人でぶっ倒れているだけだ。俺は道子も見るたびに、いつも廊下でぶっ倒れそうになっていた。

入学してまだ間もない頃、4月。校舎の3階にラウンジがあって、そこで生徒達は、勉強したり談話したり食事をしたり、いちばん利用される共同スペースとして位置付けられていた。自販機、コピー機などもここに置かれてあり、コピー機の前に行列にできて、プリントを回しあったり、どの時間においても煩雑していた。社会人連中たちは隅っこに陣取り、昼食を取っていた。

「みなさん授業に集中できました? 今の子というのは、本当にうるさいんですね。現役生たちは、本当にいつもうるさくて敵わない、授業に集中できませんでしたよ」

「一度社会に出たことがないからわからないんだね」

「それに比べて岩田さんは、まだまともだね。ちゃんとしているのは岩田さんくらいじゃない?」

「現役生の子と付き合えると言ったら付き合います?」

「いやぁ! 無理ですねぇ〜」

「じゃあ、岩田さんだったらどうです?」

「岩田さんだったらいいですよ」

(いいですよって)

道子は25歳だったから。25歳だと、社会人組にとって、「ちょうどいい」らしい。

どことなく、いつも、何かの話のきっかけにして、最後に流れ着くのは道子の話だった。みんな、道子の話に持って行きたがっていた。道子は確かに華があるし、こうやってお弁当を食べながらも、遠くのテーブルで現役生たちと混じってご飯を食べている道子の姿に目がいってしまう。一人だけアジアンな格好をしているということもあるだろうが。

これは、なぜだかわからないが。これを口に出して言うものはいないが、『この教室内でしか男女交際をしてはいけない』という空気があった。みんな、なるべくなら、同じ学校、同じ職場、同じテリトリー内で恋愛関係になることが当然だと思っていて、同じ輪の人間が外部の異性と付き合ったという話を耳にすると、ルール違反じゃないか? という顔をする。

だから、道子はこの中から選ばれなければならない。そう、言っている気がした。しょうがないね、岩田さん、と。だから腹を括ったような、安心しきったような、一件落着というような、自分が正直、どれほどの価値がある男かという事はひとまず横に置いて、うやむやにしてしまっていた。それは現役生にとっても同じで、「達也はすごい」とか「岩崎のサッカーセンスはどうのこうの」って、評価はすべて学校内で行われるべきであり、世界はすべてこの学校の中にしか存在していない、と言うかのように、勉強も生活も恋も、すべて学校内で完結される。完結されなければならない。そしてこの空気を破ることだけは禁忌とされた。

社会人連中たちは辺りを見回して、あるいは自分の顔を見回して、そんなに自分がかっこいいのかはよく分かってはいなかったが、まぁまぁしょうがないじゃないの、道子さん。そういうもんなんだって。一体誰が付き合うことになるのか? しかしこの中から付き合わないとおかしい。道子さんは25歳で、現役生と付き合うというのは8個も下と付き合うということになるのだから、ちょっと無理があるだろう。いくらイケメンの現役生だとしてもダメだ、世代が異なる。ただでさえ道子さんは少しナイーブな顔をしているから、現役生の男では荷が勝ちすぎるだろう。となると、僕達の中から選ばれることになるのではないか、という顔をしていた。帰納法というわけか。

道子はいったいどうなるのだろう? 誰かと恋をするのか? 誰かと恋をしそうな気配はある。結局、みんな、35歳だろうと41歳だろうと、自分の可能性に期待しないではいられないわけで。

さて、道子は一体誰と恋をするんだ? 道子は25歳で、あのファッションからして、相手を選ぶ、というところは出てくるだろう。

これは不思議なことだが、おっさんもおっさん連中で、若い連中と同じように、自己にキャラクター性を負っている。自分は35歳だからこれくらいのファッションがいいだろうと、頼まれてもいないのに、他人の目にわかりやすく自分を売り込む形で、お父さんが休日にゴルフに行くようなファッションをしていた。ダサいのだが、わざわざ誂えてきたことが余計にダサく感じられた。

