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俺はやっぱり苦しい。でも、それもくだらない。

俺はやっぱり苦しい。食うたびに苦しくなる。買い物するたびに苦しくなる。存在しているだけで苦しくなる。でもそれもくだらない。

ものを買うだけで負けた気分になる。たとえ金持ちだったとしても、同じ気持ちになると思う。しかし行為があるだけだ。その上に俺が色のついた解釈を加えているだけだ。苦しいは後付け。食って買って苦しくなっているうちはまだまだだ。まだまだだと思うと、先が遠い。苦しい。

こうして毎日ドトールに来て、一杯240円払ってるのも馬鹿らしいが、

人間なんてものは、神がちゃんと生きていけるように、その辺の自然にあるものの中から生きていかれるようにしてある。コンビニだって人を糖尿病にするためにあるようなものだ。いっつもスーパーで買い物するたびに、なんで買わなきゃならないかなぁっていつもイライラしている。納豆しか買ってないが。俺はただ生きていくだけなのに、ここで、このスーパーで永遠に納豆を買い続けなければならんのかと思うと、希望をめちゃくちゃにカッターで切り裂かれた気分になる。生玄米だけで食べていけるとなると、とても幸せな気分になる。しかしその生玄米だってAmazonで買ってるんだけどね。青信号も赤信号もムカつくし、公園を見ても人工的で、とてもキャッチボールなどできず、ベンチに座ったり敷地内を歩いてりゃ馬鹿にされ、一体なんのために用意してあんのか疑問だ。主婦どもが、私たちはちゃんといい主婦をやってますよね? と互いに確認し合うために用意されてるようにしか見えん。

バットの素振りもできない世の中ってのはどうなんだ? する場所がねーんだよ(笑) 昼にやっても夜にやっても通報される。だから深夜にやるしかねーんだろうがよ、バットくらい振らせてくんねーかなぁ。ジムでしか運動できないってのは怖いことだ。道場があちこちにあった江戸時代が恋しい。本当はジムじゃなくてあちこちに道場がなきゃダメだ。そうすりゃ恋も結婚も片付くだろう。

信号のない、木々に土に囲まれた道を散歩できたらどれだけ幸せだろう。ドラクエ11のイシの村が理想だ。せめてコンクリートを土にしてもらいたいが、それだけで散歩が無上に楽しくなるのだが、土の上なんて、もう何十年も歩けてない。生まれた頃から、満足できるほど土の上を歩けたことなかったな。今回、この時代に生まれたことは、土の上を歩けない人生だった。

じゃあさっさと限界集落に引っ越せよって思うかもしれないが、そこで一日中バット振ってろって思うかもしれないがね。まぁ、事実、そうなんだが。そういう生き方も、やろうと思えばすぐにできるんだから。今こうしてMacBook Proをポチポチ打ってるのも、文明のおかげだ。紙とペンで書くっていったって、紙だって通販で安く買ってるし、万年筆だってねぇ、やっぱりAmazonで手に入れたものだ。俺の周りにあるものは全部Amazonだ。インクも。つーか、その前にタバコ買ってる時点で、買い物についてうんたらいう資格はないんだがね。

俺は中村天風先生の本を読んで以来、絶対に消極的なことは言わない、言わないどころか思わないと決めていて、もう10年もそうやって生きてきたつもりではいて、あまりこうやって世の中や人生について不満をぶつぶついう気はない。本当のところは外側などどうだっていい。土だろうがコンクリートだろうが気にしない。そんなに外をほっつき歩かなくたって、中心に気合いをぶち込んで、それで全て雲散霧消し、光の結晶となってそれで終いだ。消極的な言葉を言うのも聞くのも死ぬほど嫌いだ。

しかし、こうやってぶつぶつ言うのも、やはり消極的か。自分の意志で欲を乗り越えようとして、心と体を乗り越えようとして、それがいつも達成できずに自分を責めてしまうのも消極的か。

しかし、手塚治虫は不満が一番書きやすいと言っていた。これまでの作品はほとんど不満を書き散らしたに過ぎないと言っている。手塚治虫が信じられないほど多作というのはわざわざここで改めて言う事ではないが、手塚治虫ですら、そうか、不満か。アトムもジャングル大帝もリボンの騎士もそうだったのか。ブラックジャックやは不満からきているように思えなくもないが。

不満がいちばん書きやすい。そう、不満が書きやすいから書いているだけだ。美しいことだけ語ろうとするとうすら寒いしねぇ。やはり、正直がいちばんいい。

宗教や霊性に関する本を読んでいると、下品なことを言ってはならない、消極的なことを言ってはならない、不満を言ってはならない、とあるが、善も悪も正も邪も真実も嘘も上品も下品もこえて、ただ目の前のことを書くしかなさそうだ。聖に入りて聖に捉われず、俗に落ちて俗に溺れず、あらゆる二律背反を越えていきたいものである。俺のいう積極とはこれだ。ここでいう積極というのは絶対的なものであって、相対的な意味合いで言っているわけではない。上がったり下がったりするものではなく、気分のことを言っているわけではなく、もともとこの自然界には生成化育の前進のエネルギーしかないのだから、神の正体も、人間の正体もそれなのだから、そういう意味で言っている。しかし、考え事をしたりして、自分の頭や心に浮かぶ一切のことが余計だと思う。善いことですらね。丸くて可愛いピンク色の桃すら、余計に思う。そうすると、どんな文章も切り離したくなるものだ。

結婚して、犬に餌をやって植物に水をやって、一緒にテレビ見て泣いて笑って海岸線をドライブし、子供が初めて立って、おー立った立ったとやってるより、ずっと幸せだ。少なくとも、今いちばん集中したいことに集中できている。だからいつ死んでも後悔はない。最悪、食べなきゃ餓死するか、より進化して帰ってくるだけだから、二つに一つ、ここらで試してみるか。もういっそ何も食べないでいてやろうかと思うが、それは消極か、積極か、こんなんだから女も離れていくし、俺も離れるしかないが、こちらの道の方がずっといい。こんなもんはこんなことだ。絶対的な積極を持った女なら、こんなもんとしか思わないだろう。

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