人間のファッションの分かれ目というのは、何かを線引きしたいときに起こるのだろうか。独身から既婚。学生から社会人。社会人から学生。だとしたら、道子のファッションは、恋をしたいと言っている。まだまだ、ゴルフみたいな格好をしているおっさんや、BADBOYSを着ている少年と、釣り合いは取れないだろう。すると、どうだ? BADBOYSも着ず、ゴルフみたいな服を着ず、ごく当たり前のファッションをして、ちゃんと安心して一緒に廊下を歩ける男は、どこにいる? 歳も近く、近いけどちゃんと年上で、そう、消去法的に考えて、俺しかいないのである。

俺と道子が二人並んで歩いている姿がいちばんお似合いになるだろうということは、周知の事実だった。絵になると言ってもいいだろう。舞台が舞台で、主役の二人以外はイモしか出演者がいないのだから。もっと極端に言えば、子供30人の中に大人2人が混じっていれば、その大人が男女だったとしたら、恋が起こるのが当然だと思われるだろう。もう付き合っていると言ってもいいかもしれない。

「あんまりこういうことを言うと、お前がつけあがるから言いたくないけど、お前んとこの社会人ひどいね。みんな肌が浅黒いっていうか。あれじゃあ、確かに道子が可哀想だね。パッと学年全体を見まわした時、お前と道子が付き合ってんのかなぁ、って思うことあるもん。お前と道子だけ願書の提出先間違えてやってきちゃったみたいな、二人だけ、ちょっと浮いてるね」

「それはお似合いって言ってる?」

「そう受け取ってもらっていいけど」

と、友人にも言われた。この友人は、俺の高校時代からの友人なのだが、一つ上の学年に位置している。俺は彼の紹介で、この専門学校に入学した。

「この学校なら大丈夫だよ。童貞と処女しかいないもん。外に出す機会がないから、ちん垢とまん垢が皮の中で発酵して、教室中がすげー臭いになってる。授業が頭に入ってこないんだわ。女の子はみんな口髭生えてて、牛乳瓶の厚底みたいな眼鏡をかけて、牛乳飲むと髭が白くなって、牧場みたいになってるけど、それでもいいなら、いくらでも付き合えると思う」

「ふーん」

「まぁ、中には、一人か二人、可愛い子もいるけどね。可哀想なのは、その子たちだよね。いくら恋がしたくても、お母さんに買ってきてもらったような白い運動靴履いてくる男しかいないんだもん。救ってやれるのはお前しかいないんじゃね?」

と言われ、だから俺は、牧場に乳搾りに行くつもりで、この学校に入学した。26〜29歳の、20代最後の貴重な3年間を、この学校に預けることになった。

とにかく俺は、かっこよくなれるためになんでもやった。ヒゲの脱毛、コンタクトからレーシック、4万のレザージャケット。ひたすらバットの素振りをして、インナーマッスルの強化を通じたコアからの肉体の一新。白髪が数本生えていたが、在学中はこれ以上生えませんようにと毎晩神に祈った。そして、こんなにかっこいいのに、おそらく学校でいちばんイケメンなのに、どうして私たちはしまるこさんとお話しできないのだろう? と彼女達に思わせるために尽力した。

だけど、二ヶ月経っても、三ヶ月経っても、現役の女も、道子も、まったく俺に話しかけてくることはなかった。どういうつもりだろう? 周りはニンジンとジャガイモしかいないのに! 早く降伏しろよ。恋をしたくないのか? 俺しかいねーじゃねーか。何をモタモタしてやがるんだ? 25歳、花香る、女の最後の季節だ。ここにいる限り、俺以外と恋愛できるわけがねーじゃねーか。お互いそれで手を打とうって話をしてるのに。この学校で3年間過ごすってことは、卒業するときは28だぞ? 28になったらそんなファッションしてられないぞ? 28になったら、エプロン着て、ご飯と味噌汁作ってるのがいちばん似合うようになるんだ。エプロン以外は苦しみを着ることになる。今、ここを逃したら、道子、俺はお前の親のようにお前のことを心配している。28になったら、28の恋愛しかできねーぞ? 俺は3年後、29になっても、映画のような恋ができるかもしれないが、しかし、お前は……、なのに、どうして何も行動を起こさない? 俺に話しかけてこない? いいのかよ。俺だって苦しいんだ。お前が今日、また一日、また一日、色あせていくお前の姿を見ているのが、俺だってつらいんだ。

俺はだんだん道子の態度にムカついてきて、ああそうかよ。勝手にしろよと思うようになった。そっちがそのつもりなら、そうしたらいい! 3年棒にふればいいんじゃん? じゃあ俺だって、何が何でも話しかけない……! いい目標ができたよ。俺の貴重な20代最後の3年をかけるに値する目標だ。それはお前にとっても同じだろうがな。3年間、俺はこの目標達成のためだけに学校生活を送る。資格も国家試験も関係ない。俺にとっての卒業証書とは、お前と一言も会話しないまま学校生活を終わらせた時に貰えるご褒美というわけだ。

わかってんのか道子? 俺はお前と話さないために学校に行くんだよ。毎年100万払って、実習代とかいろいろ含めたら3年間で400万払って、俺は400万払って、お前と話さないために、学校に行くんだ。お前から絶対に話しかけんなよ? もし、よくわからない、消しゴムが落ちていたとか、そんなくだらない理由で俺に話しかけてみろ、一生恨むからな。つまらないことで台無しにしてくれるなよ? いいだろう、長期戦だ。このくだらない学校生活で、唯一の楽しみができたよ。

と、これを先の友達に話したら、爆笑された。「今お前が言ったことを、校内放送で流せる権利をもらえるなら、俺も400万払えるかもしんねーわ」と言われた。

これが、お互いにとって破滅の道だったとしても、俺の一人相撲だったとしても、自殺だったとしても、滅びは美しい。俺は卒業式の日、それを迎える時、世界でいちばん悲しいため息をついて、死んでいけそうな気がした。人生からの卒業だ。

俺はこれまでの人生、こんなふうに自分を痛めつけてきて、恋は……、恋だけは……、恋だけは譲れなかったから……、この、恋ができないという痛みが、自分の中でいちばん強い痛みとして胸の中を駆け巡り、それはあまりにも痛すぎて、それを味わえるためなら、なんでもやった。

太宰治は、「本当の臆病者は、幸せからも逃げようとするのです」という言葉を残しているが、俺は女の子と付き合えそうになったり、あとはチェックメイトを残すのみという段階になると、自分から逃げてしまうということをよくやった。そうするとき、それは、あまりにも凄まじくて、その場に立っていられないほどで(およそ生きている間でこれ以上あるとは思えないほどの痛みが胸を襲ってきて)、病みつきになると言ったら変な話だが、てんかん症状を起こしている患者のように、床をのたうち回りながら、その痛みを貪った。

苦痛もまた快楽の一つで、自分の全存在、全細胞をかけて挑戦したくなる。俺を本当の意味で木っ端微塵にできるのは、ここだけだ。破滅の破滅、終わりの終わり。骨の髄から髄まで、超電流に打たれたように、いつまでも悶えている。狂人が頭を壁に打ちつけるのと、同じ行動か? 俺にとって、女はみんなピカチュウだ。しかしまぁ、俺の他にイケメンがいないからな。願ったり叶ったりだ。俺の意固地を限界まで引き出してくれる、こんな最高の舞台はない。400万でいい買い物をした。さて、俺の趣味に付き合ってもらうぜ道子。この道を歩くために、お前はその名前を授けられたのだ。

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